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殯宮を訪うのは
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殯宮は緊張に包まれていた。
門の前で取次ぎを待っていても、それは良く分かる。
金村に加担し、ここに使者として訪れながらも、物部麁鹿火は気が重かった。
昨日、手白香皇女様を宮に迎えたと金村から連絡が来た。一昨日の合議の時から隣室にいらして、委細ご存知である、と言われれば、もう逃げようがない。
いよいよ始まる今になって、自分の判断に迷いが生じるなど、武人にあるまじき事なのに、、、。
麁鹿火は自らと自らの氏を一介の武門と考えている。
物部は大王の剣。数多の戦いで常に大王の意を汲み勝利を得てきた、倭国最強の一族。
忠義を尽くしてきた大王家、その一族を、傀儡として扱うなど、本来あってはならない事。
しかし、、、。
昨年起こった事件で、麁鹿火は大王に深い恨みを抱いてしまった。そのため、金村の、大王家に新しい血を、と言う誘いかけに、抗えなかったのだ。
「影媛……」
可愛がっていた娘の名を呟けば、懐かしい面影が心内に浮かぶ。
だが、それはあくまで私情だ。
今、自分は倭国の大連として本当に正しい行動を取っているのか?
迷いがあるならば、謀略を持って主たる一族にまみえるべきでは無いのでは?
、、、一旦、里に戻って、長老と話してみるか。
そう思って馬主を巡らそうとした時。
「お待たせ致しました、物部大連殿。大后が会われます。」
粗末な殯宮の門が開き、老爺が一人現れた。
退路は、断たれたのだ。
「久しいこと、麁鹿火殿」
平伏した彼の前に現れた幼なじみ、先々代大王億計王の大后は、にこりともしなかった。
当然だ。
突然宮の遣いと称する者が来て、知らぬうちに娘が連れて行かれて二日。やっと正式な宮の遣いが来たのだから。
「大連はいつから主の娘を拐うようになったのか?そも、手白香は無事なのか?」
長年主と仰いだ方の冷たい責めに、冷や汗が流れる。
「拐うなど、滅相もないこと。大和に緊急の事あり、手白香様にご相談賜るべくお運び頂いた次第です。」
「詭弁を。殯宮にいる者は今の政には関わらない、それが決まり。それに、やむを得ないまこと緊急のことならば、先ずは私の処に来るべきであろう。大王一族の家刀自(女長老)は我ぞ。」
「お言葉御もっともなれど……」
「物申す前に娘を連れて参れ。なぜここに手白香がおらぬ?」
大后の一言に、覚悟を決める。言い逃れられるわけがないのだ。
「……手白香様はこちらには戻られませぬ。宮でお仕度の後、新しき大王となるお方の妻問いを受けることになりました。」
「……なんと?今一度申せ。」
「手白香様には大王の正しき血の最も濃い皇女として、次の大王候補の妻問いを受けて頂きます。本来ならば、殯の期間が過ぎ、新しい大王が即位為されて後、妻問いを受け大后となられますが、此度はそうはいかないのです。」
「何がそうはいかぬ、か?そも、その候補とやらは誰ぞ?もしやいかがわしき者を無理に大王の座に就けるのではあるまいな?」
詰め寄られて、麁鹿火は一瞬言葉に詰まった。
大后にはそれで大体の事は分かったらしい。
「何と言う事。若雀の後継は揉める事は分かっていました。なにせ直系の男が居ない。これは私にも責任があることですが・・・。聞いても私も知らぬような者が大王候補なのですね?そして豪族どもは、私の手白香と娶わせることで、血を補完しようと言うのですね?」
「仰せの通りでございます。」
「……せめて若く見目好きものであれば……どの様な者で、齢は幾つか?」
「近江から越に基盤を持つ者でございます。品陀和気命(応神天皇)の五世孫で、名をヲホドと。齢は……」
流石に言いよどむと、睨み据えられた。
「五十八とか……」
言うなり平伏する。
「ごじゅうはち……私よりも年寄りの、近江の、田舎豪族……」
茫然と呟く大后の表情を伺う事は出来なかった。今更ながら、自分と金村は、何と言う縁を大王家にもたらしたのだろう。
どれくらいの時が過ぎたのか。
「顔を上げなさい。」
静かな声で命じられた。のろのろと顔を上げると、感情の無い視線が麁鹿火を射抜いた。
「それが、そなた達の判断だと。我が父大泊瀬幼武命(雄略天皇)と我が息子、若雀命に引き立てられた大伴氏と、何人もの後継候補の中から、我が夫が指名したことで氏の長になれた麁鹿火、そなた達の。」
言葉が出ない。目も逸らせない。この、小柄な中年の女人の前で、麁鹿火はただただ無力だった。
「二度と顔を見せるでない。疾く去ね……この、裏切り者。」
言うなり座を立ち去る大后を、麁鹿火は茫然と見送った。
門の前で取次ぎを待っていても、それは良く分かる。
金村に加担し、ここに使者として訪れながらも、物部麁鹿火は気が重かった。
昨日、手白香皇女様を宮に迎えたと金村から連絡が来た。一昨日の合議の時から隣室にいらして、委細ご存知である、と言われれば、もう逃げようがない。
いよいよ始まる今になって、自分の判断に迷いが生じるなど、武人にあるまじき事なのに、、、。
麁鹿火は自らと自らの氏を一介の武門と考えている。
物部は大王の剣。数多の戦いで常に大王の意を汲み勝利を得てきた、倭国最強の一族。
忠義を尽くしてきた大王家、その一族を、傀儡として扱うなど、本来あってはならない事。
しかし、、、。
昨年起こった事件で、麁鹿火は大王に深い恨みを抱いてしまった。そのため、金村の、大王家に新しい血を、と言う誘いかけに、抗えなかったのだ。
「影媛……」
可愛がっていた娘の名を呟けば、懐かしい面影が心内に浮かぶ。
だが、それはあくまで私情だ。
今、自分は倭国の大連として本当に正しい行動を取っているのか?
迷いがあるならば、謀略を持って主たる一族にまみえるべきでは無いのでは?
、、、一旦、里に戻って、長老と話してみるか。
そう思って馬主を巡らそうとした時。
「お待たせ致しました、物部大連殿。大后が会われます。」
粗末な殯宮の門が開き、老爺が一人現れた。
退路は、断たれたのだ。
「久しいこと、麁鹿火殿」
平伏した彼の前に現れた幼なじみ、先々代大王億計王の大后は、にこりともしなかった。
当然だ。
突然宮の遣いと称する者が来て、知らぬうちに娘が連れて行かれて二日。やっと正式な宮の遣いが来たのだから。
「大連はいつから主の娘を拐うようになったのか?そも、手白香は無事なのか?」
長年主と仰いだ方の冷たい責めに、冷や汗が流れる。
「拐うなど、滅相もないこと。大和に緊急の事あり、手白香様にご相談賜るべくお運び頂いた次第です。」
「詭弁を。殯宮にいる者は今の政には関わらない、それが決まり。それに、やむを得ないまこと緊急のことならば、先ずは私の処に来るべきであろう。大王一族の家刀自(女長老)は我ぞ。」
「お言葉御もっともなれど……」
「物申す前に娘を連れて参れ。なぜここに手白香がおらぬ?」
大后の一言に、覚悟を決める。言い逃れられるわけがないのだ。
「……手白香様はこちらには戻られませぬ。宮でお仕度の後、新しき大王となるお方の妻問いを受けることになりました。」
「……なんと?今一度申せ。」
「手白香様には大王の正しき血の最も濃い皇女として、次の大王候補の妻問いを受けて頂きます。本来ならば、殯の期間が過ぎ、新しい大王が即位為されて後、妻問いを受け大后となられますが、此度はそうはいかないのです。」
「何がそうはいかぬ、か?そも、その候補とやらは誰ぞ?もしやいかがわしき者を無理に大王の座に就けるのではあるまいな?」
詰め寄られて、麁鹿火は一瞬言葉に詰まった。
大后にはそれで大体の事は分かったらしい。
「何と言う事。若雀の後継は揉める事は分かっていました。なにせ直系の男が居ない。これは私にも責任があることですが・・・。聞いても私も知らぬような者が大王候補なのですね?そして豪族どもは、私の手白香と娶わせることで、血を補完しようと言うのですね?」
「仰せの通りでございます。」
「……せめて若く見目好きものであれば……どの様な者で、齢は幾つか?」
「近江から越に基盤を持つ者でございます。品陀和気命(応神天皇)の五世孫で、名をヲホドと。齢は……」
流石に言いよどむと、睨み据えられた。
「五十八とか……」
言うなり平伏する。
「ごじゅうはち……私よりも年寄りの、近江の、田舎豪族……」
茫然と呟く大后の表情を伺う事は出来なかった。今更ながら、自分と金村は、何と言う縁を大王家にもたらしたのだろう。
どれくらいの時が過ぎたのか。
「顔を上げなさい。」
静かな声で命じられた。のろのろと顔を上げると、感情の無い視線が麁鹿火を射抜いた。
「それが、そなた達の判断だと。我が父大泊瀬幼武命(雄略天皇)と我が息子、若雀命に引き立てられた大伴氏と、何人もの後継候補の中から、我が夫が指名したことで氏の長になれた麁鹿火、そなた達の。」
言葉が出ない。目も逸らせない。この、小柄な中年の女人の前で、麁鹿火はただただ無力だった。
「二度と顔を見せるでない。疾く去ね……この、裏切り者。」
言うなり座を立ち去る大后を、麁鹿火は茫然と見送った。
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ねこママさま
感想有難うございます!こちらでの初感想でとても嬉しいです。
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史実には沿うつもりなのですが、磐井には是非頑張って欲しいと思いながら書いてます。
更新も頑張りますのでよろしくお願いします。