いつか終わりがくるのなら

キムラましゅろう

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進撃のシルヴィー

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「アンリエッタ様っ!今日こそはエゼキエル様に会わせて下さいましっ!」


「うわっ…アンリエッタ様っ、あのコムスメ、今日もやって来ましたわよっ……」


庭園のガゼボにて二人お茶会をしているアンリエッタとユリアナ目掛けて、小柄で愛らしい少女がこちらを目がけて突進して来た。

その気迫たるや凄まじいものがあるが、年齢より身長が低めで華奢な体格の所為でちょこちょこテクテクといった感じにしか見えない。

夜会が終わってから二ヶ月。
二週間前くらいから前国王の弟で、アバディ公爵クラウスの娘シルヴィーがエゼキエルに会いたいと王宮にやって来るようになっていた。

今年十三歳になったシルヴィー。
エゼキエルの従妹であり、エゼキエルの正妃候補者の一人ではないかと言われている令嬢だ。
ひと月前ほどに父であるクラウスに連れられて来た王宮でエゼキエルに会ったシルヴィーは一目で恋に堕ちた…らしい。

そしてそんなエゼキエルといつも一緒にいたいと、こうやって毎日王宮に押しかけて来るようになったのだ。

しかしご存知の通りエゼキエルは政務の時間以外は研究室に篭っている為、当然会えるはずもなく……。

なのでそれをなんとかしろと登城の度に毎回アンリエッタの元に来ては要求するのだ。

こうやって人と会っていてもお構いなしで押しかけて来る。
まさに進撃のシルヴィーである。


アンリエッタはもうすっかり慣れたもので、落ち着いてお茶を飲みながらシルヴィーを迎え入れた。

「ごきげんようシルヴィー様。今日は良いお天気ですわね。ご一緒にお茶でもいかが?レーズンバターサンドとサヴァランが絶品ですわよ」

「ごきげんようアンリエッタ様っ!本当によいお天気ですわねっ!もちろん喜んでご一緒させていただきますわっ!」

口調は何故か怒ったような感じだが、実に礼儀正しくちょこんとアンリエッタとユリアナの間の席に着座した。

今日も今日とて進撃して来る事を読んでいたのだろう、侍女のマヤがすかさずシルヴィーの分のティーカップを出し、お茶を注ぐ。

シルヴィーは小さなふっくらとした手でカップを持ち、落ち着いた所作でお茶を口に含んだ。

その一連の動作はリスのように愛らしくはあるがどこか洗練されているのは、さすが公爵令嬢というところか。

アンリエッタがシルヴィーに話しかける。

「陛下は今日も研究室に篭ってらっしゃったでしょう?」

それを聞き、シルヴィーはぷんすこと頬を膨らませて訴える。

「そうなのです!昨日は政務がお忙しくてお会い出来ませんでしたし、一昨日は研究室から一歩も出て来て下さいませんでしたわ!エゼキエル様にお会いするためには一体いつ王宮こちらへ参りましたらよろしいんですのっ?」

「諦める、という選択肢はないのかしら?」

ユリアナがジト目になってシルヴィーに告げた。

シルヴィーのぷんすこの矛先がユリアナへと変わる。

「諦めたらエゼキエル様にお会い出来なくなってしまうではありませんかっ!わたしはエゼキエル様にお会いして、是非ともわたしを正妃にして頂くようにお願いをしなければならないのですわっ!」

アンリエッタがシルヴィーに訊ねた。

「陛下に直接お願いするのですか?お父上であるアバディ公爵にではなく?」

「お父様は正妃にはわたし以上に相応しい娘は国内には居ないと仰ってますもの!だけど陛下ご自身と宰相のモリス侯爵がなかなかそれを認めて下さらないとっ……だから直接エゼキエル様に直談判したいのですわ!」

ユリアナが純粋な興味からかシルヴィーに訊ねた。

「何故宰相のモリスには直談判なさらないの?」

するとシルヴィーは先程までの勢いはどうしたのか、モジモジと言い辛そうに答えた。

「だって……お父様がモリス侯爵は狸だから化かされると仰って……わたし、化かされるのは怖くて嫌ですわ……」

「ぷっ……お父様ったら狸って言われているわ。確かに食えない性格だものね」

当の娘もそう思っているらしく、面白そうに吹き出していた。

「だから!エゼキエル様に直接お願いをしたいのです!この国の君主であるエゼキエル様が頷いて下されば、宰相だって何も言えないでしょうっ?」

国王の正妃選びはそんな単純なものではないのだが……
と、思いつつもアンリエッタは真っ直ぐに突き進むシルヴィーの為人は嫌いではなかった。

裏でコソコソと何やら画策したり、横暴な態度で陰湿な手段を用いたりせず、毎日こうやって自らの足を動かして自分の口から自分の想いを伝えようとしているのだから。

少々猪突猛進過ぎるところもあるし、浅慮な一面もあるが、それは年齢と共に改善されてゆくのではないだろうか。

現在エゼキエルの正妃候補者に誰の名が上がっているのかアンリエッタは知らないが、身分だけの性格の悪い者がなるくらいなら、この真っ直ぐなシルヴィーが正妃の座に着いて欲しい……とも思うのだ。

まぁ……後ろにいる父親が面倒くさい人物なのでやはりそれは難しいのかもしれないが。


その時突風が吹き、シルヴィーが被っていた帽子が吹き飛ばされた。

「きゃっ……!」

「あっ、帽子がっ……」

飛ばされた帽子を視線で追うと、庭園の大きな木の枝に引っかかってしまっていた。

「わ、わたしのお帽子がぁ……」

シルヴィーが泣きそうな声を出す。

侍女達は梯子を持って来ようとしたり、誰か人を呼んで来ようと右往左往している。

「お母様から頂いた大切なお帽子なのに……」

シルヴィーはその大きな瞳に涙を浮かべて悲しそうに帽子を見上げた。

その様子でシルヴィーにとってとても大切な帽子である事がすぐにわかった。

シルヴィーの母親は長く病の床にあるという。
アンリエッタの母も病で早くに天に召されてしまっている。
その母に貰ったブローチは、今でもアンリエッタの宝物だ。

次にまた風が吹いて帽子がどこかに飛ばされたらもう戻って来なくなってしまうかもしれない。

そんな事は早々起こらないと分かっていても、すぐにでもシルヴィーに帽子を取り戻してあげたかった。

幸い、木登り好きのアンリエッタは、
この木は既に十一歳の時に攻略済みである。


「…………」


アンリエッタは周りを見渡す。

女性騎士が梯子を持って来ようと向こうへ向かっている。
近くに男性は居ない。

ーー私が登って帽子を取る方が早いわね。


そう思ってすぐに、アンリエッタは行動に移した。
誰かに言ったら止められるに決まってるいるし、こういうのは勢いで登った方がいいのだ。


「えっ?アンリエッタ様っ!?」

ユリアナは声が裏返るほど驚いてアンリエッタを見上げた。
止める間もなくどんどん登ってゆく。

こういうのを昔取った杵柄というのだろうか。
アンリエッタはあっという間に帽子が引っ掛かっていた枝まで辿り着いた。

「あ、あああ…あんりえったさまっ!!」

シルヴィーが真っ青な顔をしてアンリエッタを見ていた。

「シルヴィー様っ!ほら、帽子は無事ですわ!今持って降りますからね」

「アンリエッタ様……」

シルヴィーは目をしばたかせてアンリエッタを見た。

「そんな危険を冒してまで……わたしのために……」

帽子の所為で潤んでいたシルヴィーの瞳が今度はアンリエッタの所為でうるうるしている。


「アンリエッタサマーーっ!お願いだからもう降りて来て下さいましーーっ!!」

ユリアナが悲鳴に近い声を上げた。

アンリエッタは今にも倒れそうになっているユリアナを落ち着かせる為に返事をした。

「はーい。今すぐ降りますわっ、ねっ!?」

降りる為に下の枝に足を掛けようとしたが、スカートの裾が突出していた小さな枝に引っかかってバランスを崩してしまう。

「わっ!?」

十二歳から木登りをやめていたブランクがこんなハンデとなって……!と思った時には既にアンリエッタは木の枝から滑り落ちてしまっていた。

「ぎゃっーーっ!?アンリエッタ様ーーっ!!」

「きゃーーっ!!」

ユリアナかシルヴィーかマヤか、はたまた別の侍女か、もはや誰が誰かわからない悲鳴が辺りに響き渡った。

この高さなら死ぬ事はないだろうが骨折は免れないだろう。
医療魔術師に治療して貰うまでかなり痛いのだろうなぁと思いながら来るべき衝撃を覚悟したその時、予想していた衝撃とは違うものをその身に感じた。

何か受け止められ、何かに体を支えられている。

アンリエッタが恐る恐る目を開けると……


「アンリエッタ……」


かつてないほどに眉間に皺を寄せたエゼキエルの顔が目の前にあった。

「エ…エル……」


木から落下したアンリエッタを、エゼキエルが下で受け止めてくれたのだった。

「エゼキエル陛下!」
「エゼキエル様っ!」

ユリアナとシルヴィーの声が聞こえたがアンリエッタはそれどころではない。

明らかにエゼキエルがもの凄く怒っているからだ。


「アンリ……木には登るなと、あれほど言ったよね……?」

普段の彼からは想像もつかないような低い声で言われる。

それだけでもうアンリエッタはしどろもどろになってしまう。

「え、こ、これは……やむを得ず、というか……」

エゼキエルは依然低い声のまま言った。

「庭園の方が騒がしくて何事かと覗いて見たらこの騒ぎ……もし俺が間に合わなかったらどうするつもりだったんだ」

「えと……間に合ってくれて……ありがとう、ゴザイマス……というかエル……昔は魔術で降ろしてくれていたのに……今は腕力で受け止められるのね……凄いわ、逞しくなって……」

「アンリエッタ」

「ごめんなさい……」



その後、エゼキエルにこっ酷く叱られただけでなく、
泣きじゃくるユリアナとシルヴィーを宥め、慰め、そしてマヤの憤怒を受け止めなければならなかったアンリエッタであった。






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