夫婦にまつわるすれ違い、または溺愛を描く短編集

キムラましゅろう

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事実離婚②

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長期出張中の夫が行く当てが無く困っていたという幼馴染と一緒に暮らしていた事実を知ってしまったリオル。

トンボ返りで長距離馬車に乗り込み、やっとの思いで王都にある自宅に戻って来た。

結婚する前にセルジュと二人で選んだアパート。

ここ三ヶ月は、一人暮らしのような状態だったけど。


リオルは大きな箱や鞄を取り出し、セルジュの私物を詰めて行く。

「ご丁寧に枕まで入れてやったわ、感謝しろ!」

とひとり言ちながら箱を閉じた。

後は出張先に送りつけるだけだ。

「あ、忘れていたわ」

リオルは左手の薬指にはめていた結婚指輪を外した。
そしてそれを封筒に入れて夫の荷物の中に突っ込んだ。

リオルはどうしても夫が許せなかった。

あの感じから本当に浮気はしていないのだろう。

だけど一言、一言リオルに相談があっても良かったんじゃないか。

どうせ短期間だけだしバレなければいい、という考えがどうしても許せない。

リオルの胸に、過去に傷付けられた古傷が疼き出す。

リオルには早くに結婚の約束をした相手がいた。
リオルが16歳の時だ。
相手は兄の友人で四歳年上の男だった。

初恋だった。
本当に大好きな人だった。

だけどその相手は簡単にリオルを裏切った。

学業の為に住んでいた土地で、恋人を作ってそのまま学生結婚していたのだ。

リオルには何一つ知らせずに。

それを知ってリオルは相手を問い詰めた。
結婚の約束までしていたのにどうして裏切ったのかと。

すると男は言ったのだ。
最初は学生の間だけ楽しむ恋愛の筈だったと。
どうせリオルにはバレないから良いだろうと。

でも相手の女が妊娠して、責任を取らなくてはならなくなったと。

まぁリオルとは口約束みたいなものだったし、子どもっぽいリオルを相手にしていた事を考えればママゴトみたいなものだったと、そう言われた。

ショックだった。
悲しくて悲しくて悔しくて……

気が付けばリバーブロー+カンガルーパンチで相手を沈めていた。

今思えばついでにキン○キも食らわしておけばよかった……

その当時の事を思い出してリオルはハンカチで目元を押さえながら、深い悔恨の念に打ちひしがれていた。

その時である。

玄関の鍵がガチャリと解錠され、そろ~っとドアが開いた。

「…………」

リオルはドスドスと大きな足音を立てて玄関まで行き、恐る恐る開いてゆくドアを再びバンッと閉めて鍵とチェーンを掛けた。

「わーんリオルさぁん!開けてくださぁぁい!」

やはりセルジュだ。
泣き声になりながらドンドンとドアを叩いている。

わざとらしい。
転移魔法で入れるくせに。
魔術妨害をかけてある部屋だけど、自分なら入れるくせに。

リオルはセルジュを無視して持ち帰った求人票を取り出した。

“カナリア食堂 ウェイトレス募集。
一度に沢山料理を運べる腕力のある女性希望”

私にぴったりじゃない?

天職じゃない?

さっそく面接を希望しよう。

そんな事を考えていたリオルの視界の端に、平伏した姿のままで転移して来たセルジュの姿が見えた。

「…………斬新な登場の仕方ね」

「平にっ、平に何卒、何卒どうか、俺の話を聞いて下さいっ!俺がホントに悪かった!!全部俺が間違ってた!!だからどうかっ、どうか別れるなんて言わないで下さいっ!!」

「……帰宅の挨拶もナシにいきなりそれ?」

「あ、ただいま帰りました」

「おかえりなさい。そしてサヨウナラ」

「リオルぅぅっ!!」

「………何?仕事はどうしたの?」

「家の緊急事態だと上司に告げて帰らせて貰った……」

「何ソレ、職場に迷惑かけてんじゃないわよ」

「ちゃんと仕事の引き継ぎはやったぞ、秒で、マッハで、最速で!」

「あっそ。彼女はどうしたの?まさか一緒に連れて帰ったなんて言うんじゃないでしょうね……」

地の底を這うような低い声でリオルが訊くと、セルジュは首がげそうなくらいに横に振って答えた。

「ま、ま、ま、まさかっ!ウィークリーアパートの契約が今月末までだったから、そのまま借り主変更で貸してきた。その間に住み込みの家を探して自立するって言ってたよ。今までは離婚協議で暇がなかったけど、ようやく離婚が成立したから職探しが出来るってさ。アパートの賃料やら生活費やらは働いて返すって言ってたよ」

「ふーん、へー、
まぁ私には関係ないからどーーーでもイイけどね」

「か、関係なくないぞっ!」

「関係ないわよ。何をどうしようと、貴方が私を裏切った事に変わりはないもの」

「裏切ってないっ!黙ってたのは本当に悪かった。でも決っっして、断じてっ、リオを裏切るような事はしてないぞっ!」

必死に訴えるセルジュにリオルは絶対零度の眼差しを向けた。
そして言い放つ。

「離れて暮らしている時に秘密を持たれた、その行為自体が私にとっては裏切りなの。だから絶対に許さない、分かった?」

「わ、分かったけど分かりたくない……」

「勝手にしろ」

「うぅっ…リオルっ……」

「あ、そこの荷物、全部貴方の物だから。纏めといてあげたわよ」

「わーんっ仕事が早いなっ、でも俺は出て行かないぞ!」

「じゃあ私に出て行けって言うの?実家に帰れば良いって?」

「違う。変わらず一緒に住めばいい」

「離婚するんだから一緒には住めないわよ」

「離婚しない~!絶対しない~!」

「勝手に泣いてろ」

「リオルっ~!」


その後もセルジュは
「俺は絶対に出て行かないぞ!」とか「リオがどこに行っても絶対追いかけるぞ!」とか言ってアパートから、というよりリオルから離れようとはしない。

リオルはリオルで、どうせどこに行っても無駄だと思って意地になってアパートに居座った。

リオルは腕っ節を見込まれてカナリア食堂のウェイトレスになって働き出した。

セルジュの事は部屋に住み憑くゴ○ブリだとでも思って、リオルはその存在を無視し続けた。

生活費も自分で賄い、食事作りも家事も自分の分だけする。

セルジュが同意しようがしまいが、リオルはもう離婚したつもりで生活をしていた。

セルジュは自分が悪いと理解しているのでそんなリオルに何も言えない。

同じ家の中に居てくれるだけ御の字だと思い、自分の世話はせっせと自分でしていた。

リオルは絶対にセルジュと口は利かなかった。

セルジュはどれだけ無視されようとリオルに話かけてくる。

「今日も仕事ご苦労さん。食堂の仕事は辛くないか」

「我が国の筆頭魔術師が古代守護精霊に奥さんを守らせてるんだけど、その精霊のチョンマゲが気になって仕事に手が付かないんだ」

「近所の家の窓からリオルにそっくりな猫が覗いてた。目が合うとシャーッと言われてそれもまたリオルを思い出して可愛いなと思ったよ」

などと一人で色々な事を話している。

リオルが何の返事をしなくても。

落ち着いた、低い穏やかな声で。


ホントやめてほしい。

あとセルジュは、家に居る時は常にリオルに視線をがっちり固定してリオルの動きに合わせて首を動かしている。

無視を決め込んでいるので相手にしないが、ちょっと薄気味悪くてこれもホントやめてほしい。

食堂の仕事で帰りが遅くなるといつも店の裏口に立って待ってるし。

当然何も言わずにそのままスタスタと歩き出すとセルジュも黙ってただ後ろを歩く。


でもこんな事では絆されない。

セルジュはリオルの*魔物の尻尾を踏んだのだ。
(*地雷を踏むと同義)

絶対に許したくない。

許したくないのにもう本当にムカつく。


食堂の店主夫妻が明日から旅行に行くのでリオルは三連休だ。

とにかくセルジュと離れたくて、リオルは久しぶりに実家に帰る事にした。


セルジュと家庭内プレ離婚?いや、事実離婚を始めて約ひと月、絶対に離婚に同意しないセルジュと少し距離を置きたかったのだ。

丁度セルジュは朝から居ない。

三日でとりあえず戻るから絶対に追いかけて来るなと書き置きをして、リオルは同じ王都にある実家へと向かった。

リオルの実家は八百屋を営んでいる。

二年前に母を病気で亡くしたが、父は後を継いでお嫁さんを迎えた兄と一緒に暮らしている。
孫も二人いて、実家はいつも賑やかだ。

いつでも帰れる距離にあると却って頻繁には行かないもので、リオルは結婚してじつに半年ぶりの里帰りとなった。

実家の皆んなにこのササクレた心を慰めて貰おう。

義姉の作る美味しい野菜料理に癒して貰おう。

リオルはそう思いながら実家の玄関を入って行った。

それなのに……


「あ、おかえりリオ。結構遅かったな」

「オイ、なんでテメェがいる……」

セルジュがちゃっかり居間にいて、兄と仲良く酒を呑んでいた。

「食堂が連休に入るって聞いて、リオの事だから実家に帰るんだろうなぁと思って俺も来たんだ♪」

「来たんだ♪じゃないわよっ、手紙は?置き手紙は見たのっ?」

「置き手紙?朝早くに家を出たから知らないなぁ。なんか俺宛に書いてくれたのか?ラブレターか?」

「んなわけあるかクソセルジュ!これじゃあ実家に来た意味がないでしょ!……何?何を喜んでるの?」

「久々にリオルの声が聞けて感動に打ち震えている……」

あ、しまった。
セルジュが実家に居て、驚き過ぎてつい口を利いてしまった事にリオルは内心ほぞを噛む。

そんなリオルに昔から脳天気な兄がこれまた脳天気な声で言った。

「お前ら夫婦喧嘩中だってぇ?理由はセルジュから聞いたぞ。リオル、兄チャンが義弟コイツを一発殴っといてやったからな!お前も後で殴ってやれ!」

「もうリバーに一発入れたわよ……」

よく見るとセルジュの左頬は腫れていた。

リオルから見て向こう側だったので直ぐには気付かなかったが結構な腫れ具合のようだ。

幼い頃から店の手伝いをして剛力を培った兄が右で殴ったのなら相当なはずだ。

案の定セルジュは酒を口に含む度に「っ!」と顔を顰めている。
じゃあ何故呑むと言いたいが、兄がどんどん酒を注いでくるので呑まざるを得ないのだろう。

ふ、ざまぁ…とニヤりとするリオルに兄の息子が二人、リオルにとっては甥っ子兄弟が抱きついて来た。

「リーおばちゃんいらっしゃい!」
「いらちゃい!」

「久しぶりね~。二人とも、少し見ない間に大きくなったんじゃない?」

「ぼくもうよんさいだもん!」
「もん!」

「ふふ」

可愛い甥っ子達に目尻を下げていると義姉が話かけて来た。

「リオルちゃんおかえり。結婚以来初の里帰りじゃない?」

「ただいま義姉さん。このまま永遠の里帰りになると思うわ」

リオルがそう返すと、
「そんな事言わないでくれ~」とセルジュの情けない声が聞こえた。
当然無視、無視である。

「ふふふ。リオルちゃん、さっそくで悪いんだけどちょっと手伝ってくれない?売れ残り野菜の保存食をお義父さんと作ってるの」

義姉が笑いながらリオルに言った。

「分かったわ」

とリオルは返事して義姉の後に付いていった。

八百屋の店先で、父が保存食を入れる瓶を煮沸消毒している。

リオルは父に声をかけた。

「ただいま父さん」

「……ああ」

父は無骨で職人のような性格の人だ。
八百屋などのイキのいい威勢が命の商売には向いていないと思うが、何故かそんな父の人柄がいいと店は繁盛している。

リオルは義姉と消毒の済んだ瓶にジャムやピクルスにした野菜を入れてゆく。

淡々と作業をしながら、義姉がリオルに言った。

「聞いたわよ、大変だったわね……昔を思い出しちゃった」

「……わたしも…」

義姉とは幼い頃からの付き合いで、リオルが元カレに捨てられた一件も当然知っている。

「リオルちゃんにとって、一番許せない事をされちゃったのね」

「……うん」

「でも、役所に訴えるとか第三者を立てるとかしないところを見ると、ホントはリオルちゃんも迷ってるんでしょう?このまま離婚してしまっていいのか」

「ッ違……わないのかもしれない。早く白黒つけないといけないのに」

「べつにいいんじゃない?白黒ハッキリさせなくても。リオルちゃんが気が済むまでとことん怒って、セルジュさんを振り回せばいいのよ」

「………」

「許せないなら一生許さなくていいと思うの。離婚しちゃったらそれでハイもう終わり!になっちゃうけど、離婚しなければずーーっとネチネチとイジメ続けられるわよ」

「えー……いいのかなぁ……」

「いいのよ!だってセルジュさんが別れたくないって言ってるんだから。別れないと言ってるって事は一生償うつもりでいるって事よ。そうじゃなかったらさっさと離婚に応じて次の女に行ってるでしょ」

「セルジュって本当にバカなんだろうな」

「王宮魔術師なんだから秀才のはずなのにね」

「私はどうしても許せないんだから、さっさと別れて楽になればいいのに」

「それほどリオルちゃんの事が好きなのよ。バカだけど」

「ホントにバカよ」

その時、ずっと黙って作業をしていた父がポツリと言った。

「男はみんなバカなんだよ」

それを聞き、義姉と二人で顔を見合わせる。
そして思わず吹き出した。


その後はリオルは実家でわいわいと過ごした。

セルジュという異物も混入していたけど。

それでも相変わらず無視を決め込んでいると、
甥っ子達に「オジチャンきらわれてるー」
「るー!」と、幼子に真実を突きつけられてショックで項垂れるセルジュを見るのは面白かった。


そんなこんなで三日間の里帰りを堪能し、
リオルはアパートに戻った。

もちろん背後霊のようなセルジュも一緒に憑いて帰って来たけど。

その日のシフトは午後からだったリオル。
セルジュが王宮に出仕した後に掃除をしていたら玄関のチャイムが鳴った。

「はい、どちら様ですか?」

リオルが応じると、ドアの向こうから弱々しいか細い声が聞こえてきた。

「あ…あのぅ……わたし…セルジュさんにお世話になった…あの…幼馴染のアナベルと、も、申します……」

「……!」

アナベルって、出張先でセルジュが世話をした?

リオルは静かにドアを開けた。

そしてそこにはやはりあの日、
セルジュのウィークリーアパートで会ったアナベルという女が立っていたのだった。




  まだつづくのっ!?…ごめんさい。
  次回で決着です。














         












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