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ミニ番外編
ポレットの婚礼⑧ 挙式当日・花嫁の兄
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厳粛な空気の下に執り行われた婚礼の儀とはうって変わり、
披露宴でもある祝賀パーティーは和気あいあいとした賑やかなお祝いモードであった。
婚礼の儀のすぐ後に広場に面した大聖堂の三階バルコニーから、広場に集まった民衆に夫婦となった姿を初披露したデイビッドとポレット。
この初披露のために国内外から集まった民衆は若く美しい王族夫婦に割れんばかりの歓声と惜しみない祝福の拍手を贈っていた。
その後少しの休憩を挟んですぐに祝賀パーティーが始まる。
王家主催の大夜会よりも更に大規模なこのパーティーには、婚礼の儀に参列した主要な王侯貴族はもちろん、各界の要人、国内の幅広い爵位の貴族家も出席していた。
既に生前退位が決まっており、直に国王となるクリフォードに続き、デイビッドも立太子することが決定している。
その前にぜひお近付きにと望む多くの者たちからの挨拶をデイビッドと共に受け、ポレットはようやく慣れ親しんだ者たちとの気の置けない歓談を楽しんでいた。
「ポ…妃殿下、大丈夫ですか?お疲れではありませんか?」
ついいつもの調子で話してしまいそうになったミシェルが口調を改めてポレットに尋ねた。
ポレットは穏やかな笑みを浮かべ、従妹に答える。
「今は周りには親族しかいないわ。だからいつも通りの話し方でいいのよ。……そうね、早朝から支度や何やらでさすがに疲れてしまったわね」
その言葉を聞き、伯父のファビアンが労しげに眉尻を下げた。
「王家との婚姻だ……我々が想像するよりも遥かに大変なんだろうな……大丈夫かい?辛かったら伯父さんに寄りかかってもいいぞ?伯父さんは体がデカいから、可愛いポゥならすっぽりと隠せてしまうから」
次期王太子妃となっても甘やかそうとするファビアン。
彼は礼節を弁えた男だが、久しぶりに会った姪につい甘くなってしまうようだ。
「ふふ。大丈夫よ。ありがとう、ファビアン伯父様」
ポレットが嬉しそうに微笑んで礼を告げると、彼女の隣に立つディビッドがファビアンに話し掛けた。
「バーレル辺境伯。北の守護神と呼ばれる貴方に久々にお会いできて光栄だ」
「ご無沙汰しておりますデイビッド殿下。本日は誠におめでとうございます。……どうか、どうか末永く姪をよろしくお願いいたします……」
そう言って瞳を潤ませるファビアンに妻のランツェが微笑ましげに寄り添った。
そしてハノンも笑みを浮かべて兄に言う。
「ふふ。お兄さまの泣き虫は健在ね」
温かな笑いが起こる中で、デイビッドが姿勢を正し、ファビアンを見据えた。
「ロードリック卿…いや義伯父上、約束します。必ず彼女を幸せにすると」
デイビッドが力強くファビアンに誓いを立てる。
次期王太子、そして将来の国王のその言葉を聞き、とうとうファビアンの涙腺は決壊し滂沱の涙を静かに流す。
「アデリオール王国の者として、王家の家臣であるバーレル辺境伯として、そして何よりも妃殿下の伯父として、ファビアン・ルーセル・ロードリックは生涯っ…王国に忠誠を誓いますっ……!」
おうおう泣きながらそう誓いを立て返すファビアンに、デイビッドは聢りと頷く。そして周りに居た皆もファビアンに倣い、恭しく頭を垂れた。
その時、デイビッドが住まう王子宮の女官がポレットに近寄り、そっと小さな声で告げる。
「妃殿下、そろそろ退席のお時間にございます」
「……わかったわ」
この後の準備のために、妃となったポレットはいち早く宮に戻ると予め決まっていた。
女官の言葉に気付いたハノンがポレットに言う。
「問題がなければ予定通り、二週間後にメロディと王子宮に伺うからね」
母の言葉にポレットは頷いた。
少し緊張した面持ちなのは、同じ女性としてよくわかる。
ハノンは優しく微笑み、そっとポレットに耳打ちした。
「昨夜、教えたことを忘れないでね。夫を上手く馭するのも妻の力量の見せどころよ。……さぁ、お行きなさい」
夫を馭する、その言い方にポレットは笑って母に礼を告げる。
ほんの少し緊張が和らいだようだ。
「ふふ……はい。お母様、ありがとうございます」
そしてその場にいる皆に挨拶をし、女官に伴われて会場を後にした。
歩きながら父やワイズ家門の親族の姿を探したが、最初の方で会話を交わしたきり終ぞその姿を見かけることはなかった。
そして王子宮へ繋がる廻廊へ出る。
するとそこには当然、専属の侍女とそして護衛騎士の姿があった。
その護衛騎士を見てポレットは目を見張る。
兄のルシアンが近衛の隊服を着てポレットを待ち受けていたからだ。
「お兄様……?」
ルシアンは騎士の礼を執り、ポレットに告げる。
「王子宮まで護衛する栄誉を賜ったよ」
父であるフェリックスと従兄のキースが大聖堂までの護衛に名乗りを上げたように、今や近衛騎士であるルシアンもまた、婚礼の儀を終え妃として初めて宮に入るポレットの護衛を願い出たのであった。
大切な妹を新しい住まいへと送り届ける役目を、ルシアンは希望したのだ。
この役目は兄として誰にも譲るつもりはなかった。
この場にいるのはルシアンとポレット、それにワイズ伯爵家から王子宮に連れてきた古くからの専属侍女と新たに専属となった侍女に王子宮の女官だけである。
随所に王宮騎士が配されているが、気兼ねなく兄妹として連れだって歩くことができた。
警護のために自身の少しだけ前を歩く兄にポレットが話し掛けた。
「お兄様が送ってくださるとは思わなかったわ」
「ワイズ家門を代表してね。……まぁ他のみんなじゃこの役目を冷静に務められないかもしれないし」
「そういえばお父様やお祖父様たち、みんなはどうしたの?宴の途中から姿をお見かけしなくなったと思うのだけれど……」
「今日は王宮の敷地内に一室を借りて、ワイズの男たちで呑み明かすそうだよ。祝杯というかなんというか……だけど」
「?」
ルシアンの意味ありげな言い方に首を傾げるポレットだが、その時雷鳴のような野獣の咆哮のような音が耳に届いた。
「な、何かしら……?」
不安げに尋ねるポレットに、ルシアンが肩を竦めて答える。
「あぁ、気にしなくていいよ。多分ワイズだ」
「え?」
怪訝そうに聞き返すポレットに、ルシアンは別の話題を口にする。
「……ポゥは僕のお嫁さんになるって言っていたのを覚えてる?」
「ふふ。うんと小さかった頃よね、なんとなく覚えているわ」
「あんなに小さかったポゥが素敵な淑女になり、もう花嫁だ。時が経つのは早いとはこういうことなんだな」
「お兄様もご立派になられたわ。聞いたわよ、一旦近衛の職を辞して北の辺境地に行くと……」
「うん。北の国境を守る勇猛果敢な猛者たちに鍛えて貰うつもりだ」
「ファビアン伯父様が治めるバーレル辺境伯領でしょう?北方騎士団へは何度も訓練に行っているのに?」
「ああ。今度はただの新人騎士として修行してくるつもりなんだ」
「それが終わったら、また近衛に戻ってくれるの?」
「そのつもりだよ。ワイズのどの男にも負けないくらい強くなって戻ってくるよ」
「ふふ。頼もしいわ。ミシェルも卒業後は近衛に志願して私の護衛騎士になると言ってくれているの」
「うん知ってるよ。それこそ頼もしいな。ミシェルなら安心してポゥの護衛を任せられる」
「そうね……」
兄と妹、そうして話しているうちに王子宮の扉の前へと辿り着いた。
ここから先は、王子宮の守りを任された専任騎士しか中には入れない。
ルシアンの護衛はここまでとなる。
ルシアンは静かに妹の名を呼んだ。
「ポレット」
兄として、純粋にただの兄として妹の名を呼べるのはこれが最後となるだろう。
ポレットが王子宮に足を踏み入れた瞬間から、兄妹といえど次期王太子妃と家臣としての関係となる。
だからルシアンは心を込めて、慈しむ心を込めて、妹の名を呼んだ。
そしてまっすぐにポレットの目を見て告げる。
「今でもポゥが生まれた日のことをよく覚えているよ。あの日、僕は誓ったんだ。ポゥを、妹を必ず守ると」
「お兄様……」
「その誓いは今でも変わらない。関係性は変わっても、必ずポゥを守るよ。そしてポゥの幸せを心から願ってる」
「ありがとう……お兄様……」
ポレットの瞳に涙が浮かぶ。
「今でも私はお兄様が大好きよ。……もうお互いに唯一を見つけたけれど、お兄様は特別。大好きで大切な私のお兄様。それだけは絶対にこれからも変わらないわ……!」
「うん。そうだね、僕もポレットは特別だ。もちろんノエルも」
「ええ。私たちは誰よりも濃く同じ血が流れる兄姉妹だもの」
ポレットのその言葉にルシアンは頷く。
そしてポレットが女官に促され王子宮へと足を踏み入れた。
扉が閉まればもう気軽に会える相手ではなくなる。
妹なのに、家族なのに、会うためには謁見という手続きを踏まなければならない。
それもまた仕方のない事なのだが。
王子宮に一歩足を踏み入れたポレットがそのまま振り返りルシアンを見る。
「お兄様、」
ルシアンはまた騎士の礼を執り、凛とした佇まいでポレットに告げた。
「妃殿下、本日はご成婚おめでとうございます。妃殿下のご多幸を心より願っております。どうか、どうかくれぐれもお体を大切に……」
「っお兄様……」
扉がゆっくりと閉まってゆく。
ポレットは扉に隔たれてゆく兄の姿を名残惜しそうに見つめた。
ルシアンは優しい笑みを浮かべたまま、もう何も語らない。
ただ、妹を慈しむ温かな心がその笑みに込められていた。
「お兄様っ……ありがとうっ……!」
そのポレットの言葉を残し、王子宮の扉は閉められた。
その場に一人残されたルシアンが扉の向こうへ深々と頭を下げる。
そして扉前の護衛騎士(警護中なので無表情を装っているが明らかに白目がうるうると充血している)たちにも礼をして、その場を静かに立ち去った。
──────────────────────◇
ポレたんとデイくん、初夜を迎えます~。
そこはR15なので皆様のご想像にお任せいたしましょう。
オマケというか余談(ではないか)ですが、
その夜、王宮敷地内ではワイズ家門の男たちの咽び泣く声や魔物のような咆哮が何度も聞こえたそうです。
結婚式はめでたい。
ポレットが幸せになって嬉しい。
でも今宵が初夜だと思うとどうしようもなく遣る瀬無い気持ちになる……。
そんなワイズの男たちと、それをやれやれと容認するワイズの女性陣たちとの、酒と泪と男と女が夜通し繰り広げられたそうな。
いや、女性陣はさっさと寝ただろうな、うん。
パーティーには、メロディ姐さんが一人出席したそうな。
さすがに格式の高い夜会にはダンノさんは出席を辞退したとか。
リズムは子どもなので招待されませんしね。
姐さんはハノンやミシェル、それにワイズの女性陣と行動を共にしていたけど、ポレットに挨拶をした後にタイミングを見計らって帰ったそうです。
「ポレポレ~!ご成婚オメオメ~♡あ、ヤダ違った!妃殿下~おめでとうごさいますぅ~♡」
「ありがとう。メロディちゃんの刺繍入りのドレス、とても素敵だったわ……!何より、メロディちゃんに守られているようで嬉しかった」
「ヤダ泣かさないでヨぅ……あの刺繍はね、花嫁を害そうとする邪心を跳ね返す意味のある魔法陣をエレガンツ&ドレッスゥィーにレースに仕立てたモノなのヨ♡」
「まぁそうだったのね。王妃様も王太子妃様も素敵だと感心されていたわ」
「アラ嬉ちくび~♡ホントは初夜に着るナイトドレスもアタシがデザインして贈りたかったのヨ!すンっっごくソソるヤツ、エチィヤツをね♡でもハノンに却下されちゃってぇ……ポレットを、そしてある意味王子殿下を殺すつもりかって言われたちゃったぁ~ザンネンムネンお胸ムネムネよ~!」
「そ、それは……どんなデザインのナイトドレスだったのかはわからないけど、恥ずかしいからお母様が止めてくれて良かったと心から思うわ……」
「ウフ♡今度ハノンと一緒に王子宮にアソビにイクからね♡そン時にイロイロと聞かせてネ♡」
直接的なシモトークをしたわけではないのだが、言葉の端々にエロスを醸し出すエロディとの会話をハノンは早々に切り上げさせたのであった。
長くお付き合い頂きましたポレットの婚礼はとりあえずこれにて終了です。
もちろん、その後のこともこれから順にお届けしていきますよ。
よろしくお願いしま~す。
披露宴でもある祝賀パーティーは和気あいあいとした賑やかなお祝いモードであった。
婚礼の儀のすぐ後に広場に面した大聖堂の三階バルコニーから、広場に集まった民衆に夫婦となった姿を初披露したデイビッドとポレット。
この初披露のために国内外から集まった民衆は若く美しい王族夫婦に割れんばかりの歓声と惜しみない祝福の拍手を贈っていた。
その後少しの休憩を挟んですぐに祝賀パーティーが始まる。
王家主催の大夜会よりも更に大規模なこのパーティーには、婚礼の儀に参列した主要な王侯貴族はもちろん、各界の要人、国内の幅広い爵位の貴族家も出席していた。
既に生前退位が決まっており、直に国王となるクリフォードに続き、デイビッドも立太子することが決定している。
その前にぜひお近付きにと望む多くの者たちからの挨拶をデイビッドと共に受け、ポレットはようやく慣れ親しんだ者たちとの気の置けない歓談を楽しんでいた。
「ポ…妃殿下、大丈夫ですか?お疲れではありませんか?」
ついいつもの調子で話してしまいそうになったミシェルが口調を改めてポレットに尋ねた。
ポレットは穏やかな笑みを浮かべ、従妹に答える。
「今は周りには親族しかいないわ。だからいつも通りの話し方でいいのよ。……そうね、早朝から支度や何やらでさすがに疲れてしまったわね」
その言葉を聞き、伯父のファビアンが労しげに眉尻を下げた。
「王家との婚姻だ……我々が想像するよりも遥かに大変なんだろうな……大丈夫かい?辛かったら伯父さんに寄りかかってもいいぞ?伯父さんは体がデカいから、可愛いポゥならすっぽりと隠せてしまうから」
次期王太子妃となっても甘やかそうとするファビアン。
彼は礼節を弁えた男だが、久しぶりに会った姪につい甘くなってしまうようだ。
「ふふ。大丈夫よ。ありがとう、ファビアン伯父様」
ポレットが嬉しそうに微笑んで礼を告げると、彼女の隣に立つディビッドがファビアンに話し掛けた。
「バーレル辺境伯。北の守護神と呼ばれる貴方に久々にお会いできて光栄だ」
「ご無沙汰しておりますデイビッド殿下。本日は誠におめでとうございます。……どうか、どうか末永く姪をよろしくお願いいたします……」
そう言って瞳を潤ませるファビアンに妻のランツェが微笑ましげに寄り添った。
そしてハノンも笑みを浮かべて兄に言う。
「ふふ。お兄さまの泣き虫は健在ね」
温かな笑いが起こる中で、デイビッドが姿勢を正し、ファビアンを見据えた。
「ロードリック卿…いや義伯父上、約束します。必ず彼女を幸せにすると」
デイビッドが力強くファビアンに誓いを立てる。
次期王太子、そして将来の国王のその言葉を聞き、とうとうファビアンの涙腺は決壊し滂沱の涙を静かに流す。
「アデリオール王国の者として、王家の家臣であるバーレル辺境伯として、そして何よりも妃殿下の伯父として、ファビアン・ルーセル・ロードリックは生涯っ…王国に忠誠を誓いますっ……!」
おうおう泣きながらそう誓いを立て返すファビアンに、デイビッドは聢りと頷く。そして周りに居た皆もファビアンに倣い、恭しく頭を垂れた。
その時、デイビッドが住まう王子宮の女官がポレットに近寄り、そっと小さな声で告げる。
「妃殿下、そろそろ退席のお時間にございます」
「……わかったわ」
この後の準備のために、妃となったポレットはいち早く宮に戻ると予め決まっていた。
女官の言葉に気付いたハノンがポレットに言う。
「問題がなければ予定通り、二週間後にメロディと王子宮に伺うからね」
母の言葉にポレットは頷いた。
少し緊張した面持ちなのは、同じ女性としてよくわかる。
ハノンは優しく微笑み、そっとポレットに耳打ちした。
「昨夜、教えたことを忘れないでね。夫を上手く馭するのも妻の力量の見せどころよ。……さぁ、お行きなさい」
夫を馭する、その言い方にポレットは笑って母に礼を告げる。
ほんの少し緊張が和らいだようだ。
「ふふ……はい。お母様、ありがとうございます」
そしてその場にいる皆に挨拶をし、女官に伴われて会場を後にした。
歩きながら父やワイズ家門の親族の姿を探したが、最初の方で会話を交わしたきり終ぞその姿を見かけることはなかった。
そして王子宮へ繋がる廻廊へ出る。
するとそこには当然、専属の侍女とそして護衛騎士の姿があった。
その護衛騎士を見てポレットは目を見張る。
兄のルシアンが近衛の隊服を着てポレットを待ち受けていたからだ。
「お兄様……?」
ルシアンは騎士の礼を執り、ポレットに告げる。
「王子宮まで護衛する栄誉を賜ったよ」
父であるフェリックスと従兄のキースが大聖堂までの護衛に名乗りを上げたように、今や近衛騎士であるルシアンもまた、婚礼の儀を終え妃として初めて宮に入るポレットの護衛を願い出たのであった。
大切な妹を新しい住まいへと送り届ける役目を、ルシアンは希望したのだ。
この役目は兄として誰にも譲るつもりはなかった。
この場にいるのはルシアンとポレット、それにワイズ伯爵家から王子宮に連れてきた古くからの専属侍女と新たに専属となった侍女に王子宮の女官だけである。
随所に王宮騎士が配されているが、気兼ねなく兄妹として連れだって歩くことができた。
警護のために自身の少しだけ前を歩く兄にポレットが話し掛けた。
「お兄様が送ってくださるとは思わなかったわ」
「ワイズ家門を代表してね。……まぁ他のみんなじゃこの役目を冷静に務められないかもしれないし」
「そういえばお父様やお祖父様たち、みんなはどうしたの?宴の途中から姿をお見かけしなくなったと思うのだけれど……」
「今日は王宮の敷地内に一室を借りて、ワイズの男たちで呑み明かすそうだよ。祝杯というかなんというか……だけど」
「?」
ルシアンの意味ありげな言い方に首を傾げるポレットだが、その時雷鳴のような野獣の咆哮のような音が耳に届いた。
「な、何かしら……?」
不安げに尋ねるポレットに、ルシアンが肩を竦めて答える。
「あぁ、気にしなくていいよ。多分ワイズだ」
「え?」
怪訝そうに聞き返すポレットに、ルシアンは別の話題を口にする。
「……ポゥは僕のお嫁さんになるって言っていたのを覚えてる?」
「ふふ。うんと小さかった頃よね、なんとなく覚えているわ」
「あんなに小さかったポゥが素敵な淑女になり、もう花嫁だ。時が経つのは早いとはこういうことなんだな」
「お兄様もご立派になられたわ。聞いたわよ、一旦近衛の職を辞して北の辺境地に行くと……」
「うん。北の国境を守る勇猛果敢な猛者たちに鍛えて貰うつもりだ」
「ファビアン伯父様が治めるバーレル辺境伯領でしょう?北方騎士団へは何度も訓練に行っているのに?」
「ああ。今度はただの新人騎士として修行してくるつもりなんだ」
「それが終わったら、また近衛に戻ってくれるの?」
「そのつもりだよ。ワイズのどの男にも負けないくらい強くなって戻ってくるよ」
「ふふ。頼もしいわ。ミシェルも卒業後は近衛に志願して私の護衛騎士になると言ってくれているの」
「うん知ってるよ。それこそ頼もしいな。ミシェルなら安心してポゥの護衛を任せられる」
「そうね……」
兄と妹、そうして話しているうちに王子宮の扉の前へと辿り着いた。
ここから先は、王子宮の守りを任された専任騎士しか中には入れない。
ルシアンの護衛はここまでとなる。
ルシアンは静かに妹の名を呼んだ。
「ポレット」
兄として、純粋にただの兄として妹の名を呼べるのはこれが最後となるだろう。
ポレットが王子宮に足を踏み入れた瞬間から、兄妹といえど次期王太子妃と家臣としての関係となる。
だからルシアンは心を込めて、慈しむ心を込めて、妹の名を呼んだ。
そしてまっすぐにポレットの目を見て告げる。
「今でもポゥが生まれた日のことをよく覚えているよ。あの日、僕は誓ったんだ。ポゥを、妹を必ず守ると」
「お兄様……」
「その誓いは今でも変わらない。関係性は変わっても、必ずポゥを守るよ。そしてポゥの幸せを心から願ってる」
「ありがとう……お兄様……」
ポレットの瞳に涙が浮かぶ。
「今でも私はお兄様が大好きよ。……もうお互いに唯一を見つけたけれど、お兄様は特別。大好きで大切な私のお兄様。それだけは絶対にこれからも変わらないわ……!」
「うん。そうだね、僕もポレットは特別だ。もちろんノエルも」
「ええ。私たちは誰よりも濃く同じ血が流れる兄姉妹だもの」
ポレットのその言葉にルシアンは頷く。
そしてポレットが女官に促され王子宮へと足を踏み入れた。
扉が閉まればもう気軽に会える相手ではなくなる。
妹なのに、家族なのに、会うためには謁見という手続きを踏まなければならない。
それもまた仕方のない事なのだが。
王子宮に一歩足を踏み入れたポレットがそのまま振り返りルシアンを見る。
「お兄様、」
ルシアンはまた騎士の礼を執り、凛とした佇まいでポレットに告げた。
「妃殿下、本日はご成婚おめでとうございます。妃殿下のご多幸を心より願っております。どうか、どうかくれぐれもお体を大切に……」
「っお兄様……」
扉がゆっくりと閉まってゆく。
ポレットは扉に隔たれてゆく兄の姿を名残惜しそうに見つめた。
ルシアンは優しい笑みを浮かべたまま、もう何も語らない。
ただ、妹を慈しむ温かな心がその笑みに込められていた。
「お兄様っ……ありがとうっ……!」
そのポレットの言葉を残し、王子宮の扉は閉められた。
その場に一人残されたルシアンが扉の向こうへ深々と頭を下げる。
そして扉前の護衛騎士(警護中なので無表情を装っているが明らかに白目がうるうると充血している)たちにも礼をして、その場を静かに立ち去った。
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ポレたんとデイくん、初夜を迎えます~。
そこはR15なので皆様のご想像にお任せいたしましょう。
オマケというか余談(ではないか)ですが、
その夜、王宮敷地内ではワイズ家門の男たちの咽び泣く声や魔物のような咆哮が何度も聞こえたそうです。
結婚式はめでたい。
ポレットが幸せになって嬉しい。
でも今宵が初夜だと思うとどうしようもなく遣る瀬無い気持ちになる……。
そんなワイズの男たちと、それをやれやれと容認するワイズの女性陣たちとの、酒と泪と男と女が夜通し繰り広げられたそうな。
いや、女性陣はさっさと寝ただろうな、うん。
パーティーには、メロディ姐さんが一人出席したそうな。
さすがに格式の高い夜会にはダンノさんは出席を辞退したとか。
リズムは子どもなので招待されませんしね。
姐さんはハノンやミシェル、それにワイズの女性陣と行動を共にしていたけど、ポレットに挨拶をした後にタイミングを見計らって帰ったそうです。
「ポレポレ~!ご成婚オメオメ~♡あ、ヤダ違った!妃殿下~おめでとうごさいますぅ~♡」
「ありがとう。メロディちゃんの刺繍入りのドレス、とても素敵だったわ……!何より、メロディちゃんに守られているようで嬉しかった」
「ヤダ泣かさないでヨぅ……あの刺繍はね、花嫁を害そうとする邪心を跳ね返す意味のある魔法陣をエレガンツ&ドレッスゥィーにレースに仕立てたモノなのヨ♡」
「まぁそうだったのね。王妃様も王太子妃様も素敵だと感心されていたわ」
「アラ嬉ちくび~♡ホントは初夜に着るナイトドレスもアタシがデザインして贈りたかったのヨ!すンっっごくソソるヤツ、エチィヤツをね♡でもハノンに却下されちゃってぇ……ポレットを、そしてある意味王子殿下を殺すつもりかって言われたちゃったぁ~ザンネンムネンお胸ムネムネよ~!」
「そ、それは……どんなデザインのナイトドレスだったのかはわからないけど、恥ずかしいからお母様が止めてくれて良かったと心から思うわ……」
「ウフ♡今度ハノンと一緒に王子宮にアソビにイクからね♡そン時にイロイロと聞かせてネ♡」
直接的なシモトークをしたわけではないのだが、言葉の端々にエロスを醸し出すエロディとの会話をハノンは早々に切り上げさせたのであった。
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