149 / 161
ミニ番外編
三年後 ハノンの復職
しおりを挟む
長年御典医を支えた、王家専属の魔法薬剤師が定年を迎えた。
王宮の医務室に勤める薬剤師は複数人いるが、
王家専属の薬剤師は王族が服用する薬剤のみを調剤する特別な存在だ。
当然その任に就く者は誰でも良いわけではない。
魔法薬剤師としての実力の他に、明確な出自と社会的な立場やバックボーンなど多岐に亘って問題なしと判断された者だけが王族が口にする薬剤を調剤できるのだ。
それらのことを踏まえて、定年する薬剤師の後任に白羽の矢が立てられたのがフェリックス・ワイズ伯爵夫人のハノンであった。
本来であれば魔法薬剤師として現場でのブランクが長いハノンが選ばれるなど到底有り得ないだろう。
だがハノンは長年に亘り家族や親族の薬剤を調剤してきたし、かつてはハイレン西方騎士団の医務室でキャリアを重ねてきた経歴もある。
そして何より、王孫であるデイヴィッドの妃であるポレット妃の生母であることが、選出の最大の理由であろう。
加えて夫であるフェリックス卿は王太子クリフォードの無二の親友であるし、彼の生家のワイズ侯爵家は建国以来王家派の最大勢力だ。
ハノンの実兄であるファビアン卿も王家に忠誠を誓うロードリック辺境伯として、王国には無くてはならない存在であることからも、王家に害なす憂いは無しと判断されたようだ。
その王家専属の魔法薬剤師としての任に就く話は、
丁度良いと言っては不敬だがハノンにとって丁度良いタイミングだった。
末娘のノエルも十二歳になり、次年度からはアデリオール魔術学園の学生となる。
そろそろ自分のための時間を……つまりは魔法薬剤師として第一線で働きたいなぁと思っていたのだ。
まぁ全ては夫フェリックスが、外に働きに出るのを認めてくれればの話だが……。
ハノンの元には書面にて王宮からの要請書が届いているのだが、直接クリフォードから打診されたフェリックスは帰宅後、その要請書を前に腕を組んで見つめていた。
ソファーに隣合って座り、共に書類に目を落としていたハノンは、フェリックスをちらりと横目で見遣る。
四十路になり、さらに深みを増した美しい顏の眉間に深いシワが刻まれている。
内心「ぷっ」と吹き出しながらハノンはフェリックスに尋ねた。
「貴方はこの話をどう思う?私に王家専属の魔法薬剤師が務まると思う?」
ハノンの言葉にぐりんと上半身を向け、フェリックスが答える。
「もちろん。優秀なキミなら立派に務まるだろうと思っているよ。実力を取っても人柄を取っても背後関係を取っても、王家にとってこれほど信用できる人間はいないだろう」
「……でも、貴方は私の復職に反対なの?」
「反対じゃない。反対なんかしない。キミにはいつだって生きたいように生きて欲しいと願っているんだ」
ハノンはひとつひとつ、フェリックスから言葉を引き出していく。
「伯爵家の家政が回らないとか懸念しているのでもないのよね?」
「もちろんだ。キミなら当主夫人も母親も魔法薬剤師も、何足の草鞋だろうと履きこなすと解っている。だから当然、そこに憂いなどないよ」
東方の国の言い回しを用いてそう答えたフェリックスに、ハノンは笑みを浮かべる。
「信用してくれて嬉しいわ。……でも、本音でいうと?」
「キミを下心を持つ有象無象の輩の目に触れさせたくない」
キッパリとそう言い切ったフェリックス。
そんなことだろうと思った。
でもきっと彼はそれを口にしてはいけないと思っていたのだろう。
子育ても一段落して、ハノンが復職したいと考えていたのはフェリックスなら勘づいていたはずだから。
本当は家にいて自分だけのハノンでいて欲しいと思っているが、自身の我儘で縛り付けてはいけないと思っていたはずだ。
だからこそ王宮からの打診の書類を何も言わずに腕を組んで見つめていたのだろう。
「下心を持つ輩って……こんなおばさんに誰も見向きはしないわよ」
ハノンがそう言うと、フェリックスは驚愕に満ちた顔をする。
「何を言っているんだっ!?ハノン、キミの美しさと色香は年々深みを増しているというのにっ!」
「そんなことを思うのはフェリックスだけよ?」
「そんな訳はないだろうっ!俺の美の真贋は幼い頃に学んだ美術家庭教師からの折り紙付きだぞっ!」
「ふふふ、ありがとう。でも王家の専属なら貴方が言うその……有象無象?とやらの相手をすることもないし、何よりもポレットが口にする薬剤を管理することが出来るのよ?」
「素晴らしい。理想的な職場だな。いや、打診された時からわかってはいたんだ。復職するにあたりこれほど良い環境はないだろうと」
「そうよね。じゃあこのお話、お受けしても問題はないわね?」
「断る理由が見つからないな」
「ありがとう!貴方ならそう言ってくれると思っていたわ」
ハノンは隣に座るフェリックスに抱きついた。
「ハノン……キミが嬉しいと俺も嬉しいよ」
そう言って幸せそうにハノンを抱きしめるフェリックスだが、後で「ん?」と思うことになる。
ハノンに巧く誘導され、いつのまにか言質を取られていたことに、後になって気付くフェリックスであった。
そしてハノンの復職にあたり、
当然この人が黙っているはずがない。
「ハノンが復職ですって!?アタシも王宮で働くぅーーっ!!」
リズムの入学が決まり、魔術学園の医務室を辞めていたメロディ。
(依怙贔屓を防ぐため、在学生の家族は職員として採用しないという学園の規定に従った上の事)
そしてメロディは、自分の目が届かない場所をカバーするのにこれほど頼りになる守護神は居ないと判断したフェリックスを抱き込み(「ヤダ物理的にじゃないわヨ♡」)王宮魔法薬剤師のポストを難なくゲットしたのであった。
王宮の医務室に勤める薬剤師は複数人いるが、
王家専属の薬剤師は王族が服用する薬剤のみを調剤する特別な存在だ。
当然その任に就く者は誰でも良いわけではない。
魔法薬剤師としての実力の他に、明確な出自と社会的な立場やバックボーンなど多岐に亘って問題なしと判断された者だけが王族が口にする薬剤を調剤できるのだ。
それらのことを踏まえて、定年する薬剤師の後任に白羽の矢が立てられたのがフェリックス・ワイズ伯爵夫人のハノンであった。
本来であれば魔法薬剤師として現場でのブランクが長いハノンが選ばれるなど到底有り得ないだろう。
だがハノンは長年に亘り家族や親族の薬剤を調剤してきたし、かつてはハイレン西方騎士団の医務室でキャリアを重ねてきた経歴もある。
そして何より、王孫であるデイヴィッドの妃であるポレット妃の生母であることが、選出の最大の理由であろう。
加えて夫であるフェリックス卿は王太子クリフォードの無二の親友であるし、彼の生家のワイズ侯爵家は建国以来王家派の最大勢力だ。
ハノンの実兄であるファビアン卿も王家に忠誠を誓うロードリック辺境伯として、王国には無くてはならない存在であることからも、王家に害なす憂いは無しと判断されたようだ。
その王家専属の魔法薬剤師としての任に就く話は、
丁度良いと言っては不敬だがハノンにとって丁度良いタイミングだった。
末娘のノエルも十二歳になり、次年度からはアデリオール魔術学園の学生となる。
そろそろ自分のための時間を……つまりは魔法薬剤師として第一線で働きたいなぁと思っていたのだ。
まぁ全ては夫フェリックスが、外に働きに出るのを認めてくれればの話だが……。
ハノンの元には書面にて王宮からの要請書が届いているのだが、直接クリフォードから打診されたフェリックスは帰宅後、その要請書を前に腕を組んで見つめていた。
ソファーに隣合って座り、共に書類に目を落としていたハノンは、フェリックスをちらりと横目で見遣る。
四十路になり、さらに深みを増した美しい顏の眉間に深いシワが刻まれている。
内心「ぷっ」と吹き出しながらハノンはフェリックスに尋ねた。
「貴方はこの話をどう思う?私に王家専属の魔法薬剤師が務まると思う?」
ハノンの言葉にぐりんと上半身を向け、フェリックスが答える。
「もちろん。優秀なキミなら立派に務まるだろうと思っているよ。実力を取っても人柄を取っても背後関係を取っても、王家にとってこれほど信用できる人間はいないだろう」
「……でも、貴方は私の復職に反対なの?」
「反対じゃない。反対なんかしない。キミにはいつだって生きたいように生きて欲しいと願っているんだ」
ハノンはひとつひとつ、フェリックスから言葉を引き出していく。
「伯爵家の家政が回らないとか懸念しているのでもないのよね?」
「もちろんだ。キミなら当主夫人も母親も魔法薬剤師も、何足の草鞋だろうと履きこなすと解っている。だから当然、そこに憂いなどないよ」
東方の国の言い回しを用いてそう答えたフェリックスに、ハノンは笑みを浮かべる。
「信用してくれて嬉しいわ。……でも、本音でいうと?」
「キミを下心を持つ有象無象の輩の目に触れさせたくない」
キッパリとそう言い切ったフェリックス。
そんなことだろうと思った。
でもきっと彼はそれを口にしてはいけないと思っていたのだろう。
子育ても一段落して、ハノンが復職したいと考えていたのはフェリックスなら勘づいていたはずだから。
本当は家にいて自分だけのハノンでいて欲しいと思っているが、自身の我儘で縛り付けてはいけないと思っていたはずだ。
だからこそ王宮からの打診の書類を何も言わずに腕を組んで見つめていたのだろう。
「下心を持つ輩って……こんなおばさんに誰も見向きはしないわよ」
ハノンがそう言うと、フェリックスは驚愕に満ちた顔をする。
「何を言っているんだっ!?ハノン、キミの美しさと色香は年々深みを増しているというのにっ!」
「そんなことを思うのはフェリックスだけよ?」
「そんな訳はないだろうっ!俺の美の真贋は幼い頃に学んだ美術家庭教師からの折り紙付きだぞっ!」
「ふふふ、ありがとう。でも王家の専属なら貴方が言うその……有象無象?とやらの相手をすることもないし、何よりもポレットが口にする薬剤を管理することが出来るのよ?」
「素晴らしい。理想的な職場だな。いや、打診された時からわかってはいたんだ。復職するにあたりこれほど良い環境はないだろうと」
「そうよね。じゃあこのお話、お受けしても問題はないわね?」
「断る理由が見つからないな」
「ありがとう!貴方ならそう言ってくれると思っていたわ」
ハノンは隣に座るフェリックスに抱きついた。
「ハノン……キミが嬉しいと俺も嬉しいよ」
そう言って幸せそうにハノンを抱きしめるフェリックスだが、後で「ん?」と思うことになる。
ハノンに巧く誘導され、いつのまにか言質を取られていたことに、後になって気付くフェリックスであった。
そしてハノンの復職にあたり、
当然この人が黙っているはずがない。
「ハノンが復職ですって!?アタシも王宮で働くぅーーっ!!」
リズムの入学が決まり、魔術学園の医務室を辞めていたメロディ。
(依怙贔屓を防ぐため、在学生の家族は職員として採用しないという学園の規定に従った上の事)
そしてメロディは、自分の目が届かない場所をカバーするのにこれほど頼りになる守護神は居ないと判断したフェリックスを抱き込み(「ヤダ物理的にじゃないわヨ♡」)王宮魔法薬剤師のポストを難なくゲットしたのであった。
2,146
あなたにおすすめの小説
能ある妃は身分を隠す
赤羽夕夜
恋愛
セラス・フィーは異国で勉学に励む為に、学園に通っていた。――がその卒業パーティーの日のことだった。
言われもない罪でコンペーニュ王国第三王子、アレッシオから婚約破棄を大体的に告げられる。
全てにおいて「身に覚えのない」セラスは、反論をするが、大衆を前に恥を掻かせ、利益を得ようとしか思っていないアレッシオにどうするべきかと、考えているとセラスの前に現れたのは――。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました
お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。
その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。
あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です。
秋月一花
恋愛
「すまないね、レディ。僕には愛しい婚約者がいるんだ。そんなに見つめられても、君とデートすることすら出来ないんだ」
「え? 私、あなたのことを見つめていませんけれど……?」
「なにを言っているんだい、さっきから熱い視線をむけていたじゃないかっ」
「あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です」
あなたの護衛を見つめていました。だって好きなのだもの。見つめるくらいは許して欲しい。恋人になりたいなんて身分違いのことを考えないから、それだけはどうか。
「……やっぱり今日も格好いいわ、ライナルト様」
うっとりと呟く私に、ライナルト様はぎょっとしたような表情を浮かべて――それから、
「――俺のことが怖くないのか?」
と話し掛けられちゃった! これはライナルト様とお話しするチャンスなのでは?
よーし、せめてお友達になれるようにがんばろう!
うちに待望の子供が産まれた…けど
satomi
恋愛
セント・ルミヌア王国のウェーリキン侯爵家に双子で生まれたアリサとカリナ。アリサは黒髪。黒髪が『不幸の象徴』とされているセント・ルミヌア王国では疎まれることとなる。対してカリナは金髪。家でも愛されて育つ。二人が4才になったときカリナはアリサを自分の侍女とすることに決めた(一方的に)それから、両親も家での事をすべてアリサ任せにした。
デビュタントで、カリナが皇太子に見られなかったことに腹を立てて、アリサを勘当。隣国へと国外追放した。
(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・
青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。
「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」
私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・
異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。
心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁
柴田はつみ
恋愛
王国の公爵令嬢セレーネは、家を守るために王太子レオニスとの政略結婚を命じられる。
婚約の儀の日、彼が告げた冷酷な一言——「心配するな。俺の好きな人は別にいる」。
その言葉はセレーネの心を深く傷つけ、王宮での新たな生活は噂と誤解に満ちていく。
好きな人が別にいるはずの彼が、なぜか自分にだけ独占欲を見せる。
嫉妬、疑念、陰謀が渦巻くなかで明らかになる「真実」。
契約から始まった婚約は、やがて運命を変える愛の物語へと変わっていく——。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。