運命の相手だからって異世界へ連れ去られそうになっています

ゆね

文字の大きさ
17 / 31

何人いるんでしょうか

しおりを挟む
 予報通りに降り始めた雨が、しとしとと街を濡らしている。

 そんな音なんて聞こえないのに、「しとしと」なんて表現、誰が考えたんだろう。
 細かな粒は周りの音さえ吸収しているようで、地面を叩きつけるうるさい雨と比べると随分優しい。
 でも油断していると、傘からはみ出た鞄をびっしょり濡らしていて、結構やっかいな雨だったりする。


 今日は木曜日。私はそんな雨の中、塾の帰り道を一人で歩いていた。
 歩き方を表現するなら、トボトボかな。決して早くなく、元気がない歩き方。

 はっきり言うと、家に帰りたくなかった。
 帰ったらたぶん今日は……カオウが求めてくる。
 月曜から木曜は勉強があるからしないっていうルールを設けてはいるけれど、タコ焼きパーティーをした土曜日に生理が来てからしてないから、そろそろ聞かれる気がする。

 はあ、と深くため息をつく。
 正直、生理が来てくれてほっとしていた。
 あの気持ちのままそういうことをしたくない。

 もうえっちしたくないって言ったらどうなるかな。
 たぶん無理矢理してくるんだろうな。
 こっちの世界でそれは犯罪だけど、カオウの世界にそんな法律あるんだろうか。あっても、王族は別とか?うーん。ありえる。

 そうくよくよ悩んでいるうちに、ついに家に着いてしまった。
 
 どうしよう。入りたくない……と考えながら傘を傾けて、異変に気づく。

 車庫に車が入っていた。
 兄の車。

「え!?帰ってる!?」

 帰るときはいつも事前に連絡をくれるはずなのに、何も聞いていなかった。
 どうしよう、同棲してるってバレる。
 見つかる前に隠れてくれてるといいけど、人前で平気でキスする人が隠れるなんてしなさそう。
 でもでも、家族にはさすがにヤバイって分別くらいはあるよねきっと。そう信じよう。

 私は心臓をバクバクさせながら玄関を開けた。
 そして愕然とする。

 カオウの靴がドドンと置いてあるー!
 兄の靴が隣に並んでるー!
 
 いや、まだ彼氏が遊びに来ただけだと言いきることもできる。
 落ち着け私!!

 とりあえず、二人がどんな雰囲気なのか探るため、そーっと忍び足で近づいた。
 中から話し声が聞こえる。
 よく聞こえないけれど、口論はしていなさそう。
 そっと聞き耳をたてた。

「…………で煮ると旨かったよな」
「そのまま焼く方が旨いよ」

 ん? 料理の話?
 すごく穏やかじゃない?
 まさか兄とも仲良くなってる?

「久々に食べたいなゴルファ」
「今度持ってきてやるよ」

 …………ゴルファ? ゴルファって何?
 そういえば、レオもゴルファがどうとか言ってた気がする。
 どうして兄がその単語知ってるの?

 まさか。
 嫌な考えが頭の中をぐるぐる回る。

「明日持ってこいよ」
「でも椿は向こうの料理食べたがらないし」
「じゃああいつ抜きで、トキツ誘って三人で食べようぜ」
「それならレオも誘おう」
「カオウがレオと友人になるとか、前世じゃ考えられなかったよな」

 兄が前世って言った!
 もう決定的!
 兄も関係者だ!

 驚きすぎて、鞄を落とした。

「椿? 帰ってきたのか?」

 物音に気付いた兄の声がして、私が今さら隠れようかどうしようかわたわたしている間にドアが開く。

「た……ただいま」

 観念して挨拶すると、兄は気まずそうにおかえりと返した。

「あー……。今の話、聞いてた?」
「うん。兄さんって何者?」

 兄はしまったという顔をして、小さく息を吐く。
 とりあえず入れと促されたので、渡してくれたタオルで濡れた鞄を拭いて二人が座っていたダイニングの机まで近寄る。
 机上にはビール缶が二つ。
 完全に二人でくつろいでやがった。

「夕飯済ませてるか?」
「あ、うん。コンビニで買って塾で食べた」
「じゃあビール飲むか?」
「そんなわけないでしょ」

 温かいお茶を用意してくれたけれど、それは当たり前のようにカオウの隣に置かれた。
 それってもう、私とカオウの関係知ってるってことよね。
 なんだか気恥ずかしいなと思いながら、座る前にカオウをちらりと見ると、カオウはお酒が入って上機嫌なのかにこにこしていた。

 このかわいい顔に騙されちゃいけないと目を逸らして座る。

「それで、兄さんは何者? カオウと知り合いだったの?」
「俺も前世はカオウの世界の住人だ。お前、本当にまだ思い出してないのか」

 しれっと言われて目が点になった。

「ゆ……指輪のこと聞いたとき、知らないって言ってたじゃない」
「お前が思い出すの待ってたんだよ。すぐ思い出すと思ったんだけどな」

 呆れた顔でそんなことを言われた。

「前世で兄さんは何だったの?」
「何の因果か、前世でもお前の兄だよ」
「えーと……。私って皇女だよね? ってことは……」
「皇子だ。しかも聞いて驚け、皇帝やってた」
「ぷっ。あはははは。皇帝? 兄さんが皇帝??やだー。すぐ滅びそう」

 私がお腹を抱えて笑っていると、兄は「だから思い出す前に言いたくなかったんだよなあ」とつぶやいてビールを一口飲む。

「まあ、そういうことだから。カオウのことは知ってるし、こっちに来た理由も知ってる。お前が向こうの世界へ行きたいなら応援するぞ。王妃に……っ……なるんだろ」

 仕返しとばかりに声を押し殺して笑われた。
 笑われると腹立つな。

 ともかく、異世界へ行く行かないの話はカオウの前でしたくないから話題を変えることにした。

「兄さんって時津さんとも知り合いなの?」
「ああ。大学で知り合った」
「他にもいるの?」
「今のところ俺が会ったことあるのは……」

 無言で指折り数えていく。私が知ってるのは、玲央、時津さん、兄、私の四人だけど……。

「七人だな」
「な……七人!?そんなにいるの?」
「時津の奥さんもそうだよ」
「そうだったの!?」
「ああ。思い出せばなんとなくわかるようになるよ。本当に少しも夢とか見ないのか?」

 正面からそう聞かれて、私は口ごもった。
 少しは思い出している。カオウの恋人だってことは。
 それに夢も見てる。今日だって、カオウと私は森で遊んでいた。
 だけどそんなこと、カオウには言いたくない。

「何も見てないよ」

 カオウの反応が怖くて、私はうつむいて答えた。

「ほんとに何も?」

 と隣にいたカオウに肩を捕まれる。
 うんと答えると、それまで楽しそうにしていたカオウの顔が明らかに悲しいものへ変化した。

「そっか。……風呂入ってくる」

 声も落胆していて。やっぱり思い出して欲しいんだろうなと思い、ちくんと胸が痛む。

「おい、椿」

 兄は椅子にもたれていた背を起こして、無意識にカオウの背中を目で追っていた私に顔を近づけた。

「……本当はお前、思い出してるだろ」
「な、何言ってるの?思い出してなんてないよ」
「お前嘘つくとき右肩が上がる癖あるぞ」
「えっ嘘!」

 咄嗟に右肩を押さえると、兄は時代劇の悪代官さながらにものすごく悪い顔でにやりと笑った。

「ああ、嘘だ」
「騙したの!?」
「やっぱ思い出してるんだな」
「カオウの恋人だったってことはね。でもそれしか知らない」
「……セ……ティ……は」
「え?」

 兄は私の反応を確かめるように何かを言った。でもそれはちゃんと耳に入ってこなかった。

「何か言った?」
「いや、いい」

 訝しんで聞き返しても答えてくれない。
 変な感じはしたけれど、兄はまた椅子にもたれてビールをあおった。

「それで、行くつもりなんだよな、向こうへ」

 嫌な話題だなあと思いながら、両手でコップを包むように持って、お茶を飲む。

「それはまだ決めてない」
「はあ? 決めてないのに同棲してんのか。ふしだら娘め」
「彼女の家に入り浸ってる人に言われたくない」
「俺は社会人だし、親にも挨拶済みだからいいんだよ」
「え。何、結婚するつもりなの?」
「当たり前だろ」

 やけにはっきり断言されて、思わずこっちが赤面する。

「まだ兄さん二十五だよね。早くない?」
「それだけ逃したくない相手なんだよ」
「うわ……キモい……」
「うるさい」

 ちょっと頬を染める兄は本気で気持ち悪かった。
 でも、昔から女の子にモテてた兄さんにそこまで言わせる彼女ってどんな人なんだろうと興味が湧く。

「もしかして前世も恋人だった?」
「それはない!」

 ドン! っと拳を握りしめて机を叩く。

「な、なに? どうしたの?」
「なんでもない。お前には関係ないことだ」
「なにそれ、ここまで言っておいて」
「そのうち紹介してやるから」

 それきり兄はこの話題には触れなくなった。隠されるとますます気になるけれど、怒らせると恐いから黙っておく。
 だけど、誰でも前世と同じ人を選ぶわけではないってことか。

 カオウだって、別の人を好きになっていた可能性もあったんだ。

 そんな当たり前のことが、やけに印象に残った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

処理中です...