その温かな手を離す日は近い

キムラましゅろう

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そしてその事件は起きた 〜証拠品〜

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それはミルルが魔法省に入省して一年後、ようやく仕事にも慣れ、バディのハルジオの足を引っ張る事が少なくなってきた頃に起こった。

ミルルとハルジオは、魔術師を名乗る無資格の男が引き起こした、無差別殺傷事件の証拠品の担当を請け負っていた。

きちんとした資格を得ずに生活魔術以外の術を行う事は魔法律で禁じられている。

しかしその男は法を犯し無許可で魔術札を作った。
そしてその魔術札を無作為にばら撒き、術を発動させて近くに居た人々を傷付けたのだ。

魔術札に施術された術式は“風”。

風魔術を使って人間に斬りつけて楽しんでいたのである。

動機は世の中にむしゃくしゃして、だそうだ。

魔術師資格試験に落ち続け、自分のような優秀な人間が日の目を見ない世の中の方がおかしいと身勝手な不満を抱いたのが動機らしい。

しかし犯行に用いた魔術札の損傷は激しく証拠品としては不十分だ。
なので犯人の自宅から押収した魔術札を調べて、その中から犯人の犯行を裏付ける証拠の札を探し出さねばならないのだ。

「ハル先輩……あの犯人、一体何枚のカモフラージュ魔術札を作ったんですか……」

「言うなミルル、数字を意識してしまうと心が折れてしまうから」

逮捕された後の嫌がらせとして犯人が作っていた大量の魔術札の入った箱を、二人は遠い目をしながら眺めた。

おそらく箱の中には数百枚単位で魔術札が収められている。
その箱が……山のように積み上げられているのだ。

その中から犯人が用いた札と同じ物を見つけて、犯人の犯行である事の証拠品とするらしい。

加えて等しく殺傷能力のある術が施術されているのかの調査と立証。

いつ終わるのかしら……と途方に暮れるミルルにハルジオは言った。

「だけど朗報だよミルル、あまりの量で残業続きの俺たちを見かねて、部長が応援要員を手配してくれた。明日からは人数が増えて幾分か楽になるよ」

「ホントですか!助かったぁぁ……」

「だからさミルル……」

「何ですか?」

「今日はもう食事して帰ろう!現実逃避…じゃない、頑張ってる自分たちを労おう!」

「やったぁ!」

自棄っぱちのようなハルジオの提案にミルルは万歳した。


そしてその日は二時間ほど残業して、ハルジオお勧めのバルで食事をして帰る事になった。

その店は肉料理と店主セレクトのワインが美味しいと評判の店だそうだ。
美味しいワインと聞きミルルも呑んでみたかったが、お酒に激弱なミルルが呑む事はハルジオに禁止された。

「ミルルは一口呑んだだけで眠ってしまうでしょ。だから外では絶対に呑んではダメ。俺が居ない時なんて論外、分かった?」

「はぁい……」

新人歓迎の時にやらかした前科があるのでミルルは素直に言う事を聞くしかなかった。

だけど気分だけは味わいたくて、ミルルはワインと同じ品種の葡萄で作ったという葡萄ジュースを注文した。

が、それがいけなかったのだろう。

ハルジオがトイレに行ってる間に、ミルルがよく似たグラスに入っていたハルジオのワインをひと口呑んでしまったのだ。
……いや正確にはふた口。

「アレ?味が変わった?」と思ってもう一口呑んでしまう。
味が違うならひと口でやめておけばいいのに、それをしないところがポンコツと言われる所以かもしれない。

しかし既に時遅し……

「ミルちゃん……呑んじゃったね?」

「ふぁ~い……こぺんなしゃい゜……」

「なぜ半濁点がつくの」

そして直ぐに眠りの世界へと誘われたミルルを、ハルジオは背負って帰る羽目になったのであった……


「うふふ……ハルしぇんぴゃい……しぇんぴゃいのせなかはひろいですねぇ゜……」

「そう?普通じゃない?」

「え゜~でもわたぴ……おとーさんいないからわからないんですよね~……」

「そうか……」

「だから…しぇんぴゃいのせなかしかしりましぇ…ん……」

「ミルル?」


ミルルはそのまま、ハルジオの背中で眠ってしまった。

眠りに落ち始めてすぐ、
ところどころで浮上した意識の中でハルジオが、

「ミルル…俺はキミが可愛くて仕方ないよ……」

と言ったように聞こえたがきっと勘違いだろう、とミルルはまた眠りの世界へと誘われていった。






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