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9 突き動かされる想い
「……もう体調は大丈夫?」
我が家を訪れたクライブ。
彼が潜入捜査のために私に近付いたのを知り、その後体調を崩して以来、久しぶりの対面となった。
「ええ。心配をかけてごめんなさい」
温かな湯気が立つお茶を出す。
キャロットケーキは用意していなかったから、彼が持ってきてくれた菓子店の焼き菓子をお皿に盛った。
「もう大丈夫よ」
テーブルの向かいの椅子に座りながらそう答えると、クライブは「良かった……」とつぶやいた。
本心から安堵しているのが伝わって、私は複雑な気持ちになる。
何も知らずにいたのなら、きっと彼に愛されているのだと有頂天になっただろう。
だけど真実を知る私はそうはならない。
(嫌いになれたらどれだけ気持ちが楽だろう)
人を騙して懐に入り込むような人間なんて到底信用できるものじゃない。
百年の恋も一瞬で冷めるような、酷い仕打ちだ。
けれど、どうしても、一度芽生えたこの想いは消えてはくれない。
直接的に酷いことをされたわけではないのが、その理由だと言えるでしょうね。
嘘で塗り固められた砂上で続く関係とはいえ、あなたが私に見せてくれた優しさは本物だと信じたいから。
(きっと私のこの感情こそが、まんまと国の思惑にのってしまっているのでしょう……)
心の中で自嘲する私に、彼が徐に切り出した。
「……出征することになった」
その言葉を耳にし、私の肩が揺れる。
そうかもしれないと思っていた事態に、私の心臓が早鐘を打つ。
「王国に剣を捧げる騎士ですものね……いつ発つの?」
「三日後……」
「そ、そうっ……随分と急なのね……」
「こちらの都合を無視した辞令だからね」
「大変ね……」
「「……」」
沈黙が私たちを包む。
互いに本当に言いたいことを言えずにいる、そんな気配が部屋の中に漂った。
これが彼に会う最後になるのだと、私はその姿を目に焼き付けた。
艶やかな黒髪。
知性を感じる額にスッキリとした鼻梁。ほどよい厚みの唇に、剣だこで節くれだつのに長くしなやかそうな指先。
低く穏やかな声と、そして……夜空と青空の双眸。
全てが、全てが大好きだった。
ううん、今も好き。
彼にとって私はただの捜査対象であったとしても……それでも、私にとっては……
本気の恋だったから。
愚かな娘だと笑ってくれてもいい。
だけど彼と過ごした時間をよすがに、これからの人生を生きたっていいじゃない。
誰に迷惑がかかるわけではないのだから。
そう開き直ったとき、私は自然に笑みを浮かべていた。
クライブが小さく息をのむ声がする。
そして一瞬、ほんの一瞬だけ彼は苦しそうな顔をして、私の手を握った。
「……ミルチア。もし、俺が生きて戻ることができたなら……」
「そうね。……生きて。クライブ、必ず生き延びると約束して」
私がそう彼に懇願すると、クライブは椅子から立ち上がり私を抱きしめた。
約束の果てに、彼が生きながらえる未来があり、そして幸せになってほしいと心から願えるから。
そんな気持ちになれるほど、人を深く愛することを知った。
それだけでも、この恋に意味はあった。
私は心からそう思えた。
私はクライブの背に手をまわし、彼を抱きしめ返す。
この温もりを忘れないように。
私という存在が少しでも彼の記憶に残るように。
そしてどちらからともなく唇が重なった。
これで最後だと思うと、衝動を抑えることができなかった。
一生に一度の思い出。
そんな気持ちに突き動かされ、自分でも信じられないくらいに大胆になっていたと思う。
ただ、彼との思い出がほしかった。
この先、こんなにも誰かを深く想うことはないだろう。そう素直に思えたから。
その夜、私は彼と一夜を共にした。
。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥
( * '๑ ' * )ばぶ…
我が家を訪れたクライブ。
彼が潜入捜査のために私に近付いたのを知り、その後体調を崩して以来、久しぶりの対面となった。
「ええ。心配をかけてごめんなさい」
温かな湯気が立つお茶を出す。
キャロットケーキは用意していなかったから、彼が持ってきてくれた菓子店の焼き菓子をお皿に盛った。
「もう大丈夫よ」
テーブルの向かいの椅子に座りながらそう答えると、クライブは「良かった……」とつぶやいた。
本心から安堵しているのが伝わって、私は複雑な気持ちになる。
何も知らずにいたのなら、きっと彼に愛されているのだと有頂天になっただろう。
だけど真実を知る私はそうはならない。
(嫌いになれたらどれだけ気持ちが楽だろう)
人を騙して懐に入り込むような人間なんて到底信用できるものじゃない。
百年の恋も一瞬で冷めるような、酷い仕打ちだ。
けれど、どうしても、一度芽生えたこの想いは消えてはくれない。
直接的に酷いことをされたわけではないのが、その理由だと言えるでしょうね。
嘘で塗り固められた砂上で続く関係とはいえ、あなたが私に見せてくれた優しさは本物だと信じたいから。
(きっと私のこの感情こそが、まんまと国の思惑にのってしまっているのでしょう……)
心の中で自嘲する私に、彼が徐に切り出した。
「……出征することになった」
その言葉を耳にし、私の肩が揺れる。
そうかもしれないと思っていた事態に、私の心臓が早鐘を打つ。
「王国に剣を捧げる騎士ですものね……いつ発つの?」
「三日後……」
「そ、そうっ……随分と急なのね……」
「こちらの都合を無視した辞令だからね」
「大変ね……」
「「……」」
沈黙が私たちを包む。
互いに本当に言いたいことを言えずにいる、そんな気配が部屋の中に漂った。
これが彼に会う最後になるのだと、私はその姿を目に焼き付けた。
艶やかな黒髪。
知性を感じる額にスッキリとした鼻梁。ほどよい厚みの唇に、剣だこで節くれだつのに長くしなやかそうな指先。
低く穏やかな声と、そして……夜空と青空の双眸。
全てが、全てが大好きだった。
ううん、今も好き。
彼にとって私はただの捜査対象であったとしても……それでも、私にとっては……
本気の恋だったから。
愚かな娘だと笑ってくれてもいい。
だけど彼と過ごした時間をよすがに、これからの人生を生きたっていいじゃない。
誰に迷惑がかかるわけではないのだから。
そう開き直ったとき、私は自然に笑みを浮かべていた。
クライブが小さく息をのむ声がする。
そして一瞬、ほんの一瞬だけ彼は苦しそうな顔をして、私の手を握った。
「……ミルチア。もし、俺が生きて戻ることができたなら……」
「そうね。……生きて。クライブ、必ず生き延びると約束して」
私がそう彼に懇願すると、クライブは椅子から立ち上がり私を抱きしめた。
約束の果てに、彼が生きながらえる未来があり、そして幸せになってほしいと心から願えるから。
そんな気持ちになれるほど、人を深く愛することを知った。
それだけでも、この恋に意味はあった。
私は心からそう思えた。
私はクライブの背に手をまわし、彼を抱きしめ返す。
この温もりを忘れないように。
私という存在が少しでも彼の記憶に残るように。
そしてどちらからともなく唇が重なった。
これで最後だと思うと、衝動を抑えることができなかった。
一生に一度の思い出。
そんな気持ちに突き動かされ、自分でも信じられないくらいに大胆になっていたと思う。
ただ、彼との思い出がほしかった。
この先、こんなにも誰かを深く想うことはないだろう。そう素直に思えたから。
その夜、私は彼と一夜を共にした。
。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥
( * '๑ ' * )ばぶ…
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