夫はオシドリ夫婦と評される※ただし相手は妻の私ではない

キムラましゅろう

文字の大きさ
5 / 12

十三年前の事件

しおりを挟む
十三年前、その事件は起きた。

当時八歳だったリゼットが見知らぬ男に魔力を奪われたのだ。

領主の娘として、自領の孤児院へ定期的な手伝いに行った時にリゼットは襲われた。
他にも数名、微量ながらも魔力のある子どもは皆知らぬ間に近づかれ、知らぬ間に魔力を抜き取られていた。

元々魔力量の少ない子どもは魔力を奪われる事により急性魔力欠乏症となる。
同じ魔力属性の家族を持つ子どもであれば運良く助かる。
しかし親族のいない孤児の子は、輸力適合者が見つからないまま命を落とした。

リゼットは幼い頃から先祖還りと言われるほどの高魔力保有者であったが為に幸いにも命の危機に晒される事は免れたが、襲われた前後の記憶を失っていた。

医療魔術師の見立てによるとその瞬間に味わった恐怖が強く、精神の自衛の為に無意識にその時の記憶を手放したのではないかとの事であった。

だが襲われた瞬間の記憶は消し去れても、味わった恐怖までは消し去れない。
リゼットはその日を境に一種の対人恐怖症に陥ってしまった。
当時まだ存命であった母親と父親、それと叔父夫婦と従兄弟のレイナルドとその弟しか接する事が出来なくなってしまったのだ。

多少なりとも面識がある者ならまだよい。
しかし全く知らない相手となると恐怖心が蘇り、パニックになってしまうのだった。

だけど家族や親戚や周囲の人々、とくに一番仲が良かったレイナルドの献身的なケアにより、リゼットの心は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
そして初対面の人間を前にしても無感情になる事でなんとか冷静に接する事ができるようになったのだ。

どんな人物とも対応出来るよう、リゼットはある一定のテンションで接するという方法を見出した。
それゆえの塩加減なのである。

近頃は父親にもその塩さで対応し、頼りない父親が少しだけ気を引き締めて様々な事に当たってくれるようになったのは僥倖であった。
やはり塩締めは料理以外にも適しているようだ。

それに至るまでじつに十年の歳月を要したが、リゼットはそうやって恐怖心をコントロール出来るようになったのだった。

だけど事件当時の記憶はやはり戻らないままだ。
何者かに襲われ、魔力を奪われた事は理解しているのだが、どうしても失くした記憶の核心に触れようとすると頭痛がしたり吐き気がしたりと身体が拒絶反応を示す。

本当は無理にでも記憶を蘇らせて未だ捕まっていない犯人逮捕に協力したいのだが、どうしてもそれが出来なかった。
レイナルドの強い反対があったのもある。

「リゼが無理しなくても、俺が必ず犯人に罪を償わせる方法を見つけ出してみせるから。だからリゼ、リゼは心穏やかに過ごしてほしい」

とレイナルドがそう言ってくれた事をリゼットは今でも覚えている。

リゼットを守り支えてゆくのだと、リゼットと結婚して入婿となる事をレイナルドが決めたのもこの頃だ。

そして元々勤勉だった彼が更にがむしゃらに学び出し、魔術学園在学中に様々な資格を取得して鳴り物入りで魔法省魔法科捜研へと入省を果たした。

リゼットから魔力を奪った犯人を捕まえるために魔法省に入省したのは言われなくても分かっていた。

魔法事件は魔法省の管轄だから。

必要によっては騎士団や王宮魔術師団に応援要請をかける事もあるそうだが基本、魔法省の捜査一課と特務課で魔法事件を処理している。

結婚して僅か一年で本省に呼ばれるとは思わなかったけど、それはレイナルドが優秀である証であると思っていた。
だから彼の約束された出世の邪魔をするつもりはなく、その為に単身赴任を快く送り出したのだ。
レイナルドにはやり甲斐のある仕事をして貰いたくて。

だけどレイナルドが本省行きを決めたのも、面倒くさい職場環境に耐えていたのも全て自分の為だったとリゼットは知った。

成りすましバイトで本省へ行って初めてそれを目の当たりにして、リゼットは改めてレイナルドの深い愛情を知ったのだ。

十三年前の事件にケリをつけるために。
犯人が捕まらない限り、リゼットが心から安心して眠れる夜が来ないとレイナルドは知っていたから。
だから犯人を絶対に逃がさない立証に、必死になっているのだ。
事件発生から時が経ち過ぎているため、よしんば犯人を捕える事が出来たとしても証拠不十分では検挙にまで至れない可能性がある。

レイナルドは、犯人の体内からリゼットの魔力を検出しようとしているのだ。
犯人がどれほどシラを切ろうとも、自白魔術が失敗したとしても、リゼットの魔力残滓さえ検出できれば動かぬ証拠となるから。

だからレイナルドは過去に遡っての特定に拘っている訳なのだ。

それを知り、リゼットは陰ながらレイナルドの力になりたいと様々な技法を調べ始めていた。
経験不足は否めないが、上級魔術師資格を持つリゼットの知識と豊富な魔力量ならなんらかの役に立てると思ったのだ。


そうすればレイナルドの役に立てるだろう。

それに………


「ねぇレイナルド。今晩食事でも一緒にどう?」

レイナルドの悩みの種であるあのウザイオンナに開発協力を仰がなくて済むようになるから。


レイナルドのバディであるジョルジュエッタ=ナンオイザウが鼻にかかる声で彼を食事に誘っている。

対するレイナルドは書類から顔を上げる事もなく答えた。

「キミと?何故?」

「何故って……私たちの仲じゃない」

「キミとは仕事仲間だと認識してるけど。だからわざわざ外で食事する必要はないんじゃないかな」

「……私たち、そろそろもっと関係を進めてもいいと思うのよ」

「仕事の?」

「プライベートでの」

「理解出来ない」

「もう、どうしてよ!食事くらい付き合ってくれてもいいでしょうっ?」

ジョルジュエッタが少し声を荒げた。
するとたちまち……

「なんだなんだ?また夫婦喧嘩か?」

と、面白半分に首を突っ込んで来る者がいる。

ジョルジュエッタは外野からの援護射撃を期待してわざと周りに聞こえるように言ったようだ。

「ねぇ聞いてよ、レイナルドったら食事にも付き合ってくれないのよ」

「え~、いいじゃないですか食事くらい」

「ねぇ?」

「たまには“奥さん”孝行しなきゃ!」

ジョルジュエッタを擁護する周りの声に、レイナルドは無視を決め込んだようだ。
相手にせず、書類仕事に没頭している。
多勢に無勢の不利さを、この二年で散々学んだらしい。

「ちょっとレイナルドぉ~なんとか言いなさいよぉ」

ジョルジュエッタはレイナルドが持っていたペンを取りあげた。
それでようやく顔を上げたレイナルドにしたり顔を向けている。

「食事に付き合ってくれるなら返してあげる。あ、もちろんの奢りでね♡」

「……その呼び方をするな」

「え?」

「ファーストネーム呼びですら本当は許した覚えはないんだ、それなのに……。その愛称を使う事は絶対に許さない。レイという呼び方は、妻にだけしか許していない」

ーーあ、不味いかも。

離れて様子を見ていたフィリミナリゼットがレイナルドの氷点を察知した。
沸点ではない、レイナルドの場合は氷点だ。

フィリミナリゼットは遠隔で魔力を飛ばし、レイナルドたちの直ぐ側の窓を開けた。
室内に強い風が吹き込むために普段は閉め切りにしている窓だ。

「きゃあっ!?」

「わぁぁっ!!」

開けた途端に当然の如く風が入り込み、各々のデスクにあった書類を吹き飛ばしてゆく。

「わぁぁ!?重要な書類がぁぁ!!」

ただ単に巻き込まれただけの気の毒な職員もいるが、
怒ったレイナルドに辺りを氷づけにされるよりかはマシだろう。
レイナルドは普段温厚だが怒らせたら面倒なのだ。
魔力で冷気を発し、物を壊してしまう。

そうなってもまぁ別に構わないとも思うが、レイナルドが始末書を書かされる羽目になるのは忍びない。

暴風騒ぎで、何とか事態は収まった。(?)

ジョルジュエッタは風によりヘアスタイルが乱れたといってレストルームへと駆け込み、残されたレイナルドは釈然としないまま書類を拾い集めていた。

リゼットはフィリミナとして、レイナルドの書類などを一緒に拾う。

「はいどうぞ」

フィリミナリゼットが拾った数枚の書類を渡すとレイナルドは受け取りながら、
「……ありがとう」と言った。

フィリミナリゼットは内心「ドンマイ」と思いながら「どういたしまして」とだけ告げ、他の者の書類を拾い集めるのを手伝いに向かった。

思えばこれがレイナルドとフィリミナリゼットとの初の接触だ。

自身の変身魔法に絶対の自信を誇るリゼットは、
まぁ大丈夫だろうと思っていた。

その姿をレイナルドがじっと見つめていた事を、
フィリミナリゼットは気づかない。

















しおりを挟む
感想 305

あなたにおすすめの小説

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

君に愛は囁けない

しーしび
恋愛
姉が亡くなり、かつて姉の婚約者だったジルベールと婚約したセシル。 彼は社交界で引く手数多の美しい青年で、令嬢たちはこぞって彼に夢中。 愛らしいと噂の公爵令嬢だって彼への好意を隠そうとはしない。 けれど、彼はセシルに愛を囁く事はない。 セシルも彼に愛を囁けない。 だから、セシルは決めた。 ***** ※ゆるゆる設定 ※誤字脱字を何故か見つけられない病なので、ご容赦ください。努力はします。 ※日本語の勘違いもよくあります。方言もよく分かっていない田舎っぺです。

『話さない王妃と冷たい王 ―すれ違いの宮廷愛

柴田はつみ
恋愛
王国随一の名門に生まれたリディア王妃と、若き国王アレクシス。 二人は幼なじみで、三年前の政略結婚から穏やかな日々を過ごしてきた。 だが王の帰還は途絶え、宮廷に「王が隣国の姫と夜を共にした」との噂が流れる。 信じたいのに、確信に変わる光景を見てしまった夜。 王妃の孤独が始まり、沈黙の愛がゆっくりと崩れていく――。 誤解と嫉妬の果てに、愛を取り戻せるのか。 王宮を舞台に描く、切なく美しい愛の再生物語。

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...