12 / 23
11 辿り着いた地で
しおりを挟む
移住先に目的地があったわけではなかったの。
ただ、海辺の街に住みたい。
そんなぼんやりとしたプランで私は移動を続けた。
旅費に多くは費やせない。
新しい生活の基盤を整えるのに物入りになるだろう。
だから私は最初に辿り着いた海辺のこの街、セントクレアを移住先に決めたの。
ここは地方の鄙びた港町にしては大きく、貿易と観光が盛んなおかげで人の出入りも多い。
他所からきたワケ有りの女がひっそりと生きていくのに都合がいいと思ったのよ。
それに、この街に着いてすぐに体調を崩してしまい、新たな土地を探し求める気力が失せたのもあった。
倦怠感と鈍い下腹部痛。わずかに出血してその後すぐに止まったから、ストレスにより月のものに影響が出たのだと思っていたわ。
だけど貧血と悪心が日に日に強まり、ある日私は職探しの途中でとうとう倒れてしまった。
そして意識を取り戻したときは、見知らぬ場所で寝かされていたの。
目覚めたことに気づいた壮年の女性が、のそりと身を起こした私に声をかけてくれた。
『あんた、そんな急に起きたらダメだよ。ウチの店の前で貧血で倒れたのを覚えてないのかい?』
『店の前で……それはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした……。それで、あのここは……?』
自分が今どこに居るのかが気になり尋ねてみると、女性は水差しからグラスに水を注いで渡してくれた。
私はグラスを受けとり、お礼を口にする。
『ありがとうございます……』
『ここはツバメ亭っていうしがない食堂の二階さ。店の前で倒れてるあんたを見つけたのは常連客の医者でね。あんた、運がよかったよ』
『通りがかったのも何かの縁だと、その医者が診察してくれたんだよ。ラッキーだったじゃないか』と言って、女性は屈託なく笑った。
そして女性はベッドサイドに置いてある椅子に腰掛けて、私をじっと見据えた。
『あんた、身ごもってるんだってね』
『えっ……?』
『え、ってあんた、気づいてなかったのかい?』
『は、はい……色々あって……そのせいで体調を崩しているのだと……』
自分の体に起きていた変化は、思いも寄らないものだった。
(ここに赤ちゃんが……?私と、クライブの……?)
だとすればあの夜だ。
あのたった一夜で授かったんだ。
私は驚きながら下腹部にそっと手を当て、触れた。
じわじわと温もりも感じるのは手の平の温かさかそれとも……。
産まないなんて選択肢はなかった。
たとえ偽りに塗れた相手との間に授かった子どもだとしても、この子が私の身に宿ったのは真実だから。
ひとりでもちゃんと産んで育てる。
天涯孤独だと思っていた自分が再び得た家族を守りたかった。その命を諦めたくはなかった。
となれば早く住むところを見つけて、職を探さなくては……。
私は女性に礼を告げ、行動に移そうとした。
だけど目眩が酷くてとても立ち上がれそうにない。
そんな私を女性は慌ててベッドに押し留めた。
『そんな急に動いちゃいけないよ。貧血で倒れたって言ったろ』
『でもこれ以上ご迷惑をおかけするわけには……』
『ウチの二階で寝てるだけなのに何が迷惑をかけてるって言うのさ。それに、妊娠中は何が起こるかわからないんだよ。お腹の子のためにも無理をしちゃいけない』
優しく諭してくれる女性の優しさが胸に沁みて、その優しさに縋りたくなってしまう。
今だけ、少しだけ……。
私は女性に謝意を伝える。
『……すみません、ごめんなさい……ありがとうございます』
再びベッドに横たわった私に、女性は色々と話してくれた。
女性は食堂ツバメ亭の店主夫人で、旦那さんは風変わりだけど腕前と人の良い料理人であること。
娘が一人いたけれど流行り病で若くして亡くなったこと、その娘さんの面影に私がどことなく似ていてどうしても放っとけなかったこと、ツバメ亭の歴史や納屋に住み着いた猫のこと等、そんな話を色々としてくれた。
だから私も、つい自分の身の上話をしてしまったの。
両親を早くに亡くしたこと、祖父母のこと、子どもの父親とはワケあって別れ、定住先を求めて旅をしていること。それら全てを女性に話した。
私の話を黙って聞いていた女性が徐に言う。
『それならあんた、ここで働きなよ』
『えっ……だけど……』
『食堂の給仕なんてイヤかい?』
そんなわけはないと私は首を横に振る。
『それならいいじゃないか。ちょうど誰か雇おうと思ってたんだ。妊婦に無理はさせないつもりだし、賄いも出すよ。それに、アパートの部屋も世話してあげる』
気っ風のいい笑顔を見せ、そう言った女性。
その破格の待遇に私は目を見張る。
『ど、どうして……今日会ったばかりの……見ず知らずの私にそんなに良くしてくださるんですか……?』
『言っただろ、あんたが亡くなった娘に似てるって。だから放っとけない、それが理由じゃ不服かい?』
私はまた首を横に振る。
だけど、そう言ってもらえたけれど、それに甘えて良いものか判断がつかない。
そうしたら私のその感情を見透かしてか、女性はパンッと手を叩いてその場を締めてしまった。
『遠慮して断るのは却下だ。あんたをこのまま帰したら、その後どうなったのか気になってアタシの胃に穴が空くかもしれないんだよ?アタシがそんな目に遭うのが気の毒だと思うんなら、素直に甘えておくれ。そして、私に生まれた赤ん坊の世話をさせておくれよ』
『奥様……』
『イヤだね奥様なんてガラじゃないよ!近所には“女将”って呼ばれてるんだ。ツバメ亭の女帝ともね』
“女帝”のところで胸に手を当てて得意げになる女性……女将さんを見て、私は自然と笑みになる。
優しさが嬉しくて眩しくて。
全て失ったと思っていた私が、子どもとそして新たな人の縁を手にすることができた喜びに、自然と涙が溢れていた。
『ありがとうございます……。お世話になりますっ……』
私が居住まいを正し頭を下げると、女将さんは満面の笑みを浮かべて頷いてくれた。
そうして私は、辿り着いたこの地で新たな人生を踏み出した。
国境の紛争は激化の一途を辿る、そんな状況下での出来事だった。
•*¨*•.¸¸☆*・゚•*¨*•.¸¸☆*・゚•*¨*•.¸¸☆
´Д`)ヤット‥
シクベらしくなってきた……?
ただ、海辺の街に住みたい。
そんなぼんやりとしたプランで私は移動を続けた。
旅費に多くは費やせない。
新しい生活の基盤を整えるのに物入りになるだろう。
だから私は最初に辿り着いた海辺のこの街、セントクレアを移住先に決めたの。
ここは地方の鄙びた港町にしては大きく、貿易と観光が盛んなおかげで人の出入りも多い。
他所からきたワケ有りの女がひっそりと生きていくのに都合がいいと思ったのよ。
それに、この街に着いてすぐに体調を崩してしまい、新たな土地を探し求める気力が失せたのもあった。
倦怠感と鈍い下腹部痛。わずかに出血してその後すぐに止まったから、ストレスにより月のものに影響が出たのだと思っていたわ。
だけど貧血と悪心が日に日に強まり、ある日私は職探しの途中でとうとう倒れてしまった。
そして意識を取り戻したときは、見知らぬ場所で寝かされていたの。
目覚めたことに気づいた壮年の女性が、のそりと身を起こした私に声をかけてくれた。
『あんた、そんな急に起きたらダメだよ。ウチの店の前で貧血で倒れたのを覚えてないのかい?』
『店の前で……それはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした……。それで、あのここは……?』
自分が今どこに居るのかが気になり尋ねてみると、女性は水差しからグラスに水を注いで渡してくれた。
私はグラスを受けとり、お礼を口にする。
『ありがとうございます……』
『ここはツバメ亭っていうしがない食堂の二階さ。店の前で倒れてるあんたを見つけたのは常連客の医者でね。あんた、運がよかったよ』
『通りがかったのも何かの縁だと、その医者が診察してくれたんだよ。ラッキーだったじゃないか』と言って、女性は屈託なく笑った。
そして女性はベッドサイドに置いてある椅子に腰掛けて、私をじっと見据えた。
『あんた、身ごもってるんだってね』
『えっ……?』
『え、ってあんた、気づいてなかったのかい?』
『は、はい……色々あって……そのせいで体調を崩しているのだと……』
自分の体に起きていた変化は、思いも寄らないものだった。
(ここに赤ちゃんが……?私と、クライブの……?)
だとすればあの夜だ。
あのたった一夜で授かったんだ。
私は驚きながら下腹部にそっと手を当て、触れた。
じわじわと温もりも感じるのは手の平の温かさかそれとも……。
産まないなんて選択肢はなかった。
たとえ偽りに塗れた相手との間に授かった子どもだとしても、この子が私の身に宿ったのは真実だから。
ひとりでもちゃんと産んで育てる。
天涯孤独だと思っていた自分が再び得た家族を守りたかった。その命を諦めたくはなかった。
となれば早く住むところを見つけて、職を探さなくては……。
私は女性に礼を告げ、行動に移そうとした。
だけど目眩が酷くてとても立ち上がれそうにない。
そんな私を女性は慌ててベッドに押し留めた。
『そんな急に動いちゃいけないよ。貧血で倒れたって言ったろ』
『でもこれ以上ご迷惑をおかけするわけには……』
『ウチの二階で寝てるだけなのに何が迷惑をかけてるって言うのさ。それに、妊娠中は何が起こるかわからないんだよ。お腹の子のためにも無理をしちゃいけない』
優しく諭してくれる女性の優しさが胸に沁みて、その優しさに縋りたくなってしまう。
今だけ、少しだけ……。
私は女性に謝意を伝える。
『……すみません、ごめんなさい……ありがとうございます』
再びベッドに横たわった私に、女性は色々と話してくれた。
女性は食堂ツバメ亭の店主夫人で、旦那さんは風変わりだけど腕前と人の良い料理人であること。
娘が一人いたけれど流行り病で若くして亡くなったこと、その娘さんの面影に私がどことなく似ていてどうしても放っとけなかったこと、ツバメ亭の歴史や納屋に住み着いた猫のこと等、そんな話を色々としてくれた。
だから私も、つい自分の身の上話をしてしまったの。
両親を早くに亡くしたこと、祖父母のこと、子どもの父親とはワケあって別れ、定住先を求めて旅をしていること。それら全てを女性に話した。
私の話を黙って聞いていた女性が徐に言う。
『それならあんた、ここで働きなよ』
『えっ……だけど……』
『食堂の給仕なんてイヤかい?』
そんなわけはないと私は首を横に振る。
『それならいいじゃないか。ちょうど誰か雇おうと思ってたんだ。妊婦に無理はさせないつもりだし、賄いも出すよ。それに、アパートの部屋も世話してあげる』
気っ風のいい笑顔を見せ、そう言った女性。
その破格の待遇に私は目を見張る。
『ど、どうして……今日会ったばかりの……見ず知らずの私にそんなに良くしてくださるんですか……?』
『言っただろ、あんたが亡くなった娘に似てるって。だから放っとけない、それが理由じゃ不服かい?』
私はまた首を横に振る。
だけど、そう言ってもらえたけれど、それに甘えて良いものか判断がつかない。
そうしたら私のその感情を見透かしてか、女性はパンッと手を叩いてその場を締めてしまった。
『遠慮して断るのは却下だ。あんたをこのまま帰したら、その後どうなったのか気になってアタシの胃に穴が空くかもしれないんだよ?アタシがそんな目に遭うのが気の毒だと思うんなら、素直に甘えておくれ。そして、私に生まれた赤ん坊の世話をさせておくれよ』
『奥様……』
『イヤだね奥様なんてガラじゃないよ!近所には“女将”って呼ばれてるんだ。ツバメ亭の女帝ともね』
“女帝”のところで胸に手を当てて得意げになる女性……女将さんを見て、私は自然と笑みになる。
優しさが嬉しくて眩しくて。
全て失ったと思っていた私が、子どもとそして新たな人の縁を手にすることができた喜びに、自然と涙が溢れていた。
『ありがとうございます……。お世話になりますっ……』
私が居住まいを正し頭を下げると、女将さんは満面の笑みを浮かべて頷いてくれた。
そうして私は、辿り着いたこの地で新たな人生を踏み出した。
国境の紛争は激化の一途を辿る、そんな状況下での出来事だった。
•*¨*•.¸¸☆*・゚•*¨*•.¸¸☆*・゚•*¨*•.¸¸☆
´Д`)ヤット‥
シクベらしくなってきた……?
534
あなたにおすすめの小説
リアンの白い雪
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。
いつもの日常の、些細な出来事。
仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。
だがその後、二人の関係は一変してしまう。
辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。
記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。
二人の未来は?
※全15話
※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。
(全話投稿完了後、開ける予定です)
※1/29 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様
恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。
不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、
伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。
感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、
ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。
「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」
足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。
「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」
一度凍りついた心は、二度と溶けない。
後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、
終わりのない贖罪の記録。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない
翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。
始めは夜会での振る舞いからだった。
それがさらに明らかになっていく。
機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。
おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。
そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜
桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」
私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。
私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。
王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした…
そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。
平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか?
なので離縁させていただけませんか?
旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。
*小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
あなたが幸せになるために
月山 歩
恋愛
幼い頃から共に育った二人は、互いに想い合いながらも、王子と平民という越えられない身分の壁に阻まれ、結ばれることは叶わない。
やがて王子の婚姻が目前に迫ると、オーレリアは決意する。
自分の存在が、最愛の人を不貞へと追い込む姿だけは、どうしても見たくなかったから。
彼女は最後に、二人きりで静かな食事の時間を過ごし、王子の前から姿を消した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる