ゴーストスロッター

クランキー

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【第2章】

■第19話 : 日高と真鍋、その過去②

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翌日の朝、9:50。
『テキサス』の前。

日高は、グループの他の3人と一緒に先に並んでいた。
開店まであと10分だというのに、まだ真鍋は来ない。

一人が、日高に対しておそるおそる口を開く。

「日高さん……
 なんとかこの勝負、無しにできないんですか……?」

「そりゃあ、俺だってなんとかこんな勝負やめたいよ。
 でも、俺たちのやりとりを見てたろ? 今更やめるだなんて無理だ。
 遼介とは何度も細かいケンカはしたけど、今回みたいなマジっぽい感じのは初めてだからな」

「……」

「でも、アイツが来たらとりあえず説得はしてみる。こんなバカげたことはやめないか、って。
 自信はないけどよ……」

「お、お願いします!
 こんなことになったのは、俺たちが変な質問しちゃったからだって、ずっと落ち込んでて……」

「お前らのせいじゃねぇよ。俺と遼介がガキなだけだ。気にすんな」

「……すみません」

日高は、落ち込む3人の肩を、順にポンポンと軽く叩いていった。

そのまま4人ともなんとなく黙りこみ、おとなしく真鍋を待った。

「あッ……真鍋さん……」

1人が、不意に口を開いた。
反射的に顔を上げる日高。

そこには、仏頂面の真鍋が、一人でのそのそと近付いてくる姿があった。

「よぉ光平。随分早いんだな。
 ここのオオハナビなんて、開店ぴったりくらいでも座れるだろ?
 どうせ設定なんか入っちゃいないんだしよ」

「……なぁ遼介、やっぱりやめないか?
 ほら、昨日はお互いに結構酔ってたよな? だから、あんなくだらないことでついついケンカしちまったけどさ、こんな勝負したって無意味だろ。
 今までみたく、みんなでツルんで『エース』で喰っていこうぜ!」

「今更何言ってんだよ。こんな状態になっちまってるのに、今から普通に元通りに、なんてできるわけねぇだろ?
 変にギクシャクしちまうのがオチだ」

「……」

「もうやるしかねぇんだよ。どんなにくだらねぇ争いだろうとな」

真鍋の言うことも最もだった。

確かに、目押しの上手さなど、傍から見ればくだらないことかもしれない。
しかし、スロを生業としている者にとっては重要なアイデンティティなのだ。

特に真鍋は、目押し力に自信を持っていた。
それを知っている日高は、今になって何となくで勝負を取りやめ、うやむやにできないことは重々承知していた。

「……わかったよ。やるしかないみたいだな」

「ああ……」



◇◇◇◇◇◇



話は戻り、優司と日高が一緒に飲んでいる居酒屋。

「で?」

続きを催促する優司。

「ああ、結局その勝負は俺が勝った。
 オオハナビのBIG中のJACゲームで、何回ビタが成功するか、っていう勝負だったんだけどな」

「なるほど、トータル24回のビタになるわけか」

概ね、オオハナビを含むAタイプのBIG中のJACゲームは、8回入賞のJACゲーム×3セット。
よって、ハズレがなければ一度のBIGでトータル24回のJACゲームを迎えることになる。

オオハナビの場合、JACゲーム中に変則押しをし、左リールにBARを中段にビタ押すとビタ止まりするようになっている。
逆に、一コマでも目押しのタイミングがズレると中段にBAR以外の絵柄が止まる。

BIGの小役ゲーム中も、アシストを使わず完璧にハズす場合はこのビタ押しが必要となるので、JACゲーム中のBARビタは、ビタ押しの練習としてもよく使われていた。

「最終的に、遼介が23回成功、俺が24回成功。
 勝ったといっても、あいつもたった1回ミスっただけだ。
 こんなもん、その日の調子とかであっさりひっくり返っちまう」

「まあ、そうだよね」

「結局、それっきりさ。
 あれ以来、あいつとは一度もまともに喋ってない。
 最初の頃は、何度か俺の方から話し合いに行ったんだけど、一切取り合ってくれなかった」

「……」

「約束どおり、あれから一度も『エース』には来なかったしな」

「つまり真鍋は、今回の勝負で俺に勝てば、イコール日高にも勝ったことになるから、それで1年前の雪辱が晴らせる、と考えてるのかな」

「ってことかもな」

「マジかぁ……。はぁ、なんてしつこいヤツなんだ……。
 なんでそんなイヤな奴にあんなに人が付いていってるんだ?
 なんか、3人ほど手下っぽいのがいたんだけどさ」

「いや、遼介は人に嫌われるようなヤツじゃない。
 特に、下の人間からはかなり好かれるヤツだぜ。
 確かに、直情的でケンカっ早いし、ちょっと強引なところもあるから、初対面の人間には印象悪いかもしれないけどな」

「そ、そうなの?」

「ああ。面倒見もいいし義理堅いし、付き合ってみると面白いヤツだしな」

「ふーん……」

意外だった。
つい先ほど喋った感じでは、とても良い印象など持てる部分がなかったのだから。

そして、もっと意外だったこともある。
それは、あれだけ「真鍋から恨まれている」ということを伝えたのにも関わらず、それでも真鍋を擁護する日高がいたから。

優司が嘆息しながら言う。

「結局、俺は真鍋との勝負は受けるしかないのかな」

「お前が受けると言った以上、そうなるだろうな」

「日高が仲裁に入るとかって、やっぱり無理……だよね?」

「ああ、俺が入ったら余計にこじれると思うぜ。
 悪いけど、仲裁はちょっと厳しいな」

「うぅ、やっぱり……。
 マジかよ……また30万も賭けての勝負って……。
 今回負けたら、また元の文無しホームレスに戻っちゃうのに……」

うなだれる優司。

それもそのはず。
せっかく抜け出せたと思った生活に、またもや引き戻されてしまうかもしれないのだ。
恐怖を感じるのは当然であった。

この街から逃げ出す、という手もないわけではない。

しかし、優司にとって「この街を離れる」という選択肢を選ぶのは相当厳しい決断。

そんなことをすれば、苦しい生活に耐えながら記し続けてきたホール情報メモが完全に無駄になってしまう。
それだけはしたくない。

肩を落とす優司の姿を見て、日高が口を開きかけたが、やめた。言葉を呑み込むように。

その直後、優司が口を開いた。

「ねぇ日高、こんなこと頼めた義理じゃないかもしれないけど……あの……もし俺が負けた時は、30万円を俺に貸し――」

「おい、それ以上は言うなよ!
 俺がそこまでする必要があるかどうか、よく考えてから言ってくれよな」

厳しい口調で切り捨てる日高。

「確かに、夏目があいつからそんな勝負を吹っかけられた発端となってるのは俺だ。でも、結局その勝負を受けたのは夏目だろ? どうしても断りたければ、何が何でも断ればよかったんだ」

何も言い返せず、黙り込む優司。
日高の言っていることは、悲しくなるほどに正しい。

まさにその通りだった。

日高と何があったか知らないがそんな事など関係ない、勝手にそっちで解決してくれ、とでも告げて、強引にその場を立ち去ればよかったのだ。

しかし、真鍋の圧力に負け、流されて勝負を受けてしまったのは自分。
子供じゃあるまいし、ここで日高のせいになどできない。

「わ、わかったよ……。悪かった、変なこと言っちゃって」

そう言って優司は、ジョッキに残っていたビールを一気に飲み干した。

それから、二人は静かに居酒屋を後にした。 
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