死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん

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第3話:有能すぎる姉と、何も知らない無能な寄生虫たち

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翌朝、ディートリヒは私の部屋へ意気揚々と乗り込んできた。

「おい、例の報告書はできているんだろうな!」

私は一睡もしていないふりをして、わざとらしく目を擦りながら書類を差し出した。

「ええ、ディートリヒ。一晩かけて完璧に仕上げておきましたわ。あなたが王宮でとして認められるよう、最高の出来栄えです」

「ふん、当然だ。お前は黙って僕のために働いていればいいんだよ」

ディートリヒは中身をろくに確認もせず、書類を奪い取ると部屋を出て行った。
彼が去った後、私は背もたれに深く身を預け、口角を吊り上げた。

あの報告書には、一見すると完璧な税収予測が記されている。しかし、その計算式の根拠となっている「係数」には、私が独自に編み出した魔導演算の論理が組み込まれている。
内容を理解していない者が説明しようとすれば、必ず支離滅裂な回答に陥るように設計してあるのだ。

「さて、私は私の仕事をしましょうか」

私は質素な外出着に着替え、公爵家の馬車を使わず、平民を装って街へと繰り出した。
向かったのは、王都の端にある、古びた、しかし活気のある貿易ギルド『黄金の天秤』。

前世で私は、公爵家の資産を増やすために、個人名義でいくつかの投資を行っていた。その知識を使い、今世ではさらに迅速に、かつ大胆に金を動かす。
受付の奥、ギルド長専用の個室で、私は用意してきた数枚の証書を机に並べた。

「ギルド長。アデナウアー公爵家の名ではなく、私の『個人口座』に、この土地の権利を担保とした融資をお願いしたいのです。それと、隣国の通貨リラへの両替も」

「お嬢様、これは……。公爵家を介さず、これほどの大金を動かすのは危険では?」

「いいえ。これは私個人が、父から『正当な報酬』として勝ち取った権利に基づいています。法的な不備はありませんわ」

ギルド長は、私が差し出した契約書の「付帯条項」――昨日、父の印を勝手に使って書き換えた部分――を見て、息を呑んだ。
彼は私の瞳にある冷徹れいてつな決意を悟り、黙って手続きを始めた。

手続きの最中、ギルドの資料室で隣国の経済状況を調べていた時のことだ。

「……公爵令嬢が、自分の家を破滅させようとしているのか?これは興味深い」

背後からかけられた低い、地を這うような美しい声に、心臓が跳ねた。
振り返ると、そこには漆黒の外套に身を包んだ男が立っていた。

深く被ったフードの隙間から、鋭い金色の瞳ゴールデン・アイが私を射抜いている。
その圧倒的な威圧感。ただの商人ではない。私は本能的に、彼がこの国の人間ではないことを察した。

「……盗聞きとは、感心しませんわね。名もなき旅の方?」

「名乗るほどのものではない。ただの、変わり者を探している『情報屋』だ」

男は音もなく歩み寄り、私の手元にある、公爵家から資産を抜き取っている記録が記された帳簿に指先を触れた。
長い指、磨かれた爪。その所作の一つ一つが、高貴な血筋を隠しきれていない。

「公爵家を支える便と噂の令嬢が、裏では実家の首を絞める準備をしている。……君は何を企んでいる?」

「破滅ではありませんわ。私はただ、私の持ち物――奪われた私の人生を回収しているだけです。邪魔をするつもりなら、容赦はしませんけれど」

私が鋭く言い返すと、男はふっと、楽しげに唇を歪めた。
その瞬間、彼の背後の影が揺れ、隠れていた護衛の殺気が膨らむのを感じた。

「面白い。君のような恐ろしい女性、初めて見た」

男はフードを脱ぎ捨てた。
現れたのは、彫刻のように整った顔立ちをした、異国の美青年。
その耳に飾られた蒼い宝石のピアス。それは隣国の皇族――聖教国シオンの皇太子の証。

「私はシオン。……エルゼ、君に一つ提案がある。君のその『回収作業』、私に手伝わせてくれないか?」

「隣国の皇太子様が、我が国の内情に干渉する、と?」

「干渉ではない。これは『投資』だ。君という、比類なき才能へのね」

シオンは私の首筋に、熱を帯びた指先を這わせた。
前世では出会うことさえなかった、強大な力。
彼の手を取れば、私の復讐はより確実なものになる。けれど、それは同時に、彼という猛獣の懐に飛び込むことも意味していた。

その時、王宮の方向から、けたたましい鐘の音が響いた。
ディートリヒが提出した報告書の審議が終わった合図だ。

おそらく今頃、王宮の会議室は混乱の渦に叩き落とされているはずだ。
ディートリヒは、私が仕込んだ「矛盾の罠」に嵌まり、国王陛下の前で醜態を晒していることだろう。

「……まずは一勝、ですわね」

私はシオンの金色の瞳を見つめ返し、不敵に微笑んだ。

「いいでしょう、シオン様。私の『復讐の共犯者』になりたいというのなら、歓迎いたしますわ」

公爵家を捨てる準備は、これで整った。
あとは、あの寄生虫たちが自らの愚かさで自滅していく様子を、一番特等席で眺めるだけだ。






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