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そして婚約者交代となった……②

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「シャロ~ン、この料理もテーブルに運んでもいいかい?」

テーブルセッティングのお手伝いをしてくれているお父さまが料理を盛った大皿を手に、わたしにそう訊いてきた。

「ええお父さま、それもお願い。……でもつまみ食いはしないでね?」

「いやだなぁシャロン。家長たる僕がそんな子どもみたいな事をするわけないだろう?」

「口の端にソースが付いているわよ?」

「…………今日の料理も最高だよシャロン」

「ふふふ。お褒め頂きありがとうございます」


お兄さまになったお姉さまだったお兄さまが、
東方の国で騎士……あちらでは剣士というらしいのだけれど、その剣士としてとある地方の領主に召し抱えられる事になった。

東方の国は実力主義社会だそうで、剣の腕が立つ者や異能(魔力)を持つ実力者は人種や性別に関係なく取り立てられるそうだ。

お姉さま…じゃない、お兄さまがありのままの自分で生きられる場所があって、本当に良かったと思う。


つい最近知った事実だけれども、
シャルルお兄さまは、幼い頃から自分の性別に違和感を感じていたという。

だけどマーティン男爵家の嫡女として、誓約魔法の誓約対象者として、自分の本当の心をひた隠して務めを果たそうと頑張ってきた。

ありのままの自分で生きる事が出来たらどんなにいいだろう。
女ではなく男として、自らの望むままに生きられたらどんなに……!といつも思いながら。

その思いは年々強くなり、いつしか自分を偽りながら生きる苦しさに耐えられなくなったらしい。

そして性別転換の術式が多く用いられているという東方の国に剣技留学を希望し、その術を受ける決心をしたそうだ。

だけどその決断をいつ頃からしていたのか、誓約魔法を果たせなくなる事について本人はどう思っていたのか、それはまだ教えて貰っていない。

わたしやエリオット様の人生にも関わる事だから、是非話して欲しいところなんだけど………。

東方に行く前に話してくれるだろうか。




「えっ!?お兄さま、もう行ってしまわれるの?これからお兄さまの壮行会をするのにっ?」


準備も終わり、お客様として招いているエリオット様がいらしたら始めようと思っていた矢先に、お兄さまが今直ぐ出立する事を伝えてきた。


「すまないシャロン。しばらく天候が崩れ、海が荒れるらしい。今すぐ船に乗らないと、数日間は渡航禁止となってしまう。向こうでの初出仕の日は決められているからそれに遅れるわけにはいかないんだ。せっかく用意してくれたのに本当にすまない……」

「そんな……もうすぐエリオット様も来られるのに、せめてエリオット様にお別れを言ってあげて」

「あいつとはもうちゃんと話はついているよ。シャロンの事を頼むと伝えてある」

「わたしの事はいいのよ。お兄さまとエリオット様の事を言っているのっ」

このまま二人会わずにお別れなんて駄目よ。

お兄さまが次にいつ戻ってくるのかは未定だというのに。
このままなんて……。

わたしが思わず縋り付くと、お兄さまはとても優しい顔をしてわたしの頭に手を置いた。

お姉さまだった頃よりも大きく、逞しくなったその手で。

「私の大切な妹。私が居なくなれば、お前は自分の気持ちに素直になって生きられるだろう」

「え……お兄さま、それって……」

「私もお前のおかげで自由に生きられる。シャロン、本当に感謝しているんだ。このまま自分を押し殺して結婚していたら、私もエリオットも不幸になっていただろうから……」

「不幸になるとはどういう事?それはどういう意味……?」

お兄さまの言っている意味がわたしには理解出来なかった。
困惑の表情を浮かべる私の頬をお兄さまの温かな手が包み込む。

「それはエリオット自身の口から聞いて。私が言うべき事ではないから」

「でもお兄さま……」

「シャロン、すまない。こんな風にしか生きられない私を許してくれとは言わない。ただこれだけは忘れないで、私はシャロンの幸せを心から願っている事を……。シャロン、変わってしまった私を受け入れてくれて、兄と呼んでくれてありがとう。愛してるよシャロン……」

「……お兄さまっ」

まだまだ聞きたい事、言いたい事は沢山あった。

だけどお兄さまを引き止める事はもう出来ないのだと、その迷いのない真っ直ぐな瞳を見て悟る。

急にわたしの胸の中に寂しさと悲しみが広がってゆく。
その感情は涙となって溢れ出た。

まるで子どもみたいな言葉と共に。

「いやっ……お兄さま行かないで!ずっとわたしの側に居てくれなきゃイヤっ……」

「シャロン……」

そんなわたしをお兄さまは抱きしめてくれた。

わかってる。
行かせてあげる事がお兄さまの為である事を。

ここに居たら、お兄さまは好奇の目に晒されて、上手く息を吸う事すら出来ない事を。

お兄さまの胸の中で嗚咽を堪えきれずに漏らすわたしを、お兄さまは優しく包み込んでくれた。


「シャルル」


お父さまがお兄さまに声をかける。


「父上……」

「家の事は気にしなくていいよ。私もシャロンも変わらずのほほんとやっていくさ。お前はお前自身を大切にし、周りの人の事も大切にしながら自分らしく生きてほしい」

「はいっ、はい父上、ありがとうございます……」

「手紙はまめに寄こしてくれよ?東方の風景魔力念写写真のポストカードがいいなぁ。絵の題材になりそうだ」

「必ず、必ず沢山書きますっ……」

「今回の事も、お前が色んな事を考えて出した結論だと分かっているつもりだ。もちろん、それが長年に亘る計画であった事もね」

「父上……」

「もうそろそろ行きなさい。船が出航してしまう。見送りが出来ないのは残念だけど仕方ないね。さぁシャロン、おいで」

そう言ってお父さまはお兄さまからわたしをゆっくりと離した。

使用人の居ない我が家で唯一残ってくれている、家令のエスヴィ(60)がお兄さまの荷物を持って側に来た。

「シャルルお嬢さ…ゴホン、シャルル坊ちゃま。港までお送りいたします」

「ありがとうエスヴィ、よろしく頼むよ」

そしてお兄さまはわたしとお父さまに改めて向き直った。

「では父上、シャロン、……行って参ります」

「ああ。体に気をつけて」

わたしは泣き顔でぐちゃぐちゃになりながらもお兄さまに言う。

「お兄さまっ、せっかくなんだからわたし絶対に東方そっちに遊びに行くわっ……お兄さまの所に泊まったら宿代なしで観光できるものっ……グスッ」

「あはは。さすがはシャロン、それでこそシャロンだ」


お兄さまはお姉さまだった頃と変わらない、笑い顔をわたし達にむけて踵を返した。


だけどその時、玄関の扉を事前に開けてくれていたエスヴィがおとないを告げた。


「シャルル坊ちゃま、ベルナール伯爵ご令息エリオット様が見えられましたよ」

「エリオットが?」


エスヴィの言葉を聞き、わたしは慌てて玄関の方へ視線を送る。


するとそこには王宮の騎士服のまま我が家へと駆け付けたのだろう、エリオット様が立っていた。


「シャルル、間に合って良かった………」









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補足です。

実はシャルルは留学前に、性別転換魔法を受けたいと父親であるヒースローに打ち明けていたそうです。

ヒースローは静かで穏やかな口調で、
「お前の人生だ。それがお前の幸せに繋がるなら好きなように生きなさい。今まで我慢ばかりさせてすまなかったね」
と言ったそうです。

ヒースローはシャルルの様子から、彼が自分の性に違和感を持ち、思い悩んでいた事を分かっていたようです。

だからシャルルの決断を尊重したのでしょう。


誓約魔法を解除する方法は一つだけあります。

それは誓約を解きたいと強く願う者の命を対価に支払う事。

誓約魔法は魔導契約。
それを解くためには相応の対価が必要となるのです。

ヒースローは娘二人が誓約を守れない状況に陥った時は、自らの命を差し出して誓約を解除しようと考えていました。


次回、やっとこさエリオット登場。

彼の口から紡がれる言葉は嘘か真か。
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