白猫 おたこ

白猫 おたこ

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SF 連載中 長編 R18
都内、使い込まれた革の匂いが染み付いた工房。  48歳の健太郎は、手際よく注文品の財布を仕上げると、ふう、と深く息を吐いた。 「……さて、仕事はここまでにするか」 独身に戻って数年。 レザークラフト職人としての腕は確かで、 一人で気楽に暮らしていく分には十分すぎる蓄えがある。派手な贅沢に興味はないが、ただ一つ、自分の中に燻り続けている「渇き」があった。  それは、効率や納期に追われることのない、純粋な「創作と暮らし」への憧れ。 健太郎は、先日届いたばかりのフルダイブ型VRデバイスを手に取った。 タイトルは 『Infinite Realm(インフィニット・レルム)』。 五感の再現率100%を謳うその世界なら、現実では叶わない「究極のスローライフ」が送れるかもしれない。 「キャラクタークリエイト、か。……いや、そのままでいい」 鏡に映る、少し白髪の混じった短髪と、職人特有の節くれ立った手。自分を偽る必要はない。彼はアバターの容姿を弄ることなく、そのままの姿で仮想世界への接続を承認した。 ―視界が真っ白な光に包まれ、次の瞬間。  頬を撫でる風の涼しさ、草の匂い、そして遠くから聞こえる川のせせらぎ。 健太郎が目を開けると、そこは新緑が眩しい始まりの村……ではなく、あえて設定した最果ての「辺境の村」の入り口だった。 「……本当に、風の匂いがするんだな」 自分の手を見れば、長年使い慣れた自分の手がそこにある。  周りでは、剣を携えた若者たちが「効率的なレベル上げ」を求めて駆け出していく。 しかし、健太郎は彼らとは逆の方向、村の端にある空き地へとゆっくり歩き出した。  彼の目的は、魔王を倒すことでも、最強の騎士になることでもない。 この世界にある未知の素材で、自分が心から満足できる「最高のモノ」を作り、ただ静かに暮らすこと。 「まずは、寝床の確保と……鞣し(なめし)に使う水場の確認からだな」 バツイチ、48歳。現実の職人技術だけを武器に、おっさんの「もう一つの人生」が今、静かに幕を開けた、、、
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小説 2,856 位 / 213,424件 SF 11 位 / 6,168件
文字数 16,179 最終更新日 2025.12.27 登録日 2025.12.27
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