いつか終わりがくるのなら

キムラましゅろう

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アンリエッタとエゼキエル、十七歳 いつか優しい魔法になる

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アンリエッタとエゼキエルは十七歳になった。

デビュタントの夜会が終わって程なくしてから、以前にも増してエゼキエルは研究室に篭りがちになった。

十七歳になり政務も普通に熟すようになったエゼキエルだが、
それ以外の時間は寝る間を惜しんで何やら取り憑かれた様に魔術の研究?開発?に没頭しているのだ。

もともとエゼキエルが学者気質であるとは思っていたが、これでは王様と魔術師、どちらが本業か分からなくなりそうだ。

アンリエッタはそんなエゼキエルが心配で心配で堪らない。

魔術にのめり込み過ぎて体を壊さないか、明るいとは言えない室内にばかりいて視力を落とさないか、運動不足にならないか、とにかく心配で堪らなかった。

今日も昼食も摂ろうとしないエゼキエルの為にアンリエッタは料理長に頼んでサンドウィッチを作って貰い、研究室を訪ねた。
そして扉をドンドンと叩く。

「エル!エゼキエル!食事も摂らないで何をやっているの!ここを開けなさいっ、開けないとユリアナ様にお願いして魔術で扉を破壊して貰うわよっ」

アンリエッタが大声で部屋の外から告げる。

するとややあって扉が開いた。

「破壊されるのは困るなぁ……ごめん、また時間の事を忘れてた」

「もう。政務がない時はすぐにそうなってしまうんだから」

アンリエッタはぷんすこしながら言う。
そして側にいた侍女のマヤからサンドウィッチをのせたトレイを受け取った。

「食べ易いようにサンドウィッチを作ってもらったの。お願いだからちゃんと食べて」

「ごめん、ありがとう」

エゼキエルはそう言って扉を大きく開いてアンリエッタに入室を促す。

マヤに下がるように告げた後、「お邪魔しまーす」と言いながらアンリエッタは研究室へと入った。

エゼキエルの研究室には様々な魔導書や各国の魔術に関わる古い文献や魔法学関連の書籍、そして難しい古代文字エンシェントスペルで書かれた古文書などが沢山置いてある。

机の上には術式が書き殴られた紙が散乱しており、
床や壁にはチョークで魔法陣や術式陣が乱雑に書かれていた。

不思議な色の液体の入った瓶や魔石、用途が分からなか魔道具なども転がっている。

いつもすっきり整えられた執務室や清潔なエゼキエル自身の自室とはあまりにもかけ離れた光景に、アンリエッタは絶句した。

「呆れた……このお部屋、いつからお掃除してないの?」

アンリエッタが問うとエゼキエルは肩を竦めながら答える。

「他者に触れられると困る物も多々あるしね、ここには誰も入れてない」

「私は入っても良かったの?」

押しかけおいて言うのもなんだがアンリエッタがそう言うと、エゼキエルは小さく笑った。

「アンリならいつでも歓迎さ。でも本当に危ない物もあるから、決して何も触れないでくれ」

「わかったわ。トレイはそこに置いてもいい?」

辛うじて空いてるデスクのスペースを目で示しながらアンリエッタが訊く。

「トレイを受け取るよ。アンリはその椅子にでも座って」

エゼキエルはアンリエッタからトレイを受け取りデスクの空きスペースへと置いた。

「では失礼して」

と言いながらアンリエッタは一人掛け用の分厚いクッションシートの椅子に腰掛けた。

「じゃあいただきます」

エゼキエルがそう告げてもぐもぐとサンドウィッチを食べ始めたのを見ながら、アンリエッタは気になっていた事をエゼキエルに尋ねた。

「エルは一体何の研究をしているの?まるで何かを追い求めているような、そんな感じに見えるのだけれど……」

「オリオル王家に伝わる、失われた力の復活……それを目指しているんだ」

「王家に伝わる、失われた力?」

「うん。大昔、まだ古の血族エンシェントブラッドの力を色濃く残していた時代に、王族だけが扱えた古代魔術の事だよ。俺は先祖返りと言われ程魔力が高いからその力を手に出来ると自負している。そして実際に手にする段階まで来たよ」

「えぇっ!?す、凄いじゃないっ!!」

まさかそんな凄い事をこの狭い部屋に篭って行っていたとは思いもしなかったアンリエッタである。
しかもそれをもう成しているとは……

さすがはエゼキエルだ、とアンリエッタは羨望の眼差しでエゼキエルを見た。

しかし当のエゼキエルは浮かない顔をしている。

それがとても気になってアンリエッタは問いかけた。

「どうしたの?とても苦しそうな顔をしているわ……」

アンリエッタのその言葉に、エゼキエルは俯いて答えた。

「実際に手にしてみて、その力がどれほど恐ろしいものかがわかったんだ。王家はきっと保有魔力量とは関係なく、その術を持たない、使わないという選択をしたんだ。だから失われた。だから今では文献の中だけに残る力になったんだ……」

「でも……エルはそれを手に入れたいと思っているのね?必要だと思っているから、諦められないのね?」

「……何故そう思った?」

「だって、手にしたと言いながらも、その力が怖いものだと分かっていても、祖先のように手放そうとはしていない。何かを模索していて、だからこの部屋から出て来ないのでしょう?」

その言葉を聞き、エゼキエルはふ、っと息を吐くように微笑んだ。

「まったく……アンリには敵わないな」

「これでも七年間も貴方の妃をやっていますからね」

「あはは、そうだね」


エゼキエルはそう言って笑い、そしてアンリエッタを見た。


「この力は下手をすれば何も生み出さない。言わば恐ろしい魔法だ。だけど使い方によってはきっと、国を民を守り、生産性もある魔法になると思うんだ。俺はそれを探し続けている」

「恐ろしい魔法……」


エゼキエルがそんな物と向き合っていると思うと不安になる。

だがそれでもエゼキエルが自身を信じてそれに挑もうとしているなら、
アンリエッタに出来る事はただ一つである。

「エル。エルならきっと成し遂げられると信じているわ。きっとエルなら、いつかそれを安全なものとして使いこなす。私はそう信じるわ」

「アンリ……」

エゼキエルは少し驚いた様子でアンリエッタを見ている。

アンリエッタは優しく微笑みかけ、
両手を胸に当てて祈る様に告げた。

「信じてる。それが皆の幸せに繋がる、いつか優しい魔法になる事を……」


そしてその魔法で、エゼキエルの御世が盤石なものとなり、安寧をもたらす事を。


それを心から願う、アンリエッタであった。




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