その温かな手を離す日は近い

キムラましゅろう

文字の大きさ
16 / 26

彼女の涙

しおりを挟む
魔法省の同期だったレアの結婚式にハルジオと共に夫婦で出席しているミルル。

サマープディングをハルジオと仲良く食べ、
式に出席しているミルルの同期達やハルジオと共に新婦のレアを囲んで和気あいあいとしたり、
式の余興のゲームをハルジオと楽しんだりと、

ハルジオがリッカや他の同期に言ったように、
片時も離れる事となく常に夫婦で一緒に行動していた。

まるでハルジオがミルルから離れるのを避けているかのように。

ーーまぁ夫婦で出席しているのだから当たり前よね


そろそろ結婚式も終わりを迎えようかという頃、ミルルはトイレに行きたくなってレストルームへ行くとハルジオに告げた。
ハルジオはレストルームの側まで送ってくれて、そこで待っていると言う。

「そんな、大丈夫よ?ちゃんと会場に戻れるわよ?」

待ってて貰うなんて申し訳ないのでミルルがそう言うと、

「ミルルは来た方向と逆の方へ行ってしまう事が多いからね、ここは広い庭だから迷いやすい。俺が待ってる方がいいと思うけど?」

「………すぐに戻るわね」

絶対に迷わない、とは言えない自分が情けない……と思いつつもハルジオの好意に甘える事にした。


そして“諸用”を済ませてハルジオの待つ場所まで戻ろうとしたミルルは、ある方向を見たままじっと佇むリッカの姿を見つけた。

ーーリッカ先輩?

リッカは何をする訳でもなくただ一心に、ある人を離れた場所から見ていたのだ。

ハルジオを。

胸に手を当て、辛そうに。
幾つもの言葉を紡ごうとして、だけどそれを何度も飲み込んでいるように見えた。

そしてリッカは何かを振り切るようにゆっくりと踵を返した。

その瞬間、ミルルと目が合う。

「っ……リッカ先輩……!」

リッカは目に涙を浮かべていた。
とても綺麗な、純度の高いクリスタルのような涙を。

涙を見られて居た堪れないのか、リッカは無理に微笑みを浮かべて誤魔化すようにミルルに言った。

「ミルルちゃん……ごめんなさい、ちょっと目にゴミが入っちゃって……!レストルームへ行ってくるわね……」

「あ……リッカ先輩……」

そしてミルルが引き止める間もなく、足早にレストルームへと入って行った。

ーーリッカ先輩が………


泣いていた。

一人離れた所から、かつての恋人ハルジオを見つめて。

ミルルは激しく後悔した。

どうして式に参列して、ハルジオと夫婦でいる姿をリッカに見せてしまったのだろうと。

愛する人が違う女性と夫婦として共にいる姿なんて、ミルルだったら悲しくて見ていられない。

だから離婚後も魔法省への復職はしないというのに。

自分が辛いと思った事を、ミルルはリッカにしてしまったのだ。

思えばハルジオにだって、とても残酷な事だったはずだ。

ーーだからハルさん、リッカ先輩のテーブルから離れたんだわ……

これ以上、リッカにその姿を見せたくなくて。

夫婦として最後のお出かけ……なんて浮かれている場合じゃなかった。

もっと早く、リッカが戻ってくる前に離婚しておくべきだったのだ。

ーーわたしはいつもそう。
のろまでマイペース過ぎて、人に迷惑をかける。

リッカを傷つけたという現実が、ミルルをその場へと縫い止める。

俯くと自分の靴のつま先が見えた。
エナメルのローヒールパンプス。
歩き易いようにミルルの足に合わせて作った靴だ。
一年目の結婚記念日にハルジオから贈られた。

この靴だけではない。
ハルジオには形に表せない沢山のものを貰った。

今度はミルルの番である。
ミルルに出来る最高の贈り物として、ハルジオに人生を返そう。

その時、ハルジオの声が聞こえた。

「……ミルル?」

レストルームから戻らないミルルを気遣って迎えに来てくれたようだ。

「ハルさん……」

「どうかした?顔色が悪いけど……」

「う、うん……なんだか疲れちゃった」

「……今日はもうこれで失礼しよう。歩ける?」

「足はもう何ともないわ。そう、もう何ともないの。大丈夫、大丈夫だから……」

ミルルはそれ以上何も言えなくなって俯いてしまう。

そのミルルの様子をよほど体調が悪いとハルジオは思ったのだろう。

式場の係の者に途中で帰る事を新郎新婦に伝えて欲しいと伝言を頼み、ミルルを連れて式場を後にした。

ーー明日から色々と準備をしなくちゃ……

帰りの乗り合い馬車の中、ミルルはそう思った。



◇◇◇◇◇


「よお、ハルジ。昨日の結婚式はどうだった?」

ハルジオのデスクに、同期で親友のレガルド=リーがやって来た。
ハルジオは目を落としていた書類から顔を上げてレガルドを見る。

「まぁ……良い式だったよ」

「なんだよ浮かない顔だな。ミルルちゃんと参列したんだろ?」

「あぁ」

「あれれ?ご機嫌斜めそうだな、まぁいいや。
ホラこれ、いつもの定期便だ。
コードネーム“カワイコチャン”の閲覧記録」

そう言ってレガルドは数枚の紙が束ねられた書類をハルジオのデスクに置いた。

「サンキュー」

ハルジオはそれにさっそく目を通す。

肩を竦めながらレガルドが言った。

「定期的に図書館の閲覧記録を裏で調べてどうするんだよ?それにこれって私用だろ?職権濫用も甚だしいぞ」

「妻が絡むと職権濫用以上の事をするお前にだけは言われたくないな」

「それを言われると何も言い返せなくなっちゃうじゃねーか」

「……」

ハルジオはぺらりとページを捲り、書かれている内容を隈なくチェックしている。

「それにしてもさぁ?“カワイコチャン”はなんで、図書館で〈フンドシ〉の本を借りて読んだんだろ?履いてみたいとか思ったのかな?」

その言葉を受け、ハルジオは書類から顔を上げて射殺すような視線をレガルドに向けた。

「今、頭に思い浮かべた光景をすぐに記憶から抹消しろ。でないと殺すぞ?」

「ゲっ、怖っ!お前、ホントは特務課の方が適正あるよな」

「特務課は不規則であまり家に帰れないから絶対に嫌だ」

「へーへー、お家で可愛い子ちゃんが待ってるもんな」

ハルジオは「ふ」と鼻で笑い、再びレガルドから渡された書類に目を落とした。
















しおりを挟む
感想 325

あなたにおすすめの小説

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

伯爵令嬢の婚約解消理由

七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。 婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。 そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。 しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。 一体何があったのかというと、それは…… これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。 *本編は8話+番外編を載せる予定です。 *小説家になろうに同時掲載しております。 *なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

処理中です...