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【 前編 】
「なんだ、冀望島って?」
雑誌やマンガや食べかけのポテトチップスなどが散乱する、散らかった六畳の自室で、ローテーブルに載せたノートパソコンを使い、何かネタになりそうなことはないかとひたすら検索していた俺は、ある不思議なサイトに辿り着いた。
「生きづらさを感じる人、奇人、救いを求める者。すべてを受け容れる、最後の楽園。それが冀望島、か」
やや離れた場所から撮影されたであろう島の全体像がわかる画像の下に、でかでかと記載されているキャッチコピーを読み上げた。
サイトの作りは非常に簡素な前時代的なもので、誰が作成したのかもわからないものだった。おそらく、個人が気まぐれに作ったサイトなのだろう。
しかし、幼少の頃から好奇心旺盛で、昔から愛読していたオカルト雑誌の記者になれたばかりの俺にとっては、ネタの原石を見つけたような気分になった。
入社して四か月。
社内の人間からは、まだ新人記者だとさえ思ってもらえず、海のものとも山のものともつかない存在だと軽視されていることは嫌というほど自覚していた。
この段階で何か一発、爪痕を残すような仕事ができれば、爆ぜるがごとく自分の評価がうなぎ上りになると思った。このネタをモノにすれば、自分の記者人生は明るくなるはず。そう信じていた。
やっと掴んだ情報を慈しむように、しぶとくしぶとく検索をかけていく。
「駿! 晩御飯できたよ」
ドアの向こうから、母さんの声が聞こえた。
薄給にあえぐ新人社員でも、実家暮らしならばそれなりに生きていける。光熱費の心配をせず、飢えることもない。「月に五万円入れろ」と言われていることだけが疎ましかった。
「先に食べてて。あとで行くから」
ノートパソコンのディスプレイから一切目を逸らすことなく言い捨て、『冀望島』というキーワードと様々な言葉を掛け合わせてネット検索をする。
すると、いくつもの掲示板にヒットした。
そこには、以下のような書き込みがあった。
『冀望島? なんなんこれ。希望って書けばいいのに、わざわざ難しい字で書くとか怖い。冀望と希望、意味は全く同じなのに』
『明治時代にある金持ちが買い上げた島だって噂。そこに、今でも一族が住み着いてるってさ』
『俺の友達、あの島に行って楽しく暮らしてるみたい。一度島から帰ってきて、自慢されたことがある』
『誰か行ってきて体験記をアップしてよ。詳細知りたい』
『冀望島に行くって言ってから、消息を絶った友人がいる。変わった奴だったから、今頃あの島でよろしくやってるのかもな』
調べても調べても、真偽不明な書き込みが乱舞しているだけ。しかし、それがまたそそる。オカルト雑誌ライターの俺にとって、琴線に触れることこの上なかった。
特に刺さったのは、『誰か行ってきて体験記をアップしてよ』の書き込み。これが、冀望島に興味を抱く者の総意に思えた。
よし、冀望島の情報は俺がモノにしてやる。
そう決意し、晩飯を食べるために自室を出た。
***
翌々日。
香川県の某所に到着したのは、昼の二時頃だった。
会社には二日間の有休を申請した。
ここへ来たのは仕事のためだが、入社四か月の新人が独自取材の許可を得るのは難しいため、やむなく有休を使うことにした。
「ド新人のくせして、もう有休かよ。いいご身分だよな、川嶋駿大先生さんは」
と、上司からはきっちりと嫌味を言われた。
でも構わない。もしこのネタが当たれば、掌を返したように俺を崇めるはずだ。
俺は、国道沿いにある寂れた漁村を訪れた。
ネットで収集した情報によると、この漁村が冀望島から最も近いらしい。
ローカル線の駅を降り、夏の陽ざしに苦しめられながら三十分ほど歩いてやっとたどり着いたこの場所。
しかし、廃屋かと見紛うような家々が立ち並ぶ光景に、所詮はネットの情報か、と嘆息した。
何が漁村だ。こんな場所で、人がまともに生活しているわけがない。暑さゆえか、何かが腐敗しているような臭いもすごい。
汗びっしょりのポロシャツに辟易しながら立ち尽くしていると、十メートルほど先の廃屋から一人の初老の男性が出てきた。
まさか人がいるとは思っていなかったので一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直し、小走りで男性の方へ駆け寄る。
「済みません。ここで暮らしている方でしょうか」
「あん? なんだ兄ちゃん」
目は落ち窪み、顔全体に覇気がない。肩まである髪は真っ白でボサボサだった。よれよれの白いタンクトップに、ベージュのハーフパンツを穿いている。
「あの、俺、冀望島っていう島を探してるんです。ご存じですか」
「ああ、あの島な。変わりもんばっか住んでるっていう島だろ」
いきなり遭遇した有力そうな取材源に、思わず色めき立った。
「実在する島なんですか?」ウエストバッグからメモ帳とボールペンを取り出しながら言う。
「ああ。そうだよ」
「ご存じなんですね。冀望島というのは、どういう島なのですか?」
「そんなもん、行ってみりゃわかるだろうが」
「いや、行ってみればと言われても……。行く方法はあるんですか」
初老の男性は、無機質な視線を俺に向けてくる。「ワシの船でよけりゃ、連れてってやるよ」
「いいんですかっ?」
思わず前のめりになる。
こんなにあっさり潜入取材のチャンスを掴めるなんて思ってもみなかった。
「ああ、構わんよ。なんだ、あんたも今の日本じゃ生きづらいのか? そういう変わりもんばっか集まってる島みたいだからな」
「そ、そうなんです。会社とか家庭での人間関係がぐちゃぐちゃで」
咄嗟に嘘をついた。
何しろ特殊な島だ。取材だと言えば、ただ船で運ぶだけだとしても忌避されてしまうかもしれない。
「わかった。そういうことなら連れて行くよ。ただし、運賃として三千円もらうからな」
島までどれくらいの距離かはわからないが、ネットの情報によれば、そこまで離れてはいないはず。ぼったくりに思えた。
しかし、他に船を出してくれる人間がいるのかどうかも怪しいし、いたとしても、探す時間が惜しい。
必要経費だと割り切り、三千円で了承することにした。
「じゃあ、付いてきな」
初老は、数十メートル先にある、小汚い船がいくつか集まっている場所へと歩き出した。
「これだよ」
到着し、初老が手を置いたその船は、動くのかどうか怪しいほど錆びついた電動モーターを搭載している、長さ四メートルほどの小舟だった。乗れて三人といったところか。
一瞬迷ったが、周囲を見回しても似たり寄ったりな船しかない。このレベルの船が、この漁村ではマックスなのだろう。
俺は覚悟を決め、三千円を初老に渡し、船に乗り込んだ。
雑誌やマンガや食べかけのポテトチップスなどが散乱する、散らかった六畳の自室で、ローテーブルに載せたノートパソコンを使い、何かネタになりそうなことはないかとひたすら検索していた俺は、ある不思議なサイトに辿り着いた。
「生きづらさを感じる人、奇人、救いを求める者。すべてを受け容れる、最後の楽園。それが冀望島、か」
やや離れた場所から撮影されたであろう島の全体像がわかる画像の下に、でかでかと記載されているキャッチコピーを読み上げた。
サイトの作りは非常に簡素な前時代的なもので、誰が作成したのかもわからないものだった。おそらく、個人が気まぐれに作ったサイトなのだろう。
しかし、幼少の頃から好奇心旺盛で、昔から愛読していたオカルト雑誌の記者になれたばかりの俺にとっては、ネタの原石を見つけたような気分になった。
入社して四か月。
社内の人間からは、まだ新人記者だとさえ思ってもらえず、海のものとも山のものともつかない存在だと軽視されていることは嫌というほど自覚していた。
この段階で何か一発、爪痕を残すような仕事ができれば、爆ぜるがごとく自分の評価がうなぎ上りになると思った。このネタをモノにすれば、自分の記者人生は明るくなるはず。そう信じていた。
やっと掴んだ情報を慈しむように、しぶとくしぶとく検索をかけていく。
「駿! 晩御飯できたよ」
ドアの向こうから、母さんの声が聞こえた。
薄給にあえぐ新人社員でも、実家暮らしならばそれなりに生きていける。光熱費の心配をせず、飢えることもない。「月に五万円入れろ」と言われていることだけが疎ましかった。
「先に食べてて。あとで行くから」
ノートパソコンのディスプレイから一切目を逸らすことなく言い捨て、『冀望島』というキーワードと様々な言葉を掛け合わせてネット検索をする。
すると、いくつもの掲示板にヒットした。
そこには、以下のような書き込みがあった。
『冀望島? なんなんこれ。希望って書けばいいのに、わざわざ難しい字で書くとか怖い。冀望と希望、意味は全く同じなのに』
『明治時代にある金持ちが買い上げた島だって噂。そこに、今でも一族が住み着いてるってさ』
『俺の友達、あの島に行って楽しく暮らしてるみたい。一度島から帰ってきて、自慢されたことがある』
『誰か行ってきて体験記をアップしてよ。詳細知りたい』
『冀望島に行くって言ってから、消息を絶った友人がいる。変わった奴だったから、今頃あの島でよろしくやってるのかもな』
調べても調べても、真偽不明な書き込みが乱舞しているだけ。しかし、それがまたそそる。オカルト雑誌ライターの俺にとって、琴線に触れることこの上なかった。
特に刺さったのは、『誰か行ってきて体験記をアップしてよ』の書き込み。これが、冀望島に興味を抱く者の総意に思えた。
よし、冀望島の情報は俺がモノにしてやる。
そう決意し、晩飯を食べるために自室を出た。
***
翌々日。
香川県の某所に到着したのは、昼の二時頃だった。
会社には二日間の有休を申請した。
ここへ来たのは仕事のためだが、入社四か月の新人が独自取材の許可を得るのは難しいため、やむなく有休を使うことにした。
「ド新人のくせして、もう有休かよ。いいご身分だよな、川嶋駿大先生さんは」
と、上司からはきっちりと嫌味を言われた。
でも構わない。もしこのネタが当たれば、掌を返したように俺を崇めるはずだ。
俺は、国道沿いにある寂れた漁村を訪れた。
ネットで収集した情報によると、この漁村が冀望島から最も近いらしい。
ローカル線の駅を降り、夏の陽ざしに苦しめられながら三十分ほど歩いてやっとたどり着いたこの場所。
しかし、廃屋かと見紛うような家々が立ち並ぶ光景に、所詮はネットの情報か、と嘆息した。
何が漁村だ。こんな場所で、人がまともに生活しているわけがない。暑さゆえか、何かが腐敗しているような臭いもすごい。
汗びっしょりのポロシャツに辟易しながら立ち尽くしていると、十メートルほど先の廃屋から一人の初老の男性が出てきた。
まさか人がいるとは思っていなかったので一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直し、小走りで男性の方へ駆け寄る。
「済みません。ここで暮らしている方でしょうか」
「あん? なんだ兄ちゃん」
目は落ち窪み、顔全体に覇気がない。肩まである髪は真っ白でボサボサだった。よれよれの白いタンクトップに、ベージュのハーフパンツを穿いている。
「あの、俺、冀望島っていう島を探してるんです。ご存じですか」
「ああ、あの島な。変わりもんばっか住んでるっていう島だろ」
いきなり遭遇した有力そうな取材源に、思わず色めき立った。
「実在する島なんですか?」ウエストバッグからメモ帳とボールペンを取り出しながら言う。
「ああ。そうだよ」
「ご存じなんですね。冀望島というのは、どういう島なのですか?」
「そんなもん、行ってみりゃわかるだろうが」
「いや、行ってみればと言われても……。行く方法はあるんですか」
初老の男性は、無機質な視線を俺に向けてくる。「ワシの船でよけりゃ、連れてってやるよ」
「いいんですかっ?」
思わず前のめりになる。
こんなにあっさり潜入取材のチャンスを掴めるなんて思ってもみなかった。
「ああ、構わんよ。なんだ、あんたも今の日本じゃ生きづらいのか? そういう変わりもんばっか集まってる島みたいだからな」
「そ、そうなんです。会社とか家庭での人間関係がぐちゃぐちゃで」
咄嗟に嘘をついた。
何しろ特殊な島だ。取材だと言えば、ただ船で運ぶだけだとしても忌避されてしまうかもしれない。
「わかった。そういうことなら連れて行くよ。ただし、運賃として三千円もらうからな」
島までどれくらいの距離かはわからないが、ネットの情報によれば、そこまで離れてはいないはず。ぼったくりに思えた。
しかし、他に船を出してくれる人間がいるのかどうかも怪しいし、いたとしても、探す時間が惜しい。
必要経費だと割り切り、三千円で了承することにした。
「じゃあ、付いてきな」
初老は、数十メートル先にある、小汚い船がいくつか集まっている場所へと歩き出した。
「これだよ」
到着し、初老が手を置いたその船は、動くのかどうか怪しいほど錆びついた電動モーターを搭載している、長さ四メートルほどの小舟だった。乗れて三人といったところか。
一瞬迷ったが、周囲を見回しても似たり寄ったりな船しかない。このレベルの船が、この漁村ではマックスなのだろう。
俺は覚悟を決め、三千円を初老に渡し、船に乗り込んだ。
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