死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん

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第2話:笑顔で進める「公爵家空洞化計画」

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「……よし、これで一点」

 ディートリヒが部屋を飛び出した後、私は即座に羽根ペンを走らせた。  書き換えるのは、弟に頼まれた報告書ではない。父であるアデナウアー公爵から預かっていた『全権委任状』の付帯条項だ。    父は私が十歳の頃から、面倒な事務手続きをすべて私に丸投げしていた。その際、「これを判子代わりに使え」と渡されたのが、公爵の紋章が刻印された魔導印章と、白紙の委任状だ。  前世の私は、実直に家の利益のためにそれを使っていた。けれど――。

(付帯条項:公爵令嬢エルゼ・フォン・アデナウアーが執行する全ての契約において、発生した利益の三割を『代理人報酬』として彼女の個人口座に自動転送するものとする)

 魔法契約のインクが、紙面に淡い光を放って馴染んでいく。これで、私が公爵家のために働けば働くほど、公爵家の資産は合法的に私の懐へと流れる仕組みが出来上がった。

「さて、次は『手足』を確保しなくてはね」

 私は部屋を出て、屋敷の地下にある厨房へと向かった。  この屋敷には、かつて私を唯一、一人の人間として案じてくれた人たちがいた。彼らもまた、公爵家の傲慢な連中に使い潰される運命にある。

 厨房の隅で、冷えたスープを啜っている初老の男に声をかけた。

「ハンス、少し時間をもらえるかしら?」

「おや、エルゼお嬢様。……こんな場所まで、どうなさいましたか?」

 料理長のハンスだ。彼はかつて王宮の料理人だったが、父が借金のカタに強引に引き抜いてきた。以来、無理難題ばかり押し付けられ、今ではすっかり生気を失っている。

「単刀直入に言うわ。ハンス、あなたにのチャンスをあげたいの」

「独立、ですか?」

「ええ。私が隣国に設立する予定の商会で、料理部門の責任者を探しているの。もちろん、今よりも三倍の給与と、自分の店を持つ権利を約束するわ。……私と一緒に、この家を出る気はない?」

 ハンスは目を見開いた。公爵令嬢が家を捨てるなど、普通なら狂気の沙汰だ。  けれど、彼は私の瞳の中に宿る「本気」を読み取ったらしい。

「お嬢様……。貴女様がそこまで仰るなら、この老いぼれの命、お預けしましょう。正直、この家の腐った臭いには、もうヘドが出ていたところです」

「心強いわ。近いうちに準備を整えるから、それまでは『無能な料理人』を演じて。父様たちが、あなたを追い出したくなるくらいにね」

 私はハンスと固い握手を交わした。  こうして、公爵家の生活を支える「重要人物」を一人ずつ、内側から腐らせていく。

 厨房を後にし、自室に戻る廊下で、今度は妹のマリアと鉢合わせた。  彼女は私が通るなり、扇子で鼻を覆い、露骨に嫌な顔をした。

「あら、お姉様。また泥臭い厨房にでも行っていたの? そんなところに出入りするから、いつまで経っても野暮あかぬけないのよ」

「あら、マリア。ご機嫌よう。……その首飾りのエメラルド、素敵ね。確か、先月の領地の税収から買い上げたものだったかしら?」

「ふん、当然でしょう。私のような美しい娘が身につけてこそ、アデナウアー公爵家の威光が保たれるのですもの。お姉様みたいに、部屋に引きこもって数字ばかり見ている女には一生縁のない代物だわ」

 マリアが勝ち誇ったように笑う。  前世の私なら、領地の赤字を思い出して胃を痛めていただろう。けれど今は、その無知な笑顔が愛おしくてたまらない。

「ええ、本当に素敵。……マリア、そのエメラルドをもっと輝かせるために、最高級の宝石店を紹介してあげましょうか? 私の紹介なら、支払いは『公爵家の一括ツケ』で通るはずよ」

「あら! お姉様にしては気が利くじゃない。すぐに紹介状を書きなさいよ」

「喜んで」

 私は心の中で舌を出した。  その宝石店は、私が裏で支配を強めているギルドの息がかかった店だ。  一括ツケの請求書が父の手元に届く頃には、公爵家の口座は「私への報酬支払い」ですっからかんになっているはず。    支払い不能になった公爵家が、王都でどんな恥をかくか。  想像するだけで、笑いが込み上げてくる。

 自室に戻ると、私はディートリヒから預かった報告書を広げた。  内容は完璧。構成も美しい。  ただし、その中身には「私以外の人間が読むと、絶対に矛盾が生じる」巧妙な数字の罠を仕込んでおいた。

「さあ、ディートリヒ。これを手柄だと思って、意気揚々と王宮へ持っていきなさい」

 公爵家という名の巨大な船。  その底には、すでに私が大きな穴を開けた。  水が溢れ出し、船が沈み始めるその時まで――私は最高に「便利な娘」を演じてみせよう。

 ふと、窓の外に黒い影がよぎった気がして、私は視線を向けた。  そこには一羽の鴉が留まっており、まるで私の復讐劇を観察しているかのように、鋭い金色の瞳でこちらを見つめていた。

「……あら、お客様かしら?」

 それが、後に私の運命を大きく変える「彼」との出会いの予兆だとは、この時の私はまだ知らなかった。

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