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第二章 幸せな領地生活
第十三話 「お掃除聖女」の噂と、路地裏の牙
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色とりどりの果実が並ぶ市場、人々の活気ある声、そして隣を歩くアレクシス様の温もり。私にとって、この街でのデートは夢のような時間だった。けれど、その夢は一瞬にして、ひりつくような殺気によって引き裂かれた。
「――死ね、この……不幸を呼ぶ掃除女がぁっ!」
カフェを出て、少し人気の少ない通りに差し掛かったその時だった。路地裏の影から、ぼろ布を纏った何かが飛び出してきた。
その手に握られているのは、錆びついた汚いナイフ。狂乱した目で私を突き刺そうと迫るその男は、数日前に追い出されたはずの、バーンズ家の元家令ハンスだった。
「お前のせいで、私はすべてを失った! ミランダ様も、旦那様も、家を追い出される寸前なんだぞ! お前さえ、お前さえ死ねば、公爵はミランダ様を迎え入れるしかないんだ!」
逆恨みも甚だしい、支離滅裂な叫び。あまりの恐怖に足がすくみ、私は目を瞑った。
――ガキィィィィィィィィィィン!!
鋭い金属音が響き、衝撃が地面を揺らす。恐る恐る目を開けると、私の目の前にはアレクシス様の広く逞しい背中があった。彼は抜剣さえせず、鞘に収まったままの剣の柄で、ハンスのナイフを軽々と受け流していた。
「……羽虫が。不浄な言葉で俺の妻の耳を汚しただけでなく、その刃を向けようとするとは」
アレクシス様から立ち上る魔力は、先ほどまでの甘い雰囲気とは真逆の、魂を凍りつかせるような死の冷気だった。 「ひ、ひっ……あああ……!」
ハンスはアレクシス様の黄金の瞳に見据えられただけで、腰を抜かして泥水の中に転がった。アレクシス様は、ゆっくりとその足で、ハンスが持っていたナイフを踏み折る。
「レティシア。……目を開けていろ。お前を傷つけようとするゴミが、どう掃除されるかを見ておくがいい」
アレクシス様は冷酷に言い放つと、ハンスの胸ぐらを掴み上げ、壁に叩きつけた。ドン、と鈍い音が響き、ハンスの口から悲鳴ともつかない泡が漏れる。
「お、助け……私はただ、ミランダ様に頼まれて……! レティシアが死ねば、ミランダ様が聖女としてこの城に入り、借金もチャラにしてくれると……!」
「……ほう。あの毒婦ども、まだそんな夢を見ているのか」
アレクシス様は蔑むように鼻を鳴らした。彼はハンスの懐を探ると、一通の手紙を引きずり出した。そこにはミランダの筆跡で、レティシアを亡き者にした後にどう公爵に取り入るか、卑劣な計画が書き連ねられていた。
「セバス! 騎士団を呼べ。このゴミを地下牢へ放り込め。……それと、この手紙は『王都』へ送る。伯爵家が公爵夫人への暗殺を教唆した、揺るぎない証拠としてな」
「畏まりました、旦那様。……ハンス殿、公爵家への暗殺未遂、重罪ですよ? 一生、光を見ることはないでしょうな」
セバスさんが冷ややかに微笑み、騎士たちがハンスを引きずっていく。ハンスは「あいつは無能だ!」「掃除しかできないゴミなんだ!」と最後まで叫んでいたが、その声を聞く者は誰もいなかった。
静まり返った路地裏で、アレクシス様が私の震える肩を力強く抱き寄せた。
「レティシア、怖い思いをさせた。……済まない」
「い、いえ……アレクシス様が、守ってくださったから……」
「……当然だ。君は俺の光だと言っただろう。……奴らが画策している『聖女の成り代わり』など、到底不可能だと分からせてやる。……王都へ行くぞ。君の真の価値を、愚か者たちの目の前で証明する」
アレクシス様の瞳には、実家を完膚なきまでに叩き潰すという、苛烈なまでの決意が宿っていた。
***
その頃。王都のバーンズ伯爵邸では、ミランダが鏡の前で、レティシアが着ていたような質素なドレスを纏い、薄笑いを浮かべていた。
「ふふ、もうすぐあの『掃除女』はいなくなる。そうすれば、私がヴォルフェンの聖女として迎えられるのよ。公爵様も、本物の美しさを知れば私に跪くわ……!」
彼女はまだ知らない。自分が送り出したハンスが捕まり、自分の書いた手紙が、破滅への招待状となって王宮へ届けられたことを。
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「――死ね、この……不幸を呼ぶ掃除女がぁっ!」
カフェを出て、少し人気の少ない通りに差し掛かったその時だった。路地裏の影から、ぼろ布を纏った何かが飛び出してきた。
その手に握られているのは、錆びついた汚いナイフ。狂乱した目で私を突き刺そうと迫るその男は、数日前に追い出されたはずの、バーンズ家の元家令ハンスだった。
「お前のせいで、私はすべてを失った! ミランダ様も、旦那様も、家を追い出される寸前なんだぞ! お前さえ、お前さえ死ねば、公爵はミランダ様を迎え入れるしかないんだ!」
逆恨みも甚だしい、支離滅裂な叫び。あまりの恐怖に足がすくみ、私は目を瞑った。
――ガキィィィィィィィィィィン!!
鋭い金属音が響き、衝撃が地面を揺らす。恐る恐る目を開けると、私の目の前にはアレクシス様の広く逞しい背中があった。彼は抜剣さえせず、鞘に収まったままの剣の柄で、ハンスのナイフを軽々と受け流していた。
「……羽虫が。不浄な言葉で俺の妻の耳を汚しただけでなく、その刃を向けようとするとは」
アレクシス様から立ち上る魔力は、先ほどまでの甘い雰囲気とは真逆の、魂を凍りつかせるような死の冷気だった。 「ひ、ひっ……あああ……!」
ハンスはアレクシス様の黄金の瞳に見据えられただけで、腰を抜かして泥水の中に転がった。アレクシス様は、ゆっくりとその足で、ハンスが持っていたナイフを踏み折る。
「レティシア。……目を開けていろ。お前を傷つけようとするゴミが、どう掃除されるかを見ておくがいい」
アレクシス様は冷酷に言い放つと、ハンスの胸ぐらを掴み上げ、壁に叩きつけた。ドン、と鈍い音が響き、ハンスの口から悲鳴ともつかない泡が漏れる。
「お、助け……私はただ、ミランダ様に頼まれて……! レティシアが死ねば、ミランダ様が聖女としてこの城に入り、借金もチャラにしてくれると……!」
「……ほう。あの毒婦ども、まだそんな夢を見ているのか」
アレクシス様は蔑むように鼻を鳴らした。彼はハンスの懐を探ると、一通の手紙を引きずり出した。そこにはミランダの筆跡で、レティシアを亡き者にした後にどう公爵に取り入るか、卑劣な計画が書き連ねられていた。
「セバス! 騎士団を呼べ。このゴミを地下牢へ放り込め。……それと、この手紙は『王都』へ送る。伯爵家が公爵夫人への暗殺を教唆した、揺るぎない証拠としてな」
「畏まりました、旦那様。……ハンス殿、公爵家への暗殺未遂、重罪ですよ? 一生、光を見ることはないでしょうな」
セバスさんが冷ややかに微笑み、騎士たちがハンスを引きずっていく。ハンスは「あいつは無能だ!」「掃除しかできないゴミなんだ!」と最後まで叫んでいたが、その声を聞く者は誰もいなかった。
静まり返った路地裏で、アレクシス様が私の震える肩を力強く抱き寄せた。
「レティシア、怖い思いをさせた。……済まない」
「い、いえ……アレクシス様が、守ってくださったから……」
「……当然だ。君は俺の光だと言っただろう。……奴らが画策している『聖女の成り代わり』など、到底不可能だと分からせてやる。……王都へ行くぞ。君の真の価値を、愚か者たちの目の前で証明する」
アレクシス様の瞳には、実家を完膚なきまでに叩き潰すという、苛烈なまでの決意が宿っていた。
***
その頃。王都のバーンズ伯爵邸では、ミランダが鏡の前で、レティシアが着ていたような質素なドレスを纏い、薄笑いを浮かべていた。
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彼女はまだ知らない。自分が送り出したハンスが捕まり、自分の書いた手紙が、破滅への招待状となって王宮へ届けられたことを。
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