27 / 33
第三部:知略と闇の胎動
第二十七話:呪いの侵食、腐りゆく聖域
しおりを挟む
異形の姿へと変貌したラングリス王宮――「魔城」と化したそれは、地響きを立ててその根を隣国レアルタへと伸ばし始めていた。
城の壁から染み出す漆黒の粘液は、触れるものすべての命を吸い取り、代わりにどす黒いカビのような呪いを撒き散らす。私が心血を注いで整備した美しい石畳の街道が、その呪いに触れた瞬間、ボロボロと砂のように崩れ落ちていく。
「な……なんだ、この黒い霧は!?息が、魔力が吸い取られる……!」
「アニエス様が造った壁が、溶けていくぞ!?」
国境付近の住民たちが悲鳴を上げる。
私の建築魔法は、本来「清浄なマナ」を循環させることで強度を保つ。しかし、クロエ様を核とした魔城が放つのは、それを真っ向から否定する「負の波動」だった。
「……私の術式が、弾かれている?」
私は最前線の砦のバルコニーで、自らの指先が微かに震えるのを見つめた。
修復の呪文を唱えても、魔城から伸びる黒いカビが瞬時にそれを食い破り、構造を内側から腐らせていく。建築士として、丹精込めて造り上げた作品が、汚物にまみれて汚されていくような、吐き気を催すほどの不快感。
「アニエス、顔色が悪いぞ。下がっていろ、ここは我が軍の魔導師たちが――」
「いけません、陛下!あれは物理的な攻撃ではない、構造そのものを腐らせる『概念的な崩壊』です。下手に近づけば、兵士たちの命がそのままあの城の『餌』になりますわ!」
レオンハルト陛下を制したその時、空が割れるようなクロエ様の叫びが、脳内に直接響いてきた。
『アニエス……!見て……この美しさ……。あなたがどれだけ頑丈に造っても、私がすべて腐らせてあげる……!陛下も、この国も、あなたの誇りも……全部私の土台にするのよ!』
魔城の最上部、巨大な眼球のように赤く光る窓から、凄まじい密度の呪いの波動が放たれた。それは真っ直ぐに、私たちが立つ砦へと向かってくる。
「くっ……総員、盾を構えろ!」
陛下の叫びと共に、帝国兵たちが防御陣を組む。だが、相手は人の命を燃料にした呪いだ。まともな防御魔法では防ぎきれない。
「させません……!【緊急隔壁】、発動!」
私は杖を床に叩きつけ、ありったけのマナを注ぎ込んで多層の障壁を展開した。
――ガギィィィン!
衝突の衝撃で、砦全体が大きく揺れる。
だが、その呪いの波動は私の想像を絶していた。
防御の要であった魔導障壁に、ピシリと黒い亀裂が走る。その亀裂は一瞬で広がり、私の足元の大理石を黒く変色させていく。
「アニエス、危ない!」
崩れ落ちる床から私を救おうと、レオンハルト陛下が私の体を抱き寄せた。
しかし、その代償に――降り注ぐ黒い霧の雫が、陛下の腕を、そして背中を容赦なく濡らした。
「……ぐ、あああああッ!」
「陛下!?」
陛下の苦悶の声。
見れば、彼の腕に浮かび上がったのは、あの不吉な黒いカビの紋章。
かつて私が浄化したはずの呪いが、より禍々しい「建築物の呪い」と混ざり合い、再び彼の命を蝕み始めたのだ。
「……う、嘘でしょう……陛下、陛下!」
崩れゆく砦の中で、私は意識を失いかける陛下を抱きかかえた。
南の空では、魔城が勝利を確信したように不気味に咆哮し、その影をさらに大きくレアルタへと伸ばしていく。
私の聖域が、私の守るべき人が、あの『欠陥品』によって壊されていく。
建築士アニエス・ラ・トール、人生最大の絶望。
だが、その瞳の奥の炎は、まだ消えてはいなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
城の壁から染み出す漆黒の粘液は、触れるものすべての命を吸い取り、代わりにどす黒いカビのような呪いを撒き散らす。私が心血を注いで整備した美しい石畳の街道が、その呪いに触れた瞬間、ボロボロと砂のように崩れ落ちていく。
「な……なんだ、この黒い霧は!?息が、魔力が吸い取られる……!」
「アニエス様が造った壁が、溶けていくぞ!?」
国境付近の住民たちが悲鳴を上げる。
私の建築魔法は、本来「清浄なマナ」を循環させることで強度を保つ。しかし、クロエ様を核とした魔城が放つのは、それを真っ向から否定する「負の波動」だった。
「……私の術式が、弾かれている?」
私は最前線の砦のバルコニーで、自らの指先が微かに震えるのを見つめた。
修復の呪文を唱えても、魔城から伸びる黒いカビが瞬時にそれを食い破り、構造を内側から腐らせていく。建築士として、丹精込めて造り上げた作品が、汚物にまみれて汚されていくような、吐き気を催すほどの不快感。
「アニエス、顔色が悪いぞ。下がっていろ、ここは我が軍の魔導師たちが――」
「いけません、陛下!あれは物理的な攻撃ではない、構造そのものを腐らせる『概念的な崩壊』です。下手に近づけば、兵士たちの命がそのままあの城の『餌』になりますわ!」
レオンハルト陛下を制したその時、空が割れるようなクロエ様の叫びが、脳内に直接響いてきた。
『アニエス……!見て……この美しさ……。あなたがどれだけ頑丈に造っても、私がすべて腐らせてあげる……!陛下も、この国も、あなたの誇りも……全部私の土台にするのよ!』
魔城の最上部、巨大な眼球のように赤く光る窓から、凄まじい密度の呪いの波動が放たれた。それは真っ直ぐに、私たちが立つ砦へと向かってくる。
「くっ……総員、盾を構えろ!」
陛下の叫びと共に、帝国兵たちが防御陣を組む。だが、相手は人の命を燃料にした呪いだ。まともな防御魔法では防ぎきれない。
「させません……!【緊急隔壁】、発動!」
私は杖を床に叩きつけ、ありったけのマナを注ぎ込んで多層の障壁を展開した。
――ガギィィィン!
衝突の衝撃で、砦全体が大きく揺れる。
だが、その呪いの波動は私の想像を絶していた。
防御の要であった魔導障壁に、ピシリと黒い亀裂が走る。その亀裂は一瞬で広がり、私の足元の大理石を黒く変色させていく。
「アニエス、危ない!」
崩れ落ちる床から私を救おうと、レオンハルト陛下が私の体を抱き寄せた。
しかし、その代償に――降り注ぐ黒い霧の雫が、陛下の腕を、そして背中を容赦なく濡らした。
「……ぐ、あああああッ!」
「陛下!?」
陛下の苦悶の声。
見れば、彼の腕に浮かび上がったのは、あの不吉な黒いカビの紋章。
かつて私が浄化したはずの呪いが、より禍々しい「建築物の呪い」と混ざり合い、再び彼の命を蝕み始めたのだ。
「……う、嘘でしょう……陛下、陛下!」
崩れゆく砦の中で、私は意識を失いかける陛下を抱きかかえた。
南の空では、魔城が勝利を確信したように不気味に咆哮し、その影をさらに大きくレアルタへと伸ばしていく。
私の聖域が、私の守るべき人が、あの『欠陥品』によって壊されていく。
建築士アニエス・ラ・トール、人生最大の絶望。
だが、その瞳の奥の炎は、まだ消えてはいなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
31
あなたにおすすめの小説
氷の公爵は、捨てられた私を離さない
空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。
すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。
彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。
アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。
「君の力が、私には必要だ」
冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。
彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。
レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。
一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。
「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。
これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。
偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています
黒崎隼人
ファンタジー
「君に触れると、不幸が起きるんだ」――偽りの呪いをかけられ、聖女の座を追われた少女、ルナ。
彼女は正体を隠し、辺境のミモザ村で薬師として静かな暮らしを始める。
ようやく手に入れた穏やかな日々。
しかし、そんな彼女の前に現れたのは、「王国一の不運王子」リオネスだった。
彼が歩けば嵐が起き、彼が触れば物が壊れる。
そんな王子が、なぜか彼女の薬草店の前で派手に転倒し、大怪我を負ってしまう。
「私の呪いのせいです!」と青ざめるルナに、王子は笑った。
「いつものことだから、君のせいじゃないよ」
これは、自分を不幸だと思い込む元聖女と、天性の不運をものともしない王子の、勘違いから始まる癒やしと幸運の物語。
二人が出会う時、本当の奇跡が目を覚ます。
心温まるスローライフ・ラブファンタジー、ここに開幕。
「醜い」と婚約破棄された銀鱗の令嬢、氷の悪竜辺境伯に嫁いだら、呪いを癒やす聖女として溺愛されました
黒崎隼人
恋愛
「醜い銀の鱗を持つ呪われた女など、王妃にはふさわしくない!」
衆人環視の夜会で、婚約者の王太子にそう罵られ、アナベルは捨てられた。
実家である公爵家からも疎まれ、孤独に生きてきた彼女に下されたのは、「氷の悪竜」と恐れられる辺境伯・レオニールのもとへ嫁げという非情な王命だった。
彼の体に触れた者は黒い呪いに蝕まれ、死に至るという。それは事実上の死刑宣告。
全てを諦め、死に場所を求めて辺境の地へと赴いたアナベルだったが、そこで待っていたのは冷徹な魔王――ではなく、不器用で誠実な、ひとりの青年だった。
さらに、アナベルが忌み嫌っていた「銀の鱗」には、レオニールの呪いを癒やす聖なる力が秘められていて……?
月蝕の令嬢 〜妹の偽りの光を暴き、夜の王に溺愛される〜 嘘つきの妹に成敗を、ざまあ
しょくぱん
恋愛
「汚らわしいその腕で、僕のセリナに触れるな!」
公爵令嬢エレナは、生まれつき「不浄の影」を持つとして家族から虐げられてきた。 実態は、妹セリナが放つ「光の魔法」が生む猛毒を、エレナが身代わりとなって吸い取っていただけ。 しかし、妹の暴走事故を自らの腕を焼いて防いだ日、エレナは「聖女である妹を呪った」と冤罪をかけられる。
婚約者である第一王子に婚約破棄され、実家を追放され、魔物が巣食う「奈落」へと突き落とされたエレナ。 死を覚悟した彼女を拾ったのは、夜の国を統べる伝説の龍神・ゼノスだった。
「これを不浄と言うのか? 私には、世界で最も美しい星の楔に見えるが」
彼に口づけで癒やされたエレナの腕からは炭化が剥がれ落ち、美しい「星の紋章」が輝きだす。 実はエレナの力こそが、世界を再生させる唯一の「浄化」だったのだ。
龍神の番(つがい)として溺愛され、美しく覚醒していくエレナ。 一方、彼女を捨てた母国では、毒の吸い取り役がいなくなったことで妹の「光」が暴走。 大地は腐り、人々は倒れ、国は滅亡の危機に瀕していく。
「今さら『戻ってきて毒を吸ってくれ』ですって? お断りです。私は夫様と幸せになりますので」
これは、虐げられた影の令嬢が真の愛を知り、偽りの光に溺れた妹と国が自滅していくのを高みの見物で眺める、大逆転の物語。
捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています
h.h
恋愛
「偽物の聖女であるお前に用はない!」婚約者である王子は、隣に新しい聖女だという女を侍らせてリゼットを睨みつけた。呆然として何も言えず、着の身着のまま放り出されたリゼットは、その夜、謎の男に誘拐される。
自棄なって自ら誘拐犯の青年についていくことを決めたリゼットだったが。連れて行かれたのは、隣国の帝国だった。
しかもなぜか誘拐犯はやけに慕われていて、そのまま皇帝の元へ連れて行かれ━━?
「おかえりなさいませ、皇太子殿下」
「は? 皇太子? 誰が?」
「俺と婚約してほしいんだが」
「はい?」
なぜか皇太子に溺愛されることなったリゼットの運命は……。
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
「神に見捨てられた無能の職業は追放!」隣国で“優秀な女性”だと溺愛される
佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢アンナ・ローレンスはグランベル王国第一王子ダニエル・クロムハートに突然の婚約破棄を言い渡された。
その理由はアンナの職業にあった。職業至上主義の世界でアンナは無能と言われる職業を成人の儀で神に与えられた。その日からアンナは転落人生を歩むことになった。公爵家の家族に使用人はアンナに冷たい態度を取り始める。
アンナにはレイチェルという妹がいた。そのレイチェルの職業は神に選ばれた人しかなれない特別な職業と言われる聖女。アンナとレイチェルは才能を比較された。姉のアンナは能力が劣っていると言われて苦しい日常を送る。
そして幼馴染でもある婚約者のダニエルをレイチェルに取られて最終的には公爵家当主の父ジョセフによって公爵家を追放されてしまった。
貴族から平民に落とされたアンナは旅に出て違う国で新しい生活をスタートする。一方アンナが出て行った公爵家では様々な問題が発生する。実はアンナは一人で公爵家のあらゆる仕事をこなしていた。使用人たちはアンナに無能だからとぞんざいに扱って仕事を押し付けていた。
「偽聖女」と追放された令嬢は、冷酷な獣人王に溺愛されました~私を捨てた祖国が魔物で滅亡寸前?今更言われても、もう遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢フィーア・エメラインは、地味で効果が現れるのに時間がかかる「大地の浄化」の力を持っていたため、派手な治癒魔法を使う異母妹リシアンの嫉妬により、「偽聖女」として断罪され、魔物汚染が深刻な獣人族の国へ追放される。
絶望的な状況の中、フィーアは「冷酷な牙」と恐れられる最強の獣人王ガゼルと出会い、「国の安寧のために力を提供する」という愛のない契約結婚を結ぶ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる