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思惑
金村の思惑Ⅶ終
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用意してあった部屋へ手白香様を囲い込んだ。
自分の部屋に帰る道すがら思い返す。
つい三月前までは、こんな事をしようとは考えていなかったのに。
いや、違う。自分に嘘は付けない。密かに考えてはいた。
夢物語として、行動する優先順位から外していただけだ。
先代の大王、若雀命様。
若輩の自分を見出してくれた幼い我が主。畏れ多くも弟のように思っていたのは事実だ。
不遜を省みず言うならば、若雀命様も私にはかなりの信を置いていたと思う。
私たちは良い主従だった。
だが。
甘ったれな皇子は聡明な美少年になり、美しく思慮深い青年になったが、虚弱の質だけは治らなかった。
この主の治世は長くないし、後継は望めそうにない。
そう、冷静に考えている自分が居たことも確かだ。何といっても私は大伴氏の当主。新興勢力の大伴氏の興隆は、私に掛かっている。
だから、主が大王に即位した時から、次の代にどう関わり、どう権力に沿うか考えて来た。
その選択肢の一つに、皇女のどなたかを妻問い、大王の夫として権力を握る事、も入れてはいたのだ。
しかし、大伴氏は大和の豪族としては力が弱く、ただ皇女を妻問うくらいでは権力は握れない。大王即位に関わる大きな功績と、自分を推す古い豪族の協力が必須だ。そうなると、とても現実味があるとは思えなかった。
しかし、昨年。主の大后を立てると言う話の中で事件が起こり、物部氏を上手く味方につけることが出来た。
だが、まだ手駒が足りない。
そう思っていたところに、杖刀人として目を掛けていた近江毛野が近付いてきた。
近江から越、尾張に勢力を持ち、伽耶や百済とも取引のある近江の豪族。毛野の生国での主筋にあたるヲホドが接触を図って来たのだ。
後は手白香様へ話した通り。
大王家とのごく薄い、でも確かな繋がり。大和の古い豪族との接点の無さ。そしてその年齢。
願っても無い手駒。
そして、向こうから指定してきたのだ。
成人していると聞く最も正しい血筋の皇女を大后として迎えたい。どうしたらいいか、と。
大和に向かってきたあの百を超える兵も、ヲホドの子息達も、実のところは手白香様を礼を尽くして迎えるため。
そして、それを指示したのは私、宮の警護と大和の治安を一手に引き受けるべき、大連大伴金村だ。
それもこれも、手白香様を殯宮から連れ出すため。
手白香皇女。
我が主がその一生を掛けて執着した想い人。
可憐な少女の時は、主の執着を、姉弟の情として微笑ましいと思っていた。
しかし、長じてなお続く度を越した執着に、これは男女の恋情か、と思い至った時。
冷静と非情を冠して呼ばれる自分の胸に去来したのは、意外にも同情と共感だった。
この国一番の権力を持ち、あれ程慕い囲っても、叶えられない想いへの同情。
それでも慕わずにいられない想いに対する共感。
そして、その時悟ったのだ。
ああ、自分もまた、あの若く嫋やかな佳人を、いつの間にか一人の女人として慕っていたのだと。
悟っても、主の想い人に何を出来るでもなく。
幾年も心の奥底に恋情を秘めながら、時に御簾越しに挨拶を交わし、時に遠くから姿を垣間見て。
しかし、誰の手も届かないのだと思えばこそ、心穏やかにいられたというのに。
「余亡き後、姉上は磐井に任せようと思う。金村、その時には委細任せたぞ。」
床に着いた主に呼び出されたのは、崩御される一月ほど前のことだった。
晩秋は体調を崩しがちだが、例年より長く床に臥す主に呼ばれて伺候すると、珍しく御簾内に招かれた。
少し緊張して入ると、いつも以上に血の気の無い主がいた。
「どうなされました!」
流石に驚いた私に、側にいた手白香様が主を介添えしつつ口を開いた。
「今年は秋が早かったせいか、寒さが殊に堪えるようで。」
付ききりなのであろう、主の肩に添えた手も、心配そうに主に向けた顔も、雪のような白さだった。随分とお疲れが見える。今なら、一言声を掛けても許されるだろうか?
「皇女さまもお疲れでは…「姉上、少し外して欲しい。」」
思い切って発した言葉は……しかし主に遮られた。
「大事な話をするのです。姉上と言えど内容はお教えできません。」
「……分かりました。夕餉の支度を見てきます。柔らかいものを作らせるから、少しは食べて下さいね。」
面窶れした顔に、それでも弟を気遣う笑みを浮かべる手白香様に、募る思いを隠すので精一杯の私は、無表情で頭を下げた。
こんなに想っているのに、声を掛けることすら許されないのか。
忸怩たる思いを抱えて沈黙した私に、主は言ったのだ。
自分はもう長くない。恐らくこの冬は越せないだろう。ついては今後の事を伝えおく。先ずは……
「余亡き後、姉上は磐井に任せようと思う。あの二人は相愛だ、是非も無い。金村、その時には委細任せたぞ。」
その後、何と答えたか、実は覚えていない。だが、主は特に不審にも思わなかったようだから、いつものごとく冷静に受け答えしたのだろう。
しかし。
心の中は荒れ狂っていた。
なぜ?どうして?西海道一の勢力を誇るとはいえ、地方の一豪族の息子に、唯一成人している最も血の正しい皇女をくれてやるのか?
相愛だと?何を言っているのか?磐井など……あれはただ腕っぷしが強いだけの遊び人ではないか!
かつて直属の部下だった若者を思い出す。日に焼けた男らしい姿と、屈託ない笑顔、陽気な性格の割に真面目な務めぶりに、類まれな剣の腕前……。
確かに女に、、、いや男女問わず好かれる男ではあった。が、それが何だと言うのだ。
あんな男に、私は負けたのか?主にとって、至宝を託すに足る信を置くのは、私ではなく、磐井だったのか?
私の中で何かが崩れ去った。
そして思ったのだ。
それならそれで、自分も遠慮はしない。今まで、主を慮り無意識のうちに選ばなかった手段を、洗い出す。そして、必ず手に入れるのだと。最後に笑うのは、この私なのだと。
その後、計画を出し抜かれないよう、偶々会った磐井にそれとなく探りを入れたが、あの男は愚直にも、若しくは警戒したのか、まだ何も考えていないと言った。
私は薄く微笑む。そうだ、大王の快癒を願ってじっとしているがいい。その間私はあらゆる準備と根回しをしてみせよう。お前になど、あの方を渡すものか。
そう思いつつ話を終えて、二月半。
主の崩御。殯宮の建設。主亡き後混乱する政の掌握。ヲホドとの密約。
そして、今日。
私は手白香様をついに手に入れた。
あの瞳で見つめられるのは、ただただ快感だった。例えその中に宿るのが、憎しみだったとしても。
今は敵と思われていても構わない。
何れ、貴女は落ちてくる。貴女の過酷な運命が、いずれ貴女を私の腕の中に導くだろう。
策は成ったのだ。
後は、待つのみ。
自分の部屋に帰る道すがら思い返す。
つい三月前までは、こんな事をしようとは考えていなかったのに。
いや、違う。自分に嘘は付けない。密かに考えてはいた。
夢物語として、行動する優先順位から外していただけだ。
先代の大王、若雀命様。
若輩の自分を見出してくれた幼い我が主。畏れ多くも弟のように思っていたのは事実だ。
不遜を省みず言うならば、若雀命様も私にはかなりの信を置いていたと思う。
私たちは良い主従だった。
だが。
甘ったれな皇子は聡明な美少年になり、美しく思慮深い青年になったが、虚弱の質だけは治らなかった。
この主の治世は長くないし、後継は望めそうにない。
そう、冷静に考えている自分が居たことも確かだ。何といっても私は大伴氏の当主。新興勢力の大伴氏の興隆は、私に掛かっている。
だから、主が大王に即位した時から、次の代にどう関わり、どう権力に沿うか考えて来た。
その選択肢の一つに、皇女のどなたかを妻問い、大王の夫として権力を握る事、も入れてはいたのだ。
しかし、大伴氏は大和の豪族としては力が弱く、ただ皇女を妻問うくらいでは権力は握れない。大王即位に関わる大きな功績と、自分を推す古い豪族の協力が必須だ。そうなると、とても現実味があるとは思えなかった。
しかし、昨年。主の大后を立てると言う話の中で事件が起こり、物部氏を上手く味方につけることが出来た。
だが、まだ手駒が足りない。
そう思っていたところに、杖刀人として目を掛けていた近江毛野が近付いてきた。
近江から越、尾張に勢力を持ち、伽耶や百済とも取引のある近江の豪族。毛野の生国での主筋にあたるヲホドが接触を図って来たのだ。
後は手白香様へ話した通り。
大王家とのごく薄い、でも確かな繋がり。大和の古い豪族との接点の無さ。そしてその年齢。
願っても無い手駒。
そして、向こうから指定してきたのだ。
成人していると聞く最も正しい血筋の皇女を大后として迎えたい。どうしたらいいか、と。
大和に向かってきたあの百を超える兵も、ヲホドの子息達も、実のところは手白香様を礼を尽くして迎えるため。
そして、それを指示したのは私、宮の警護と大和の治安を一手に引き受けるべき、大連大伴金村だ。
それもこれも、手白香様を殯宮から連れ出すため。
手白香皇女。
我が主がその一生を掛けて執着した想い人。
可憐な少女の時は、主の執着を、姉弟の情として微笑ましいと思っていた。
しかし、長じてなお続く度を越した執着に、これは男女の恋情か、と思い至った時。
冷静と非情を冠して呼ばれる自分の胸に去来したのは、意外にも同情と共感だった。
この国一番の権力を持ち、あれ程慕い囲っても、叶えられない想いへの同情。
それでも慕わずにいられない想いに対する共感。
そして、その時悟ったのだ。
ああ、自分もまた、あの若く嫋やかな佳人を、いつの間にか一人の女人として慕っていたのだと。
悟っても、主の想い人に何を出来るでもなく。
幾年も心の奥底に恋情を秘めながら、時に御簾越しに挨拶を交わし、時に遠くから姿を垣間見て。
しかし、誰の手も届かないのだと思えばこそ、心穏やかにいられたというのに。
「余亡き後、姉上は磐井に任せようと思う。金村、その時には委細任せたぞ。」
床に着いた主に呼び出されたのは、崩御される一月ほど前のことだった。
晩秋は体調を崩しがちだが、例年より長く床に臥す主に呼ばれて伺候すると、珍しく御簾内に招かれた。
少し緊張して入ると、いつも以上に血の気の無い主がいた。
「どうなされました!」
流石に驚いた私に、側にいた手白香様が主を介添えしつつ口を開いた。
「今年は秋が早かったせいか、寒さが殊に堪えるようで。」
付ききりなのであろう、主の肩に添えた手も、心配そうに主に向けた顔も、雪のような白さだった。随分とお疲れが見える。今なら、一言声を掛けても許されるだろうか?
「皇女さまもお疲れでは…「姉上、少し外して欲しい。」」
思い切って発した言葉は……しかし主に遮られた。
「大事な話をするのです。姉上と言えど内容はお教えできません。」
「……分かりました。夕餉の支度を見てきます。柔らかいものを作らせるから、少しは食べて下さいね。」
面窶れした顔に、それでも弟を気遣う笑みを浮かべる手白香様に、募る思いを隠すので精一杯の私は、無表情で頭を下げた。
こんなに想っているのに、声を掛けることすら許されないのか。
忸怩たる思いを抱えて沈黙した私に、主は言ったのだ。
自分はもう長くない。恐らくこの冬は越せないだろう。ついては今後の事を伝えおく。先ずは……
「余亡き後、姉上は磐井に任せようと思う。あの二人は相愛だ、是非も無い。金村、その時には委細任せたぞ。」
その後、何と答えたか、実は覚えていない。だが、主は特に不審にも思わなかったようだから、いつものごとく冷静に受け答えしたのだろう。
しかし。
心の中は荒れ狂っていた。
なぜ?どうして?西海道一の勢力を誇るとはいえ、地方の一豪族の息子に、唯一成人している最も血の正しい皇女をくれてやるのか?
相愛だと?何を言っているのか?磐井など……あれはただ腕っぷしが強いだけの遊び人ではないか!
かつて直属の部下だった若者を思い出す。日に焼けた男らしい姿と、屈託ない笑顔、陽気な性格の割に真面目な務めぶりに、類まれな剣の腕前……。
確かに女に、、、いや男女問わず好かれる男ではあった。が、それが何だと言うのだ。
あんな男に、私は負けたのか?主にとって、至宝を託すに足る信を置くのは、私ではなく、磐井だったのか?
私の中で何かが崩れ去った。
そして思ったのだ。
それならそれで、自分も遠慮はしない。今まで、主を慮り無意識のうちに選ばなかった手段を、洗い出す。そして、必ず手に入れるのだと。最後に笑うのは、この私なのだと。
その後、計画を出し抜かれないよう、偶々会った磐井にそれとなく探りを入れたが、あの男は愚直にも、若しくは警戒したのか、まだ何も考えていないと言った。
私は薄く微笑む。そうだ、大王の快癒を願ってじっとしているがいい。その間私はあらゆる準備と根回しをしてみせよう。お前になど、あの方を渡すものか。
そう思いつつ話を終えて、二月半。
主の崩御。殯宮の建設。主亡き後混乱する政の掌握。ヲホドとの密約。
そして、今日。
私は手白香様をついに手に入れた。
あの瞳で見つめられるのは、ただただ快感だった。例えその中に宿るのが、憎しみだったとしても。
今は敵と思われていても構わない。
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