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第二章 幸せな領地生活
第九話 不届きな使者と、死神の審判 (後編)
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床に這いつくばり、アレクシス様の靴の下で無様に震えるハンス。先ほどまでの傲慢な態度はどこへやら、彼は自分の置かれた状況――「死神公爵」の逆鱗に触れたという事実に、ようやく血の気が引いたようだった。
「ひ、ひぃ……あ、アレクシス閣下、誤解です! 私はただ、伯爵閣下のご命令を忠実に果たそうと……!」
「黙れ。貴様の言葉は耳を汚す」
アレクシス様の冷徹な声が、広いロビーに響き渡る。彼は懐から一通の書類を取り出し、ハンスの顔の前に放り投げた。
「これは、バーンズ伯爵家が過去十年にわたり、王家に申告していた『魔力保有量』と『納税額』の整合性を調査した記録だ。……レティシアの浄化魔法を『無能ゆえの自然現象』と偽り、その成果を長女ミランダの功績として横取りしていたな?」
ハンスの目が、見開かれた。
「な、……な、ぜ、それを……」
「我が公爵家の情報網を侮るな。レティシアがいなくなったことで、伯爵領の結界が霧散し、隠蔽されていた数々の汚職が露呈した。……さらに、彼女への不当な虐待。これは王国の『貴族義務違反』に該当する。……セバス」
「はっ」
控えていたセバスさんが、どこか楽しげな微笑みを浮かべて一歩前へ出た。
「すでに王都の騎士団、および魔導省へは報告済みでございます。加えて、バーンズ伯爵家が負っている多額の債務……その債権はすべて、本日付でヴォルフェン公爵家が買い取らせていただきました」
「な……っ!? さ、債権を……!?」
ハンスが絶望に顔を歪める。つまり、バーンズ伯爵家は今この瞬間から、アレクシス様の「手のひらの上」でしか生きられない、借金まみれの罪人となったのだ。
「レティシアを『道具』と呼んだな。ならば、道具を失い、家も名誉も失う貴様らは、一体何だ? ……ゴミ以下の残骸だろう」
アレクシス様が足をどけると、ハンスはガタガタと震えながら、縋るような目で私を見た。
「レ、レティシア! お前からも何か言ってくれ! あんなに優しかったお前なら、実家が潰れるのを放っておけないだろう!? お父様もお母様も、お前の帰りを待っているんだ!」
……優しかった。その言葉が、私の胸に虚しく響いた。食事も与えられず、冬の冷たい廊下で掃除をさせられ、姉に泥を投げつけられていた時、この男は一度でも私を助けてくれただろうか。
私は、アレクシス様の温かな背中の後ろから、ゆっくりと一歩踏み出した。もう、震えてはいない。
「……ハンス。私はもう、あの屋敷の掃除婦ではありません。ヴォルフェン公爵夫人として、この地を、そしてアレクシス様を守るために私の力を使います」
「なっ……! なんだと、お前如きが……!」
「私の掃除は、ただ汚れを落とすだけではありません。……『悪意』を払う魔法でもあります。だから――」
私は、自分の手のひらに集中した。身体の芯から溢れる黄金の光。それを、目の前の忌まわしい過去の象徴に向かって、一気に解き放つ。
「――私の中にある、あなたたちへの想いは、今すべて『掃除』しました。……さようなら」
光の突風がロビーを駆け抜け、ハンスを文字通り門の外へと押し流した。それは、攻撃ではなく完全な『拒絶』の光。
「ぐ、あああああぁぁぁ……っ!!」
無様に城門の外の泥沼に突っ込んだハンスに向かって、アレクシス様が最後通牒を突きつける。
「二度とこの領地の土を踏むな。次があれば、その時は伯爵家ごと地図から消してやる」
門が重厚な音を立てて閉ざされた。静寂が戻ったロビーで、アレクシス様が私を力強く、折れそうなほど抱きしめる。
「……よく言った。立派だったぞ、レティシア」
「アレクシス様……。ありがとうございます……っ」
私は彼の胸に顔を埋め、初めて、本当の意味で自由になれたことを実感して涙を流した。
その頃、バーンズ伯爵邸では――。王都から派遣された差押調査官たちが、カビ臭い屋敷に土足で踏み込んでいた。 「な、何をすんのよ! 私のドレスに触らないで!」と叫ぶミランダの声は、誰にも届かない。レティシアという『奇跡』を捨てた彼らに残されたのは、崩れゆくゴミの山だけだった。
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「ひ、ひぃ……あ、アレクシス閣下、誤解です! 私はただ、伯爵閣下のご命令を忠実に果たそうと……!」
「黙れ。貴様の言葉は耳を汚す」
アレクシス様の冷徹な声が、広いロビーに響き渡る。彼は懐から一通の書類を取り出し、ハンスの顔の前に放り投げた。
「これは、バーンズ伯爵家が過去十年にわたり、王家に申告していた『魔力保有量』と『納税額』の整合性を調査した記録だ。……レティシアの浄化魔法を『無能ゆえの自然現象』と偽り、その成果を長女ミランダの功績として横取りしていたな?」
ハンスの目が、見開かれた。
「な、……な、ぜ、それを……」
「我が公爵家の情報網を侮るな。レティシアがいなくなったことで、伯爵領の結界が霧散し、隠蔽されていた数々の汚職が露呈した。……さらに、彼女への不当な虐待。これは王国の『貴族義務違反』に該当する。……セバス」
「はっ」
控えていたセバスさんが、どこか楽しげな微笑みを浮かべて一歩前へ出た。
「すでに王都の騎士団、および魔導省へは報告済みでございます。加えて、バーンズ伯爵家が負っている多額の債務……その債権はすべて、本日付でヴォルフェン公爵家が買い取らせていただきました」
「な……っ!? さ、債権を……!?」
ハンスが絶望に顔を歪める。つまり、バーンズ伯爵家は今この瞬間から、アレクシス様の「手のひらの上」でしか生きられない、借金まみれの罪人となったのだ。
「レティシアを『道具』と呼んだな。ならば、道具を失い、家も名誉も失う貴様らは、一体何だ? ……ゴミ以下の残骸だろう」
アレクシス様が足をどけると、ハンスはガタガタと震えながら、縋るような目で私を見た。
「レ、レティシア! お前からも何か言ってくれ! あんなに優しかったお前なら、実家が潰れるのを放っておけないだろう!? お父様もお母様も、お前の帰りを待っているんだ!」
……優しかった。その言葉が、私の胸に虚しく響いた。食事も与えられず、冬の冷たい廊下で掃除をさせられ、姉に泥を投げつけられていた時、この男は一度でも私を助けてくれただろうか。
私は、アレクシス様の温かな背中の後ろから、ゆっくりと一歩踏み出した。もう、震えてはいない。
「……ハンス。私はもう、あの屋敷の掃除婦ではありません。ヴォルフェン公爵夫人として、この地を、そしてアレクシス様を守るために私の力を使います」
「なっ……! なんだと、お前如きが……!」
「私の掃除は、ただ汚れを落とすだけではありません。……『悪意』を払う魔法でもあります。だから――」
私は、自分の手のひらに集中した。身体の芯から溢れる黄金の光。それを、目の前の忌まわしい過去の象徴に向かって、一気に解き放つ。
「――私の中にある、あなたたちへの想いは、今すべて『掃除』しました。……さようなら」
光の突風がロビーを駆け抜け、ハンスを文字通り門の外へと押し流した。それは、攻撃ではなく完全な『拒絶』の光。
「ぐ、あああああぁぁぁ……っ!!」
無様に城門の外の泥沼に突っ込んだハンスに向かって、アレクシス様が最後通牒を突きつける。
「二度とこの領地の土を踏むな。次があれば、その時は伯爵家ごと地図から消してやる」
門が重厚な音を立てて閉ざされた。静寂が戻ったロビーで、アレクシス様が私を力強く、折れそうなほど抱きしめる。
「……よく言った。立派だったぞ、レティシア」
「アレクシス様……。ありがとうございます……っ」
私は彼の胸に顔を埋め、初めて、本当の意味で自由になれたことを実感して涙を流した。
その頃、バーンズ伯爵邸では――。王都から派遣された差押調査官たちが、カビ臭い屋敷に土足で踏み込んでいた。 「な、何をすんのよ! 私のドレスに触らないで!」と叫ぶミランダの声は、誰にも届かない。レティシアという『奇跡』を捨てた彼らに残されたのは、崩れゆくゴミの山だけだった。
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