夫はオシドリ夫婦と評される※ただし相手は妻の私ではない

キムラましゅろう

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久々のぬくもり

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「こんばんは、レイ」

小さな声でリゼットがそう言うと、
レイナルドは信じられないものを見るような顔をして、のろのろと窓を開けた。

「………リゼ……?」

そしてまるで大きな声を出せば目の前のリゼットが消えてしまうのを恐れているかのように、レイナルドは小さな声でリゼットの名を呼んだ。
リゼットは小さく微笑み、頷いた。

「うん、そう。私」

「何故……どうして……?どうやって……?
……何故……どうし……」

今目の前にリゼットがいるのが本当に信じられないのだろう。
レイナルドは何故、どうしてを繰り返す。

リゼットはそれに丁寧に答えた。

「何故?レイに会いたかったから。
どうして?だって長期休暇以来会えてなかったから。
どうやって?転移魔道具に魔力を貯めて、長距離転移魔法を用いたから」

「魔力を……貯めて?」

「往路でひと月、復路でひと月、合わせてふた月分の魔力を有したの」

我ながらよくこんな嘘が吐けるなと感心するが、
理論上実際にリゼットなら出来るかもしれない。
ただ不安要素が多い為に試していないだけだ。

「じゃあ……本当にリゼ?」

尚も確認するレイナルドの頬に、リゼットは触れた。

「レイ、ちゃんと寝てる?かなり疲れた顔をしているわ。それに少し痩せた?」

頬に触れているリゼットの手に自分の手を重ね、レイナルドは答えた。

「ある術式の構築が上手くいかなくて……職場も…専門職だからかな、うちの研究室は変な奴ばっかりで。正直、少し疲れてる」

「少しじゃないでしょ、目の下に隈が出来てるわよ?レイの方こそ体調に…

“気を付けないと”とは最後まで言わせて貰えなかった。
ぎゅっと強く、レイナルドに抱きしめられたから。

「レイ……」

「リゼ……あぁ……リゼだ」

「うん」

「会いたかった……!」

「うん」

「リゼ、俺の奥さん……」

「うん」

ーーホンモノのね。

「リゼ」

「うん?」

「愛してる」

「………うん」

「リゼ、可愛い。本当に、本当に好きだ。会いに来てくれて嬉しい……」

「うん……」


その後は久々に夫婦らしい夜を過ごした。

甘い、甘い夫の言葉に、とろとろに蕩けさせられながら。

リゼットの方からは気の利いた言葉の一つもかけてあげられなかったけど、
それでもレイナルドはリゼットの訪いを心から喜んでくれた。

そして久しぶりに深い眠りについているであろう夫を残し、明け方リゼットは転移魔法にて夫の部屋を後にした。
“また魔力が貯まったら、遠い距離を超えて会いに来るね”
と置き手紙を残して。
ついでに頬にキスを落として。

……本当は遥か遠くのクロウ子爵領ではなく、わりと近所の女子寮に帰ったのだけれど。


それでも、やはり会いに行って良かったと思う。

としてレイナルドと接する事が出来ない日々は、それなりに寂しさを感じていたから。

散々悩んだ挙げ句(そうは見えないと言ってはいけない)リゼットはレイナルドに成りすましバイトの事を打ち明けるのはやめておいた。
ただでさえ大変な状況のレイナルドにこれ以上心配を掛けたくはない、そう思ったからだ。

性病の魔法薬が劇的に効力を示せば直ぐにフィリミナ本物が帰ってくるかもしれないし。

まぁ兎にも角にもいつまで王都ここにいるか分からないのだから、今のうちにレイナルドに会いに行って本当に良かったと思う。

リゼット自身がレイナルド不足を補えたし。
それに………


「おはようございます!」

「あらおはよう。クロウさん、今日はなんだか元気じゃない?何か良い事でもあったの?」

いつもより明るい声で挨拶するレイナルドに、他の職員がそう言った。

「ええ。ものすごく」

「へぇ。よく分からないけど良かったわね。顔色もいつもよりとても良いわ」

「そうですか?久しぶりに深く眠れたからかな」

そう言ってレイナルドは軽い足取りで研究室へと入って行った。

ーー元気になってくれて良かった。まぁ…頑張れ、レイ。

なんだか今日はリゼット自身も気持ちが軽かった。

新人のフィリミナが雑用ばかりなのは新人という理由ばかりではないだろうと推測するほど雑用が多いけど、そんな事も苦にならないほどに。

「あ、ジェームスさん、その魔法陣、“風”の古代語エンシェントスペルが抜けてますよ」

「……ホントだ……危なかった……」

「デルズさん、その魔法薬と魔石の併用は大陸魔法律に抵触しますよ」

「え?そうなのっ?」

「ナンオイザウさん、ツケまがズレてますよ」

「ウソ!?やだっ」

と、先輩職員たちのサポートが捗るほどに。

そして入省試験の問題を事前に教えられていたおかげで合格出来たんじゃないかと、フィリミナについて密かに囁かれている疑惑を払拭しちゃうほどに、
フィリミナリゼットのさり気ない有能っぷりは周囲の人間の認識を変え始めていた。

そんなフィリミナリゼットであるレザムが声を掛けてきた。

、頑張っているようだな」

「……ええそれなりに……」

レザムに向き合いながらフィリミナリゼットは言った。
レザムが見知らぬ男性職員と一緒に居るのを見て思わず「そちらは?」と聞きたくなるのを我慢して。

そんなフィリミナリゼットを見てレザムは浅く笑い、そして言った。

、ジョシュア叔父さんとは久しぶりだろう?ご挨拶しなさい」

“叔父さん”という事はレザム=ハリスの実弟か……。

フィリミナリゼットは“フィリミナ”としてジョシュアと紹介された男に挨拶をした。

「お久しぶりです、叔父さま」

ジョシュアは人の良さそうな笑みを浮かべ、挨拶を返した。

「久しぶりだね。フィリミナは少し見ない間に落ち着いたね」

「………ええ……」

なんだろう。

なんだろう。


“リゼット”はこの男を知っている。


今日初めて会ったはずのこの男の事を知っている、そう思った。

既視感とかそう言ったものではない。

ただ遠い昔に会ったような気がする……そんなぼんやりとした感覚だが、確かにそう感じたのだった。


?どうしたんだい?」

男のザラリとした声が、リゼットの耳腔に纏わり付いた。



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