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異世界の野菜が出てきました

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 木の葉の隙間から太陽の光が降り注いでいる。
 流れの速い川を、点在する石の上を飛び移りながら渡らなくちゃいけなくて、でも怖くてできなくてグズグズしていたら、男の子に手を引かれた。
 十ニ歳くらいの金髪金眼の男の子。

 彼の手をとる私の手は、今よりとても小さい。

 男の子は何か話しているけどよく聞こえず、聞き返すとにっこり優しく笑い、頭を撫でてくれた。
 すごく怖かった気持ちが解けて、温かい気持ちになった。

 石を渡り、川の向こう岸につくと、私の何倍も大きな鷹がいた。
 その背に乗って空を飛ぶ。

 雄大な森を抜けると異国風の城が見え、さらに遠くに活気ある街並みが見えた。
 だけど。
 楽しくて気持ちがいい空の旅に興奮した私ははしゃぎすぎてしまい、バランスを崩した。
 はるか上空から、まっさかさまに落ち…………。



 ジャンッ ジャッジャッジャー ジャッジャジャジャ……


 最近好きな曲に変えたアラーム音で目覚める。

 カオウと暮らすようになってから、夢の内容が変わった。
 あれは多分、前世の幼いときの出来事なんだろう。
 あんな大きな鷹はいないし、街にいた人たちの髪色はピンクとか緑とか、外国でもそうそうお目にかかれない色が多かったから。

 記憶が戻ろうとしてるのかな。

 今の夢はまだ、小さい頃だけど。
 そのうち同じくらいの年齢になるかも。
 前世の私がどんな女性だったか、知りたいような、知りたくないような。

 戻ったらカオウは喜ぶんだろうな、きっと。

 そう思うとちくんと胸が痛むのは、とても悔しい。

「おはよう」

 ぼんやりしていたらカオウが部屋に入ってきた。
 部屋はドアから入ることは同棲するにあたってのルールその1だ。
 こんな当たり前のことをルールにしなきゃいけないなんてびっくりだけど。

 カオウがベッドの端に座る。
 ギシ、という音だけでドキドキするのも、悔しい。
 
「大丈夫?体」

 カオウが布団の中に手を入れて、私の腰を撫でる。

 大丈夫じゃないよ。
 私の体は昨日のでヘトヘトだった。
 あれから二週間分の時間を埋めるように何度も求められて、気を失いかけても無理矢理起こされ、何度もイかされた。
 私は怠くて仕方ないのに、カオウはすこぶる元気そうだ。
 むしろ肌がツヤツヤしている気がする。

「睨むなよ。また襲うよ」
「どうして睨むとそういうこと言うの」
「反抗的な椿を組みしくのが"くる"んだよ」

 ……出たよ謎ワード。くるってなんだよ。しかもさらっと下衆な発言しなかった?

「素直な椿も好きだけど。昨日は何度もイクって言ってて興奮した」
「そんなこと言ってない」
「もう一度言わせようか?」

 意地悪な顔をしてまた胸を触ってきたので、そばにあった枕を顔へ押し付けた。

 なんなの、「いく」とか「くる」とか。N○Kの年越し番組か。

「そろそろ起きれる?朝食用意したよ」
「え?朝食?」

 私は目をぱちくりさせた。
 カオウは自称王子だからか、料理をしたことがないそうだ。
 だから今までも料理は私が作っていた。代わりにお皿洗いは覚えさせましたけど。

「卵ひとつ割ったことないじゃない」
「作ったのはオレじゃない」
「はい?」

 まったく意味が分からず首を傾げると、一度瞬間移動して姿を消し、五分くらいしたらまた現れた。
 今度はドアからじゃなかったけど、まあ……許すことにした。
 両手が塞がっていたからだ。

 カオウは見たこともないベッドテーブルを持っていた。
 上には、ホカホカのパンと、サラダと、コーヒー。
 海外ドラマで見るような”男性が女性のために朝食を作ってくる”ワンシーンを再現していた。

 カオウはハリウッド俳優の中にいても遜色ない、むしろ勝ってるくらいの外見をしているから、本当にこれは恥ずかしすぎる。
 こちらはハリウッド女優ではなく、純日本人ですよ。

「なに?これ」
「オレの世界の朝食。出来立てをそのまま持って来た」

 どうだと言わんばかりに得意げな顔のカオウ。
 つまりあちらの世界で作ったものを瞬間移動して持って来たと。
 えー……異世界の食べ物と食器ってこと……?

「こっちの世界の料理と似てるだろ」

 似てはいる。
 丸いパンの中にはよくわからない固い肉のような、ドライフルーツのようなものが一緒に練り込まれているし、青い線の模様があるレタスや萎れたトマトみたいな野菜が入っているサラダには紫色のソースがかかっているし、コーヒーが入ったカップの横には怪しい錠剤のようなものが添えてあるんだけど。

 それに、食器も見るからに高そうな、王室御用達みたいな白い陶器。
 カップまでトレーと同じ柄が縁回りについていて、フォークも朝の光を反射してるのってくらい輝いている。

「食べてみて。美味しいよ。」

 カオウはフォークでトマト(みたいな野菜)を刺して、私の口元へ持ってくる。
 かすかに嗅ぎなれない匂いがした。外国の空港のような、なんとも言えない匂い。
 ちょっとこれは、かなり勇気がいる。

「食べるとまた変な設定が付加されるってこと、ないよね?」
「なんだよ変な設定って」
「ほら、その……食べたら火が出せるようになるとか、空を飛べるようになるとか」
「はあ? 何言ってんの?」

 呆れた顔をされた。
 いやいや、妖魔が見えるようになるって知っていながら、えっちした人に言われたくない。

 私がむすっとしていると、カオウは仕方ないなってつぶやいて、一口自分で食べて見せた。

「ほら、何も起こらないだろ」
「…………ほんとに?」
「ああ。心配ない」

 優しく笑って頭を撫でられる。
 その手は大きくて、温かくて、安心する。

 こうして”昔”はよく頭を撫でられていたな、という考えが急に浮かんだ。
 
「あ……」
「どうした?」

 突然硬直した私を不思議に思ったカオウが顔を覗きこむ。
 咄嗟に視線をそらした。
 でも、確かめたくなったからまた合わせる。

「…………これを食べたら、私の記憶が戻るかもって……考えた?」

 金色の瞳がわずかに揺れた。
 ちくり、と胸が痛んで、急に食欲はなくなった。

「いらない」
「なんだよ。せっかく用意したのに」
「食べたくない」
「だけど……」
「いらないったら!」

 私はまた横になって、布団を頭からかぶった。
 その拍子にベッドテーブルが揺れた気がする。
 濡れた感触はないからコーヒーはこぼれてないはず。
 カオウの服にかかった可能性もあるけど、無言でいるから違う……はず。

 ギシ、とベッドがきしむ。カオウが立ち上がった音。

「そんなつもりじゃなかった。オレの世界のことを知って欲しかっただけだ」

 いつもより低いカオウの声が上から降ってくる。
 私が無言を貫くと、ベッドテーブルがなくなって体が自由になった。

「いつもの食パン焼いてくるから」

 そう言われて、私は布団から少しだけ顔を出して、ゆっくり頷く。
 気落ちしたようなカオウの表情に、胸がズキリと痛んだ。
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