死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん

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第7話:シオンとの秘密の夜

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月明かりが、静まり返った公爵家の庭園を青白く照らしていた。
日中の騒動――マリアのカード停止と父の怒号――が嘘のように、屋敷は静まり返っている。もっとも、それは嵐の前の静けさに過ぎないのだが。

私は自室のテラスで、冷えた夜風に当たりながら、手元の帳簿を最終確認していた。
料理長のハンス、御者のトニ。彼らの家族を含めた亡命の手はずは整った。あとは、私自身の身の振りと、最後の一押しを残すのみ。

「……随分と熱心だな。こんな夜更けまで、愛しい家族を地獄へ送る算段か?」

不意に背後から響いた低い声に、私は息を呑んで振り返った。
そこには、いつの間にか部屋の中に侵入していたシオンが、私の長椅子に不遜な態度で腰掛けていた。

「シオン様……!ここは公爵家の二階ですわ。衛兵もいるはずですが」

「あんな同然の連中、私の目をごまかすには力不足だ。それよりもエルゼ、君の顔を見に来た」

シオンは音もなく立ち上がると、私との距離を一気に詰めた。
彼の纏う、冷たい夜の空気と、微かな香木の匂いが鼻腔をくすぐる。
月光を浴びた彼の金色の瞳は、昼間よりも一層、妖しく輝いていた。

「……私の顔?何か計画に変更でも?」

「いいえ。ただ、君がどんな表情で、自分の家が崩壊していく様を眺めているのか気になってね。想像以上に、美しいの顔をしている」

シオンの長い指が、私の頬をなぞり、そのまま顎をくいと持ち上げた。
逃げ場を塞ぐように、彼は私をテラスの手すりへと追い詰める。

「君が仕掛けた『一斉引き落とし』、隣国の商会ギルドでも話題になっているよ。アデナウアー公爵家の口座が、一晩で空になった。……君は、私が見込んでいた以上に恐ろしい女性だ」

「あら、褒め言葉として受け取っておきますわ」

私は動じずに彼を見つめ返した。
心臓が少しだけ早く跳ねているのは、恐怖のせいか、それともこの男が放つ圧倒的な熱量のせいか。

「だが、エルゼ。無理をしすぎるな。君が倒れてしまっては、私の『投資』が無駄になる」

シオンはそう囁くと、私の首筋に顔を埋めた。
熱い吐息が肌を焼き、ゾクりとした震えが全身を走る。
彼は、私の急所である頸動脈のあたりを、愛おしむように、あるいは威嚇するように優しく食んだ。

「……シオン様、これは契約に含まれていない行為ですわ」

「そうだな。これは契約ではなく、私のだ。……君を隣国へ連れて行った後、ただの商会長で終わらせるつもりはないと言っただろう?」

シオンの瞳に宿る、昏い独占欲。
前世では、誰からも必要とされず、ただ便利な道具として捨てられた私。
今世では、この世界で最も高貴で危険な男が、私という存在そのものを渇望している。

「君は、私の隣に立つに相応しい。……この国を捨て、全てを奪い去った後、君に最高の王冠を用意しよう」

「王冠、ですか。……今の私には、宝石よりも、あいつらが泥水を啜る音の方が魅力的に聞こえますけれど」

「ははは!やはり君は最高だ」

シオンは愉快そうに笑い、私の唇を親指でなぞった。

「わかった。君の復讐が完成するまで、私は影として君を守ろう。……だが忘れるな。君の命も、その冷徹な魂も、既に私に売ったのだということを」

シオンはそう言い残すと、一陣の風のように、窓から夜の闇へと消えていった。
後に残されたのは、激しく波打つ私の鼓動と、首筋に残った微かな熱だけ。

私は鏡の中の自分を見た。
頬は紅潮し、瞳には冷酷な決意と、ほんの少しの――期待が混じっている。

「……ええ、わかっていますわ。シオン様」

私は窓を閉め、鍵をかけた。

明日は、父が大切にしている「家宝の絵画」を、レプリカにすり替える日。
本物は既に、トニの手によって隣国のオークションハウスへと運び出されている。

公爵家が誇る名誉も、伝統も、財産も。
一つ、また一つと、私の掌から零れ落ち、消えていく。

「さあ、明日の朝食が楽しみですわ」

私は静かに明かりを消した。
闇の中で、私の復讐劇はさらに加速していく。













定期アナウンス↓

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