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三章 ――白色の王子と透明な少女――
⑤<王子3> 『会食』
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⑦【ロキ】
「私は王都に良く行くんだがね、知り合いから良く言われるよ。『木の上に住むなんて、不便で仕方ないだろう』とね」
テーブルを挟んで向かい側に、恰幅の良い男が座り、優雅に食事を続けている。
髪をしっかりと固め、鼻の下にカイゼル髭を蓄えた、古典的な英国紳士を思わせる雰囲気を持った男だ。
テーブルの上には森の恵みを受けた料理達が並んでいて、湯気と共に芳醇な香りを放っていた。
「確かに、移動に不便さは否めない。だが、この料理達を見たまえ。森に生きる動物達を深く味わうため、この地方でしか取れぬ香辛料が惜しげも無く使われ、濃厚な蜜で味付けされている。王都では貴族でしか味わえないような料理ばかりだ」
密集した木々を壁に利用した部屋には、生活するに十分な光が満たされている。どうやら木々の間から差し込む光の光線を鏡で屈折させているらしい。
壁に見立てられた木々の間からは『夜のノカ』が映し出す夜景の一部が垣間見えた。
何処からどう見てもアウトローな男達に囲まれた俺は、『森のノカ』で唯一の店舗だという酒場の中に連れ込まれた。
男達の顔パスで酒場の奥に押しやられてみると巨木の幹をくり抜いた『夜のノカ』へと繋がる梯子が待ち構えていた。
こうして俺は忘れられた町『夜のノカ』へと再び足を踏み入れ、こうして太ったオッサンと昼飯を共にしていた。
まあ、食っているのは目の前に座るオッサンだけなんだがな。
「……どうした? 食わないのか? 折角の料理が冷めてしまう」
オッサンの勧めに首を振る。
「怪しげな男達の拠点で食事をするほど、俺は神経が図太くないんでね」
「心配しなくても、毒など入っていない。……まあ、好きにしたまえ。私にルスラン王族への命令権など無いのだからな」
「そう思うなら、できるならば早いところ用件を済ませてもらいたいものだな。気を許していない相手との食事ほど、無駄な時間はない」
「……なるほど、噂通り王族らしくない口調と雰囲気のお方のようだ」
敵意を隠しもしない俺の物言いに、特段気に触る素振りも見せず食事を続ける男。
……駄目だな、意地でも食事が終わるまで本題に入らないつもりだ。
広い室内を見わたすと、壁際には様々な種類の武器が綺麗に並べられており、美術品のような雰囲気を出していた。
家具らしい家具は、中央にある広いテーブルと椅子のみ。そんな中、壁際で乱雑に置かれた二つの木箱に目が行く。
所々、赤黒く変色していて、美しい空間に異物が放り込まれているような感覚に陥る。
「……あの箱が気になるかね?」
一通り食事を終えたオッサンが口をナプキンで拭きながら尋ねてくる。
「随分と大きな木箱だと思ってな。……人一人くらいは入れそうだ」
「それぞれに、男が入っているよ。切り刻まれて、既に人の形をしていないがな」
男がなんでもないことのように言い放つ。
「こびり付いた血で想像は付いていた。……竜の尾でも踏んだのか?」
「組織を裏切り、私の金を盗もうとした。裏切り者達の末路だ。『灰色の樹幹』はそういった輩を絶対に許さない」
「金は大事だとは思うが、食事をする場に置く物ではないな。趣味が悪い」
「食事の場にあるからこそ、効果はあるものなのだよ。仲間内で食事をし、気を緩める中で嫌でも目に入る。そしてこう思うだろう。『絶対に、仲間は裏切れない。組織は裏切れない』と」
見せしめか。コイツらは自警団と名乗っていたが、やっていることはヤクザのそれと変わらない。
あまり関わるべき相手ではないのだろう。
「待たせたな。……それでは始めようか」
期を狙ったかのように女達が現れ、妙な色気を振りまきながら食事を片付けていく。
全ての皿が片付いたところで、オッサンの表情が変化する。組織を背負う、男の顔へと。
そして、言った。
「嘘偽りなく答えろ……上《ノカ》の町で何が起きている?」
⑧【ロキ】
「嘘偽りなく答えろ……上《ノカ》の町で何が起きている?」
……この町で、何が起きているか。少し意外な質問だったな。
「この町の出来事は、根を張るお前達の方が詳しいだろう。俺が聞きたいくらいだ」
「この町の事ならばな。だが今回、一連の出来事は別だ。町で対処できる範疇を超えている」
まあそうだろうな。仮に王都で同じ出来事が起こったとしても、対処には相当な時間と労力がかかるだろう。
「転移盤《アスティルミ》が何度も作動したと思ったら、次は妙な魔物が現れ、挙げ句にワイバーンときた。おかげで町は滅茶苦茶だ。お前達王族はこの町に何を持ち込んだ? 転移盤《アスティルミ》が動いている以上は、『教会』と『王国《ルスラン》』が関わっているはずだ」
「期待させて悪いが、俺は本当に何も知らない。ここへは奇病の調査に来ただけだ」
「……一人でかな?」
「後に俺の従者が馬で来る。転移盤《アスティルミ》を使ったのは俺だけだ」
「知らないとでも思ってるのか? 転移盤《アスティルミ》は六人一度に移動できる。王族のお前がたった一人で来るとは思えないがな」
チャラ導師が『教会』に申請を通せたのが俺だけだったからな。今にしてみると、それが本当のことかも怪しい物だが。
「俺もできるならば従者と来たかったんだがな。知っているだろうが、『二夫歌姫《きょうかい》』は気難しいんでね。説得かなわなかった」
俺の説明に納得したのか、男は次の質問に移る。
「では、奇病とはなんだね? 前に来た男達と何か関係があるのか?」
「前に来た男達……だと? 何か知っているのか?」
「質問しているのはこの俺だ」
男が敵意の威圧を放ってきた。
流石はゴロツキを束ねているだけのことはあるが、王族を前に行える自信はどこから来るのだろう。
「眠り続け、衰弱していく奇病だ。本国では『眠り病』と呼ばれていた。この地方特有の病気だとばかり思ったんだがな」
「聞いたことも見たこともないな。その話が本当だとして、王子のお前がどう治すつもりだ?」
「……王族直伝の秘術がある。が、もう手遅れだ。眠り病に侵された男達は全て死んだ」
正確には何者かに殺された、だがな。
「お前らが来た直後、妙なモンスターでこの町が溢れた。関与していないというならば何か証拠を見せてみろ」
「証拠、と言われてもな……。その妙なモンスターを俺は見ていない。どうやら、子供の影の形をした良く分からないモンスターだったらしいな。町の有志らが何匹か仕留めたと聞いたが本当なのか?」
「ああ。俺達も何匹かは仕留めた。霧のように消えうせたがな」
「そう。どこを探しても死骸が見つからない。死骸がない生物などこの世に存在しない。可能性があるとすればそれはただ一つ。……『魔法』だ」
「まほう? ……上《ノカ》の町に魔族が居るとでも?」
「俺はそう踏んでいる。王子が魔法を使えると言うよりも信憑性のある話じゃないか?」
男は少しの間考え、納得するように頷いた。
……ギリギリだったな。どうやら俺の嘘《ブラフ》はコイツに通ったようだ。
王子が魔法を使えるか。その問いの答えは勿論イエスだ。
王族は魔石を媒体にして魔法が使える。その情報は秘匿されているわけでもないが公表された情報でもない。
転移盤《アスティルミ》を知っているこの男ならば、王族が魔法を使えることを知っている可能性もあった。まあその時はその時で手を打つつもりだったが……。
なんにせよ、わざわざ自らルスラン王国の貴重な情報を流す必要はない。
「俺は『眠り病』が魔法である可能性も考えている。何か人間に敵意を持った魔族がこの町に潜んでいるのは間違い無いだろうな」
『眠り病』が魔法である可能性は大きい。だからこそ、兄上はそれに対抗させるため、『夢魔法』の指輪を持たせてきた。そう推測が立つ。
「仮に魔族が上の町に居るとして……どう対抗すればいい?」
「本体を見つけ出し、倒すしかないだろうな。そのためには……少し情報が必要だな。今度はこちらから質問していいか?」
男が頷くのを確認し、続ける。
「まず、先ほどお前は『転移盤《アスティルミ》が何度も作動した』と言っていたな。俺の前にも転移盤《アスティルミ》が作動したのならば、それはいつだ?」
男は思い出すように上を見つめ、答えた。
「半年ほど前、……それに二週間ほど前だ。その時はこの町の聖堂から、男達が五人現れた」
「それは確実なのか? こっそりと使われる可能性だってあるだろう」
「ノカから聖堂まで向かう、“行き”ならば有り得るな。だがルスラン大聖堂からこの町へと“戻る”のに、それは有り得ない。転移盤《アスティルミ》を使い、この町に辿り着いた場合、この町の聖堂から派手な光の柱が走り、空に魔方陣が広がる。どれだけ遠目で見ていても分かるほど派手なものだ」
「なるほどな……」
気絶してしまっていたから気がつかなかったが、この男がそう言うのならばその通りなのだろう。わざわざ調べればすぐに分かる様な嘘を付くとも思えない。
聖堂からこの町へと何者かが現れたのは、半年前と二週間前、そして俺が辿り着いた時だけだ。
二週間前か。ネルの言っていた男達の病状と一致するな。
「恐らくは後に『眠り病』に侵される前の『教会』の戦闘員だろう。この町に来たばかりの時は、無事だったんだな」
「ヤツらは何かを探しているようだった。森のノカで住人達に尋ね回っていたよ」
「……何を尋ねていたのかは分かるか?」
「ええと、ジョシュアが言っていたな……ああ、そうだ、『黒いローブの男を知らないか?』そう聞いて回っていたそうだ」
黒いローブの男か……。
「その後ほどなく男達は居なくなった。てっきり目的を果たして帰ったのかと思っていたんだがな」
実際は『眠り病』に侵され、『教会』関係者に保護されていたというわけだ。
「……黒いローブの男を捜し、『眠り病』に侵された。そして転移盤《アスティルミ》は六人まで転移できるのに関わらず、五人がこの町に辿り着いている。そこから推測できるのは……一つだな」
俺が言わんとしていることが理解できたのか、男が頷く。
「ヤツらが探していた黒いローブの男……それが魔族ということか」
「恐らく大聖堂で何かがあったのだろう。魔族が現れ、小競り合いが起こった。魔族が逃げたか、戦いの末かは分からないが……とにかく、黒いローブの魔族は大聖堂の地下で、この町行きの転移盤《アスティルミ》を使用した。……魔族を追う『教会』の戦闘員と共にな」
「その後、この町で取り逃がしたって訳か……『教会』め……ふざけやがって……」
だから『教会』はその尻ぬぐいをするため、俺やネルを呼び寄せ、この町に派遣させたというわけだ。
そう考えれば、エメットが親切にも転移盤《アスティルミ》を使用させた理由も分かるし、『眠り病』患者のことをあたかもこの町の住人のように説明した理由も説明がつく。
できるならば『教会』の不祥事を隠したまま、この一件のカタを付けたかった訳だな。
……あの金髪ペテン師め。やっぱりアイツは迂闊に信用できないヤツだな。
「……お前達は無法者の集まりのようだが、話を聞く限り、この町のためを思って行動しているような素振りもある。……そこは信用していいのか?」
「当たり前だ。言ったはずだ。俺達は『灰色の樹幹』。この町の自警団だとな」
自警団か。……町など綺麗な一面だけじゃない。犯罪も起こす輩がいるし、警察が無い以上はそれを取り締まれる存在、悪党が怖れる存在が必要になってくる。
町の治安を維持し、コントロールできる悪党集団、それがこの『灰色の樹幹』なんだろう。
「ならば、俺に協力してくれ。『眠り病』解決の依頼者は『教会』だが……これからも町の住人が『眠り病』にならないとは限らない。犠牲者が増える前に、『黒いローブの男』を捕らえたい」
立ち上がり、男に右腕を差し出す。そして男も躊躇いなく立ち上がる。
「……いいだろう。王族というのは信用できないが、今は非常時だ。一度は信用しよう」
差し出してきた右手を掴み、握手を交わす。
……俺がアウトローどもと手を組むとはな。まあ、このオッサンの町を思う気持ちは本物だろう。乗りかかったからには、上手く利用して――
……ああ、そうだ。そういえば……
大事なことを聞き忘れていた。
「それでは、一つ、大事な質問に答えてくれないか?」
オッサンが頷いたのを確認し、続ける。
「オッサン、アンタの名前はなんだ?」
「ん? おお、そうか。伝え忘れていたな。……私としたことが」
オッサンは口髭を整えながら続けた。
「オーレン。私は、オーレンと申す者だ。これでも表の顔は商人で通っている」
これでもだと? こんなところで出会わなければ、商人にしか見えない格好だがな。
「私は王都に良く行くんだがね、知り合いから良く言われるよ。『木の上に住むなんて、不便で仕方ないだろう』とね」
テーブルを挟んで向かい側に、恰幅の良い男が座り、優雅に食事を続けている。
髪をしっかりと固め、鼻の下にカイゼル髭を蓄えた、古典的な英国紳士を思わせる雰囲気を持った男だ。
テーブルの上には森の恵みを受けた料理達が並んでいて、湯気と共に芳醇な香りを放っていた。
「確かに、移動に不便さは否めない。だが、この料理達を見たまえ。森に生きる動物達を深く味わうため、この地方でしか取れぬ香辛料が惜しげも無く使われ、濃厚な蜜で味付けされている。王都では貴族でしか味わえないような料理ばかりだ」
密集した木々を壁に利用した部屋には、生活するに十分な光が満たされている。どうやら木々の間から差し込む光の光線を鏡で屈折させているらしい。
壁に見立てられた木々の間からは『夜のノカ』が映し出す夜景の一部が垣間見えた。
何処からどう見てもアウトローな男達に囲まれた俺は、『森のノカ』で唯一の店舗だという酒場の中に連れ込まれた。
男達の顔パスで酒場の奥に押しやられてみると巨木の幹をくり抜いた『夜のノカ』へと繋がる梯子が待ち構えていた。
こうして俺は忘れられた町『夜のノカ』へと再び足を踏み入れ、こうして太ったオッサンと昼飯を共にしていた。
まあ、食っているのは目の前に座るオッサンだけなんだがな。
「……どうした? 食わないのか? 折角の料理が冷めてしまう」
オッサンの勧めに首を振る。
「怪しげな男達の拠点で食事をするほど、俺は神経が図太くないんでね」
「心配しなくても、毒など入っていない。……まあ、好きにしたまえ。私にルスラン王族への命令権など無いのだからな」
「そう思うなら、できるならば早いところ用件を済ませてもらいたいものだな。気を許していない相手との食事ほど、無駄な時間はない」
「……なるほど、噂通り王族らしくない口調と雰囲気のお方のようだ」
敵意を隠しもしない俺の物言いに、特段気に触る素振りも見せず食事を続ける男。
……駄目だな、意地でも食事が終わるまで本題に入らないつもりだ。
広い室内を見わたすと、壁際には様々な種類の武器が綺麗に並べられており、美術品のような雰囲気を出していた。
家具らしい家具は、中央にある広いテーブルと椅子のみ。そんな中、壁際で乱雑に置かれた二つの木箱に目が行く。
所々、赤黒く変色していて、美しい空間に異物が放り込まれているような感覚に陥る。
「……あの箱が気になるかね?」
一通り食事を終えたオッサンが口をナプキンで拭きながら尋ねてくる。
「随分と大きな木箱だと思ってな。……人一人くらいは入れそうだ」
「それぞれに、男が入っているよ。切り刻まれて、既に人の形をしていないがな」
男がなんでもないことのように言い放つ。
「こびり付いた血で想像は付いていた。……竜の尾でも踏んだのか?」
「組織を裏切り、私の金を盗もうとした。裏切り者達の末路だ。『灰色の樹幹』はそういった輩を絶対に許さない」
「金は大事だとは思うが、食事をする場に置く物ではないな。趣味が悪い」
「食事の場にあるからこそ、効果はあるものなのだよ。仲間内で食事をし、気を緩める中で嫌でも目に入る。そしてこう思うだろう。『絶対に、仲間は裏切れない。組織は裏切れない』と」
見せしめか。コイツらは自警団と名乗っていたが、やっていることはヤクザのそれと変わらない。
あまり関わるべき相手ではないのだろう。
「待たせたな。……それでは始めようか」
期を狙ったかのように女達が現れ、妙な色気を振りまきながら食事を片付けていく。
全ての皿が片付いたところで、オッサンの表情が変化する。組織を背負う、男の顔へと。
そして、言った。
「嘘偽りなく答えろ……上《ノカ》の町で何が起きている?」
⑧【ロキ】
「嘘偽りなく答えろ……上《ノカ》の町で何が起きている?」
……この町で、何が起きているか。少し意外な質問だったな。
「この町の出来事は、根を張るお前達の方が詳しいだろう。俺が聞きたいくらいだ」
「この町の事ならばな。だが今回、一連の出来事は別だ。町で対処できる範疇を超えている」
まあそうだろうな。仮に王都で同じ出来事が起こったとしても、対処には相当な時間と労力がかかるだろう。
「転移盤《アスティルミ》が何度も作動したと思ったら、次は妙な魔物が現れ、挙げ句にワイバーンときた。おかげで町は滅茶苦茶だ。お前達王族はこの町に何を持ち込んだ? 転移盤《アスティルミ》が動いている以上は、『教会』と『王国《ルスラン》』が関わっているはずだ」
「期待させて悪いが、俺は本当に何も知らない。ここへは奇病の調査に来ただけだ」
「……一人でかな?」
「後に俺の従者が馬で来る。転移盤《アスティルミ》を使ったのは俺だけだ」
「知らないとでも思ってるのか? 転移盤《アスティルミ》は六人一度に移動できる。王族のお前がたった一人で来るとは思えないがな」
チャラ導師が『教会』に申請を通せたのが俺だけだったからな。今にしてみると、それが本当のことかも怪しい物だが。
「俺もできるならば従者と来たかったんだがな。知っているだろうが、『二夫歌姫《きょうかい》』は気難しいんでね。説得かなわなかった」
俺の説明に納得したのか、男は次の質問に移る。
「では、奇病とはなんだね? 前に来た男達と何か関係があるのか?」
「前に来た男達……だと? 何か知っているのか?」
「質問しているのはこの俺だ」
男が敵意の威圧を放ってきた。
流石はゴロツキを束ねているだけのことはあるが、王族を前に行える自信はどこから来るのだろう。
「眠り続け、衰弱していく奇病だ。本国では『眠り病』と呼ばれていた。この地方特有の病気だとばかり思ったんだがな」
「聞いたことも見たこともないな。その話が本当だとして、王子のお前がどう治すつもりだ?」
「……王族直伝の秘術がある。が、もう手遅れだ。眠り病に侵された男達は全て死んだ」
正確には何者かに殺された、だがな。
「お前らが来た直後、妙なモンスターでこの町が溢れた。関与していないというならば何か証拠を見せてみろ」
「証拠、と言われてもな……。その妙なモンスターを俺は見ていない。どうやら、子供の影の形をした良く分からないモンスターだったらしいな。町の有志らが何匹か仕留めたと聞いたが本当なのか?」
「ああ。俺達も何匹かは仕留めた。霧のように消えうせたがな」
「そう。どこを探しても死骸が見つからない。死骸がない生物などこの世に存在しない。可能性があるとすればそれはただ一つ。……『魔法』だ」
「まほう? ……上《ノカ》の町に魔族が居るとでも?」
「俺はそう踏んでいる。王子が魔法を使えると言うよりも信憑性のある話じゃないか?」
男は少しの間考え、納得するように頷いた。
……ギリギリだったな。どうやら俺の嘘《ブラフ》はコイツに通ったようだ。
王子が魔法を使えるか。その問いの答えは勿論イエスだ。
王族は魔石を媒体にして魔法が使える。その情報は秘匿されているわけでもないが公表された情報でもない。
転移盤《アスティルミ》を知っているこの男ならば、王族が魔法を使えることを知っている可能性もあった。まあその時はその時で手を打つつもりだったが……。
なんにせよ、わざわざ自らルスラン王国の貴重な情報を流す必要はない。
「俺は『眠り病』が魔法である可能性も考えている。何か人間に敵意を持った魔族がこの町に潜んでいるのは間違い無いだろうな」
『眠り病』が魔法である可能性は大きい。だからこそ、兄上はそれに対抗させるため、『夢魔法』の指輪を持たせてきた。そう推測が立つ。
「仮に魔族が上の町に居るとして……どう対抗すればいい?」
「本体を見つけ出し、倒すしかないだろうな。そのためには……少し情報が必要だな。今度はこちらから質問していいか?」
男が頷くのを確認し、続ける。
「まず、先ほどお前は『転移盤《アスティルミ》が何度も作動した』と言っていたな。俺の前にも転移盤《アスティルミ》が作動したのならば、それはいつだ?」
男は思い出すように上を見つめ、答えた。
「半年ほど前、……それに二週間ほど前だ。その時はこの町の聖堂から、男達が五人現れた」
「それは確実なのか? こっそりと使われる可能性だってあるだろう」
「ノカから聖堂まで向かう、“行き”ならば有り得るな。だがルスラン大聖堂からこの町へと“戻る”のに、それは有り得ない。転移盤《アスティルミ》を使い、この町に辿り着いた場合、この町の聖堂から派手な光の柱が走り、空に魔方陣が広がる。どれだけ遠目で見ていても分かるほど派手なものだ」
「なるほどな……」
気絶してしまっていたから気がつかなかったが、この男がそう言うのならばその通りなのだろう。わざわざ調べればすぐに分かる様な嘘を付くとも思えない。
聖堂からこの町へと何者かが現れたのは、半年前と二週間前、そして俺が辿り着いた時だけだ。
二週間前か。ネルの言っていた男達の病状と一致するな。
「恐らくは後に『眠り病』に侵される前の『教会』の戦闘員だろう。この町に来たばかりの時は、無事だったんだな」
「ヤツらは何かを探しているようだった。森のノカで住人達に尋ね回っていたよ」
「……何を尋ねていたのかは分かるか?」
「ええと、ジョシュアが言っていたな……ああ、そうだ、『黒いローブの男を知らないか?』そう聞いて回っていたそうだ」
黒いローブの男か……。
「その後ほどなく男達は居なくなった。てっきり目的を果たして帰ったのかと思っていたんだがな」
実際は『眠り病』に侵され、『教会』関係者に保護されていたというわけだ。
「……黒いローブの男を捜し、『眠り病』に侵された。そして転移盤《アスティルミ》は六人まで転移できるのに関わらず、五人がこの町に辿り着いている。そこから推測できるのは……一つだな」
俺が言わんとしていることが理解できたのか、男が頷く。
「ヤツらが探していた黒いローブの男……それが魔族ということか」
「恐らく大聖堂で何かがあったのだろう。魔族が現れ、小競り合いが起こった。魔族が逃げたか、戦いの末かは分からないが……とにかく、黒いローブの魔族は大聖堂の地下で、この町行きの転移盤《アスティルミ》を使用した。……魔族を追う『教会』の戦闘員と共にな」
「その後、この町で取り逃がしたって訳か……『教会』め……ふざけやがって……」
だから『教会』はその尻ぬぐいをするため、俺やネルを呼び寄せ、この町に派遣させたというわけだ。
そう考えれば、エメットが親切にも転移盤《アスティルミ》を使用させた理由も分かるし、『眠り病』患者のことをあたかもこの町の住人のように説明した理由も説明がつく。
できるならば『教会』の不祥事を隠したまま、この一件のカタを付けたかった訳だな。
……あの金髪ペテン師め。やっぱりアイツは迂闊に信用できないヤツだな。
「……お前達は無法者の集まりのようだが、話を聞く限り、この町のためを思って行動しているような素振りもある。……そこは信用していいのか?」
「当たり前だ。言ったはずだ。俺達は『灰色の樹幹』。この町の自警団だとな」
自警団か。……町など綺麗な一面だけじゃない。犯罪も起こす輩がいるし、警察が無い以上はそれを取り締まれる存在、悪党が怖れる存在が必要になってくる。
町の治安を維持し、コントロールできる悪党集団、それがこの『灰色の樹幹』なんだろう。
「ならば、俺に協力してくれ。『眠り病』解決の依頼者は『教会』だが……これからも町の住人が『眠り病』にならないとは限らない。犠牲者が増える前に、『黒いローブの男』を捕らえたい」
立ち上がり、男に右腕を差し出す。そして男も躊躇いなく立ち上がる。
「……いいだろう。王族というのは信用できないが、今は非常時だ。一度は信用しよう」
差し出してきた右手を掴み、握手を交わす。
……俺がアウトローどもと手を組むとはな。まあ、このオッサンの町を思う気持ちは本物だろう。乗りかかったからには、上手く利用して――
……ああ、そうだ。そういえば……
大事なことを聞き忘れていた。
「それでは、一つ、大事な質問に答えてくれないか?」
オッサンが頷いたのを確認し、続ける。
「オッサン、アンタの名前はなんだ?」
「ん? おお、そうか。伝え忘れていたな。……私としたことが」
オッサンは口髭を整えながら続けた。
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• オタクにも優しい一万年に一人の最高ギャル・川瀬優里。
恋愛から距離を置きたい裕一の願いも虚しく、彼女たちはなぜか彼にだけ、見え見えな好意を寄せ始める。
教室での「あーん」に、放課後のアニメイトでの遭遇、さらには女神からの「一緒にホラー漫画を買いに行かない?」というお誘いまで。
「俺の身にもなれ! 荷が重すぎるんだよ!」
鋼の意志でスルーしようとする裕一だが、彼女たちの純粋で猛烈なアプローチは止まらない。
恋愛拒否気味な少年と、彼を絶対に攻略したい最強美少女たちの、ちょっと面倒で、でも最高に心地よい「激推し」ラブコメ、開幕!
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