後宮よりこっそり出張、廃妃までカウントダウンですがきっちり恩返しさせていただきます!

キムラましゅろう

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外伝 イズミルと後宮の隠し部屋

狂妃と呼ばれた女

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後宮の地下、滅多に人が足を踏み入れない場所にその隠し部屋はあった。

その部屋自体を呪物と見做し、そこに自分の魂を定着させたのだとダンテルマは言う。

そして王家に嫁いだ“妃”が扉を開ける事が鍵となり、しておいた魂が実体は無いが具現化するという仕組みになっているらしい。


「魂の一部を切り取る魔術は禁忌とされていますわ。それは数百年前も同じな筈。それを貴女はどうして……」

「さぁ?だから私は狂妃と呼ばれるんじゃない?実際自分でも狂ってるとは思っているもの」

「ダンテルマ様……」

ダンテルマは意に介した様子もなく、その妖艶な容姿に似つかわしくない人好きのする笑顔をイズミルに向けた。

「そんな事より、イズミルと言ったわね?まずは貴女の事を知りたいわ」

そう言ってダンテルマはイズミルに近付いて来た。

そして何かを探るようにイズミルの瞳をじっと見つめた。

ダンテルマのペリドットの瞳に思わず吸い込まれそうになる。

イズミルは無意識に心の中で加護呪文を唱えた。

「ふーん……ジルトニアの姫なのね。なのに九年間も国王から放置されたの?しかも成人したら出て行けと?ちょっと、私よりも酷いんじゃない?」

「そんなに酷いかしら」

「酷いわよ。よくそれで国王を恨まずにいられたわね?子どもだったからかしら」

「恨むなんてとんでもないわ。陛下には返しきれないほどの恩義があるんですもの」

「ふーん……私は、国王に対しては私の方が恩義を売っていた方ね。正確には私の生家がだけど。私の父のおかげで、国王は潤沢な財源の元に即位出来たのだから。他の側妃達もそう。なのに何年かしたら妃はたった一人でいいなんて言って私達はお払い箱よ、酷いと思わない?」

「それは……ええ、酷いと思いますわ……」

「だから私、何がなんでも出て行ってやるもんかって後宮に居座ったの。でもその所為で王が寵妃とばかりイチャイチャしている姿を見せつけられて……」

「それも……辛い事ですわね……」

「でしょう?だから私も私だけを愛してくれる人を求めたのよ」

「それで大勢の愛人を……」

「うふふ。何人居たか知りたい?」

「知りたいような……知るのが怖いような……」

ダンテルマはイズミルの目の前で両手をパッと広げて言い放った。

「十人よ」

「十人っ?」

「そう。毎日取っ替え引っ替え。この部屋が逢瀬に使っていた部屋なの。隠し通路を使って、愛人達が私の元へと通って来てくれたわ」

イズミルには信じられない話だ。
毎日?相手を変えて?
酒量も半端なく、薬物も用いていたとグレガリオに聞いた事がある。

それは狂妃と呼ばれる筈である。

だけどイズミルには何故か、この奔放な妃が憎めなかった。

ハイラント王室に散々な呪詛を仕掛けた相手であるはずなのに。


ーーだって……彼女から感じるのは深い悲しみ。そして深い愛情だわ。

それがちょっと、いえなかり歪んでしまっただけ。

ーー可哀想なダンテルマ……これでは呪いを掛けてもおかしくは……

と、ここに来て先程かけた加護呪文が発動した。

パリンッと耳元で薄いガラスが割れるような音がして、イズミルは我に返った。


ーーわたくし、今、何を考えいた?
ダンテルマが可哀想だから王家に呪いを掛けるのも仕方ないと?


その時、イズミルの脳裏に呪詛にかけられた幼いグレアムの姿が浮かんだ。

自分を忘れないで欲しいと不安げにしていたあの表情を。


ーーどんな理由があろうと、彼女のした事は間違っているわ。


イズミルのその様子を見て、
ダンテルマはすっ……と顔から笑みを消し、素の表情となった。


「……ふぅん、意外と術者としてしっかりしているのね、私の洗脳に掛からないなんて大したものだわ」

「わたくしを洗脳して、どうするつもりでしたの?」

「そうねぇ……体を乗っ取って、今の国王を誘惑してもいいわね?だって彼、凄いハンサムだったじゃない?」

「グレアム様はわたくしの夫です!」

「あらぁ、貴女の肉体で誘惑するんだからいいじゃない」

「ちっとも良くありませんわっ」

そんな事絶対に許せないと息巻きながら激しく抗議するイズミルを見て、
ダンテルマは急に吹き出した。

「ぷっ……ふふふっ…あはははっ、貴女、本当に夫である国王の事が好きなのねぇ」

「ええ、はいっ、それはもう!」

「あはははっ……!」

イズミルがムキになって返すと、ダンテルマは堪えきれずといった感じに笑い出した。

そして笑みを収めた後に呟くようにこう言った。

「いいわね、貴女は。私も貴女のように純粋に王を愛する事が出来たなら、何かが変わったのかしら……」

ダンテルマの眼差しはどこか遠くを捉えていた。
ここではないどこかを、ここには居ない誰かを見つめているようだった。


「ダンテルマ様……?」


イズミルが名を呼ぶと、パッと表情を改めてダンテルマはこう告げた。


「私と貴女、同じ妃でありながら真逆の生き方をしているのね。そんな貴女に分かるかしら?私が最後の呪詛を何処に掛けたのか」

「え?」

「イズミル妃、貴女に挑戦状を叩きつけるわ」





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