その温かな手を離す日は近い

キムラましゅろう

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いつもの朝

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「ハルさんおはよう!朝ですよ、起きましょうね」

ミルルは寝室のカーテンを開けて、仄暗い室内に光を取り込む。

柔らかな朝の光で夫の起床を促すためだ。

「うーん……ミルル…あと五分……」

瞼ごしでも眩しいらしく、ミルルの夫ハルジオはうつ伏せになって枕に顔を埋める。

ミルルはベッド脇に立ち、朝が弱い夫を見下ろした。

「ダメよハルさん。朝の五分はお金を払って買い足したくなるらい貴重なものよ?その五分でちゃんとお顔も洗えるしゆっくり朝ごはんも食べられるし新聞も読めちゃう。ね、とっても有意義な五分でしょう?」

「……五分でそこまで出来るとは思えないけど、ミルさんの言う事はもっともだ……じゃあその有意義な五分のために起きるとするか……」

「ふふ」

のそりと起き上がるハルジオの芸術的な寝癖を撫で付けながらミルルは言った。

「今日も見事な寝癖ですこと♪」

ベッドから出て立ち上がったハルジオがミルルを見下ろして尋ねる。

「今朝の寝癖作品題名タイトルは?」

「そうねぇ……」

まじまじと夫の頭を観察するミルルの腰にハルジオは手を回す。
ミルルはひらめいたと言わんばかりに目を輝かせて告げた。

「“何十年も家の埃と格闘してきたハタキ”」

「すごい物持ちが良い人のハタキなんだね」

「ふふふ。そうなの。亡くなったおばぁちゃんの家にあった五十年使い続けたハタキみたい」

「歴戦の勇者だ」

「ぷ、ふふふふふ」

おかしそうに笑うミルルの頬にハルジオの唇が触れた。

「おはようミルル」

「おはようハルさん」

いつも朝。
いつもの光景。


訳アリで結婚した二人の一日がはじまる。




ミルルの夫、ハルジオ=バイス(27)は魔法省の職員だ。

魔法事件を取り扱う部署で、証拠の立証や裏付け等を担当している。

元はミルルもその部署で働いていた。

ハルジオはミルルの先輩バディで、入省した頃からミルルの新人教育を一手に引き受けてくれていた。

ミルルは鈍臭いながらも懸命に仕事を覚え、魔法省の職員として誇りを持って職務に就いていた。

あの事件で後遺症が残るほどの傷を負うまでは。


「いってらっしゃいハルさん。今夜も遅くなるの?」

登省するハルジオを玄関まで見送りながらミルルは尋ねた。

「うーん、そうだな…一つ案件を片付けたばかりだから、今日くらいは定時で上がれるかな」

「そうなのね」

「久しぶりに外でごはんでも食べようか」

「え?いいの?」

「うん。いつも美味しいごはんを作ってくれるミルルにお礼をしたいから」

「当たり前の事をしているだけでお礼なんて要らないけど、嬉しいわ」

「じゃあ決まりだね」

「定時頃に魔法省まで行けばいい?」

「え、沢山歩かなくてはいけなくなるよ?迎えに行くからいつものカフェで待ち合わせにしようよ」

「もうどんどん歩いた方がいいとお医者様が言ってたわ。だから大丈夫」

「そう?それならいいけど……」


「無理はしないでね」と言いながら、ハルジオは家を後にした。


「さて……と」


思いがけず楽しみなお出かけの予定が出来た。

ミルルは嬉しそうにハナウタを歌いながら洗濯に取りかかった。



そして夕方。

ハルジオを迎えにミルルはかつての職場である魔法省へと向かう為にお気に入りの靴を履いた。

玄関には傘立ての中に突っ込まれたまま放置されている杖がある。

もうこの二ヶ月ほど杖には頼らず生活している。

ミルルの決死のリハビリの成果だ。

まだ足の運びはぎこちないけど、これはもう仕方ないらしい。

でもしっかりと歩けるようになった。

自宅アパートから魔法省までの道のりをゆっくりと歩いて行く。

時間にして20分ほどの距離だ。

ミルルは歩道に植えられた花々や商店のディスプレイなどを眺めながら楽しく歩く。

結婚してこのエリアに住み始めて二年になる。
今ではすっかり顔馴染みも出来て、挨拶を交わす人が増えた。

二年……自分に許した期限まで後もう少し。

そろそろがこの地方都市に戻って来る筈だ。

夫婦揃ってのお出かけもこれが最後かもしれない。


そんな事を考えていた所為なのだろうか、

辿り着いた魔法省のロビーの一画でミルルはかつて夫の恋人だったの姿を見つけ、その場に凍りついてしまったのだった。












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