夫婦にまつわるすれ違い、または溺愛を描く短編集

キムラましゅろう

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とある夫婦(16)父と母の昔のお話

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今回もサラッと軽めのお読み物を☆
(文字数がサラッと)



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子ども部屋の一室から娘の泣き声が聞こえる。

娘の母親は困ったように微笑みながら小さくため息を吐いた。

「また大好きなあの子と喧嘩したのね……」

そして子ども部屋に入り、ベッドに突っ伏して一人で泣いている娘のフィーネ(7)に声をかけた。

「フィーネ、またジョゼフと喧嘩をしたの?」

母親の問いかけに、フィーネは突っ伏していた顔を上げて涙でぐちゃぐちゃになった顔を向けてきた。

「だってぇ…だっておかあさま、ジョゼフったらひどいのよっ……わたしがしつこいからキライだっていうのっ……いつもスキスキいってうるさいって」

そう言われた時の悲しみがぶり返したのかフィーネはまたオイオイと泣き出した。

母は優しく娘の頭を撫でてやり、優しい声で言う。

「あなたは本当に私にそっくりね……容姿だけでなく中身まで一緒だわ。お父様が私達を“一卵性親子”だと言うのも頷けるわね」

母親のその言葉を聞き、フィーネはぐすっと鼻を啜りながら尋ねてきた。

「おかあさまもわたしとおんなじだったの……?」

「ええそうよ。あなたのお父様の事が大好きで大好きで仕方なくて、追いかけ回してお嫁さんにして貰ったのよ」

「え……?おかあさまがおよめさんにしてっていったの?」

「ふふ、そうよ。お母様の家の方が偉かったから無理やりね、どうしてもお父様のお嫁さんになりたかったから。お父様にしてみれば、困ったお嫁さんだったわね」

「でもっ!おとうさまとおかあさまはとってもなかがいいわっ!ううん、ぜったいおとうさまのほうがおかあさまのことをおすきよね!」

今の両親の姿を見ているフィーネにはとても信じられない話だったらしい。

驚きすぎて涙が引っ込んだ娘を見て、母は思わず微笑んだ。

「じゃあどうしてそうなったのかお話をしてあげましょうか、聞きたい?」

「ききたいっ!」

フィーネがベッドからガバリと起き出した。

母娘で隣合わせに座りながら、母親はその当時の事を語り出した。


◆◆◆



後にフィーネの母となる、
アルノー侯爵家の末娘フェイスは、王家主催の園遊会で出会ったフロラン伯爵家の次男坊パトリックに一目惚れをした。

当時騎士として王宮勤めを始めたばかりのパトリックに婚約者が居ないと知るや否や、生家の権力チカラを惜しむ事なく利用し、フェイスはパトリックとの婚姻をもぎ取ったのだった。

パトリックという人物はベージュブロンドに明るめのグリーンアイズという見た目の軽快さとはまるで真逆の、真面目一辺倒な性格であった。

思い込んだら猪突猛進な性格のフェイスとはどちらかというと馬が合わないようなタイプだったが、好きになったらそんなのは関係ないと言わんばかりにフェイスはパトリックへの想いをぶつけまくった。

「好きですパトリック様!大好き!愛してます!」

「………」

正騎士になる為に、今まで剣技一筋で生きてきたパトリックがそんなフェイスの激重の愛情を受け止めきれなくても、仕方ない事なのかもしれない。

迷惑……ではないとしても少なくとも困惑はしているだろう。

「パトリック様、本当に好きです」

フェイスが想いを告げる度に、パトリックは眉間にシワを寄せて難しい顔をする。
そしてそれについて決して言葉や態度で返してはくれないのだ。

それを思うとやはり迷惑をしているのだろうか……

しかしフェイスは自分が惚れて結婚して貰った、という事を理解していたので温度差があったとしても仕方がないと思っていた。

それでもいつか、夫婦として共に生きてゆく内に、パトリックがフェイスの想いに追いついてくれたら……と願っていたのだ。

だけどそれが如何に独りよがりな願望であったかという事を、ある日フェイスは思い知らされる。

騎士団の公開演習日。
この日は一般の見学も許されていて多くの見物客が演習場に訪れていた。

当然フェイスも手製の昼食を持参して、演習の見学に王宮へと来ていた。

昼休憩の時間になり、パトリックの姿を探す。

しかし騎士団詰め所の入り口前で、パトリックが一人の女性と楽しげに会話しているのを見て、その場で足が止まった。

パトリックは笑っていた。

夫のあんな笑顔、フェイスは今まで一度も向けて貰った事がない。

フェイスに対してはいつも難しい顔をして口数も少ないのに、あの女性に対しては饒舌でしかも笑顔を絶やさない。

相手の女性は大人しそうな落ち着いた雰囲気をもつ人だった。

そうか……パトリックは本来ならああいった感じの女性が好みだったのか。

フェイスみたいに脊髄反射で会話をするような、脳と口が直結しているような女ではなく、ああいう如何にも慎み深そうな女性が良かったというわけか……

それでも、彼の妻は自分なのだ。

フェイスは自分を奮い立たせてパトリックの元へと歩みを進めた。

そして意を決してパトリックの名を呼ぶ。

「パトリック様!」

「………フェイス」

「……………」

今まであんなに楽しげな笑顔を隣に立つ女性に向けていたというのに、フェイスを見た途端にパトリックの顔から表情が消えた。

いや、眉間にシワを寄せたいつもの通常モードになったというべきか。

『そんなに……私の事を……』


フェイスは全身から力が抜けていく気がした。

頭が、唇が、指先が冷えてゆく。

もう頑張れないと思った。

フェイスがどんなに愛を叫んでも決して返してくれなかったパトリック。

侯爵家からの縁談で断るという選択肢が与えられない結婚。

他ならぬフェイスがそう持ちかけた結婚なのだ。

なんて、バカだったのだろう。

一人で浮かれて、一人で舞い上がって、パトリックの意思を無視して彼の人生を台無しにした。

今からでも遅くはないだろうか。


フェイスは静かに目を閉じ、深呼吸を一つする。

その様子を訝しげに見るパトリックに、フェイスは告げた。

「パトリック様に大切なお話があるのです。どこかに場所を移せませんか?」

「今ここで言えないような内容なのか?」

「ええ……それはちょっと……」

そう言ってフェイスはチラリと相手の女性を見た。

言外に人払いをと言われているのだと気付いたその女性がパトリックに言った。

「それでは私はこれで失礼いたします。久しぶりにお会い出来て嬉しゅうございました」

「申し訳ない。近いうちに必ずまた、お父上によろしく伝えてくれ」

「はい」

そういってその女性は柔らかな笑顔を浮かべてその場を後にした。

その背中を見送るパトリックにフェイスは言った。

「お邪魔をして申し訳ありません。人に聞かせるような話ではないと思いましたので。あぁ、私との話が終わりましたら、今の女性を直ぐに追いかけて下さっても構いませんよ」

「どういう事だ?」

「パトリック様、バカな私でもようやく気付けましたわ……」

「何を……?」

「パトリック様が如何に私の事を嫌ってらっしゃるか。そして如何に、この結婚が貴方の人生を台無しにしてしまったかという事が」

「………は?」

「パトリック様ごめんなさい、今まで貴方の気持ちを無視して一方的に想いを押し付けてごめんなさい。今更だけど、本当に今更だけど離婚して貴方に償います。もう二度と貴方の前には現れませんし、離婚は全て私の有責にして下さって結構です」

「…………」

パトリックが驚愕の表情を浮かべてフェイスを見ている。

最後まで笑顔を見る事が出来なかった。

離婚すると言っているのだから、少しくらいは笑顔を見せてくれてもいいのに。

「次は先ほどの女性みたいに、いつも笑顔で笑い合える方と一緒になり幸せになって下さい……」

フェイスのその言葉を受け、パトリックが急に苦しげな表情を浮かべた。

『ホラ、最後までそんな顔……』

フェイスは一歩、後ずさった。

そしてパトリックに告げる。

「今までありがとう。さようなら」

そう言って、フェイスは踵を返して走り去った。

パトリックと暮らす小さな屋敷に戻り、自室に篭ってわんわん泣いた。

『バカな私、本当にバカ』

昔から後先考えずに突っ走って散々失敗して来たのに、結婚までこんな失敗をするとは。

でも終わった。
全て終わった。今頃パトリックが離婚に必要な書類など集めてくれているだろう。

フェイスはこのまま実家に戻り後の事は父か兄に任せよう、そう思った。

フェイスは涙を拭ってクローゼットから鞄を取り出し荷物を詰めてゆく。

結婚する時に手ずから運んだ物だけを持っていこう。

後は全て、置いてゆこう。

そう考えながら荷物を詰める手を、ふいに横から掴まれた。

「!」

見ればそこには膝立ちになり、黙って俯いているパトリックがいた。

「……パトリック…様……?」

フェイスはハッとして慌てて告げる。

「まだ屋敷に居てごめんなさいっ、今すぐ出て行きますからっ……!」

そう言って急いで荷詰めに戻ろうとするも、パトリックは手を離してくれなかった。

「パトリック様?」

「………………すまない」

「え?」

「すまないフェイス……俺が悪かった……」

「な、何がですか?」

俯いて表情が見えないのに謝られている意味が分からない。

フェイスはなんだか不安になった。

パトリックが声を押し出すように言う。

「自分でもこの仏頂面は分かってるんだ……いつも眉間にシワを寄せた顔をして、フェイスに嫌われるんじゃないかと心配もしていた……」

「え?」

「でも……どうしてもキミの前だと、好きな女性の前では緊張して、上手く笑えなくて…いや、俺なりに笑ってるつもりがついつい怖い顔になって……」

「は?」

『笑ってた?いつ?あれで?というか今、好きって言われた?聞き間違い?』

今度はフェイスの眉間にシワが寄る。

「それでもキミはいつも俺が大好きだと言ってくれていたから大丈夫だと思っていたんだ。キミの素直な愛情表現が嬉しくて恥ずかしくて……そしてそれに甘えてた。仏頂面の俺でも大丈夫なんだと、キミの優しさの上に胡座を掻いていたんだ……」

「パトリック様……」

「でも、キミに離婚だと言われて……他人のような話し方をされて目が覚めた……つき放されて初めて、自分の不遜さに気付いた、本当に俺が悪かった……」

「……物静かな女性が好きなのでは?」

「剣しか握って来なかったから自分の好みなんて分からない」

「今日、話してた女性は?とってもイイお顔で笑っていたわよね?」

「あの人は剣技の先生の娘さんだよ。ちなみに既婚者でお子も二人いる」

「初恋の相手だったとか?」

「だからずっと剣ばかり握ってそういうのを経験して来なかったんだよ、強いていうならキミが……フェイスが、初めて好きになった人に、なる…」

「やっぱり好きって言った、……え?初めて?」

フェイスが訊くとパトリックが頷く。

「ああ」

「私の事が……好きって……いつから?」

「いつからかはわからないけど、あんなに毎日真っ直ぐに好きと言われて嬉しくならない男なんていない、惚れない男なんていない」

「パトリック様………」

フェイスはわなわなと震え出した。

「フェイス……?」

心配そうにパトリックがフェイスを見る。

その瞬間、フェイスはパトリックに飛びついた。

「無理!やっぱり離婚なんて無理!大好きっ!!」

「わあっ」

「良かったぁぁ!嫌われていたんじゃなくて、離婚したいと思われてるんじゃなくて、下手くそでも笑いかけてくれていたなら良かったぁ!」

そう言ってフェイスは涙の雨を降らす。

それをパトリックがオロオロとしながらハンカチで優しく拭き続けてくれた。

それからというもの、パトリックはフェイスに対する緊張が少し解けたのかぎこちないながらも笑顔を見せてくれるようになった。

フェイスの「好き」に対して「お、お、お、俺も」と吃りながらも返してくれるようになった。

涙の雨降って地固まる。

そうやって二人は、夫婦としてゆっくりと歩み出した。



◆◆◆



「と、こんな時が私達にもあったのよ。昔のお母様も、今のフィーネみたいに好きな想いを振り撒いてパワフルだったのよ」

「おかあさまもっ?」

「そうよ。今のフィーネの気持ちがお母様にはよくわかるわ」

「おかあさま……」

「だからね、フィーネ。あなたも一度ジョゼフから離れてみなさい」

「えっ?ジョゼフとおわかれするの?だいすきなのに?」

「大好きだからこそ、一度離れようとしてみるの。それでジョゼフがフィーネが居なくなって寂しいと追いかけて来てくれたらまた仲良くしたらいいわ」

「おいかけてきてくれなかったら?」

「その時はもう少し、ジョゼフと離れる期間を増やすの。あなた達はまだ幼いわ。他に沢山のお友達を作るのも大切だと思う。フィーネに沢山のお友達が出来て、それでもやっぱりジョゼフの事が一番好きだと思ったなら、その時はとことん、フィーネが追いかければいいと思うわ」

「それでジョゼフのおよめさんになれなかったらどうしよう……」

「その時はきっと、お父様が王子様のようにカッコいい騎士をお婿さんとして見つけてくれると思うわ」

「ジョゼフと……はなれる……」

「ふふ。押してダメなら引いてみる、よ」



その後、娘のフィーネは母の教え通りに一旦、お隣に住む文官の息子のジョゼフと距離を置いた。

習い事が忙しくなったから、
他に仲良しのお友達が出来たから、
猫を飼い始めたから……

様々な理由をつけてジョゼフと一緒にいるのをやめてみた。


その結果……


「おかあさま!ジョゼフがわたしがいないとさびしいって!いままでヒドイこといってごめんっていってきたわ!」

「まぁそうなの?それでフィーネはどうする?どうしたい?」

「わたしはやっぱりジョゼフがいちばんすきっ!だからまたジョゼフといっしょにあそんでもいい?」

「勿論いいわよ。良かったわね、フィーネ」

「うん!」

大はしゃぎする娘を見て、夫パトリックが眉間にシワを寄せて言って来た。

「このまま距離を置いたって良かったんじゃないか?」

「まぁ、パトリック様ったらフィーネをジョゼフに取られると思っているの?」

「早々に嫁に行くなんて言い出したらどうするんだ」

「でも、貴方には今のジョゼフの気持ちが分かるんじゃなくて?」

「うっ……そ、そうだな。許される機会は誰にでも与えられるべきだ」

「ふふふ」

フェイスは夫の眉間に指を当てた。

刻まれたシワを指先で解す。

今ではもう、フェイスにも自然な笑顔を見せてくれるがパトリックの眉間シワはいわば標準装備のようだ。

それが分かってからはこのシワすら愛おしく思える。

フェイスは笑みを浮かべて夫に告げた。


「好きですパトリック様。大好きです、愛しています」

「俺もだよ、フェイス」


そう言ってパトリックは妻を優しく抱き寄せた。




            おしまい




















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