75 / 83
外伝 イズミルと後宮の隠し部屋
狂妃と呼ばれた女
しおりを挟む
後宮の地下、滅多に人が足を踏み入れない場所にその隠し部屋はあった。
その部屋自体を呪物と見做し、そこに自分の魂を定着させたのだとダンテルマは言う。
そして王家に嫁いだ“妃”が扉を開ける事が鍵となり、保存しておいた魂が実体は無いが具現化するという仕組みになっているらしい。
「魂の一部を切り取る魔術は禁忌とされていますわ。それは数百年前も同じな筈。それを貴女はどうして……」
「さぁ?だから私は狂妃と呼ばれるんじゃない?実際自分でも狂ってるとは思っているもの」
「ダンテルマ様……」
ダンテルマは意に介した様子もなく、その妖艶な容姿に似つかわしくない人好きのする笑顔をイズミルに向けた。
「そんな事より、イズミルと言ったわね?まずは貴女の事を知りたいわ」
そう言ってダンテルマはイズミルに近付いて来た。
そして何かを探るようにイズミルの瞳をじっと見つめた。
ダンテルマのペリドットの瞳に思わず吸い込まれそうになる。
イズミルは無意識に心の中で加護呪文を唱えた。
「ふーん……ジルトニアの姫なのね。なのに九年間も国王から放置されたの?しかも成人したら出て行けと?ちょっと、私よりも酷いんじゃない?」
「そんなに酷いかしら」
「酷いわよ。よくそれで国王を恨まずにいられたわね?子どもだったからかしら」
「恨むなんてとんでもないわ。陛下には返しきれないほどの恩義があるんですもの」
「ふーん……私は、国王に対しては私の方が恩義を売っていた方ね。正確には私の生家がだけど。私の父のおかげで、国王は潤沢な財源の元に即位出来たのだから。他の側妃達もそう。なのに何年かしたら妃はたった一人でいいなんて言って私達はお払い箱よ、酷いと思わない?」
「それは……ええ、酷いと思いますわ……」
「だから私、何がなんでも出て行ってやるもんかって後宮に居座ったの。でもその所為で王が寵妃とばかりイチャイチャしている姿を見せつけられて……」
「それも……辛い事ですわね……」
「でしょう?だから私も私だけを愛してくれる人を求めたのよ」
「それで大勢の愛人を……」
「うふふ。何人居たか知りたい?」
「知りたいような……知るのが怖いような……」
ダンテルマはイズミルの目の前で両手をパッと広げて言い放った。
「十人よ」
「十人っ?」
「そう。毎日取っ替え引っ替え。この部屋が逢瀬に使っていた部屋なの。隠し通路を使って、愛人達が私の元へと通って来てくれたわ」
イズミルには信じられない話だ。
毎日?相手を変えて?
酒量も半端なく、薬物も用いていたとグレガリオに聞いた事がある。
それは狂妃と呼ばれる筈である。
だけどイズミルには何故か、この奔放な妃が憎めなかった。
ハイラント王室に散々な呪詛を仕掛けた相手であるはずなのに。
ーーだって……彼女から感じるのは深い悲しみ。そして深い愛情だわ。
それがちょっと、いえなかり歪んでしまっただけ。
ーー可哀想なダンテルマ……これでは呪いを掛けてもおかしくは……
と、ここに来て先程かけた加護呪文が発動した。
パリンッと耳元で薄いガラスが割れるような音がして、イズミルは我に返った。
ーーわたくし、今、何を考えいた?
ダンテルマが可哀想だから王家に呪いを掛けるのも仕方ないと?
その時、イズミルの脳裏に呪詛にかけられた幼いグレアムの姿が浮かんだ。
自分を忘れないで欲しいと不安げにしていたあの表情を。
ーーどんな理由があろうと、彼女のした事は間違っているわ。
イズミルのその様子を見て、
ダンテルマはすっ……と顔から笑みを消し、素の表情となった。
「……ふぅん、意外と術者としてしっかりしているのね、私の洗脳に掛からないなんて大したものだわ」
「わたくしを洗脳して、どうするつもりでしたの?」
「そうねぇ……体を乗っ取って、今の国王を誘惑してもいいわね?だって彼、凄いハンサムだったじゃない?」
「グレアム様はわたくしの夫です!」
「あらぁ、貴女の肉体で誘惑するんだからいいじゃない」
「ちっとも良くありませんわっ」
そんな事絶対に許せないと息巻きながら激しく抗議するイズミルを見て、
ダンテルマは急に吹き出した。
「ぷっ……ふふふっ…あはははっ、貴女、本当に夫である国王の事が好きなのねぇ」
「ええ、はいっ、それはもう!」
「あはははっ……!」
イズミルがムキになって返すと、ダンテルマは堪えきれずといった感じに笑い出した。
そして笑みを収めた後に呟くようにこう言った。
「いいわね、貴女は。私も貴女のように純粋に王を愛する事が出来たなら、何かが変わったのかしら……」
ダンテルマの眼差しはどこか遠くを捉えていた。
ここではないどこかを、ここには居ない誰かを見つめているようだった。
「ダンテルマ様……?」
イズミルが名を呼ぶと、パッと表情を改めてダンテルマはこう告げた。
「私と貴女、同じ妃でありながら真逆の生き方をしているのね。そんな貴女に分かるかしら?私が最後の呪詛を何処に掛けたのか」
「え?」
「イズミル妃、貴女に挑戦状を叩きつけるわ」
その部屋自体を呪物と見做し、そこに自分の魂を定着させたのだとダンテルマは言う。
そして王家に嫁いだ“妃”が扉を開ける事が鍵となり、保存しておいた魂が実体は無いが具現化するという仕組みになっているらしい。
「魂の一部を切り取る魔術は禁忌とされていますわ。それは数百年前も同じな筈。それを貴女はどうして……」
「さぁ?だから私は狂妃と呼ばれるんじゃない?実際自分でも狂ってるとは思っているもの」
「ダンテルマ様……」
ダンテルマは意に介した様子もなく、その妖艶な容姿に似つかわしくない人好きのする笑顔をイズミルに向けた。
「そんな事より、イズミルと言ったわね?まずは貴女の事を知りたいわ」
そう言ってダンテルマはイズミルに近付いて来た。
そして何かを探るようにイズミルの瞳をじっと見つめた。
ダンテルマのペリドットの瞳に思わず吸い込まれそうになる。
イズミルは無意識に心の中で加護呪文を唱えた。
「ふーん……ジルトニアの姫なのね。なのに九年間も国王から放置されたの?しかも成人したら出て行けと?ちょっと、私よりも酷いんじゃない?」
「そんなに酷いかしら」
「酷いわよ。よくそれで国王を恨まずにいられたわね?子どもだったからかしら」
「恨むなんてとんでもないわ。陛下には返しきれないほどの恩義があるんですもの」
「ふーん……私は、国王に対しては私の方が恩義を売っていた方ね。正確には私の生家がだけど。私の父のおかげで、国王は潤沢な財源の元に即位出来たのだから。他の側妃達もそう。なのに何年かしたら妃はたった一人でいいなんて言って私達はお払い箱よ、酷いと思わない?」
「それは……ええ、酷いと思いますわ……」
「だから私、何がなんでも出て行ってやるもんかって後宮に居座ったの。でもその所為で王が寵妃とばかりイチャイチャしている姿を見せつけられて……」
「それも……辛い事ですわね……」
「でしょう?だから私も私だけを愛してくれる人を求めたのよ」
「それで大勢の愛人を……」
「うふふ。何人居たか知りたい?」
「知りたいような……知るのが怖いような……」
ダンテルマはイズミルの目の前で両手をパッと広げて言い放った。
「十人よ」
「十人っ?」
「そう。毎日取っ替え引っ替え。この部屋が逢瀬に使っていた部屋なの。隠し通路を使って、愛人達が私の元へと通って来てくれたわ」
イズミルには信じられない話だ。
毎日?相手を変えて?
酒量も半端なく、薬物も用いていたとグレガリオに聞いた事がある。
それは狂妃と呼ばれる筈である。
だけどイズミルには何故か、この奔放な妃が憎めなかった。
ハイラント王室に散々な呪詛を仕掛けた相手であるはずなのに。
ーーだって……彼女から感じるのは深い悲しみ。そして深い愛情だわ。
それがちょっと、いえなかり歪んでしまっただけ。
ーー可哀想なダンテルマ……これでは呪いを掛けてもおかしくは……
と、ここに来て先程かけた加護呪文が発動した。
パリンッと耳元で薄いガラスが割れるような音がして、イズミルは我に返った。
ーーわたくし、今、何を考えいた?
ダンテルマが可哀想だから王家に呪いを掛けるのも仕方ないと?
その時、イズミルの脳裏に呪詛にかけられた幼いグレアムの姿が浮かんだ。
自分を忘れないで欲しいと不安げにしていたあの表情を。
ーーどんな理由があろうと、彼女のした事は間違っているわ。
イズミルのその様子を見て、
ダンテルマはすっ……と顔から笑みを消し、素の表情となった。
「……ふぅん、意外と術者としてしっかりしているのね、私の洗脳に掛からないなんて大したものだわ」
「わたくしを洗脳して、どうするつもりでしたの?」
「そうねぇ……体を乗っ取って、今の国王を誘惑してもいいわね?だって彼、凄いハンサムだったじゃない?」
「グレアム様はわたくしの夫です!」
「あらぁ、貴女の肉体で誘惑するんだからいいじゃない」
「ちっとも良くありませんわっ」
そんな事絶対に許せないと息巻きながら激しく抗議するイズミルを見て、
ダンテルマは急に吹き出した。
「ぷっ……ふふふっ…あはははっ、貴女、本当に夫である国王の事が好きなのねぇ」
「ええ、はいっ、それはもう!」
「あはははっ……!」
イズミルがムキになって返すと、ダンテルマは堪えきれずといった感じに笑い出した。
そして笑みを収めた後に呟くようにこう言った。
「いいわね、貴女は。私も貴女のように純粋に王を愛する事が出来たなら、何かが変わったのかしら……」
ダンテルマの眼差しはどこか遠くを捉えていた。
ここではないどこかを、ここには居ない誰かを見つめているようだった。
「ダンテルマ様……?」
イズミルが名を呼ぶと、パッと表情を改めてダンテルマはこう告げた。
「私と貴女、同じ妃でありながら真逆の生き方をしているのね。そんな貴女に分かるかしら?私が最後の呪詛を何処に掛けたのか」
「え?」
「イズミル妃、貴女に挑戦状を叩きつけるわ」
109
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
年に一度の旦那様
五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして…
しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる