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戦争の真実と、星の審判
第32話:永遠に続く銀の夜
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あれから、数年の月日が流れた。
常夜の国は、今や大陸で最も美しく、そして最も平和な楽園として語り継がれている。かつて「魔物の巣窟」と恐れられたこの国には、今ではエレナの清冽な魔力に惹かれ、迫害を逃れた人々や、真の平穏を求める異種族たちが集まり、共生の道を歩んでいた。
かつてエレナを奈落へ突き落としたサンクチュアリ王国は、歴史の表舞台から静かに姿を消した。カイル王子は、浄化の力を失い荒廃した国土を一人で支えることができず、民衆の離反を招き、今は名もなき廃村で孤独に余生を過ごしているという。自らが捨てた「至宝」の価値を、滅びゆく景色の中で噛み締め続けながら。
一方、常夜の国の王城――その最上階にある空中庭園では、今日も穏やかな時間が流れていた。
「――お母様! 見て、お花が笑ってるわ!」
鈴を転がしたような可愛らしい声が響く。
銀糸のような髪をなびかせ、元気に駆け寄ってきたのは、四歳になる王女、ルナリアだった。彼女の瞳は父親譲りの燃えるような黄金色だが、その右手の甲には、母親と同じ「白銀の楔」が小さく、けれど誇らしげに輝いている。
ルナリアが花に触れると、白銀の光が淡く弾け、しおれかけていた蕾が一瞬で大輪の華を咲かせた。
「ええ、上手ね、ルナ。でもあまり力を使ってはだめよ。あなたの中の光は、とても大切で、温かいものなのですから」
エレナは優しく微笑み、娘を抱き上げた。
かつて、不浄の痣と罵られ、激痛に耐えながら生きていた日々。今、その同じ力が、愛する娘の手によって「生命を慈しむ光」として振るわれている。その奇跡に、エレナは何度経験しても胸が熱くなるのを感じた。
「ふん、我の娘だ。花を咲かせるどころか、その気になれば星の運行さえも操ってみせるだろう」
背後から響く、低く威厳に満ちた声。
振り返れば、漆黒の外套を羽織ったゼノスが、不敵な、それでいて隠しきれない親馬鹿な笑みを浮かべて立っていた。
「お父様!」
ルナリアがゼノスの胸に飛び込む。最強の龍王は、その小さな体を受け止めると、これ以上ないほど愛おしそうに娘の頭を撫でた。そして、そのままもう片方の腕でエレナの腰を引き寄せ、二人の大切な宝物を包み込むように抱きしめた。
「ゼノス様、またそんな大げさなことを……。ルナには、ただ健やかに、自分の好きな道を選んで生きてほしいのです」
「わかっている。だが、我と貴様の血を継いだこの子が、平凡な一生で終わるはずがなかろう。……それにしてもエレナ、貴様は今日一段と美しいな。星の光が貴様の肌に溶けて、我を惑わせる」
「まあ、子供の前で何を……」
エレナは頬を赤らめ、夫の胸に顔を埋めた。
この数年、ゼノスの独占欲と寵愛は衰えるどころか、日を追うごとに増している。かつて「装置」としてしか扱われなかったエレナにとって、一人の女性として、一人の妻としてこれほどまでに深く愛される毎日は、いまだに夢の続きのように思えることがあった。
ふと見上げれば、夜空にはエレナがかつて呼び戻した、美しい銀色の月が輝いている。
かつて奈落の底で死を待っていた自分に、ゼノスが教えてくれた言葉を思い出す。
『貴様は、我を繋ぎ止める楔となれ』
あの日、孤独な龍王を繋ぎ止めるために交わされた契約は、今や世界で最も強固な「愛」という絆に変わっていた。
「ゼノス様。私を見つけてくださって、本当にありがとうございます。あの絶望があったからこそ、私はあなたと、この子に出会えました」
「……礼を言うのは我の方だ、エレナ。貴様という光がなければ、我は今も暗闇の中で、永遠に続く孤独に退屈していた。貴様こそが、我が人生に意味を与えた唯一の女神だ」
二人の唇が静かに重なる。
その様子を、ルナリアが不思議そうに、けれど幸せそうに見つめていた。
不浄の令嬢と呼ばれ、奈落へ捨てられた少女は、今、世界で最も気高い「夜の王妃」となった。
彼女の右腕に宿る力は、もう誰を傷つけることもない。それは、永遠に続く静かな夜を照らし、愛する家族と国を包み込む、優しく、気高い守護の光。
常夜の国に、朝は来ない。
けれど、そこにはどんな太陽よりも温かく、どんな宝石よりも美しい、永遠の銀色の夜が続いていく。
――これが、奈落から這い上がり、真実の愛を掴んだ、一人の聖女の物語。
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常夜の国は、今や大陸で最も美しく、そして最も平和な楽園として語り継がれている。かつて「魔物の巣窟」と恐れられたこの国には、今ではエレナの清冽な魔力に惹かれ、迫害を逃れた人々や、真の平穏を求める異種族たちが集まり、共生の道を歩んでいた。
かつてエレナを奈落へ突き落としたサンクチュアリ王国は、歴史の表舞台から静かに姿を消した。カイル王子は、浄化の力を失い荒廃した国土を一人で支えることができず、民衆の離反を招き、今は名もなき廃村で孤独に余生を過ごしているという。自らが捨てた「至宝」の価値を、滅びゆく景色の中で噛み締め続けながら。
一方、常夜の国の王城――その最上階にある空中庭園では、今日も穏やかな時間が流れていた。
「――お母様! 見て、お花が笑ってるわ!」
鈴を転がしたような可愛らしい声が響く。
銀糸のような髪をなびかせ、元気に駆け寄ってきたのは、四歳になる王女、ルナリアだった。彼女の瞳は父親譲りの燃えるような黄金色だが、その右手の甲には、母親と同じ「白銀の楔」が小さく、けれど誇らしげに輝いている。
ルナリアが花に触れると、白銀の光が淡く弾け、しおれかけていた蕾が一瞬で大輪の華を咲かせた。
「ええ、上手ね、ルナ。でもあまり力を使ってはだめよ。あなたの中の光は、とても大切で、温かいものなのですから」
エレナは優しく微笑み、娘を抱き上げた。
かつて、不浄の痣と罵られ、激痛に耐えながら生きていた日々。今、その同じ力が、愛する娘の手によって「生命を慈しむ光」として振るわれている。その奇跡に、エレナは何度経験しても胸が熱くなるのを感じた。
「ふん、我の娘だ。花を咲かせるどころか、その気になれば星の運行さえも操ってみせるだろう」
背後から響く、低く威厳に満ちた声。
振り返れば、漆黒の外套を羽織ったゼノスが、不敵な、それでいて隠しきれない親馬鹿な笑みを浮かべて立っていた。
「お父様!」
ルナリアがゼノスの胸に飛び込む。最強の龍王は、その小さな体を受け止めると、これ以上ないほど愛おしそうに娘の頭を撫でた。そして、そのままもう片方の腕でエレナの腰を引き寄せ、二人の大切な宝物を包み込むように抱きしめた。
「ゼノス様、またそんな大げさなことを……。ルナには、ただ健やかに、自分の好きな道を選んで生きてほしいのです」
「わかっている。だが、我と貴様の血を継いだこの子が、平凡な一生で終わるはずがなかろう。……それにしてもエレナ、貴様は今日一段と美しいな。星の光が貴様の肌に溶けて、我を惑わせる」
「まあ、子供の前で何を……」
エレナは頬を赤らめ、夫の胸に顔を埋めた。
この数年、ゼノスの独占欲と寵愛は衰えるどころか、日を追うごとに増している。かつて「装置」としてしか扱われなかったエレナにとって、一人の女性として、一人の妻としてこれほどまでに深く愛される毎日は、いまだに夢の続きのように思えることがあった。
ふと見上げれば、夜空にはエレナがかつて呼び戻した、美しい銀色の月が輝いている。
かつて奈落の底で死を待っていた自分に、ゼノスが教えてくれた言葉を思い出す。
『貴様は、我を繋ぎ止める楔となれ』
あの日、孤独な龍王を繋ぎ止めるために交わされた契約は、今や世界で最も強固な「愛」という絆に変わっていた。
「ゼノス様。私を見つけてくださって、本当にありがとうございます。あの絶望があったからこそ、私はあなたと、この子に出会えました」
「……礼を言うのは我の方だ、エレナ。貴様という光がなければ、我は今も暗闇の中で、永遠に続く孤独に退屈していた。貴様こそが、我が人生に意味を与えた唯一の女神だ」
二人の唇が静かに重なる。
その様子を、ルナリアが不思議そうに、けれど幸せそうに見つめていた。
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けれど、そこにはどんな太陽よりも温かく、どんな宝石よりも美しい、永遠の銀色の夜が続いていく。
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