いつか終わりがくるのなら

キムラましゅろう

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アンリエッタとエゼキエル、十六歳 デビュタントの夜④

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「こんな所にいらしたのですねアンリエッタ様」


「タイラーお兄様……」


王太后ベルナデットの祖国の大使夫妻と会うために席を外したエゼキエルを待ちながら、会場へと移動した途端にタイラー=ベルファストに捕まってしまったアンリエッタ。

側に居たユリアナがアンリエッタに訊ねてきた。


「アンリエッタ様、こちらの方は?」


ユリアナのその問いかけにアンリエッタはハッと我に返る。

「あ、彼は……タイラー=ベルファスト卿です。私の従兄で新しくベルファスト家門に迎え入れられた方ですわ。タイラーお兄様、こちらは私の友人でモリス侯爵令嬢ユリアナ様です」

アンリエッタの紹介を受け、タイラーとユリアナはそれぞれ礼を執った。

「はじめましてモリス侯爵令嬢。タイラー=ベルファストです。どうぞ私の事はタイラーとお呼び下さい」

「お初にお目にかかりますタイラー様。では私の事もどうかユリアナと。アンリエッタ様のお従兄様ですのね。以後お見知りおき願いますわ」

「こちらこそ」


ユリアナが居てくれて良かった。
二人が挨拶を交わしている間に何とか気持ちを落ち着ける事が出来た。

いきなり声を掛けられて、本当に驚いたから。


ーーエルもいないのに……

という考えが頭を過り、アンリエッタは自嘲した。

エゼキエルが居ないからといってどうだというのだ。

これはアンリエッタの問題。
自分が向き合うべき将来の事だ。

仲の良い親戚のお兄さんだと思っていた相手と成長してから再会し、それがいきなり次の結婚相手だと知らされて戸惑っているだけなのだ。

想いはまだエゼキエルにあるが、
いずれその想いに別れを告げてタイラーの手を取る日が来る。

その時の為の練習だと思えばいい。

アンリエッタはタイラーに訊ねた。

「タイラーお兄様、如何されました?探して下さったみたいですけれど、私に何かご用でしたか?」

努めて冷静に言うと、タイラーは少し困ったように眉尻を下げた。

「用事だなんて酷いな。用がなければ可愛い従妹を探してはいけないのかい?それに、昨日言っただろう?是非ダンスをご一緒したいと」

ーーそういえばそんな事言っていらしたわね!

あの時は頭の中がこんがらがっていて返事をする余裕はなかったけど、確かにエゼキエルとのファーストダンスの後に踊って欲しいと言われた。

アンリエッタは何と言うべきか思案した。

出来ればこんな複雑な気持ちでは踊りたくない。
足を踏んでしまいそうだし、それに……


「でもユリアナ様をお一人にする訳には参りませんから」

ダンスを断る理由にしてしまって申し訳ないけど、この際勝手にユリアナにご助力を願う事にした。

しかしアンリエッタとタイラーの微妙な関係を知らないユリアナはあっけらかんとして言う。

「あら、私が陛下に頼まれましたのはアンリエッタ様を決して一人にしない事と悪漢の撃退ですわ。だけど悪漢ではない従兄のタイラー様とのダンスでしたら大丈夫ですものね。私の事などお気になさらずどうか二人で踊っていらして?」

ーーおっふ、ユリアナ様………


まぁユリアナにしてみればベルファスト家門の従兄なら安心してアンリエッタを任せられると思ったのだろう。

もう断る理由は見つからなかった。


「……それでしたら……」

観念したアンリエッタがそう言うと、
優しく微笑んだタイラーが手をすっと差し出してきた。

アンリエッタはゆっくりとその手を取るために自身の手を伸ばす。


ーー大丈夫。一曲踊るだけよ。
また直ぐにエルの元に戻れるわ。

もう少し、もう少しだけ、
アンリエッタは目を背けていたいのだ。

エゼキエルとの日々に、

いずれ終わりが来るという事から。


タイラーの手にアンリエッタの手が触れそうになったその時、

ふいに横からアンリエッタの手が掬い取られた。

ーーえ?

そしてそのまま流れるように体ごと引き寄せられる。

アンリエッタはその人物に背をむけたままだが、
それが誰なのか振り向かずとも分かった。

もうすでにアンリエッタとは頭ひとつ分近く身長差が開いてしまったが、子どもの頃から馴染んだ体温、馴染んだ香り、馴染んだ気配、そして……

「アンリ」

自分の名を呼ぶその声。
(は、声変わりをして子どもの頃とは違うが)

「エル……!」

ダンスの為にタイラーの手を取ろうとしていたアンリエッタをエゼキエルが引き戻し、そして後ろからがっちりホールドされた。


「アンリ。ちゃんと待ってるように言っただろう?」

ホールドされたままエゼキエルにそう言われ、アンリエッタは言葉を返した。

「ちゃんとユリアナ様と待っていたわ。ただ場所を会場に移しただけよ?」

「まったく、うちのお妃様ときたら……」

エゼキエルはそう言ってタイラーに視線を移した。
そして鷹揚に告げる。

「すまないなベルファスト卿。今夜は互いにデビュタントとなる夜。アンリとファーストダンスだけでなく二曲三曲と踊ろうと約束していたんだ。その約束をまだ果たしていないからな、卿とのダンスはまた日を改めてに願いたい」

エゼキエルのその言葉にアンリエッタは内心首を傾げる。

ーーはて?そんな約束したかしら?

アンリエッタにそのような記憶はないが、エゼキエルとはまた踊りたいと思っていたので嬉しい。

アンリエッタがそう考えていたら、タイラーが頭を下げて答えた。

「左様でしたか。知らぬ事とは言え失礼いたしました。では妃殿下とのダンスはまたの機会に。その時を楽しみにしております」

「そうしてくれ」

タイラーは意外とすんなり引いてくれて、アンリエッタはほっとした。

「じゃあ行こうか、アンリ」

エゼキエルはそう言ってアンリエッタをホールへと連れて行った。

ホールの中央で向かい合い、互いにダンスポーズをとる。
そして曲の開始と共に滑るように踊り出す。

若い国王夫妻の再びのダンスに会場中が注目した。

だけどファーストダンスより肩の力を抜いて踊る事が出来た。

エゼキエルがアンリに言う。

「ベルファスト卿と踊れなくて残念だった?」

「どうして?それよりまたエルと踊りたいと思っていたから、こうやって踊れて嬉しいわ」

「俺もだよ。アンリとまた踊りたかった。ファーストダンスだけなんて物足りないよ」

「ふふふ。私達、同じ事を考えていたのね」

「そうだね」

二人、互いに笑い合う。

やっぱり、エゼキエルと居るとこんなにも自分らしくいられる。

飾らない、飾る必要がない、ありのままの自分。

安心出来て、心が温かくなって満たされる。


ーーエルもそう思ってくれていたらいいな。


エゼキエルのリードでターンする。

右に左にターンする。

不思議と周りにいる人たちの表情がよく見えた。


ユリアナはウットリと蕩ける表情でアンリエッタを見ていた。

王太后ベルナデットは嬉しそうに息子夫婦のダンスを見ている。

アバディ公爵クラウスは無表情で、
そして父のアイザックとタイラーは見守るように。

宰相のモリスはやれやれといった笑顔だし、
リックやアーチーはニヤニヤと笑みをうかべていた。

皆がそれぞれの感情でアンリエッタとエゼキエルのダンスを見ている。

ターンが終わるとすっぽりとエゼキエルの腕の中に戻った。
アンリエッタはエゼキエルの顔を見上げた。

たまらなく優しい表情だった。


結局エゼキエルは周囲に見せつけるように三曲目も四曲目も、立て続けにアンリエッタと踊った。

田舎の辺境育ちのアンリエッタだが、
六年の王宮暮らしで足腰はすっかり普通の令嬢並みになってしまっている。

おかげで踊り終わった後は足が産まれたての子鹿のようにプルプルしていた。

だけど本当に楽しい夜だった。

ファーストダンス以降、三曲連続で踊った君主夫妻は初めてらしく、それもまた皆の語り草になったようだ。


ドキドキのデビュタントで一時はどうなる事かと思ったが、
アンリエッタにとって最高の夜会となった。


















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