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【第5章(最終章)】
■第136話 : 青天の霹靂
「少しはすっきりした?」
2~3分ほどわき目も振らず泣き続けた優司。
様子が収まってきたとみて、神崎は優司に優しく声をかけた。
「……あ、ありがとう。本当に、あの……いろいろと……」
「いいって。こっちが勝手にやってることなんだしさ。気にしなくていいよ」
「でも……なんで俺なんかにこんなによくしてくれるの? 赤の他人である俺にこんなに……」
優司は、不思議に思ってたことを素直に聞いた。
神崎は、戸惑いながら答える。
「なんで、って言われてもなぁ……。うーん……。
じゃあさ、人はなんで毎朝歯を磨いたり、寝る前に風呂に入ったりする?」
「え……?」
「歯を磨かないと虫歯になるからとか、風呂に入らないとニオイが気になるからとかいろいろあると思うけど、大前提としては『それをしないと気持ち悪いから』でしょ? 強いて言えばそれと同じかな。目の前で明らかに困ってる人間がいたら、ほっとくのが気持ち悪い。ただそれだけ。
大体さ、夏目だってそういう感情で俺のこと助けてくれたんでしょ? ほら、あの遊歩道で俺がへたり込んじゃってた時にさ。無視してやり過ごすことだってできたのに」
「…………」
「知ってるよね、俺がパニック障害なのを。
俺さ、この病気になってから変わったんだ。他人に対して今まで以上に思いやれるようになったっていうか。
……まあとにかく、君を救おうとしたのは大した理由じゃないってこと。ほっとくのが気持ち悪かっただけだよ」
「…………」
「助けるには、やたら時間もかかるし金もかかるし、なんてことでもないじゃん。ただパチスロで勝負をして、俺が勝てばよかったわけでしょ?」
「勝てば……よかった?」
「そう。勝負するだけじゃダメだったんだ。俺が勝たなきゃ、俺達も夏目も土屋たちにいいようにされてただろうし、そもそも夏目の『パチスロ勝負では自分が最強』っていう考えを崩せなかったし。
この考えを崩さないと、素直にはなってくれない状態なんだな、って感じてた。いろいろ話を聞いててね。
俺が勝負して勝つことが、夏目の異常な固執を解きほぐすことになると思ってたから、勝負することだけじゃなく
勝つことも必須だったんだ」
神崎の考えを聞き、優司は激しく動揺した。
(凄い……。なんでここまで俺のことがわかるんだ……?
確かにこの人の言うとおり、俺がこの勝負に勝ってたら、状況はあんまり変わらなかったかもしれない。どこか素直になれないままだっただろうし、そんな状態で日高たちのところに凱旋したとしても、ギクシャクした関係になっちゃいそうだし)
優司は、神崎の洞察力に驚嘆しつつ、心の中で最大限の敬意を払った。
「そういうわけでさ、とにかく俺はそんなに大したことはしてないよ。だから気にしなくていい。
それよりも、早く戻んなよ、日高たちのところへ。多分、今頃待ってると思うよ?」
優司はゴクっと唾を飲み込み、口にしたくてたまらなかった言葉を、ようやく素直に口にした。
「俺……戻れるの……? 日高たちのところに……本当に戻ってもいいの……?」
「戻っていいっていうか、戻らなきゃダメでしょ。
俺の顔潰す気? 日高にもタンカ切っちゃったんだからさ。夏目をしっかり戻すからって」
「……」
「早く行きなって。
日高たちは今、いつも通り西口の『エース』で打ってるはずだよ。昨日そう聞いたからね。
もう何の問題もない。厄介事はもう全部終わったんだ」
神崎の言葉を聞き、優司の表情にみるみる生気が戻っていった。
そして、心の底から安堵した笑みがこぼれた。
直後に優司はすぐに顔を引き締め、感謝してもしきれない、という感じで勢いよく深々と頭を下げた。
「本当に……ほんっ……とうにいろいろありがとうございましたっ! 俺が間違ってましたっ!
全部……俺がくだらない意地を張ったり、小さなプライドにこだわったりしたせいでこんなややこしいことになっちゃって……本当に申し訳ありませんでしたっ!」
深々と頭を下げたまま、神崎や広瀬に向かって大声で力強く言い放った。
「はは……。そんな大声出せるんだ、夏目って」
神崎が苦笑いを浮かべる。
しかしその表情は、どこか涼しげでもある。
続いて、広瀬が返事をする。
「神崎君はまだしも、俺にはそんなこと言う必要はないよ。何にもしてないんだから。まあ、審判ご苦労さんってことで今度酒でもオゴってよ。
そうそう、こないだ面白いフグ屋見つけてさ、フグカレーってのが美味そうなんだよ!」
(だからそれって、フグ屋じゃなくてカレー屋なんじゃ……。
……まあ、いっか!)
そして優司は顔を上げながら、生き生きと宣言する。
「じゃあ……俺、今から日高たちのところに行ってくる!」
神崎が嬉しそうに返事をする。
「そう! その言葉を待ってたよ。早く行きなって」
「うん!
……それじゃ、また改めてお礼にこさせてもらうから! しつこいようだけど、本当にありがとう!」
言い終わると同時に踵を返し、駅の方向へと駆け出していった。
神崎たち6人は、小さくなっていく優司の後姿を黙って見つめていた。
それぞれがそれぞれの感慨に耽りながら。
◇◇◇◇◇◇
(こんなにすがすがしい気分はいつぶりだろう? 凄い! 人間、気分が軽いってこんなに素晴らしいものだったのか!)
西口にある『エース』を目指しながら、ここ最近味わったことのない晴れやかな気分で早歩きをしていた優司。
まさに幸せの絶頂といった様子。
無理もない。
ここ最近は、ひたすら抑圧された生活が続いていたのだから。
ひたすら自分を殺し、土屋たちの言いなりとなる苦しい日々。
自分の意志など全く存在せず、ただただ言われるがままに動いていた無為な生活だったのだから。
そんな生活から、ようやく解放されたのだ。
最高の形で。
気持ちが高ぶってしまうのは当然のことだった。
浮かれながら、早足で『エース』へ向かう優司。
だが、その時だった。
ドンッッッ
不意に、斜め後ろから衝撃を加えられたのがわかった。
背中あたりに生暖かさを感じて、ゆっくりと後ろを振り返る優司。
するとそこには、いつか見た通りの汚らしい格好をした藤田の姿があった。
優司の背後にベッタリと張り付いている。
しかし浮かれている優司は、普段なら不快極まりない藤田との遭遇すらも、そこまで苦ではなかった。
「おお、藤田じゃん。どうしたんだよ?
ってか、なんでそんなにくっついてくるんだ?」
すると藤田が、ボソボソと喋りだした。
「お前が悪いんだ。今じゃ結構いい暮らししてるくせに、そのきっかけを作ってやった俺に何の施しもしないなんてな……。お前みたいな奴は、こうなるのが当然なんだっ……」
優司は、藤田が何を言ってるのかわからなかった。
「何をぶつぶつと言ってんだよ……? そんなことはいいから、早く離れてくれよ。なんでそんなに俺にくっついてきてるんだ?」
「へへへ……。やっと一人になったなお前。いっつもボディガードみたいなゴツそうな男たちと一緒にいやがってよ。そんなに俺が怖かったか? へへへ……」
(なんなんだコイツは……? 一体何を……痛っ……! な、なんだ……? なんか背中が痛い……っていうか熱いぞ……? え……? え…………?)
何気なく視線を足元に移した優司。
するとそこには、おびただしい量の血が溜まっていた。
「はっ……? な……なんだよこれ……?」
そう呟いたと同時に、優司の体は地面へと崩れ落ちていった。
「へへへ……さ、刺してやった。心臓を後ろから思いっきり……へへへ……。
お前だけは殺すって……決めてたんだ……。俺なんか、もうどうなってもいいしよ。へへへ……」
藤田の目は、尋常ではないほど据わっていた。
◇◇◇◇◇◇
「救急車ァ! 早くッ! 早くッ!」
優司が刺された現場は、騒然となっていた。
駅に程近いそこそこ広めの通り。
まだ夕方ということもあり、通行者の数も多い。
そんな状況の中、優司は堂々と刺されてしまった。
たちまち人だかりが出来、野次馬達が群がった。
しかし、心ある何人かの人間によって救急車が呼ばれ、今は救急車待ちの状態。
藤田は既に現場を去っていた。
応急処置に心得のある数人の男が優司を囲み、あれこれと手を施している。
しかし、もはや優司の意識は全くなかった。
2~3分ほどわき目も振らず泣き続けた優司。
様子が収まってきたとみて、神崎は優司に優しく声をかけた。
「……あ、ありがとう。本当に、あの……いろいろと……」
「いいって。こっちが勝手にやってることなんだしさ。気にしなくていいよ」
「でも……なんで俺なんかにこんなによくしてくれるの? 赤の他人である俺にこんなに……」
優司は、不思議に思ってたことを素直に聞いた。
神崎は、戸惑いながら答える。
「なんで、って言われてもなぁ……。うーん……。
じゃあさ、人はなんで毎朝歯を磨いたり、寝る前に風呂に入ったりする?」
「え……?」
「歯を磨かないと虫歯になるからとか、風呂に入らないとニオイが気になるからとかいろいろあると思うけど、大前提としては『それをしないと気持ち悪いから』でしょ? 強いて言えばそれと同じかな。目の前で明らかに困ってる人間がいたら、ほっとくのが気持ち悪い。ただそれだけ。
大体さ、夏目だってそういう感情で俺のこと助けてくれたんでしょ? ほら、あの遊歩道で俺がへたり込んじゃってた時にさ。無視してやり過ごすことだってできたのに」
「…………」
「知ってるよね、俺がパニック障害なのを。
俺さ、この病気になってから変わったんだ。他人に対して今まで以上に思いやれるようになったっていうか。
……まあとにかく、君を救おうとしたのは大した理由じゃないってこと。ほっとくのが気持ち悪かっただけだよ」
「…………」
「助けるには、やたら時間もかかるし金もかかるし、なんてことでもないじゃん。ただパチスロで勝負をして、俺が勝てばよかったわけでしょ?」
「勝てば……よかった?」
「そう。勝負するだけじゃダメだったんだ。俺が勝たなきゃ、俺達も夏目も土屋たちにいいようにされてただろうし、そもそも夏目の『パチスロ勝負では自分が最強』っていう考えを崩せなかったし。
この考えを崩さないと、素直にはなってくれない状態なんだな、って感じてた。いろいろ話を聞いててね。
俺が勝負して勝つことが、夏目の異常な固執を解きほぐすことになると思ってたから、勝負することだけじゃなく
勝つことも必須だったんだ」
神崎の考えを聞き、優司は激しく動揺した。
(凄い……。なんでここまで俺のことがわかるんだ……?
確かにこの人の言うとおり、俺がこの勝負に勝ってたら、状況はあんまり変わらなかったかもしれない。どこか素直になれないままだっただろうし、そんな状態で日高たちのところに凱旋したとしても、ギクシャクした関係になっちゃいそうだし)
優司は、神崎の洞察力に驚嘆しつつ、心の中で最大限の敬意を払った。
「そういうわけでさ、とにかく俺はそんなに大したことはしてないよ。だから気にしなくていい。
それよりも、早く戻んなよ、日高たちのところへ。多分、今頃待ってると思うよ?」
優司はゴクっと唾を飲み込み、口にしたくてたまらなかった言葉を、ようやく素直に口にした。
「俺……戻れるの……? 日高たちのところに……本当に戻ってもいいの……?」
「戻っていいっていうか、戻らなきゃダメでしょ。
俺の顔潰す気? 日高にもタンカ切っちゃったんだからさ。夏目をしっかり戻すからって」
「……」
「早く行きなって。
日高たちは今、いつも通り西口の『エース』で打ってるはずだよ。昨日そう聞いたからね。
もう何の問題もない。厄介事はもう全部終わったんだ」
神崎の言葉を聞き、優司の表情にみるみる生気が戻っていった。
そして、心の底から安堵した笑みがこぼれた。
直後に優司はすぐに顔を引き締め、感謝してもしきれない、という感じで勢いよく深々と頭を下げた。
「本当に……ほんっ……とうにいろいろありがとうございましたっ! 俺が間違ってましたっ!
全部……俺がくだらない意地を張ったり、小さなプライドにこだわったりしたせいでこんなややこしいことになっちゃって……本当に申し訳ありませんでしたっ!」
深々と頭を下げたまま、神崎や広瀬に向かって大声で力強く言い放った。
「はは……。そんな大声出せるんだ、夏目って」
神崎が苦笑いを浮かべる。
しかしその表情は、どこか涼しげでもある。
続いて、広瀬が返事をする。
「神崎君はまだしも、俺にはそんなこと言う必要はないよ。何にもしてないんだから。まあ、審判ご苦労さんってことで今度酒でもオゴってよ。
そうそう、こないだ面白いフグ屋見つけてさ、フグカレーってのが美味そうなんだよ!」
(だからそれって、フグ屋じゃなくてカレー屋なんじゃ……。
……まあ、いっか!)
そして優司は顔を上げながら、生き生きと宣言する。
「じゃあ……俺、今から日高たちのところに行ってくる!」
神崎が嬉しそうに返事をする。
「そう! その言葉を待ってたよ。早く行きなって」
「うん!
……それじゃ、また改めてお礼にこさせてもらうから! しつこいようだけど、本当にありがとう!」
言い終わると同時に踵を返し、駅の方向へと駆け出していった。
神崎たち6人は、小さくなっていく優司の後姿を黙って見つめていた。
それぞれがそれぞれの感慨に耽りながら。
◇◇◇◇◇◇
(こんなにすがすがしい気分はいつぶりだろう? 凄い! 人間、気分が軽いってこんなに素晴らしいものだったのか!)
西口にある『エース』を目指しながら、ここ最近味わったことのない晴れやかな気分で早歩きをしていた優司。
まさに幸せの絶頂といった様子。
無理もない。
ここ最近は、ひたすら抑圧された生活が続いていたのだから。
ひたすら自分を殺し、土屋たちの言いなりとなる苦しい日々。
自分の意志など全く存在せず、ただただ言われるがままに動いていた無為な生活だったのだから。
そんな生活から、ようやく解放されたのだ。
最高の形で。
気持ちが高ぶってしまうのは当然のことだった。
浮かれながら、早足で『エース』へ向かう優司。
だが、その時だった。
ドンッッッ
不意に、斜め後ろから衝撃を加えられたのがわかった。
背中あたりに生暖かさを感じて、ゆっくりと後ろを振り返る優司。
するとそこには、いつか見た通りの汚らしい格好をした藤田の姿があった。
優司の背後にベッタリと張り付いている。
しかし浮かれている優司は、普段なら不快極まりない藤田との遭遇すらも、そこまで苦ではなかった。
「おお、藤田じゃん。どうしたんだよ?
ってか、なんでそんなにくっついてくるんだ?」
すると藤田が、ボソボソと喋りだした。
「お前が悪いんだ。今じゃ結構いい暮らししてるくせに、そのきっかけを作ってやった俺に何の施しもしないなんてな……。お前みたいな奴は、こうなるのが当然なんだっ……」
優司は、藤田が何を言ってるのかわからなかった。
「何をぶつぶつと言ってんだよ……? そんなことはいいから、早く離れてくれよ。なんでそんなに俺にくっついてきてるんだ?」
「へへへ……。やっと一人になったなお前。いっつもボディガードみたいなゴツそうな男たちと一緒にいやがってよ。そんなに俺が怖かったか? へへへ……」
(なんなんだコイツは……? 一体何を……痛っ……! な、なんだ……? なんか背中が痛い……っていうか熱いぞ……? え……? え…………?)
何気なく視線を足元に移した優司。
するとそこには、おびただしい量の血が溜まっていた。
「はっ……? な……なんだよこれ……?」
そう呟いたと同時に、優司の体は地面へと崩れ落ちていった。
「へへへ……さ、刺してやった。心臓を後ろから思いっきり……へへへ……。
お前だけは殺すって……決めてたんだ……。俺なんか、もうどうなってもいいしよ。へへへ……」
藤田の目は、尋常ではないほど据わっていた。
◇◇◇◇◇◇
「救急車ァ! 早くッ! 早くッ!」
優司が刺された現場は、騒然となっていた。
駅に程近いそこそこ広めの通り。
まだ夕方ということもあり、通行者の数も多い。
そんな状況の中、優司は堂々と刺されてしまった。
たちまち人だかりが出来、野次馬達が群がった。
しかし、心ある何人かの人間によって救急車が呼ばれ、今は救急車待ちの状態。
藤田は既に現場を去っていた。
応急処置に心得のある数人の男が優司を囲み、あれこれと手を施している。
しかし、もはや優司の意識は全くなかった。
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