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第1章:即時徴収と絶望の始まり
第9話:英雄のいない公爵邸
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吹き抜ける冬の夜風が、窓ガラスの割れた公爵邸の廊下を虚しく鳴らしていた。
魔導灯の燃料すら差し押さえられた広間は、暗く、凍てついている。かつてこの場所で、カシアンは諸侯に囲まれ、英雄としての賛辞を浴びていた。だが今、そこにいるのは、ボロボロの毛布に包まって歯の根も合わずに震える、一人の老いた男だけだった。
「……夜会だ。今夜は、王宮で凱旋記念の夜会がある……」
カシアンは、脂汗を浮かべながら立ち上がろうとした。
徴収によって奪われたのは、筋肉と若さだけではない。彼の骨格は今や脆い枯れ枝のようで、自身の体重を支えることすら困難だ。彼は這いつくばるようにして、床に投げ出されていた式典用の軍服を引き寄せた。
金糸の刺繍が施されたその上着は、今の彼にはあまりにも重すぎた。袖を通そうとするだけで肩の関節が悲鳴を上げ、かつての「剛腕」の面影もない細い腕が震える。
「陛下に……陛下に会えば、きっと間違いだったと言ってくださる。エレナさえ……あの女を連れ戻せば、俺はまた輝けるんだ……っ!」
その瞳は、狂乱と妄執に濁っている。彼は鏡を見ることさえ忘れ、英雄の幻影を追いかけて闇の中を這いずり回っていた。
---
同時刻、ラングリス伯爵家の玄関には、言葉を失うほどの「光」が満ちていた。
「準備はよろしいですか、エレナ閣下」
リュカの声が、銀の鈴を転がしたように凛と響く。
そこに立っていたのは、深い紺青のドレスを纏ったエレナだった。夜の帳(とばり)に無数の星を散りばめたようなその衣装は、彼女が動くたびに微細な魔力の粒子を放ち、周囲の空気を浄化していく。
十年間、彼女を「家柄の汚物」のように扱ってきた伯爵夫人が、階段の上からその姿を見て腰を抜かしていた。
「あ……あ……っ」
声にならない声を上げる義母と妹を、エレナは一瞥だにしない。
彼女の髪は、月光を浴びた新雪のように輝き、首元には何も飾られていないにもかかわらず、彼女自身の存在がどんな宝石よりも眩しく、高貴だった。
「参りましょう、リュカ様。……今夜は、多くの『返済』を済ませなければなりませんから」
エレナが馬車に乗り込むと、見送る使用人たちは誰に命じられることもなく、深く、地を這うような最敬礼を送った。
---
王宮、大夜会会場。
カシアンとレティシアという主役を失ったパーティーは、皮肉と詮索の渦に包まれていた。
「英雄カシアン、まさか詐欺師だったとはな」
「聖女様も、いまや独房の中だそうですよ」
カシアンに媚びを売っていた貴族たちが、シャンパングラスを片手に卑屈な嘲笑を浮かべていたその時。
広間の巨大な扉が、重厚な音を立てて開かれた。
「王立税務局長官代理、リュカ・サリバン殿。および――」
衛兵の先出しの声が、唐突に途切れた。
エスコートされた女性が足を踏み入れた瞬間、喧騒に満ちていた広間が、水を打ったような静寂に支配されたからだ。
誰もが、その絶世の美女が誰なのか分からなかった。
だが、彼女から溢れ出す圧倒的な魔力の波動と、すべてを見透かすような紫の瞳。その威厳に、その場にいた高位貴族たちの背筋に冷たい戦慄が走る。
かつて「地味令嬢」と嘲笑った、あのエレナ・ラングリス。
その真の姿を前にして、人々は呼吸することさえ忘れていた。
魔導灯の燃料すら差し押さえられた広間は、暗く、凍てついている。かつてこの場所で、カシアンは諸侯に囲まれ、英雄としての賛辞を浴びていた。だが今、そこにいるのは、ボロボロの毛布に包まって歯の根も合わずに震える、一人の老いた男だけだった。
「……夜会だ。今夜は、王宮で凱旋記念の夜会がある……」
カシアンは、脂汗を浮かべながら立ち上がろうとした。
徴収によって奪われたのは、筋肉と若さだけではない。彼の骨格は今や脆い枯れ枝のようで、自身の体重を支えることすら困難だ。彼は這いつくばるようにして、床に投げ出されていた式典用の軍服を引き寄せた。
金糸の刺繍が施されたその上着は、今の彼にはあまりにも重すぎた。袖を通そうとするだけで肩の関節が悲鳴を上げ、かつての「剛腕」の面影もない細い腕が震える。
「陛下に……陛下に会えば、きっと間違いだったと言ってくださる。エレナさえ……あの女を連れ戻せば、俺はまた輝けるんだ……っ!」
その瞳は、狂乱と妄執に濁っている。彼は鏡を見ることさえ忘れ、英雄の幻影を追いかけて闇の中を這いずり回っていた。
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同時刻、ラングリス伯爵家の玄関には、言葉を失うほどの「光」が満ちていた。
「準備はよろしいですか、エレナ閣下」
リュカの声が、銀の鈴を転がしたように凛と響く。
そこに立っていたのは、深い紺青のドレスを纏ったエレナだった。夜の帳(とばり)に無数の星を散りばめたようなその衣装は、彼女が動くたびに微細な魔力の粒子を放ち、周囲の空気を浄化していく。
十年間、彼女を「家柄の汚物」のように扱ってきた伯爵夫人が、階段の上からその姿を見て腰を抜かしていた。
「あ……あ……っ」
声にならない声を上げる義母と妹を、エレナは一瞥だにしない。
彼女の髪は、月光を浴びた新雪のように輝き、首元には何も飾られていないにもかかわらず、彼女自身の存在がどんな宝石よりも眩しく、高貴だった。
「参りましょう、リュカ様。……今夜は、多くの『返済』を済ませなければなりませんから」
エレナが馬車に乗り込むと、見送る使用人たちは誰に命じられることもなく、深く、地を這うような最敬礼を送った。
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王宮、大夜会会場。
カシアンとレティシアという主役を失ったパーティーは、皮肉と詮索の渦に包まれていた。
「英雄カシアン、まさか詐欺師だったとはな」
「聖女様も、いまや独房の中だそうですよ」
カシアンに媚びを売っていた貴族たちが、シャンパングラスを片手に卑屈な嘲笑を浮かべていたその時。
広間の巨大な扉が、重厚な音を立てて開かれた。
「王立税務局長官代理、リュカ・サリバン殿。および――」
衛兵の先出しの声が、唐突に途切れた。
エスコートされた女性が足を踏み入れた瞬間、喧騒に満ちていた広間が、水を打ったような静寂に支配されたからだ。
誰もが、その絶世の美女が誰なのか分からなかった。
だが、彼女から溢れ出す圧倒的な魔力の波動と、すべてを見透かすような紫の瞳。その威厳に、その場にいた高位貴族たちの背筋に冷たい戦慄が走る。
かつて「地味令嬢」と嘲笑った、あのエレナ・ラングリス。
その真の姿を前にして、人々は呼吸することさえ忘れていた。
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