無関係だった私があなたの子どもを生んだ訳

キムラましゅろう

文字の大きさ
87 / 161
ミニ番外編

ディビッドの光

しおりを挟む
「うふ♡ディビッド王子♡ワタシだけの王子さま♡」

ふいに聖女リリス触れられ、顔をのぞき込まれる。

そんな不躾で不敬極まりないリリスに非難の目をディビッドが向けた途端に彼女と目が合った。

正確には強引に目を合わされたと言った方がいいだろう。

その瞬間、どろりと心の中に何か熱くて不快なものが入り込んでくるのを感じた。
何かに“汚された”そんな感覚がしたと同時に目の前にいる人物に驚く。

「ポレット……?」

あれ?今、一緒にいたのはポレットだったか……?

ディビッドは相手を凝視する。

胸の内に感じるこの強い恋情。
自分がそれを向けるのはこの世にたった一人だけだ。

今、目の前にいる人物にそれを強く感じるのなら、それはやはりポレットに違いない。

「ディビッド王子♡」

「ポゥ………」

いつものように最愛の存在に手を伸ばしその頬に触れる。

「うふ♡かかった♡」

「…………」

しかし何故だろう。
ディビッドは強い恋情を感じると共にどうしようもない嫌悪感も強く感じた。

おかしい、自分がポレットに対しこんな気持ちの悪い感覚を抱くなんて。

自分の中の何かが警鐘を鳴らしている。

違う、騙されるな、は違う、と。

……違う?

目の前にいるのはどう見てもポレットだ。

本当に大好きで、大切で、そして愛おしい……

そう思った瞬間、ディビッドの中で何かが弾けた。

「ディビッドオウジ……?」

たった今、ポレットだと思った人物の顔が急に黒塗りになり、声は禍々しくどこか遠くに聞こえた。

「………すまない、急用を思い出した、これにて失礼する」

そう声を押し出し、なんとかいつも通りの態を装ってから離れたのは流石は王子といえよう。

ディビッドは足早に退室しその場を離れた。

早く、早くから離れなくては。

その思いだけで必死に足を動かす。

気をしっかりたねば再び禍々しい恋情に支配されそうになる。

なぜこうも自分はその感情に抗うのかわからない。
わからないがは違う、ポレットホンモノではない、心がそう叫んでいるのだ。

先程弾けた何か、それが護りの術式だったとしたのなら……

この容赦なく押し寄せようとするおかしな感覚に決して身を委ねてはいけない。
そうすれば本当に大切なものを失ってしまう。

嫌だ、失いたくない。
僕の大切なものを奪おうとするな、やめろ、

「やめろっ!!」


その言葉を吐き出して、ディビッドは意識を手放した。



それから自分がどうなったのか、ディビッドにはわからない。

ただずっと泥濘の中で藻掻き、足掻き続ける中で大人の男性の声が聞こえていた。

に抗っているのか。凄いな…王子、あなたは強い子だ」

「よく頑張ったな。すぐにその気持ちの悪いものを引き剥がしてやるからな」

「大丈夫だ。心を強くて。大切な人の事を思い浮かべていろ、それがお前の力となる」

その声に励まされ、ディビッドは熱い泥の中で上空に光る一つの星に手を伸ばした。

ポレット。

その名を口にする。

一度そう呼ぶと手を伸ばした先の星が輝きを増す。

ポレット。

もう一度口にするとその光は更に強くなる。

ポレット。

三度口にしたと同時に、眩い光に包まれた。


「よし、解術できたぞ」

目の眩むような光の中で、もう一度男性の声が聞こえた。


その後の記憶はディビッドにはない。


次に目を覚ましたのは寝台の上だった。

柔らかな光が室内に差し込み、少しだけ開けられていた窓から入る風が繊細なレースのカーテンを揺らしていた。

「ディビッドっ……?」

自分を呼ぶ母親の声が聞こえる。

そちらに視線を向けると、目に涙を溜めた王太子妃である母がこちらを覗き込んでいた。

「………は…はうえ……」

自分でも驚くほど掠れた声が出た。
起き上がろうにも体が鉛を詰め込んだように重い。

「良かった……よ、良かったっ……どれほど心配したことかっ……」

そう涙ながらに話す母親の側では侍女や侍従たちの動きが俄に騒然となる。

「母上……僕は一体……」

「説明は後、まずは医療魔術師医師の診察を受けなさい……」

母はそう言って華奢で温かな手で息子の手を包み込んだ。


診察の結果、とくに後遺症や主だった症状も無くまずはひと安心との事であった。

その後少ししてディビッドが完全に落ち着いた状態で、自身の身に起きた事を説明された。

ディビッドは聖女リリスが身に着けている魅了指輪チャームリングにより、禁術とされる魅了魔法にかけられたのだそうだ。

それはとても強力な術で、王家の護りの術式が掛けられているディビッドの深層心理深くにまで一瞬で入り込んだのだとか。

しかしディビッドは本能的にそれを無意識に拒絶、排除しようと自身の全魔力を使って抵抗した。

が、まだ魔力もそれを扱う能力も未発達であったディビッドは、自身の魔力と魅了の魔力により魔力障害を引き起こし、一時かなり危険な状態だったという。

祖父である国王の側近コルベール伯が自身の息子、アルト=ジ=コルベール卿に救援を要請した。

そして卿によりディビッドに掛けられた魅了魔術を解術、乱れた魔力を安定させて増幅するという処置により一命を取り留めたらしい。

しかし体力の消耗と、何より心理の奥深くまで侵食した魔力に過剰に抵抗した精神の摩耗が激しく、ディビッドはずっと昏睡状態であったそうだ。

そうしてようやく意識が戻ったのだが、起き上がり普通の生活に戻れるまではそれなりの時間を要した。

その間、証拠集めや国教会への根回しのために泳がせていた聖女をようやく捕らえ、牢獄に繋ぐ事が出来たらしい。

ポレットが教師に襲われた件もその時に聞かされたディビッドがすぐにポレットの元に駆けつけようとしたが、まずは体力を戻すのが先だと両親に止められた。

それから幾日、ディビッドはポレットに会える日を思い募らせる日々をすごしただろう。

ポレットの父親であるワイズ伯とディビッドの父親である王太子クリフォードが日程と場所を取り決めてようやく面会が許されたのであった。


そして王家の保養所のある湖の畔でディビッドはポレットと再会を果たす。

父親に連れられたポレットの顔を見た途端に、ディビッドは泣きたくなった。

胸がいっぱいになって名前をつぶやくのが精一杯だった。

その存在を確かめたくて思わす両手を広げる。
ここに、自分のもとに来て欲しくて、早く触れたくて手を伸ばす。

「デイ様っ……!」

そう切羽詰まった声で胸に飛び込んできたポレットを抱きしめ瞬間、ディビッドは自身の生を初めて認識したような気持ちになった。
後ろでワイズ伯の眼光が光ったような気もするがそんな事どうでもよかった。

生きている。
生きて、再びポレットと会えた。
それが何よりも嬉しい。

ディビッドは心からそう思った。


それから、ワイズ卿や他の近衛騎士の視線を遠くに感じながらもポレットと二人、湖の畔をゆっくりと歩きながら話をする。

ディビッドのこれまでの事。
ポレットのこれまでの事。
そして二人とも無事で、またこうして一緒にいられることを互いに喜んだ。

ディビッドはふと立ち止まり、心配で仕方なかった事を口にする。


「……ポゥは……今回の事で嫌になってないか……?王家に縁付くと大変な目にばかり遭うと、この婚約が嫌になったのではないか……?」


不安げに瞳を揺らしながら告げるディビッドに、ポレットは自身の気持ちを正直に言葉にして答えた。

それを聞いたディビッドが心からの笑顔を見せる。

その時にポレットがどんな言葉を用いて、父親であるフェリックスに言った想いをディビッドに伝えたのかは、
ポレットとディビッド、二人だけの秘密である。

そしてそれを聞いたディビッドがポレットの頬に軽くキスを落としたのも、二人だけの秘密である。

まぁフェリックスは気付いていただろうが。








しおりを挟む
感想 3,580

あなたにおすすめの小説

能ある妃は身分を隠す

赤羽夕夜
恋愛
セラス・フィーは異国で勉学に励む為に、学園に通っていた。――がその卒業パーティーの日のことだった。 言われもない罪でコンペーニュ王国第三王子、アレッシオから婚約破棄を大体的に告げられる。 全てにおいて「身に覚えのない」セラスは、反論をするが、大衆を前に恥を掻かせ、利益を得ようとしか思っていないアレッシオにどうするべきかと、考えているとセラスの前に現れたのは――。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました

お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。 その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。

あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です。

秋月一花
恋愛
「すまないね、レディ。僕には愛しい婚約者がいるんだ。そんなに見つめられても、君とデートすることすら出来ないんだ」 「え? 私、あなたのことを見つめていませんけれど……?」 「なにを言っているんだい、さっきから熱い視線をむけていたじゃないかっ」 「あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です」  あなたの護衛を見つめていました。だって好きなのだもの。見つめるくらいは許して欲しい。恋人になりたいなんて身分違いのことを考えないから、それだけはどうか。 「……やっぱり今日も格好いいわ、ライナルト様」  うっとりと呟く私に、ライナルト様はぎょっとしたような表情を浮かべて――それから、 「――俺のことが怖くないのか?」  と話し掛けられちゃった! これはライナルト様とお話しするチャンスなのでは?  よーし、せめてお友達になれるようにがんばろう!

うちに待望の子供が産まれた…けど

satomi
恋愛
セント・ルミヌア王国のウェーリキン侯爵家に双子で生まれたアリサとカリナ。アリサは黒髪。黒髪が『不幸の象徴』とされているセント・ルミヌア王国では疎まれることとなる。対してカリナは金髪。家でも愛されて育つ。二人が4才になったときカリナはアリサを自分の侍女とすることに決めた(一方的に)それから、両親も家での事をすべてアリサ任せにした。 デビュタントで、カリナが皇太子に見られなかったことに腹を立てて、アリサを勘当。隣国へと国外追放した。

(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。 「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」 私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・ 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。

心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁

柴田はつみ
恋愛
王国の公爵令嬢セレーネは、家を守るために王太子レオニスとの政略結婚を命じられる。 婚約の儀の日、彼が告げた冷酷な一言——「心配するな。俺の好きな人は別にいる」。 その言葉はセレーネの心を深く傷つけ、王宮での新たな生活は噂と誤解に満ちていく。 好きな人が別にいるはずの彼が、なぜか自分にだけ独占欲を見せる。 嫉妬、疑念、陰謀が渦巻くなかで明らかになる「真実」。 契約から始まった婚約は、やがて運命を変える愛の物語へと変わっていく——。

「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました

ほーみ
恋愛
 その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。 「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」  そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。 「……は?」  まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。