魔女は婚約者の心変わりに気づかないフリをする

キムラましゅろう

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クラムの小さな魔女



クラムは十八になるその直前に、魔術協会から古の森の魔女との婚約を打診された。

その一年前に魔術師資格を取り、正騎士試験に合格して王国の魔術騎士として務め出した初っ端の事であった。

クラムの他に数名、同じ歳の頃で同じく魔力のある者が魔女の婚約者として選別されていたらしいが、誰もがそれを辞退してクラムが唯一の候補者となってしまったらしい。

「他の者はなぜ辞退を?」

クラムは永く古の森を担当する壮年の協会職員に訊ねてみた。
クラム自身は家を継ぐわけでもない気ままな次男坊なのでとくに問題がなければこの縁談を受けようと思っていたのだが、他の候補者たちがこぞって辞退したと聞くとその理由を知りたくなってしまう。

その素性はほとんど知られておらず表社会にもほとんど姿を表さない、知る人ぞ知る…という古の森の魔女。

とにかく人類至上最も古い血脈の一つだという事より他は何も知られていない。

協会の職員は眉根を寄せてクラムに言う。

「……一人は古の森に弾かれ、一人は娯楽が何も無い所では住めないと言い、一人は男にしか興味のないヤツだった」

「………」

古の森から離れられない魔女と結婚するという事は当然森に住むという事となる。
魔女たちの訓戒の中で“通い婚だけはやめておけ”というものがあるらしい。
過去に多くの魔女が悉くそれで失敗しているそうだ。
従って共に暮らせる者でないと婚姻は結べないと魔女側の結婚相手に望む条件にあったらしい。

なので森で暮らせないと最初から言うヤツは確かにやめておいた方がいいだろう。
女に興味がないヤツは論外であるし。

しかし森に弾かれるというのは……

クラムのその疑問が職員にはお見通しだったのか、声のトーンを落として答えてくれた。

「……そいつは代々受け継がれている魔女の秘伝を盗み出し、それを魔法の私設研究機関に売り捌こうとしていた。我々はそれを知らずに顔合わせの為に森へ連れて行ったら、そいつは足の先すら森に踏みこむ事が出来なかったんだ」

「なぜです?」

「森の何かがそいつの邪心を感知したのだろうな、足を踏み入れようとした瞬間に弾き飛ばされたよ」

「森にそのような力が……」

「我々は古の森を魔力を有する自然の一部だと認識しているが、正しくはそうではないのかもしれないな。あの空間自体がもしかしたら高位な生命体なのかもしれない……」

ごくん、とクラムは唾を飲み下した。
そのような高貴で稀有な存在に2000年以上もの間庇護され独占的に力を与えられてきた魔女の一族……。

一体、どんな人物なのか。
まだ十五だと聞くが、きっと近寄り難い高尚な人物なのだろう、クラムはその時そう思っていた。

そしてその古の森の魔女との初顔合わせの日。
魔女に会う事に対し緊張はすれど邪な気持ちなど持ち合わせないクラムは、当然すんなりと森の中に入る事が出来た。

いよいよ古代から続く血脈を受け継ぐ魔女との対面となったのだが………


「ジュジュです。ようこそ古の森へ」


クラムの目の前に立ったのは、
年の頃に相応しい、小柄で愛らしい娘であった。

オレンジブラウンの髪に透明度の高いグリーンアイズ。

こちらを伺うようにじっと見つめてくる様はなんだか警戒心の強い仔猫のようで、思わず「かわいいな」とクラムは思った。

そう、古の森の魔女はただの可愛らしい女の子だったのだ。

紅茶の入れ方が上手く、
(アップルティーなんて初めて飲んだ。最高に美味かった)
料理が上手くて家庭的。
ただその魔力はやはり独特な波長で、彼女の感情に森の気が同調しているのがわかって少し空恐ろしいものは感じた。

だからこそ彼女は古く尊い血脈を受け継ぐ者だと理解できるし、自分がその血筋を繋いでゆくのに貢献できる事を誇りに思えた。

だけどそれよりも何も……
まだ十四の歳に母親を失った後、一人で懸命に生きてきた小さな魔女がいじらしくて力になってやりたかったし守ってやりたかったのだ。

またあどけなさが残る小さな魔女。

魔女が番う季節……歴代の魔女たちがそう称していた十八になる年まで三年ある。

それまでに少しずつ、時間をかけて、心を添わせてゆこう。
大切にしたい。この可愛く、小さな魔女を。
クラムはそう思った。

普段は仕事があるのでなかなか森には行けないが、非番の日には必ずジュジュの元へと通った。


「クラムさん」

「ジュジュさん」

「クラム」

「ジュジュ」


季節が変わるように二人の呼び方も関係性も変わってゆく。

そうしてゆっくりと時を重ね、いよいよジュジュが十八になるまであと半年を切った頃に、母方の従弟であるロアンがクラムにこう言った。

「クラム~、どうせ決まっている結婚だからって、プロポーズも無しにハイ入籍!なんて事はしないよね~?」

「……ダメなのか?」

「ハイやっぱり朴念仁~!女の子ならプロポーズに憧れを持つものだと思うよ~」

「そうなのか……」

「女の子はロマンチックが好きだからねぇ~」

従弟のロアンは中性的……いやかなり女性的な外見をしている。
その内面も男にしては繊細だが、剣の才能に溢れた新進気鋭の若手騎士の一人であった。

まぁ騎士団という男社会でかなり苦労をしているようだが……。

そのロアンがクラムの肩を抱きながら言う。

「いい?ちゃんとプロポーズしてあげなよ?きっと彼女……魔女のジュジュちゃんだっけ?喜ぶと思うな~!」

「……善処する……」

「善処っ?なにを善処っ?ぶっきらぼうに“結婚してくれ”だけじゃダメなんだよっ?」

「じゃあどうすればいいんだ」

「も~!ホントにボクの従兄は仕方ないなぁ~……いいよ!ボクが練習台になってあげるよ!ボクなら男だから、ジュジュちゃんより先にプロポーズの言葉を聞いてもノーカウントだよね!」

「そんなものなのか?」

「そうだよ!明日ちょうど夜番明けだろ?ボクは非番だけど人手が足りないからって食堂の手伝い頼まれてるんだ。仕事が終わったら食堂に来てよ、そこで練習しよう!あ、パパにも練習台になって貰おうよ♪」

「叔父さんに?」

「練習台は一人でも多い方がいいでしょ?」

ロアンはそう言って強引に取り決めた。

次の日クラムはロアンの提案通り、食堂のテーブルに活けてある花を一輪持ち、従弟を相手にプロポーズの練習をしたのであった。
しかも本当にロアンの父でありクラムの叔父である食堂の店主にも、そして古くからの食堂の常連客である書店の爺さんにも花を掲げてプロポーズの練習をさせられたのであった。
  
それはもう真剣に。
クラムはやると決めたらたとえツッコミどころが満載のシチュエーションでも真剣に挑むのであった。
たとえ大笑いされたとしても。


そしてそれを不審な手紙に導かれて王都に来たジュジュに運悪く見られていた事も知らずに、クラムはジュジュに捧げるプロポーズの練習をしたのであった。



それから暫くして、

王都全体に冷たい秋の雨が降りしきるそんな日に事件は起きた。

その外見から常々心無い先輩やの上官から色目を向けられていたロアンが、夜番明けのシフトの狭間にそいつらに襲われた。

哨戒中に雨に打たれたロアンの濡れた姿に欲情したクラムの同期の騎士数名が彼を襲ったのだ。

幸い、襲われた瞬間を窓の外から見ていた騎士団勤めのコック見習いが慌ててクラムに知らせ、すんでのところでクラムにより救い出されたのだが、ロアンは気絶しており仕方なしにクラムはロアンを連れて自宅アパートへと転移した。

そしてアパートに着き、意識を取り戻したロアンを落ち着かせ、このままでは風邪を引くからとシャワーを浴びさせた上、着替えのシャツを貸してやる。

クラムも濡れてしまったので続いてシャワーを浴びたが、浴室から出たところで玄関から何かが落下して割れた音がした。

何かあったのかとクラムは慌てて玄関に行く。

そしてそこに呆然と立ち竦むジュジュの姿を見て、クラムの口から思わず驚きの声が上がる。

「………え?ジュジュっ?」

彼女は雨上がりの香りをまとい、泣きそうな顔でクラムを見た。

そして次の瞬間には怒りを顕にしてクラムに掴みかかり、転移したのであった。



「え?え?え?………え?」


後に残されたロアンが一人、一瞬で消えた二人の姿を求めて辺りをキョロキョロと見回していた。




───────────────────────



そしてあの修羅場に続くと。

あと二話で最終話です。


























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