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第三章 仮想と現実
第40話: 追憶:雨露を凌いだ日と、匠の進化
しおりを挟む【1日目:理想を刻む設計図】
深夜の辺境の工房。
健太郎は作業台に広げた大きな羊皮紙に、狂いのない線で間取りを描き込んでいた。
今の工房は、ただ作業をするためだけの無機質なハコだ。
結衣という大切な女性を迎え入れ、心ゆくまで「仕上げ」を施し、共に安らぐには、あまりにも情緒に欠けている。
「寝室は、朝日の入る東側に。風呂は木の香りが引き立つ檜風のログで作るか……。結衣、キッチンはこの辺りが使いやすいか?」
「三神さん……。あたしのこと、そんなに考えてくれて……。はい、そこなら料理をしながら、三神さんの作業してるところが見えますね」
結衣が嬉しそうに図面を覗き込む。その隣で、アイリスが面白くなさそうに宙を舞い、鼻を鳴らした。
「ふん、あるじよ。何故そう手間をかけるのじゃ。妾の魔力を使えば、こんなもの指先一つで、黄金の宮殿にでも作り変えてやれるというのに。わざわざ木を切り、泥にまみれるなど、非効率の極みではないかえ?」
【始まりの記憶と、小さき姿】
健太郎は図面を引く手を止め、懐かしそうに目を細めてアイリスを見上げた。
「アイリス。……お前、最初(はじめて)の時も、同じことを言っていたな」
「……ぬ? なんのことじゃ」
「忘れたのか? この世界に来て、俺がお前を顕現させたばかりの頃の話だ。今の姿(第二形態)に慣れた結衣には想像もつかないだろうが……あの頃のお前は、まだ今の成長した姿じゃなくてな。もっと幼い、小学生くらいの、いわゆる第一形態だったんだぞ」
健太郎の言葉に、アイリスがハッとして動きを止める。健太郎は結衣の方を向き、穏やかな声で語り継いだ。
「その小さかったアイリスがな、まだ壁も屋根もない野ざらしのキャンプ地で、夜な夜な『屋根がない! 屋根がないではないか!』とうるさく騒いでいたんだ。雨が降れば妾の銀髪が汚れるだの、土の上で寝るなど聖霊への冒涜だのと、一晩中俺の耳元で喚き散らしてな……。だから俺は、お前を黙らせるために、必死で雨風を凌げる小屋を建てたんだよ」
「な、ななな……っ! お、おぬし! 何を昔の恥ずかしい話を……っ!! しかも第一形態の姿など、今の小娘に見せるわけにはいかぬわっ!!」
アイリスの顔が真っ赤に染まる。
結衣は目を丸くし、それからくすくすと笑い出した。
「アイリスちゃん、小学生くらいの姿だったんだ……。ふふ、屋根がないって一生懸命怒ってる姿、見てみたかったな。絶対可愛いですよ」
「うるさいわ、小娘! あれは……あれは環境が悪すぎたのじゃ! 妾の美しさを保つためには、最低限の住環境が必要だったのじゃっ!!」
【土木・建築マスタリーの胎動】
「だからこそ、自分の手で作るんだ。……魔法で作った家じゃ、あの時のお前の『うるささ』は収まらなかっただろう? 汗をかいて、木を組んでこそ、本当の温もりが宿る。……いくぞ、アイリス、結衣」
健太郎は設計図を巻き取り、愛用の斧を手に取った。
森に入り、狙い澄ました巨木に最初の一撃を叩き込む。
ドゴォォォォンッ!!
一振りごとに、かつての記憶が手のひらに蘇る。
木を伐り、枝を払い、地面を均す。その単純な反復作業が、健太郎の中に眠っていた古いスキル群を呼び覚まし、一つの巨大な「理」へと収束させていく。
【告知:木工、土木、石工、精密設計スキルの統合を開始します】
【上位スキル『土木・建築マスタリー』が覚醒しました】
健太郎の脳内に、地形の起伏や木の繊維の強度が完璧なデータとして流れ込む。
初日の作業が終わる頃には、堅牢な土台と、二人の未来を支える最初の一柱が、月光を浴びて誇らしげに立っていた。
【リサ(早川結衣)のスキル熟練度】
• 素顔の早川結衣:Lv.18 (20/100) → (50/100) (+30)
• 誠実な帰依:Lv.11 (30/100) → (60/100) (+30)
• 歴史の目撃者:Lv.1 (10/100) → (80/100) (+70)
• 被覚醒:Lv.14 (30/100) → (50/100) (+20)
【健太郎のスキル熟練度】
• 土木・建築マスタリー:新規取得 Lv.1 (10/100)
• 初日の基礎工事と柱立てにより、構造理解が深化。
• 慈愛の加工:Lv.13 (10/100) → (40/100) (+30)
• 聖霊同調:Lv.22 (150/300) → (180/300) (+30)
• 懐古:Lv.1 (10/100) → (90/100) (+80)
【設定データ・状況確認】
• 健太郎: アイリスの「第一形態(小学生風)」の頃の苦労話を結衣に聞かせながら、新居の土台を完成させた。自らの手で組むことへの拘りが、新たなマスタリーへと繋がった。
• 早川結衣: 健太郎とアイリスの長い時間を知り、少しの嫉妬と、それを上回る大きな愛着を抱く。
• アイリス: 昔の「屋根がない!」と騒いでいた幼少期の姿をバラされ、羞恥心で顔を真っ赤にしながらも、健太郎が自分のために家を建ててくれた記憶を愛おしく思い出している。
【骨組:木の香りと、結衣の献身(2日目)】
建築二日目。朝霧が立ち込める森の中に、乾いた打撃音が響き渡る。
健太郎は『土木・建築マスタリー』の導きに従い、切り出したログに次々と「ノッチ」と呼ばれる刻みを入れ、精緻に組み上げていた。
昨日立てた大黒柱を中心に、みるみるうちに一階部分の壁が姿を現していく。
「三神さん、お水です! あと、この辺りの枝を片付ければいいですか?」
結衣は慣れない手つきながらも、健太郎の作業の邪魔にならないよう、必死に周囲の清掃や資材の整理を手伝っていた。
額に光る汗を拭い、泥に汚れるのも厭わずに立ち働く彼女の姿を、健太郎は目を細めて見守る。
「ああ、助かるよ。無理はしないでいい。……今のうちに、リビングから見える景色の角度を決めておきたいんだ。結衣、ちょっとこっちへ来てくれ」
健太郎は結衣を呼び寄せると、まだ壁のない、窓が予定されている場所へ立たせた。背後から彼女の肩を抱くようにして、視線を合わせる。
「ここからなら、朝に森の湖が見える。……どうかな、君の気に入る場所になりそうか?」
「はい……っ、最高です。三神さんが建ててくれるお家だもん、どこにいても幸せです」
【アイリスの不機嫌な協力】
二人の甘い空気に水を差すように、上空から「のじゃー!」と不満げな声が降ってきた。
アイリスが、自身の魔力で浮かび上がらせた巨大な梁(はり)を担ぐようにして滞空している。
「あるじ! お熱いのは結構じゃが、この太い木をいつまで持たせておくつもりじゃ! 妾を便利なクレーンか何かと勘違いしておらぬかえ!?」
「はは、すまん。そのままそこへ下ろしてくれ」
健太郎が指示を出すと、アイリスは「ふんっ」と鼻を鳴らし、正確な位置に梁を設置した。文句を言いながらも、その手際は完璧だ。健太郎がそれを太い木釘で打ち固めていく。
「……それにしても、あるじ。第一形態の頃の妾が『屋根がない』と言ったのは、あるじがいつまで経っても壁もない柱だけでテント暮らししかせぬからであって……」
「わかってるよ。だから今度は、聖霊様が一生文句を言わないくらいの、最高級のログハウスにしてみせるさ。……お前にも、専用の特等席を用意してあるからな」
健太郎がそう言うと、アイリスは意外そうに目を丸くし、それからわざとらしく顔を背けた。
「ふ、ふん! 当たり前じゃ! 妾を誰だと思っておる……。特等席があるなら、特別に最後まで手伝ってやらんでもないわい」
【夕闇に浮かぶ「家族」の形】
日が沈みかける頃には、二階部分の骨組みまでが完了した。
夕焼けを背にそびえ立つログハウスの骨格は、まるで森の一部であるかのような力強さを放っている。
「今日はここまでにしよう。結衣、本当によく手伝ってくれたな」
健太郎は、結衣の少し汚れた頬を親指で優しく撫でた。結衣はその手に自分の手を重ね、幸せそうに目を細める。
「三神さんと一緒に何かを作るの、すごく楽しいです。……あたし、三神さんの足手まといにならないように、もっと頑張りますね」
「足手まといなもんか。……君が隣にいてくれるだけで、この家にはもう、温もりが宿り始めている」
三人と一軒の骨組み。
かつて孤独に森を切り開いていた職人と、屋根がないと泣いていた小さな聖霊。
そこに、心から彼らを愛する一人の女性が加わったことで、ただの建物は「家族の帰る場所」へと進化しようとしていた。
【リサ(早川結衣)のスキル熟練度】
• 素顔の早川結衣:Lv.18 (50/100) → Lv.19 (10/100) (+60) Level Up!
• 被覚醒:Lv.14 (50/100) → (80/100) (+30)
• 建築助勢:Lv.1 (10/100) → (90/100) (+80)
• 健太郎の作業を補助することで、連携能力が向上。
• 誠実な帰依:Lv.11 (30/100) → (70/100) (+40)
【健太郎のスキル熟練度】
• 土木・建築マスタリー:Lv.1 (10/100) → Lv.2 (20/100) (+110) Level Up!
• 複雑な梁の構造をアイリスと連携して組み上げたことで大幅上昇。
• 慈愛の加工:Lv.13 (40/100) → (90/100) (+50)
• 聖霊同調:Lv.22 (180/300) → (240/300) (+60)
• 連携(アイリス):Lv.10 (50/100) → (90/100) (+40)
【設定データ・状況確認】
• 健太郎: アイリスを「空中作業員」としてこき使いつつ、彼女への感謝を特等席という形で示す。結衣との共作に深い充足感を得ている。
• 早川結衣: 建築の手伝いを通じて、健太郎との「共同生活」をより現実的に、そして愛おしく感じ始めている。
• アイリス: 昔の「屋根がない!」という文句をフォローされつつ、自分の居場所を用意されていることに内心では大喜びしている。
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