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第九章 ライバル達
第205話: 【思念】古都の舞、死の森を拓く
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灰色の泥濘が続く、かつての神域ヴォルガ。茉莉はそこを離れ、神域のさらに奥深く――かつて「死の森」と呼ばれる禁忌のエリアへと向かって歩みを進めていた。
「ハルト、待っててな。あの光が一番強かった場所なら……あんたをもう一度、紡ぎ直せるはずやから」
彼女の行く手を阻むのは、アビスの残滓が形を成した漆黒の魔物たち。だが、茉莉は歩みを止めない。
かつては緻密な計算と高度な魔力演算で構築されていた「魔法」の理(ことわり)。しかし、あの日、アプデが世界を塗り替えてから、この世界の法則はより根源的なもの――『想いの力』へと変容していた。
「……退(の)いとくれやす。うちは、急いでるんや」
茉莉は、糸に戻ったハルトを巻き付けた扇を静かに広げた。
魔物たちが一斉に飛びかかる。
本来なら、魔力を練るための「詠唱」が必要な場面。だが、彼女はただ、強く願った。
(――咲き誇れ、うちの色彩(いろ)!)
その瞬間、扇から放たれたのは、濁った大気を鮮やかに塗り潰す極彩色の魔力。
計算ではない。ハルトを救いたいという切実な願い、そして健太郎が見せたあの清浄な景色への渇望。
その「想い」がダイレクトに現象へと変換される。
「はぁっ!」
舞うような足捌きで魔物の爪をいなし、茉莉は扇を横一閃に振る。
物理的な接触はない。しかし、彼女の想いが乗った色彩の波動が、魔物の存在そのものを「上書き」し、霧へと霧散させていく。
「……あ。やっぱり、そうなんやね」
茉莉は確信した。この世界は今、技術(スキル)の上に、魂の強さが重なる場所になったのだと。
死の森へ近づくにつれ、空気は重く、汚染は深まっていく。しかし、その奥からは、かつての絶望的な冷気ではなく、健太郎が打ち込んだ世界樹の若木から発せられる、微かな「生命の熱」が漂ってきていた。
「旦那が残してくれたこの熱……無駄にはせぇへんよ」
茉莉の瞳に、不屈の職人の火が宿る。
彼女は再び舞い始めた。かつての死の森を、己の想いと色彩で切り拓くために。
【交信】古都からの伝言
極彩色の舞でアビスの残滓を薙ぎ払い、茉莉はついに「死の森」の深部――健太郎が浄化したあの清浄な領域の境界へと辿り着いた。
そこは、先ほどまでの灰色が嘘のような、生命の輝きに満ちた場所だった。
「……あぁ、ほんまに。旦那、えげつない仕事しはったんやねぇ」
茉莉は境界を越え、瑞々しい大気を胸いっぱいに吸い込んだ。
だが、安堵したのも束の間。彼女は己の扇に絡みついた「糸」を見つめ、眉をひそめる。
「……あかん。これだけでは足りひんわ」
ハルトを再構成するには、強靭かつ霊力伝導率の高い「特殊な糸」、そして彼の魂の色彩を定着させるための「純度の高い染料」が必要不可欠。
この浄化された森には、その素材となるものが眠っているはずだが、広大な森を一人で探し歩くには時間が足りなすぎた。
「……しゃあない。ここは、一番の『地主』さんに頼るんが近道やね」
茉莉はシステムメニューを呼び出し、一人の男の名を検索した。
【三神健太郎】。
かつて職人の集う非公式の会合で、その無骨なまでの技術に惚れ込んだ男。
彼女は迷わずフレンド申請を送り、メッセージを綴った。
「多分……ケンタロウこれやと思うねんなぁ」
差出人:茉莉
件名:久しぶりやね、旦那
『三神の旦那。元気にしてはる? PV見たえ、派手なことしはったなぁ。
今、旦那が綺麗にした森に来てるんやけど、ちょっと困ったことになってしもて。
うちの大事な子が「糸」に戻ってしもうたん。
ここの森にある素材を分けてほしいのと……久しぶりに、旦那のその熱い手で「仕上げ」を手伝うてほしいんやけど。
ええ返事、待ってますえ』
送信ボタンを押し、茉莉は扇を閉じてふぅと息を吐いた。
ちょうどその頃、拠点の工房で食後の茶を飲んでいた健太郎のダイブギアが、聞いたことのない着信音を鳴らした。
「……ん? 誰だ、こんな時に俺のフレンドなんて村正の爺さんかあいつらしかいないはずなんだが……」
健太郎がウィンドウを開くと、そこには「茉莉」という、懐かしくも鮮烈な職人の名があった。
「茉莉……? あの、京都の染物屋か。あいつもやっぱりログインしてたのか」
「あら、主。……女性からの連絡ですの? しかも、ずいぶんと馴れ馴れしい文面……」
隣でメッセージを覗き込んだアイリスの黄金の瞳が、スッと細くなる。
真の肉体を得た彼女から発せられる「独占欲」が、物理的なプレッシャーとなって健太郎を襲った。
「変な勘ぐりするな。……腕は確かな、俺と同じ現実では特殊生産職だ。素材に困ってるみたいだな」
健太郎はメッセージを読み返し、かつて彼女が染めた布の「色」を思い出した。
あの色彩があれば、アイリスや自分の装備をさらに一段、上の次元へ押し上げることができるかもしれない。
「……アイリス、準備しろ。客人が来てるみたいだ。迎えに行くぞ」
健太郎は茶を飲み干し、新たな職人の合流の為に外に出た。
それは、世界を浄化するだけではなく、そこに「真実の色」を宿すための、新たな一歩だった。
「ハルト、待っててな。あの光が一番強かった場所なら……あんたをもう一度、紡ぎ直せるはずやから」
彼女の行く手を阻むのは、アビスの残滓が形を成した漆黒の魔物たち。だが、茉莉は歩みを止めない。
かつては緻密な計算と高度な魔力演算で構築されていた「魔法」の理(ことわり)。しかし、あの日、アプデが世界を塗り替えてから、この世界の法則はより根源的なもの――『想いの力』へと変容していた。
「……退(の)いとくれやす。うちは、急いでるんや」
茉莉は、糸に戻ったハルトを巻き付けた扇を静かに広げた。
魔物たちが一斉に飛びかかる。
本来なら、魔力を練るための「詠唱」が必要な場面。だが、彼女はただ、強く願った。
(――咲き誇れ、うちの色彩(いろ)!)
その瞬間、扇から放たれたのは、濁った大気を鮮やかに塗り潰す極彩色の魔力。
計算ではない。ハルトを救いたいという切実な願い、そして健太郎が見せたあの清浄な景色への渇望。
その「想い」がダイレクトに現象へと変換される。
「はぁっ!」
舞うような足捌きで魔物の爪をいなし、茉莉は扇を横一閃に振る。
物理的な接触はない。しかし、彼女の想いが乗った色彩の波動が、魔物の存在そのものを「上書き」し、霧へと霧散させていく。
「……あ。やっぱり、そうなんやね」
茉莉は確信した。この世界は今、技術(スキル)の上に、魂の強さが重なる場所になったのだと。
死の森へ近づくにつれ、空気は重く、汚染は深まっていく。しかし、その奥からは、かつての絶望的な冷気ではなく、健太郎が打ち込んだ世界樹の若木から発せられる、微かな「生命の熱」が漂ってきていた。
「旦那が残してくれたこの熱……無駄にはせぇへんよ」
茉莉の瞳に、不屈の職人の火が宿る。
彼女は再び舞い始めた。かつての死の森を、己の想いと色彩で切り拓くために。
【交信】古都からの伝言
極彩色の舞でアビスの残滓を薙ぎ払い、茉莉はついに「死の森」の深部――健太郎が浄化したあの清浄な領域の境界へと辿り着いた。
そこは、先ほどまでの灰色が嘘のような、生命の輝きに満ちた場所だった。
「……あぁ、ほんまに。旦那、えげつない仕事しはったんやねぇ」
茉莉は境界を越え、瑞々しい大気を胸いっぱいに吸い込んだ。
だが、安堵したのも束の間。彼女は己の扇に絡みついた「糸」を見つめ、眉をひそめる。
「……あかん。これだけでは足りひんわ」
ハルトを再構成するには、強靭かつ霊力伝導率の高い「特殊な糸」、そして彼の魂の色彩を定着させるための「純度の高い染料」が必要不可欠。
この浄化された森には、その素材となるものが眠っているはずだが、広大な森を一人で探し歩くには時間が足りなすぎた。
「……しゃあない。ここは、一番の『地主』さんに頼るんが近道やね」
茉莉はシステムメニューを呼び出し、一人の男の名を検索した。
【三神健太郎】。
かつて職人の集う非公式の会合で、その無骨なまでの技術に惚れ込んだ男。
彼女は迷わずフレンド申請を送り、メッセージを綴った。
「多分……ケンタロウこれやと思うねんなぁ」
差出人:茉莉
件名:久しぶりやね、旦那
『三神の旦那。元気にしてはる? PV見たえ、派手なことしはったなぁ。
今、旦那が綺麗にした森に来てるんやけど、ちょっと困ったことになってしもて。
うちの大事な子が「糸」に戻ってしもうたん。
ここの森にある素材を分けてほしいのと……久しぶりに、旦那のその熱い手で「仕上げ」を手伝うてほしいんやけど。
ええ返事、待ってますえ』
送信ボタンを押し、茉莉は扇を閉じてふぅと息を吐いた。
ちょうどその頃、拠点の工房で食後の茶を飲んでいた健太郎のダイブギアが、聞いたことのない着信音を鳴らした。
「……ん? 誰だ、こんな時に俺のフレンドなんて村正の爺さんかあいつらしかいないはずなんだが……」
健太郎がウィンドウを開くと、そこには「茉莉」という、懐かしくも鮮烈な職人の名があった。
「茉莉……? あの、京都の染物屋か。あいつもやっぱりログインしてたのか」
「あら、主。……女性からの連絡ですの? しかも、ずいぶんと馴れ馴れしい文面……」
隣でメッセージを覗き込んだアイリスの黄金の瞳が、スッと細くなる。
真の肉体を得た彼女から発せられる「独占欲」が、物理的なプレッシャーとなって健太郎を襲った。
「変な勘ぐりするな。……腕は確かな、俺と同じ現実では特殊生産職だ。素材に困ってるみたいだな」
健太郎はメッセージを読み返し、かつて彼女が染めた布の「色」を思い出した。
あの色彩があれば、アイリスや自分の装備をさらに一段、上の次元へ押し上げることができるかもしれない。
「……アイリス、準備しろ。客人が来てるみたいだ。迎えに行くぞ」
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