感情の贈与税 〜光の加護より、確かな契約。没落令嬢による国家再生録〜

しょくぱん

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第1章:即時徴収と絶望の始まり

第8話:鏡に映る見知らぬ女

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 朝の光が、埃の舞う伯爵家の自室に差し込んでいた。
 エレナは、古びたドレッサーの前に立ち、そこにある鏡を凝視していた。

「……これが、私?」

 震える指先が、鏡の中の輪郭をなぞる。
 そこには、昨夜までの「枯れ果てた令嬢」の姿はどこにもなかった。
 徴収した魔力が細胞の一粒一粒に行き渡り、時間を強引に巻き戻したかのように、肌には生命力溢れる透明感が宿っている。絹のように滑らかな銀髪は、わずかな動きで真珠のような光沢を放ち、伏せられた睫毛は以前よりも長く、濃く、その奥にある紫の瞳は、理知的な光を湛えて鋭く澄み渡っていた。

 それは、十年前の「天才魔導令嬢」と呼ばれた頃の姿ですら、まだ通過点に過ぎなかったと思わせるほどの、完成された美(ヴィーナス)だった。

「お、お嬢様……お召し替えを……」

 入室してきた侍女長の手から、洗面用の銀盆がガシャリと音を立てて床に落ちた。
 彼女は、かつてカシアンに冷遇されるエレナを鼻で笑い、ろくな食事も与えなかった使用人の筆頭だ。しかし、いま彼女は、目の前に立つエレナから溢れ出す「根源的な格の差」に、蛇に睨まれた蛙のように硬直していた。

「どうしたの? 早く片付けなさい」

 エレナの声音は低く、そして鈴の音のように凛としていた。
 その一言に含まれた無意識の威圧感に、侍女長は悲鳴に近い吐息を漏らし、その場に崩れるように膝をついた。

「も、申し訳ございません……! すぐ、すぐに!」

 頭を床に擦り付ける使用人を冷ややかに見下ろし、エレナは部屋を出た。廊下ですれ違う使用人たちは皆、彼女の姿を認めると、まるで王族を迎えるかのように壁際へ飛び退き、深々と頭を下げる。
 彼らは理解したのだ。この屋敷の主が誰であるか、本能が警告を発している。

 一階の応接間では、リュカ・サリバンが優雅に茶を啜っていた。
 エレナが姿を見せると、彼はカップを置き、眼鏡の奥の瞳に隠しようのない驚嘆を宿して立ち上がった。

「……予想を遥かに超えています。徴収された魔力が、貴女という器の中で完全に『覚醒』したようですね」

「お褒めに預かり光栄ですわ、リュカ様。それで、例の件は?」

 リュカは表情を引き締め、一通の赤い封筒を差し出した。

「公爵家から差し押さえた帳簿を精査しましたが、お母様の遺品『女神の涙』は、三ヶ月前にカシアン氏によって闇のオークションに流されていました。買い手は――今夜、王宮で開催される夜会の主催者の一人です」

 エレナの瞳に、冷たい炎が宿る。カシアンは、彼女の愛だけでなく、亡き母の思い出さえも金に換えていたのだ。

「今夜の夜会には、カシアンに媚びを売っていた貴族たちが勢揃いします。彼らに、本来の貴女の姿を見せつける絶好の機会です」

 リュカは跪き、恭しくエレナの手を取った。

「エレナ・フォン・ラングリス閣下。……私に、その『女神』の帰還をエスコートさせていただけませんか?」

 エレナは微かに口角を上げ、その手を取った。
 それは、奪われたすべてを奪い返すための、華麗なる反撃の合図だった。
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