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それぞれの悲しみ、それぞれの罪

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「……どうして逃げたとわかった?」

「大きな魔力の波動を感じたから」

「どうして転移先がわかった?」

「ブノワ男爵の前に買い付けた魔力があっただろ?
アレを売ったのは魔法省の身内だよ。事前にその人の魔力をサンプルとして摂取しておいて、
お前達に残りの魔力を売った。魔力は指紋と同じく
この世に同じものは一つとして無い。その魔力を
辿れば追跡は簡単だ」

「どうしてすぐに捕縛出来た?」

「お前たちはもう国内には居られない。
いずれ国境を越えるのはわかってた。
早い段階から全ての国境に網を張っていたんだ」

「どうして俺の家族を捕らえたと
 すぐにわかった?」

「お前の後ろの窓、お前は背にしてるから
見えないが外から信号魔術が見えた」

「っくそっ……!」

アレンが今まで見せた事がない表情で
その言葉を唾棄した。


「アレン、諦めろ。もう逃げ場はないぞ」

「……潜入捜査のメンバーに
俺を入れたのはわざとか?いつから疑っていた?」

「マリオン=コナーと接触があったのに魅了に
掛からなかったお前をずっと不思議に思ってたんだ。魅了解除後に学校内で魔術売買が秘密裏に行われていた事が発覚して、もしやと思って調べ始めたら黒だったという話さ」

魔術を売った本人なら、
マリオン=コナーが瞳術を用いて
術を掛ける事を知っている。
わかっていれば、施術の回避は可能だ。


腹の底から搾り出すような声で
アレンが俺たちに向かって言った。

「………お前らの魅了が
ずっと解けなければ良かったんだ……」

「……なんだと」

「そうすれば俺たちが捕まる事はなかった。
マリオン=コナーが下手を打ちやがった所為で
俺たちはっ……母さんはっ……!」

今まで黙って話を聞いていた閣下が
アレンをきつく見据えて仰った。

「それは、俺たちに最も言ってはならん
言葉だぞ……?アレン」

閣下から殺気を感じる。
でも今はそれどころではない。

俺が今、最も警戒するべきは……


その時、廊下の方から大きな足音が聞こえて来た。

……ドダダダダダダダダダッ

そしてもの凄い勢いでドアが開けられる。

バターーンッ!!

「ワルターっ!!
気をつけて!!はわたしの偽物よっ!!」

ドアを開けて現れたが俺に向かって叫んだ。

「「!!??」」

「ミス・クレマンが二人!?」

部屋に居るはずのリスがドアを開けて現れた事に
アレン達が驚愕している。

「わかってるよ!!」

俺はすぐさま隣に居た
腕を掴んだ。

その手にはナイフが握られており、
完全にドアのリスの方に気を取られていた
アレンの脇腹に突き刺さる寸前だった。


「うわっ!?」

それに気付いたアレンが思わず後ろに倒れこむ。

俺はもう一人のリスの腕を捻りあげた。
本物ではないとわかっていても嫌な気分だ。

「くっ……離せっワルターっ……」

「その姿で、その声で醜態を晒すな。
 すぐに変身を解け」

俺は更に腕をキツく捻り上げた。

っ……!」

それを見て、他の者は戸惑っている。

「変身!?これはっ、どういう事だっ!?」


廊下からは続々と騎士団員たちが
押し寄せていた。



◇◇◇◇◇


「もーホントに
何がなんだかわけがわからなかったわ」

「リス…大丈夫?かわいそうに怖かっただろう?
やっぱりトイレについて行けばよかった……」

「え、それはイヤ」

わたしは今、椅子に座って気持ちを
落ち着かせていた。
ワルターがわたしの前に跪き、心配そうにわたしの手を握っている。

リックさんは既に魔法省に送られた。

わたしはどうやらトイレから出て来たところを
襲われて、催眠魔術を掛けられて眠らされていたらしい。

廊下に倒れて熟睡してるわたしを
駆けつけた騎士が見つけて起こしてくれたのだ。

その騎士は、窓の外からワルターに向けて
魔術信号を送った人だそうで、
その時にワルターから短く『二階の廊下』と
読唇術で告げられたそうだ。
同じく読唇術が出来るその人がアレン家の二階に
来てみると、わたしが倒れていたので驚いたらしい。

窓の外から確かにワルターの隣に
座っていたわたしを見たのに、
そのわたしが倒れてるんだからそりゃ驚くわよね。

わたしはそれを聞いてピンと来た。
わたしを眠らせたがわたしに成りすましているのだと。

それで慌ててワルター達のいる部屋に
飛び込んだというわけ。

そこで浮かんだ疑問をワルターに聞いてみた。

「ねぇワルターは最初から部屋に居たのが
偽物のわたしだってわかってたみたいだけど、
どうしてわかったの?瞳の色も偶然一緒だった
じゃない?」

「一緒じゃないよ」

「へ?」

「リスの瞳の色とは全く違うよ。
キミの瞳は澄んだ青の中にほんの僅かに翡翠が
混じった青だ。偽物の方は単なる青い瞳だった。
全然違う。リスの瞳と同じものなんてこの世に
二つとないよ」

「…………そう」

わたし達のその会話を聞いて、
スミスさんが堪らず吹き出した。

「ぶっ……!
そんな微妙な瞳の色だけで
本物か偽物か見分けられるなんて、
もはや天晴れとしか言いようがないな。
ストーカーというより、もはやシリス=クレマン
マイスターだね」

やめて、そんな称号勝手に作らないで。

「でも……わたしに成りすましてアレンさんを
刺そうとしたあの人は一体誰なんですか?」

わたしが問いかけると、
ワルターとスミスさんから笑みが消えた。

そして二人はわたしの変身が解けた人物に
視線を向ける。

その先には力無く項垂れて椅子に座る
一人の青年の姿があった。
その青年の前にモーガン公爵が立っている。

ワルターがわたしの問いかけに答えてくれた。

「あいつは……アーロン=ベイリー。
シュザンヌ法務局長の兄で、俺たちの元学友さ」

「え……」

確か魅了解除後に心を病んで
領地で療養されていると聞いたけど……

その彼が何故ここに?
そしてかつての学友だったリックさんを何故
刺そうとしたの?


モーガン公爵が静かな声でアーロンさんに
話しかけた。

「……領地から姿を消したと聞いて、
 心配していたんだぞ」

「………あぁ」

「何故こんな事をした?
 アレンを殺すつもりだったのか?」

「………あぁ」

「マリオン=コナーに魅了魔術を売った
本人だからか?」

「あぁ」

「……あれは売った方も悪いが買った方も悪い。
買った魔術を悪用したのは彼女自身だ。その術中にまんまと嵌まった我々が間抜けだっただけで、あの渦中にいた者全てがそれぞれの罪を抱えているんだ。
一方的な復讐は間違っている、それがわからない
お前ではないだろう」

「それでも……彼女だけが極刑に処された……
彼女に魔術を渡した奴はのうのうと
生きているというのに……許せなかった。同じ地獄に落としてやらねば気が済まなかったんだ……」

モーガン公爵は目を閉じ、告げられた。

「アレンたち兄弟は魔力、魔術売買の罪を犯しただけでなく、数々の紛い物の禁術を生み出し、それを施術するという禁忌も犯した。残念だがマリオン=コナーと同じく極刑は免れない。そこから過去に遡り奴から魔術を買った奴らも検挙される。お前がこんな事をする必要はなかったんだ」

「捕まえられる保証なんてなかったじゃないか」

「捕まえたさ、必ずな。
これ以上誰の人生も狂わせないためにも」

「殿下……」

「もう殿下じゃない」

「……そうでしたね……」

そう言って、
アーロンさんはまた深く深く項垂れた。

もう誰も視界に入れたくないと、
誰とも向き合いたくないと意思表示を
しているように感じた。

その後、アーロンさんはベイリー公爵家の人が
迎えに来て、支えられるようにして帰って行った。

その間もずっと黙ったままで
誰とも口を利こうとはしなかった。

その姿を、モーガン公爵とワルターと
スミスさんはただ静かに見守っていた。

彼らの胸の内がどういったものなのかは、
過去にその時間を共有しなかったわたしには
わからないけど、いつかまた彼らが
共に肩を抱き合い笑える日が来ればいいと、
心から思った。


後日、ワルターからアレン二兄弟が
捕縛された時の事を聞いた。

隣国の国境付近に転移魔法で移動して来た彼らを
警戒中の騎士団が身柄を確保。
その時、彼らが押していた荷車には氷結時間魔法で眠らされた母親が乗っていたという。

アレン家の長男と次男はそのまま魔法省へと連行。
母親は王都の病院へと搬送された。

氷結時間魔法の供給が無くなるので、
母親はいずれ目が覚めるだろうとの事だ。

でも目が覚めるという事は、
遅らされていた彼女の時間も動き出すという事。

そうなれば後は最期の時を迎えるだけなのだという。
しかし医療魔術師の話では、もともと病で
衰弱していた体に年単位で氷結時間魔法を
掛けられていた。
その事により、もしかしたらこのまま目を
覚まさずに息を引き取る事もあり得るのだそうだ。

リックさん達のお母さまがどういった
人物だったのかは、わたしは知らない。
だから決めつける事は出来ないのだけど、
もしかしたらお母さまはこのまま目覚めない方が
幸せなのではないだろうか。

もし目覚めて、自分の命の為に最愛の息子達が
犯罪に手を染めたと知った時、彼女はその事実に
耐えられるだろうか。

よしんば嘘を吐いて息子達の罪を伏せたとして
会いに来ない息子達を心配し、胸を痛められるに
違いないと思う。

それなら何も知らないまま、眠ったまま、このまま……
と思ってしまうわたしは間違っているのだろうか。

一方、リックさんに魔法省側の情報を渡していた
犯人は、法務局長主席秘書官のミス・ドルク
だった。

リックさんは内通者の名を決して吐かなかった
のだが、ミス・ドルク本人が自首したのだ。

二人の出会いは本当に偶然だったらしい。
でもその後、ミス・ドルクが魔法省の法務局に
勤めている事を知ったリックさんが彼女を懐柔し、情報を流させていたらしい。

でも決して彼女の名を出さなかったリックさん、
そして彼が捕まった事で彼と共に罪を償うとした
ミス・ドルク。

二人の間には、言葉にならない何かが確かに
存在していたのではないかと、わたしは思った。


マリオン=コナーによる魅了事件から始まったと
見られた今回の騒動。

実はもっと以前から、
愛する母親の為に間違った選択をしてしまった 
兄弟が犯した罪の延長線上だった事がわかった。

一応事件そのものは解決とされたが、

誰もがそれぞれの悲しみとそれぞれの罪を
負ったまま、なんとも後味の悪い幕切となった。




































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