皇統を繋ぐ者 ~ 手白香皇女伝~

波月玲音

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思惑

金村の思惑Ⅵ

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来た!来てくれた!!
「いわ……っ」
ホッとして、でもとにかく居ると伝えたくて。
声を上げようとすると、サッと金村が手で口を塞いできた。そのまま耳元で囁かれる。
「お静かに。磐井を私の手の者に痛めつけられたいのですか?」
「!」
「此処は本来手白香様のいる筈も無い場所です。大連大伴金村の部屋で、周りに居るのは私の子飼いの者ばかり……どういうことか、分かりますね?」
ハッとする。昨日は夕闇に紛れて秘かに宮に入った。私達の存在は、ほんのわずかの、恐らくは金村の配下でも一部の者にしか知られていない。つまり、磐井は今、宮の警護の者にとっては、居る筈の無い不審者なのだ。
例え今、私が磐井の為に声を上げても、そもそも、杖刀人で私を手白香と知る者は殆どいない。
金村が一言不審者として捕縛を言えば、磐井は問答無用で牢に繫がれてしまう。
「……」
口を押さえられたまま金村を睨みつけると、嬉しそうな笑顔を返された。
「聡明な方とお話しするのは、こんなにも気持ちいい事なのですね。その眼差しも良い。背中がぞくぞくします。」
何も言わずにここにいらして下さい。そうすれば、貴女様の聡明さに免じて、彼は無傷で殯宮に帰してあげましょう。
そう言われれば黙るしかない。
抵抗をやめた手白香を見て、金村は手を離した。
「直ぐ、戻りますので此処でお待ちを。」
耳元で囁かれて、無言で微かに頷いた。逃げるのは、今では無い。
手白香は信頼されているらしい。金村は後も振り返らず、さっさと扉へ向かった。

暫く扉を挟んでやり取りがあったが、流石に慎重な金村は、決して扉を開けなかった。中さえ見せなければ、何とでも言い逃れは出来る。
しかも、外からはかなりの人数の気配がした。
周囲を配下が固めていると言うのは本当のようだ。
(磐井は無謀な事はしない筈。一旦引いて、でも、その後助けに来てくれるかしら……)
不安に思っていると、いつの間にか金村が戻って来た。
「終わりました。さあ、参りましょう?」
何事も無かったかのように手を差し出されて、思わず払ってしまう。
その乱暴さに我ながらびっくりしたけれど。
「謝りません。お前はそれだけの事をしているのだから。」
敢えて傲然と言って、手白香は立ち上がった。
不安も、震えも、気取られるまいとするならば、強く出るしか無い。
「今はお前の言う事も聞きましょう。しかし、計画に従うのはまた別です。良いですね。」
挑む様に見上げると、金村は穏やかに頭を下げた。
「手白香様のお手並を拝見すると致しましょう。」
但し、余り時間はありませんよ。
そう言って踵を返した金村について歩き出す。

妻問いを断ったのに、専属の杖刀人から外すと言ったのに、磐井は探しに来てくれたのだ。
先ずは助けを信じて、どう動くか考えないと。
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