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三章 ――白色の王子と透明な少女――
⑪<王子4> 『人影』
しおりを挟む⑯【ロキ】
「シルワぁああああッ!!」
触手に振り回された彼女の身体は、窓をぶち破り、夜空へと放たれる。
思考よりも先に、俺の身体は動いていた。シルワを追って、窓から夜空へと飛び立つ。
彼女の柔らかな身体を抱きしめ、夜を纏《まと》う。
「っざけんなッ!!」
近づいていく地上を見つめながら俺は叫ぶ。姿の見えない敵に悪意を吐き捨てる。
駄目だ。落下地点近くに植木も水も見当たらない。
このままだと床に叩きつけられて終わる。内臓を撒き散らして即死する。
シルワの身体が離れないよう押さえながら、腰に付けた革袋から目的の物を取り出した。手の平に収る程度のタブレット菓子のような物体だ。
いつかどこかで使えると思っていたが……まさか、こんな場面とはな!
「シルワ! 借りるぞ!」
目的の物を手の平に納めたまま、シルワの太股から針を一本抜き、針先を手の平にあてる。
……最悪、片手は使えなくなるだろう。
「だが、死ぬよりマシだ!」
覚悟を決め、タブレット菓子のような物体に針を突き刺した。
圧縮された大量の空気が一気に解放され、手のひらを飛ばし、鼓膜を刺激し、俺達を吹き飛ばす。
『爆圧錠』。ネルが熱気球のため開発した物だ。一つだけくすねてきたが、こんな早々のタイミングで使う羽目になるとはな。
空気に弾かれた片腕が痛い。だが、美味い具合に外側へ衝撃が分散されたらしい。骨は折れてないようだし、動かせないほどではない。
落下方向が変わり、俺達は小高い樹の茂みに放り込まれた。
枝が身体にぶつかり、へし折れていく。シルワを抱えながら、痛む手のひらを酷使し必死に枝を掴もうともがく。そして――
二人分の重みが俺の腕に衝撃を与える。肩が抜けそうだ。だが、なんとか……枝を掴むことができた。
かなりの高さから落下してしまったが、下を見ると床はまだ遙か下だ。
ここから落ちたとしても、無事では済まないだろう。
腹を貫かれたシルワは気絶している。
片手はシルワを、片手は枝を掴んでいるが、その力は少しずつ弱まっていってる。
これは、マズい。
もう、打ち手が思いつかない。
俺がここでシルワを離せば、自分一人であれば、恐らく助かる事ができるだろう。
だが、そんな提案は当然、却下だ。
絶対に有り得ない。
俺は絶対に、仲間を見捨てたりしない。
愛していると言ってくれた女を、絶対に見殺しにはしない。
――べきり、と低い音が頭上から響いてきた。
身体が大きく下へと移動する。
「……嘘だろ、おい」
俺の手にした枝がへし折れていく。二人分の重みで大きくしなり、それに耐えきれずに破れていく。
それは突然訪れた。二人を支えていた俺の腕がその重みから解放され、身体が重力のされるがままに動いていく。
もう『爆圧錠』もない。魔石を使う余裕もない。
打つ手は、尽きた。
その時、俺は見た。
高見の広場上空から落下を続けていたからこそ、見ることができた。
広場の中央に人影が立っていた。
遠く暗闇に紛れ、その姿ははっきりとは見ることができない。だが、確かにそこに誰かが立っていた。
人影の背中付近で、緑色の炎が噴き上がっている。その炎の光に紛れ、その姿ははっきりとは分からない。
だが、確実に、そこには人間が立っていた。
そして――
広場を支える古木、支柱の役割を果たしてる太い木の前に、巨人の影が立っていた。
それは四本の古木それぞれに一体ずつ存在した。
両手を重ね合わせ、頭の上に腕を振り上げている。
「まさか……まさか!」
四体の巨大な影が、同時に腕を振り下ろした。
衝撃が『森のノカ』を包み込んだ。
⑰【ロキ】
四本の支柱から受ける支えを失った高見の広場が崩壊する。瓦礫へと一瞬で変わり『夜のノカ』へと降り注いでいく。
そして――広場の瓦礫とともに落下を続ける俺とシルワ。
「なんだってんだ!」
広場の床に叩きつけられなかったのは幸運だったが、危機は去っていない。
広場の床に叩きつけられるか、大地の藻屑へと変わるのか、それだけの違いでしかない。
流れる古木達の隙間を落ちていく。瓦礫が太い古木の枝にあたり砕け散っていく。
広場を崩壊させた巨人達の姿は見当たらない。崩壊させた瞬間に消え失せていた。
変わりに――
「あれは……なんだ?」
落ちる瓦礫から瓦礫へと飛び移りながら黒い影が素早く動き回っている。
それは瓦礫を足場にしながら俺達に近づいてくる。
「……い、犬?」
それは犬の影だった。大型犬サイズの影が落ちる瓦礫から瓦礫へと飛び跳ね、視界に見えるその姿が大きくなっていく。
俺に飛びかかった犬の影が口らしき部分で俺の服にを噛む。その瞬間変化が起こった。
影で作られた犬の身体が、大きな翼を持つ鳥の影へと形を変化させたのだ。
翼を羽ばたかせ、浮かぼうともがき続ける。
「……大白鳩《シェバト》の影か? これは」
大陸で鶏馬《ルロ》の次に有名な鳥だ。貴族から平民まで、様々な人間に愛されながら食べられている。
人の子供くらいは抱えて飛べるだろうが、こちらは大人二人分だ。浮力は感じず落ち続ける。
だがそれも僅かな時間だった。次々に大白鳩《シェバト》の影が俺の周りに集まりだしたからだ。
俺の服を咥えていく。大きな鉤爪で掴んでくる。
視界が影に覆われながら、落下速度が弱まっていくのを身体で感じ取る。
「俺達を……助けているのか?」
俺の疑問に答えられる存在はどこにもいなかった。
大白鳩《シェバト》に囲まれた俺はゆっくりと、森の大地へと降ろされた。
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