15 / 35
第二章:冷徹皇帝と、癒えゆく心
第15話:壊れゆく無敵
「――レオン・バスカヴィル。君を、第一騎士団長の職から一時解任する」
王城の謁見の間。国王の無慈悲な宣告が、冷たく響き渡った。
レオンは信じられないという表情で顔を上げた。膝をついたままの姿勢で、その右腕は、もはや剣を握ることすらままならず、だらりと垂れ下がっている。
「陛下、お待ちください! これは一時的な不調です。傷さえ治れば、私はまた以前のように……!」
「その『傷さえ』が、もう一ヶ月も治っていないではないか。それどころか、君の魔力は日増しに衰え、今や新米騎士以下の水準まで落ち込んでいる。……レオン、君の『最強』は、アリアがいなければ維持できないものだったのか?」
国王の軽蔑を含んだ視線が、レオンを射抜く。
かつては「国の至宝」ともてはやした相手を、役に立たなくなれば即座に切り捨てる。それがこの王国のやり方だった。
「アリアがいれば、アリアさえいれば……っ!」
レオンは唇を噛み切り、その名を呪詛のように吐いた。
謁見の間を出た彼を待っていたのは、かつての恋人(という体(てい)で侍らせていた)、カトリーヌだった。彼女はすでに、別の有力な騎士の腕に抱かれていた。
「あら、元・団長様。まだそんな無様な姿で城をうろついていらしたの?」
「カトリーヌ……。君まで俺を笑うのか? 俺が君に贈った、あの国宝級の耳飾りは……」
「あれ? 質に入れたわよ。無能な男に貰ったものなんて、持っていても価値が下がるだけですもの。……アリアに贈った安物がお似合いだったんじゃないかしら? もっとも、彼女はもう二度と、あなたの顔なんて見たくないでしょうけれど」
取り巻きの令嬢たちの嘲笑が、さざ波のように広がる。
レオンは真っ赤な顔をして立ち去るしかなかった。
自室に戻ったレオンは、狂ったように部屋を荒らした。
アリアが丁寧に並べていた調度品を叩き割り、彼女が繕っていた予備の服を引き裂く。
だが、いくら壊しても、心の渇きは癒えない。
その時、彼の視界に一枚の鏡が入った。
そこに映っていたのは、かつての端正な英雄の面影はなく、焦燥と絶望で見る影もなく窶れた、一人の男の無様な姿だった。
「……あり、あ……」
初めて、彼の中から「道具」としての執着ではない、得体の知れない恐怖が湧き上がった。
アリアが側にいることが、呼吸をするのと同じくらい当たり前だと思っていた。
彼女が差し出す茶。
彼女が夜更けに灯していたランプの火。
彼女が自分に向ける、少し困ったような、けれど柔らかな微笑み。
それらがすべて、自分の手によって、永遠に失われてしまったのではないかという恐怖。
「探せ……。地の果てまで追いかけてでも、彼女を連れ戻すんだ。……あいつがいないと、俺は……俺は……」
レオンの声は、もはや命令ではなく、消え入りそうな悲鳴に似ていた。
一方、帝都のジークハルトの私室では。
アリアが、ジークハルトの膝の上で、彼に髪を梳いてもらっていた。
「アリア、私の騎士団が、王国で一人の騎士が失脚したという報せを持ってきたぞ」
「……そうですか」
アリアは、レオンの名を聞いても、もはや眉一つ動かさなかった。
ジークハルトの指先から伝わる愛情と、星晶石の指輪の輝き。それが今の彼女の世界のすべてだった。
「君を泣かせた男だ。……いつか必ず、私の足元に跪かせてやろう。君の許しが出るまで、二度と立たぬようにな」
「陛下……。私はもう、あの人のことは忘れてしまいましたわ」
アリアの言葉に、ジークハルトは満足げに目を細め、彼女のうなじに深く顔を埋めた。
「それでいい。君の瞳には、私だけが映っていればいいのだ」
過去は死んだ。
そして、アリアの本当の人生が、帝国の華やかな夜会とともに幕を開けようとしていた。
王城の謁見の間。国王の無慈悲な宣告が、冷たく響き渡った。
レオンは信じられないという表情で顔を上げた。膝をついたままの姿勢で、その右腕は、もはや剣を握ることすらままならず、だらりと垂れ下がっている。
「陛下、お待ちください! これは一時的な不調です。傷さえ治れば、私はまた以前のように……!」
「その『傷さえ』が、もう一ヶ月も治っていないではないか。それどころか、君の魔力は日増しに衰え、今や新米騎士以下の水準まで落ち込んでいる。……レオン、君の『最強』は、アリアがいなければ維持できないものだったのか?」
国王の軽蔑を含んだ視線が、レオンを射抜く。
かつては「国の至宝」ともてはやした相手を、役に立たなくなれば即座に切り捨てる。それがこの王国のやり方だった。
「アリアがいれば、アリアさえいれば……っ!」
レオンは唇を噛み切り、その名を呪詛のように吐いた。
謁見の間を出た彼を待っていたのは、かつての恋人(という体(てい)で侍らせていた)、カトリーヌだった。彼女はすでに、別の有力な騎士の腕に抱かれていた。
「あら、元・団長様。まだそんな無様な姿で城をうろついていらしたの?」
「カトリーヌ……。君まで俺を笑うのか? 俺が君に贈った、あの国宝級の耳飾りは……」
「あれ? 質に入れたわよ。無能な男に貰ったものなんて、持っていても価値が下がるだけですもの。……アリアに贈った安物がお似合いだったんじゃないかしら? もっとも、彼女はもう二度と、あなたの顔なんて見たくないでしょうけれど」
取り巻きの令嬢たちの嘲笑が、さざ波のように広がる。
レオンは真っ赤な顔をして立ち去るしかなかった。
自室に戻ったレオンは、狂ったように部屋を荒らした。
アリアが丁寧に並べていた調度品を叩き割り、彼女が繕っていた予備の服を引き裂く。
だが、いくら壊しても、心の渇きは癒えない。
その時、彼の視界に一枚の鏡が入った。
そこに映っていたのは、かつての端正な英雄の面影はなく、焦燥と絶望で見る影もなく窶れた、一人の男の無様な姿だった。
「……あり、あ……」
初めて、彼の中から「道具」としての執着ではない、得体の知れない恐怖が湧き上がった。
アリアが側にいることが、呼吸をするのと同じくらい当たり前だと思っていた。
彼女が差し出す茶。
彼女が夜更けに灯していたランプの火。
彼女が自分に向ける、少し困ったような、けれど柔らかな微笑み。
それらがすべて、自分の手によって、永遠に失われてしまったのではないかという恐怖。
「探せ……。地の果てまで追いかけてでも、彼女を連れ戻すんだ。……あいつがいないと、俺は……俺は……」
レオンの声は、もはや命令ではなく、消え入りそうな悲鳴に似ていた。
一方、帝都のジークハルトの私室では。
アリアが、ジークハルトの膝の上で、彼に髪を梳いてもらっていた。
「アリア、私の騎士団が、王国で一人の騎士が失脚したという報せを持ってきたぞ」
「……そうですか」
アリアは、レオンの名を聞いても、もはや眉一つ動かさなかった。
ジークハルトの指先から伝わる愛情と、星晶石の指輪の輝き。それが今の彼女の世界のすべてだった。
「君を泣かせた男だ。……いつか必ず、私の足元に跪かせてやろう。君の許しが出るまで、二度と立たぬようにな」
「陛下……。私はもう、あの人のことは忘れてしまいましたわ」
アリアの言葉に、ジークハルトは満足げに目を細め、彼女のうなじに深く顔を埋めた。
「それでいい。君の瞳には、私だけが映っていればいいのだ」
過去は死んだ。
そして、アリアの本当の人生が、帝国の華やかな夜会とともに幕を開けようとしていた。
あなたにおすすめの小説
傷物令嬢エリーズ・セルネの遺書
砂礫レキ
恋愛
『余計な真似をして……傷物の女などただの穀潰しでは無いか!』
通り魔から子供を庇い刺された女性漫画家は自分が美しい貴族令嬢になってることに気付く。彼女の名前はエリーズ・セルネで今度コミカライズを担当する筈だった人気小説のヒロインだった。婚約者の王子と聖女を庇い背中に傷を負ったエリーズは傷物として婚約破棄されてしまう。そして父である公爵に何年も傷物女と罵倒されその間に聖女と第二王子は婚約する。そして心を病んだエリーズはその後隣国の王太子に救い出され幸せになるのだ。しかし王太子が来るまで待ちきれないエリーズは自らの死を偽装し家を出ることを決意する。
殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。
和泉鷹央
恋愛
雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。
女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。
聖女の健康が、その犠牲となっていた。
そんな生活をして十年近く。
カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。
その理由はカトリーナを救うためだという。
だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。
他の投稿サイトでも投稿しています。
婚約破棄は喜んで
nanahi
恋愛
「お前はもう美しくない。婚約破棄だ」
他の女を愛するあなたは私にそう言い放った。あなたの国を守るため、聖なる力を搾り取られ、みじめに痩せ細った私に。
え!いいんですか?喜んで私は去ります。子爵令嬢さん、厄災の件、あとはよろしく。
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。
嘘つきな貴方を捨てさせていただきます
梨丸
恋愛
断頭台に上がった公爵令嬢フレイアが最期に聞いた言葉は最愛の婚約者の残忍な言葉だった。
「さっさと死んでくれ」
フレイアを断頭台へと導いたのは最愛の婚約者だった。
愛していると言ってくれたのは嘘だったのね。
嘘つきな貴方なんて、要らない。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
11/27HOTランキング5位ありがとうございます。
※短編と長編の狭間のような長さになりそうなので、短編にするかもしれません。
1/2累計ポイント100万突破、ありがとうございます。
完結小説ランキング恋愛部門8位ありがとうございます。
【完結】ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
いつも隣にいる
はなおくら
恋愛
心の感情を出すのが苦手なリチアには、婚約者がいた。婚約者には幼馴染がおり常にリチアの婚約者の後を追う幼馴染の姿を見ても羨ましいとは思えなかった。しかし次第に婚約者の気持ちを聞くうちに変わる自分がいたのだった。