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契約移行の顛末
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「それで?こんな所でお皿洗いなんてしてていいわけ?」
「こんな所だなんて。ここはジュリアの神聖な職場じゃないか」
「ただのドリア屋だから」
リューイが魔法生物バンスと契約を上書きしてから、早や一週間が経とうとしていた。
あれからクリスはバンスを連れて王都へ行った。
事の次第をドウマ卿に説明し、契約者変更の手続きを魔法省で取るためだ。
法務に勤めていたクリスにとってこのくらいは朝メシ前だとはわかっていても、バンスの前の契約者であるドウマ男爵家がどう出るかわからないという不安がジュリアにあった。
が、二日後にはクリスは飄々としてバンスを連れて戻ってきた。
リューイに「これで正式にバンスはリューイの友達であり兄弟であり契約で結ばれた主従になったぞ」と言い、バンスをリューイに引き渡した。
「わんわー」
「クン!」
リューイがバンスにしがみつくとバンスは嬉しそうにリューイに頬ずりをする。
その光景を見ながらクリスはジュリアに言った。
「バンスの糧はリューイの魔力だ。だが本来は巨体な魔法生物の腹を満たしてやるにはリューイはまだ幼すぎる。リューイがある程度大きくなって自分の魔力で補えるようになるまで俺の魔力をバンスに与えるよ」
「わかったわ……でも、よくこんなにすんなりと契約の移行が済んだわね?次席秘書官がお怒りになって上手く事が運ばないと思っていたわ……」
ジュリアのその言葉に、クリスはニヤリと意味ありげに笑らう。
「まぁ……色々と、な。卿の補佐官だったから手続きはすんなりいったとも言えるかな」
今回、リューイが無意識に行ってしまった強制的な契約の上書きは本来ならばあってはならない事であった。
自分の方が魔力が強いからと他者が所有する魔法生物を勝手に奪っていくような事を容認すればとんでもない世の中になってしまう。
魔法生物自身が新しい契約者を主人と認め、契約を結び直してしまうのは仕方ない事だが、それを全て許していては秩序を乱しかねない。
なので本来ならば新旧の契約者両名が揃い、合意の上で契約移行の手続きを取るのだ。
二年前にドウマ卿の娘ルメリアが魔法省にて行ったものがそれだ。
だが今回、一歳になったばかりの幼児が無意識に契約の上書きをしてしまうというイレギュラーが起きた。
しかしこれは、バンスの契約者となっていたルメリアがバンスを置いて駆け落ちしてしまった事も原因として考えられる。
契約を交わした以上、その魔法生物の保護や扶養は義務として課せられているというのに、ルメリアは父に結婚を反対された挙句、駆け落ちをしたのだ。
バンスを放棄した時点でドウマ男爵家に異論を申し立てる資格などはなかった。
ルメリアには魔法生物保護法、または魔法生物契約不履行責任の罪が問われ、行方を探されている。
追跡魔法を掛けられたと耳にしたのですぐにでも見つかって罰せられるだろう。
罪を犯した者に魔法生物の使役は許されない。
それにバンスを捨てたルメリアを、バンスも捨てて新しい主をすでに選んでいる。
それにより契約者変更の手続きはスムーズに行われた。
そして更に、ドウマ卿の魔法省での権威は失墜している。
卿がどれほど異議申し立てをしようと、以前のような影響力はもはや無いに等しい状態だ。
クリスが退省にあたり交渉の奥の手として用意していた杜撰で劣悪な勤務体制や次席秘書官名義で公金を使用した私物の購入の領収書など、補佐官時代にまとめていた書類を裏で法務の同僚に渡していたのだ。
───上には提出しないが、下には流さないとは言っていないからな。
クリスは心の中でシレっとつぶやいた。
その同僚が法務と人事の課長にそれぞれその書類を渡したらしい。
今回久しぶりに古巣である本省に行ったが、上層部からの処分の結果を待つ身となったドウマ卿の噂で持ち切りであった。
近々、ドウマ卿は魔法省での職を辞する事になるのだろう。
こうして咎められる事もなく上手く契約の移行は認められ、リューイは正式にバンスの主となったのであった。
そしてクリスは今、せっせと皿洗いをしている。
今日も昼食の混雑を避けて客としてやって来て、好物のチキンドリアを注文して食べ終わったら厨房に回って皿洗いを始めたのだ。
クリスが勤める魔法律事務所は難しい案件を抱えていない時はこうやって時間を取れるゆとりがあるらしい。
買い出しに行ったり掃除をしたり、機嫌よく雑用を見つけてはジュリアを手伝っていた。
そして今は何がそんなに楽しいのか嬉しそうにドリア皿を丁寧に洗っている。
そんなクリスを見ながら、野菜を届けに来てくれた八百屋のおかみさんがジュリアに言う。
「もうすぐにでも一緒に暮らせばいいのに」
その言葉にクリスが皿を洗いながら口を挟む。
「それはまだですよ、おかみさん。俺はまだ贖罪の段階なんです。こうやって側に居させてくれて、リューイに父親として会わせてくれるのはジュリアの温情なんですから。彼女は本当に情け深い女性です……!」
「あんた、Mっ気があるのかい?」
「ジュリアが望むならそれも吝かではないですねぇ」
「おい」
「まぁリューちゃんのためにも、早めにくっついちゃいなさいよ~」
「おかみさん、その時が来たらちゃんとジュリアにプロポーズをしますから!見ててください」
「お、公開プロポーズかいっ?」
「絶対に嫌よ!」
間髪入れずに叩き落としたジュリアの声が店に響いた。
───────────────────────
あと二話で最終話です。
「こんな所だなんて。ここはジュリアの神聖な職場じゃないか」
「ただのドリア屋だから」
リューイが魔法生物バンスと契約を上書きしてから、早や一週間が経とうとしていた。
あれからクリスはバンスを連れて王都へ行った。
事の次第をドウマ卿に説明し、契約者変更の手続きを魔法省で取るためだ。
法務に勤めていたクリスにとってこのくらいは朝メシ前だとはわかっていても、バンスの前の契約者であるドウマ男爵家がどう出るかわからないという不安がジュリアにあった。
が、二日後にはクリスは飄々としてバンスを連れて戻ってきた。
リューイに「これで正式にバンスはリューイの友達であり兄弟であり契約で結ばれた主従になったぞ」と言い、バンスをリューイに引き渡した。
「わんわー」
「クン!」
リューイがバンスにしがみつくとバンスは嬉しそうにリューイに頬ずりをする。
その光景を見ながらクリスはジュリアに言った。
「バンスの糧はリューイの魔力だ。だが本来は巨体な魔法生物の腹を満たしてやるにはリューイはまだ幼すぎる。リューイがある程度大きくなって自分の魔力で補えるようになるまで俺の魔力をバンスに与えるよ」
「わかったわ……でも、よくこんなにすんなりと契約の移行が済んだわね?次席秘書官がお怒りになって上手く事が運ばないと思っていたわ……」
ジュリアのその言葉に、クリスはニヤリと意味ありげに笑らう。
「まぁ……色々と、な。卿の補佐官だったから手続きはすんなりいったとも言えるかな」
今回、リューイが無意識に行ってしまった強制的な契約の上書きは本来ならばあってはならない事であった。
自分の方が魔力が強いからと他者が所有する魔法生物を勝手に奪っていくような事を容認すればとんでもない世の中になってしまう。
魔法生物自身が新しい契約者を主人と認め、契約を結び直してしまうのは仕方ない事だが、それを全て許していては秩序を乱しかねない。
なので本来ならば新旧の契約者両名が揃い、合意の上で契約移行の手続きを取るのだ。
二年前にドウマ卿の娘ルメリアが魔法省にて行ったものがそれだ。
だが今回、一歳になったばかりの幼児が無意識に契約の上書きをしてしまうというイレギュラーが起きた。
しかしこれは、バンスの契約者となっていたルメリアがバンスを置いて駆け落ちしてしまった事も原因として考えられる。
契約を交わした以上、その魔法生物の保護や扶養は義務として課せられているというのに、ルメリアは父に結婚を反対された挙句、駆け落ちをしたのだ。
バンスを放棄した時点でドウマ男爵家に異論を申し立てる資格などはなかった。
ルメリアには魔法生物保護法、または魔法生物契約不履行責任の罪が問われ、行方を探されている。
追跡魔法を掛けられたと耳にしたのですぐにでも見つかって罰せられるだろう。
罪を犯した者に魔法生物の使役は許されない。
それにバンスを捨てたルメリアを、バンスも捨てて新しい主をすでに選んでいる。
それにより契約者変更の手続きはスムーズに行われた。
そして更に、ドウマ卿の魔法省での権威は失墜している。
卿がどれほど異議申し立てをしようと、以前のような影響力はもはや無いに等しい状態だ。
クリスが退省にあたり交渉の奥の手として用意していた杜撰で劣悪な勤務体制や次席秘書官名義で公金を使用した私物の購入の領収書など、補佐官時代にまとめていた書類を裏で法務の同僚に渡していたのだ。
───上には提出しないが、下には流さないとは言っていないからな。
クリスは心の中でシレっとつぶやいた。
その同僚が法務と人事の課長にそれぞれその書類を渡したらしい。
今回久しぶりに古巣である本省に行ったが、上層部からの処分の結果を待つ身となったドウマ卿の噂で持ち切りであった。
近々、ドウマ卿は魔法省での職を辞する事になるのだろう。
こうして咎められる事もなく上手く契約の移行は認められ、リューイは正式にバンスの主となったのであった。
そしてクリスは今、せっせと皿洗いをしている。
今日も昼食の混雑を避けて客としてやって来て、好物のチキンドリアを注文して食べ終わったら厨房に回って皿洗いを始めたのだ。
クリスが勤める魔法律事務所は難しい案件を抱えていない時はこうやって時間を取れるゆとりがあるらしい。
買い出しに行ったり掃除をしたり、機嫌よく雑用を見つけてはジュリアを手伝っていた。
そして今は何がそんなに楽しいのか嬉しそうにドリア皿を丁寧に洗っている。
そんなクリスを見ながら、野菜を届けに来てくれた八百屋のおかみさんがジュリアに言う。
「もうすぐにでも一緒に暮らせばいいのに」
その言葉にクリスが皿を洗いながら口を挟む。
「それはまだですよ、おかみさん。俺はまだ贖罪の段階なんです。こうやって側に居させてくれて、リューイに父親として会わせてくれるのはジュリアの温情なんですから。彼女は本当に情け深い女性です……!」
「あんた、Mっ気があるのかい?」
「ジュリアが望むならそれも吝かではないですねぇ」
「おい」
「まぁリューちゃんのためにも、早めにくっついちゃいなさいよ~」
「おかみさん、その時が来たらちゃんとジュリアにプロポーズをしますから!見ててください」
「お、公開プロポーズかいっ?」
「絶対に嫌よ!」
間髪入れずに叩き落としたジュリアの声が店に響いた。
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あと二話で最終話です。
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