【完結】私は本気の恋だった

キムラましゅろう

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6 打ち明けてもなお

『あっ……!』
 掃除中、唯一残った祖母の花嫁姿の写真を入れたフォトフレームを落として割ってしまった。

 これだけは家宅捜査で没収されずに済んだ、祖母の思い出の品だったのに。
 祖父のものは……写真は愚か愛用の万年筆から何から何まで全て差し押さえられてしまったから。
 それは嫌疑不十分となっても、未だに返却されずにいる。

 せめて若かりし祖母が祖父にプレゼントしたというラペルピンだけは返してほしい。

 そんなことを考えながら、割れてしまったフォトフレームの硝子の破片を拾う。

(新しいフォトフレームを買わなくちゃ……)

 私は壊れたフォトフレームから祖母の写真を取り出した。
 祖父が撮影したという古い写真の中の祖母は本当に幸せそうで、そして輝くような美しさだった。
 写真の裏をチラリと一瞥し、新しいフォトフレームを買うまではと写真を引き出しにしまった。

 祖父のことをクライブに打ち明けるべきか否か。
 私はとても迷ったわ。
 それを打ち明けて、国から嫌疑をかけられる人間が身内にいると知ったクライブに拒絶されるのが怖かった。
 彼は街の私設自警団の騎士だけど、正騎士ライセンスを持つ、国に剣を捧げる王国騎士なのだから。

 だけど……このままクライブとお付き合いを重ねていれば、いずれ結婚という話が出るかもしれない。
(……出るわよね?だってお見合いってそういうものでしょう?)
 そうなれば隠しておいてはいけない事実なのだから。

 私も祖母も、祖父の無実を信じている。
 いくら国から容疑をかけられようとも、祖父の為人を知る私たちにとっては疑いの余地などなかった。
(だけど彼の反応がこんなにも怖いだなんて……人を好きになると、自分の心がままならなくなるのね)

 そうして迷いを抱えながらも、クライブが食事に訪れる日が来た。
 その日クライブが手渡してくれた花束ブーケは真っ白なラナンキュラスで、奇しくも花嫁姿の祖母が手にしているものと同じだったの。
 受け取ってたラナンキュラスを花瓶に活け、祖母の写真のそばに置く。
 祖母は新しいフォトフレームに中で柔らかな笑みを浮かべていた。

『キミは祖母殿のお若い頃にそっくりなんだね』

 クライブが祖母の写真を見つめながら、後ろから話しかけてきた。

『……そうかしら?祖母はとても美しい人だったけれど、私は平凡な容姿だわ』

『そんなことはない。比べるのはおかしいけど、俺はキミのほうが美しいと思っている』

 そんな言葉を口にされ、私の頬に赤みが差すのは仕方ないと思う。
 小さな声で『ありがとう』と告げると、彼が徐に尋ねてきたの。

『そういえば……写真は祖母殿の分だけ?結婚式の写真なら、祖父殿の写真もあって然るべきだと思うんだけど』

 その瞬間、私の心臓が早鐘を打った。
 話すなら今しかないと思ったわ。
 どのような結果になったとしても、彼には話さなければならないから。

 私は向き直り、真っ直ぐに彼を見た。
 疚しさなど微塵もないことを、わかって欲しかったから。

 そして私は祖父のことをゆっくりと掻い摘んで、だけど大切なところは端折らずに話したわ。

 彼が幾つか質問をしてきた。

『祖父殿は自宅に仕事を持ち込んでいた?』

『わからないわ。でもいつも遅くまで書斎の灯りがついていたから、多分何かしらの仕事をしていたんじゃないかしら』

『祖父殿は日記をつけていた?手帳は?』

『日記をつけるよう人ではないと祖母が言っていたの。手帳や手記類は、走り書きをしたメモの切れ端に至るまで全て押収されたの……』

『ではこの家にはもう、祖父殿の遺品は一つもないんだね?』

『ええ。写真すら残っていないの』

『じゃあ最後にひとつだけ……。生前の祖父殿から、何か魔術を教わったりした?』

『いいえ。私は魔力を持たないから……そこも祖母によく似たのね』

『なるほど』

『それだけ?』

『え?』

 私の言葉が意外だったのか、彼は目を瞬かせて私を見た。

『……大罪の嫌疑をかけられた者が身内にいるのを今まで黙っていたのよ……。本当は呆れてしまったんじゃない?もしくは嫌厭したとか……』

心細くて段々と語尾が消え入るように小さくなる。
(彼の選択に従おう。お付き合いを続けるも、今日これまでとするも、どちらとなっても私は受け入れるだけ……)

気付かぬうちに俯いていた私は、自分のルームシューズのつま先をぼんやりと眺めながらそう思ったわ。
だけどふいに、私の手が温かなものに包まれるのを感じた。
クライブが私の手を握っていると知り、私はハッとして彼を見た。
そうしたらクライブの、夜空と青空の双眸と視線が重なった。

『祖父殿にどのような嫌疑をかけられていようとも、キミはキミだ。この国に連座制度はないんだから、何も気に病むことはない』

とても優しい眼差しで。
とても優しい声色で、クライブはそう言ってくれた。

『あなたは、困らない……?こんな訳ありの人間がそばにいて、迷惑をかけない……?』

不安に瞳を揺らす私に、彼は優しげに目を細めた。

『何も困らない。困るわけがない。それより、キミの美味しいキャロットケーキを食べられなくなるほうが困るよ』

わざとおどけて言う彼の優しさに胸がいっぱいになる。
堪えていたものが、涙となって溢れ出た。

『泣かないで。大丈夫だから』

彼は私の涙を指の背で優しく掬いながらそう言う。

『大丈夫。大丈夫だよ』

何度も繰り返す彼の言葉が、かじかんでいた私の心を解いてゆく。

『クライブ……』

気づけは彼の名を口にしていた。

そして気づけば、私たちは口付けを交わしていた。

その日、明らかに私たちの中で何かが変わった気がしたの。

幸せだった。

人を愛すると心が満たされることを知り、多幸感に包まれた。

祖父の嫌疑も祖母の悲しみも忘れて、私は有頂天になっていたの。


だから、その幸せが急転することも忘れてしまっていた。
あれほど思い知ったはずなのに。
幸せな日々は、ある日突然姿を変えることを。


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