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第三章 侵食される境界線
第15話:不純な救済と、汚れなき毒
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鏡の部屋での凌辱から数日。エルシアの日常は、もはやゼノスの腕の中という狭い揺りかごに集約されていた。 そんなある日の深夜、ゼノスが公務によりわずかに城の深奥を離れた隙だった。寝室のテラスを覆う常冬の結界を、異質な魔力の刃が切り裂いた。
「――エルシア様!お助けに参りました!」
天蓋付きのベッドに横たわっていたエルシアの前に現れたのは、隣国が放った隠密の騎士だった。彼は伝説の聖女を連れ戻し、自国の兵器とする特命を帯びていた。 騎士は、薄衣一枚で横たわるエルシアの痛々しい姿を見て、怒りに拳を震わせる。その首筋には幾重もの咬傷があり、足首には屈辱的な金の鈴が繋がれているのだから。
「ひどい……。あの氷の魔王め、貴女をこれほどまでに……。さあ、今すぐここから連れ出して差し上げます!」
騎士がエルシアの細い手首を掴み、強引に引き起こそうとした。 本来なら、それは待ち望んだ救いの手のはずだった。しかし、騎士の指先が彼女の肌に触れた瞬間――。
「……あ、……ぁぁあああああっ!!」
エルシアの口から漏れたのは、歓喜ではなく、喉を焼くような悲鳴だった。 ゼノス以外の魔力、ゼノス以外の体温。それが、今のエルシアにとっては猛毒に等しい。彼女の体内にあるゼノスの魔力が、侵入者に対して激しい拒絶反応を引き起こしたのだ。
「触らないで……っ!汚い、……汚いわ、あなたの手……っ!」 「な、何を仰るのです!私は貴女を助けに……」 「助ける?あなたが?……ふふ、ふふふっ」
エルシアは狂ったように笑い声を上げた。彼女は騎士の手を振り払い、激しく咳き込む。彼女の肌の下を這う黒い紋様が、侵入者の魔力に反応して、ドクドクと脈打ち始めた。
「私を救えるのは、ゼノス様だけ。あの人の毒が、私には何よりの良薬なの。……あなたのような薄汚い光を持つ人間が触れるだけで、私は壊れてしまうのよ」
エルシアは這いずるようにして、ベッドの柱に繋がれた鈴を鳴らした。チリン、チリンと、ゼノスを呼ぶための合図。 騎士は驚愕に目を見開く。聖女と呼ばれた少女の瞳は、すでに濁り、獲物を狙う獣のような悦楽に染まっていた。
「残念だったな、羽虫。その女の身体は、すでに俺という毒なしでは呼吸すら忘れるように調律済みだ」
影の中から、冷気を纏ったゼノスが姿を現す。 彼は騎士を視界に入れることすら汚らわしいと言わんばかりに、指先をわずかに動かした。瞬間、騎士の足元から氷の棘が噴出し、その両手足を貫いて壁に磔にする。
「が、はっ……!聖女様……逃げて……その男は、貴女を……」 「まだ喋るのか。エルシア、お前はどうしたい?この男は、お前を俺から引き離そうとした大罪人だ」
ゼノスはエルシアを背後から抱き上げ、彼女の手に氷の短剣を持たせた。 エルシアの指先が震える。だが、ゼノスの大きな掌が彼女の手を包み込むと、その震えは甘やかな戦慄へと変わった。
「……ゼノス様。私、この人の目が嫌いです。私を『可哀想な犠牲者』として見る、その瞳が……」 「なら、潰してしまえ。俺以外の男に、お前を映させる必要はない」
ゼノスの声に促されるまま、エルシアは虚ろな笑みを浮かべ、騎士へと歩み寄った。 足首の鈴が、死の鎮魂歌のようにチリンと鳴る。 彼女はためらうことなく、騎士の瞳を氷の刃で貫いた。
飛び散った鮮血が、エルシアの白い頬を汚す。 かつての慈悲深い聖女は、そこにはいなかった。ただ一人の男に執着され、その毒を愛してしまった、美しくも無惨な人形が、返り血を浴びながら恍惚と微笑んでいた。
「……よくやった、エルシア。お前のその手も、心も、もう誰にも渡さない」
ゼノスは死にゆく騎士を放置し、血に汚れたエルシアの唇を激しく蹂躙した。 血の味と、ゼノスの匂い。 その混ざり合う背徳の味に、エルシアは腰を砕き、彼にすべてを預けた。 外界への希望は、この日、完全に灰となって消え失せた。
【作者より】面白いと思ったら、ぜひ「いいね」「感想」「エール」をお願いします!
「――エルシア様!お助けに参りました!」
天蓋付きのベッドに横たわっていたエルシアの前に現れたのは、隣国が放った隠密の騎士だった。彼は伝説の聖女を連れ戻し、自国の兵器とする特命を帯びていた。 騎士は、薄衣一枚で横たわるエルシアの痛々しい姿を見て、怒りに拳を震わせる。その首筋には幾重もの咬傷があり、足首には屈辱的な金の鈴が繋がれているのだから。
「ひどい……。あの氷の魔王め、貴女をこれほどまでに……。さあ、今すぐここから連れ出して差し上げます!」
騎士がエルシアの細い手首を掴み、強引に引き起こそうとした。 本来なら、それは待ち望んだ救いの手のはずだった。しかし、騎士の指先が彼女の肌に触れた瞬間――。
「……あ、……ぁぁあああああっ!!」
エルシアの口から漏れたのは、歓喜ではなく、喉を焼くような悲鳴だった。 ゼノス以外の魔力、ゼノス以外の体温。それが、今のエルシアにとっては猛毒に等しい。彼女の体内にあるゼノスの魔力が、侵入者に対して激しい拒絶反応を引き起こしたのだ。
「触らないで……っ!汚い、……汚いわ、あなたの手……っ!」 「な、何を仰るのです!私は貴女を助けに……」 「助ける?あなたが?……ふふ、ふふふっ」
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「私を救えるのは、ゼノス様だけ。あの人の毒が、私には何よりの良薬なの。……あなたのような薄汚い光を持つ人間が触れるだけで、私は壊れてしまうのよ」
エルシアは這いずるようにして、ベッドの柱に繋がれた鈴を鳴らした。チリン、チリンと、ゼノスを呼ぶための合図。 騎士は驚愕に目を見開く。聖女と呼ばれた少女の瞳は、すでに濁り、獲物を狙う獣のような悦楽に染まっていた。
「残念だったな、羽虫。その女の身体は、すでに俺という毒なしでは呼吸すら忘れるように調律済みだ」
影の中から、冷気を纏ったゼノスが姿を現す。 彼は騎士を視界に入れることすら汚らわしいと言わんばかりに、指先をわずかに動かした。瞬間、騎士の足元から氷の棘が噴出し、その両手足を貫いて壁に磔にする。
「が、はっ……!聖女様……逃げて……その男は、貴女を……」 「まだ喋るのか。エルシア、お前はどうしたい?この男は、お前を俺から引き離そうとした大罪人だ」
ゼノスはエルシアを背後から抱き上げ、彼女の手に氷の短剣を持たせた。 エルシアの指先が震える。だが、ゼノスの大きな掌が彼女の手を包み込むと、その震えは甘やかな戦慄へと変わった。
「……ゼノス様。私、この人の目が嫌いです。私を『可哀想な犠牲者』として見る、その瞳が……」 「なら、潰してしまえ。俺以外の男に、お前を映させる必要はない」
ゼノスの声に促されるまま、エルシアは虚ろな笑みを浮かべ、騎士へと歩み寄った。 足首の鈴が、死の鎮魂歌のようにチリンと鳴る。 彼女はためらうことなく、騎士の瞳を氷の刃で貫いた。
飛び散った鮮血が、エルシアの白い頬を汚す。 かつての慈悲深い聖女は、そこにはいなかった。ただ一人の男に執着され、その毒を愛してしまった、美しくも無惨な人形が、返り血を浴びながら恍惚と微笑んでいた。
「……よくやった、エルシア。お前のその手も、心も、もう誰にも渡さない」
ゼノスは死にゆく騎士を放置し、血に汚れたエルシアの唇を激しく蹂躙した。 血の味と、ゼノスの匂い。 その混ざり合う背徳の味に、エルシアは腰を砕き、彼にすべてを預けた。 外界への希望は、この日、完全に灰となって消え失せた。
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