泣き虫令嬢は今日も婚約者の前から姿を消す

キムラましゅろう

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1巻

1-2

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 カロリーナの扱いを熟知しているジャスミンが、入学式前にカロリーナが泣き出さないようにとさっさと話題を変えた。
 カロリーナは小さく肩をすくめて答える。

「仕方ないわ。生徒会のお仕事だもの。ご公務でもお忙しいライオネル様にわがままは言えないから別々の方が良かったの」

 ライオネル大好きっ子のカロリーナから意外なほど物わかりの良い言葉が返ってきたことにジャスミンはいぶかしむ。

「……どうしたのカロリーナ……そんなカロリーナらしくない答え方をして。何かあった……?」
「え、……えっと……」

 さすがは長い付き合いの親友である。たった今、これだけのやり取りでジャスミンはカロリーナの心境の変化を感じ取ったのだ。
 学園でライオネルの前から姿をくらますには、おそらくずっと行動を共にするであろうこの友人の協力は不可欠だと思い、カロリーナはジャスミンに小声で耳打ちした。

「詳しくはまたゆっくり話すけど、私……学園ではなるべくライオネル様にはノー干渉ノーコンタクトでいようと決めたの」
「……うん?」
「ライオネル様を自由にしてあげたくて」
「う、う~ん? 意味がわからないのだけれども……」
「私なんかが婚約者面してお側にい続けてはダメだと気付いたの」
「婚約者面も何も婚約者でしょう~?」
「とにかく。王族に対して礼を欠かないように一日一度の挨拶はするけれど、それ以外は極力……いえ、徹底的に姿を見せないようにするから!」
「はい~? 何がどうしてそんな考えになったの~?」

 カロリーナが決死の思いを伝えるも、ジャスミンは心底理解できないという顔を隠しもせずにカロリーナを見る。
 しかし今はあえて何も言うまい、とジャスミンは思った。
 とにかくこういう状態のカロリーナには何を言っても無駄なのだ。
 だがワトソン伯爵家の皆はもちろん、ライオネルを始め王家の面々にも甘やかされて育ち、なぁぁんにもわかってないこのぽやぽやにひと言告げておかねばとジャスミンは考えた。

「でもぉ、とりあえず今日は絶対に、早々に殿下に捕まると思うわ」
「え? どうして?」
「だって待ち構えていると思うもの~」
「まさか。執行部の役員さんは入学式で忙しいのでしょう?」
「でも今日は何がなんでもなんとかすると思うわぁ」
「?‌?‌?」

 ジャスミンの言葉の真意がわからずに首を傾げていると、転移スポットを通過したスクール馬車がいつの間にかフィルジリア上級学園へと到着していた。

「あ、お話している間にもう学園に着いたようね」

 カロリーナは馬車の窓から白亜の学び舎を覗き見る。
 まだ何色にも染まらない学生の純真無垢じゅんしんむくさを表わしているという白壁の校舎。
 各学年の教室や職員室がある棟と、実技などで使う部屋が並ぶ実習棟。
 そして広い運動スペースを設けた鍛錬場やグラウンド、行事や式典などがり行われる講堂が立ち並んでいる。
 一番心惹かれる学生食堂カフェテリアはどこにあるのだろう。
 カロリーナははやる心のまま笑顔をジャスミンに向けた。

「いよいよね、ジャスミン。(主に食堂が)楽しみだわ……!」

 ワクワクとドキドキで武者震いをしながら馬車を降りる順番待ちをしていると、先に降りた生徒たちの騒然とする声が聞こえてきた。

「どうしたのかしら?」

 不思議に思っているカロリーナに、彼女の前に立つジャスミンがこれみよがしに笑った。

「ほらほら~やっぱりね~」

 何がやっぱりなのだろうと思いつつ、ジャスミンに続いて馬車を降りる。
 そして降車してすぐに、目の前に立っていた人物を見てカロリーナは息を呑んだ。

「………!」

 その人物が軽やかな声でカロリーナに告げる。

「おはよう、カロ。とうとう来たね」
「ラ、ライオネル様……!」

 カロリーナの婚約者にしてモルトダーン王国第二王子モルトダーン・オ・リシル・ライオネル。
 王族は国名を名前の最初に冠のようにいただく。
 その王族であるライオネルが、婚約者を出迎えるために待ち構えていたのであった。




    ◆これにてドロン


 手入れの行き届いたグレイアッシュの髪が朝日にキラキラと輝く。
 長身痩躯で立ち姿も王子然としたライオネルが、これまた王子様スマイルをカロリーナに向けている。
 彼の側にはいつもと変わらず側近であるマーティン・ドルフ侯爵令息が控えていた。
 マーティンは図書館で見かけて以来である。
 カロリーナは内心頭を抱えた。
 なんということだ、極力接触を控えようと思っていたのにしょぱなから出鼻をくじかれた感じだ。
 まさかライオネルがわざわざカロリーナを出迎えるために停車場で待っているなんて思いもしなかった。
 ライオネルはきっと、入学式を迎えた婚約者を出迎えるという義務を果たすためにここに来たに違いない。彼は昔から責任感が強く、誠実で真面目な性質たちだから。
 まぁカロリーナも一日一度は王族であるライオネルに挨拶を……というノルマを自分に課していたので、今日は早くもそれを達成したと思えば良いかと思うことにした。
 そんなとき、ふいにライオネルに手をすくい上げられた。
 ライオネルは柔らかな笑みを浮かべ、カロリーナに祝いの言葉を告げる。

「入学おめでとう、カロリーナ。制服姿がとっても可愛いね。よく似合っているよ」

 そしてカロリーナの指先に口づけを落とした。
 カロリーナの親友であるジャスミンやライオネルの側近のマーティンにとってはとうに見慣れた光景だが、学園の他の生徒たちにはかなり衝撃的な光景だったようだ。
 小さく息を呑む声や、「キャー」という黄色い悲鳴がカロリーナの耳に届く。

(……ああぁぁぁぁぁ~……どうしましょう……)

 カロリーナはたまれなくなり、心の中でうめき声を上げる。
 一体、周囲の人間にはこれがどう見えているのだろう。
 図書館でマーティンと一緒にいた男子生徒のように、この美しくうるわしい王子の横に並び立つのがこんなムチムチの標準体重崖っぷち令嬢だなんて、とても受け入れ難く、見るに耐えないと思っているに違いない。
 実際、自分を頭のてっぺんから足のつま先まで食い入るように見つめている数多あまたの視線を感じる。
 カロリーナは素早くライオネルから自分の手を引き戻した。
 その性急な様子にライオネルは不思議そうな瞳をカロリーナへと向けた。

「カロ?」

 カロリーナは慌てて膝を軽く折るだけの略式の礼をり、挨拶をした。

「お、おはようございますライオネル様。お祝いのお言葉をありがとうございます」

 笑顔だけはいつもと変わらないようにと心掛け、そしてライオネルに尋ねた。

「だけどなぜ停車場こちらに? お忙しいとお聞きしていましたので驚きましたわ」

 カロリーナの言葉にライオネルは笑みを浮かべる。

「今日は特別な日だからな。本当は屋敷まで迎えに行きたかったんだが、それが叶わなかった。だからせめて学園に着いたカロを出迎えようと待っていたんだ」
「まぁそうでしたの。わざわざ申し訳ありません。ありがとうございます」
「カロ? 学園では確かに先輩と後輩だが、別に俺に対しては言葉遣いを改める必要はないんだぞ?」
「でも学園は小さな社交場とお聞きしていますわ」
「フィルジリア上級学園は学内では身分で分けへだてをしない自由平等をうたっているんだ。まぁ王族ともなると立場云々うんぬんはあるが、カロはそんなこと気にしなくていい」
「お、おほほほ……」

 目立たず影に徹しようとしているのにそれでは目立ってしまう……とは言えないので、カロリーナは笑って誤魔化しておいた。
 そんなカロリーナにライオネルが続ける。

「カロ。キミが入学してくれて本当に嬉しいよ。執行部の仕事で学園ではなかなか一緒にいられないかもしれないけど、困ったことがあったら一番に頼ってほしい」

 優しいその言葉を聞き、カロリーナの胸はつきんと痛んだ。
 本心ではその言葉に従いたい。何か困ったことがあってもなくても頼りにして甘えたい。
 だけどそんな優しいライオネルをわずらわしてはいけないとも思う今、カロリーナは大袈裟なほど首を横に振って返した。

「ライオネル様のお手をわずらわすなんて滅相めっそうもございませんわっ……学園では私のことは婚約者ではなくただの一生徒、いえこの学園のどこかに勝手に生息する脂肪のかたまりくらいのものと認識してくださって結構ですわ!」

 一気にまくし立てるように告げるカロリーナに、ライオネルは胡乱うろんげな表情を浮かべる。

「カロ……? 一体どうした? それはどういう……」

 だけどその言葉を最後まで言い終わる前に、辺りがざわっ……として、すぐ騒然となった。
 生徒たちが一斉にそちらを見るのに釣られて、カロリーナもその方向へ視線を巡らせる。
 すると数名の男子生徒と一人の女子生徒がこちらに向かってくる姿が目に飛び込んできた。

「……」

 その数名の生徒たちの中に、図書館でライオネルの理想の女性について言っていた男子生徒がいたことから、彼らが生徒会執行部の面々であるとわかった。
 そしてその中の紅一点である女子生徒……
 カロリーナは心の中で叫んでいた。

(長身スレンダーはかなげボディ!!)

 そのひとつひとつの単語に当てはまる理想的な少女がそこにいた。
 おそらく身長は百七十センチ近く、いや百七十センチを超えているのではないだろうか。
 すらりと伸びた背に細くしなやかな四肢。そして聞いていた通りの折れそうなほど細いウエスト。
 艶々つやつやの栗毛色の髪はストレートロングで、彼女が歩くたびにサラサラと揺れていた。
 首も肩も手首も足首も何もかもが細く、なるほどこれは確かにはかなげだ。
 そして何よりその美しい顔立ち。すっきりした切れ長で奥二重の涼しげな目元とふっくらとした唇。
 全てが完璧な美の女神がそこにいた。
 彼女が図書館で聞いたクリステル嬢、その人に間違いないだろう。
 カロリーナは思わずごっくんと生唾を呑んだ。
 生徒会執行部の面々であろう数名の生徒がライオネルの元へとやって来る。
 最初に声をかけたのは長身スレンダーはかなげボディのクリステル嬢であった。

「殿下、こちらにいらっしゃったのですね。そろそろ講堂へ向かわなくてはいけないのに急にお姿が見えなくなって、皆で捜していたのですよ」

 なんと推測クリステル嬢は声まで美しい。
 その言葉を受け、ライオネルが彼女に返す。

「クリステル嬢、すまないな。皆も。しかしどうしても今日は婚約者を出迎えたかったのだ」
(やっぱりこの方がクリステル嬢!!)

 カロリーナは小さく息を呑んで、ライオネルの側に来たクリステル嬢を改めて見た。
 そして戦わずして自らの敗北を悟る。

(くすんですわ)

 泣きそうだ。ライオネルとクリステル。二人が並び立つとついの美しい彫像のようではないか。
 見目うるわしいライオネルとクリステル。
 あまりにも二人がお似合いすぎてもはや言葉も出ない。
 周りにいる生徒たちも恍惚こうこつとした表情でライオネルとクリステルを眺めていた。

「……カロリーナ?」

 カロリーナの側にいたジャスミンがじっと二人を見つめているカロリーナに気付く。
 カロリーナはハッと我に返り、困ったような……そしてどこか納得したような、そんな笑顔をジャスミンに向けた。
 それを見たジャスミンの眉間にシワが寄る。
 そんなジャスミンと顔を見合わせるカロリーナに、ライオネルは告げた。

「カロ、紹介するよ。彼女はクリステル・ライラー嬢。同じ執行部二年で隣国イコリスの伯爵家のご令嬢だ。クリステル嬢、以前から話している私のカロリーナだ。何かと気にかけてやってくれると嬉しい」

 と、カロリーナとクリステル、双方を引き合わせた。
 国は違えど同じ伯爵位。
 だけどこの場合、一応ライオネルの婚約者であるカロリーナの方が上の立場であり、先に声をかけるべきだろう。

「は、はじめましてライラー伯爵令嬢。カロリーナ・ワトソンです」

 自分はライオネル殿下の婚約者だ、という肩書きを口にする胆力は持ち合わせてはいない。
 カロリーナがそう挨拶をすると、クリステルは花のかんばせほころばせて微笑む。

「はじめまして、クリステル・ライラーです。ようやくお会いできて本当に嬉しいですわワトソン伯爵令嬢。どうか私のことはクリステルとお呼びくださいませ」
「では私のことはカロリーナと。ク、クリステル様」
「はい。カロリーナ様」

 同性でも見惚みとれてしまうような美しい笑顔でクリステルはそう言った。
 彼女の人の良さがにじみ出たような、そんな好感が持てる笑顔だ。
 ライオネルのことがなければ絶対にお友達になりたい! と思っただろう。
 クリステルはライオネルにわざと意地悪そうな顔を向けた。

「殿下が忙しい時間をいてでも出迎えたいお気持ちがわかりました。こんなにお可愛らしい婚約者であれば、みっともなく所有権を振りかざして他の男子生徒を牽制けんせいしたくなりますよね」
「みっともなくとはなんだ。しかし悔しいがその通りだ。何事も最初が肝心だからな」
「まぁ。一国の王子ともあろうお方がマウントを取るだなんて、やっぱりみっともない」
「だからみっともないと言うな」
「ふふふ」

 フランクに仲良く話す二人を見て、カロリーナは打ちのめされる。
 惨敗ざんぱいだ……。二人はお似合いなだけでなく信頼を寄せ合う仲なのだ。
 身分を超えてフランクに話し合えるなど、信頼関係が築けているからこそだ。
 きっと執行部の仕事を通じて、カロリーナの知らない時間を二人で共有し、いつしか信頼し合う仲となったのだろう。
 カロリーナは人知れず一歩、足を小さく後ろに引いた。
 やはり自分はライオネルの側にいるべきではない。
 少なくともクリステルのいる学園では。

(私は消えますね)

 これにてドロン。
 カロリーナはよく祖父がそう言っているのを思い出していた。

「まぁいい。カロリーナ、何か困ったことがあったら俺だけでなくクリステル嬢にも頼るといい。同性だから何かと相談しやすい……あれ? カロリーナ?」
「え? カロリーナ様?」

 今まで確かに目の前にいたはずのカロリーナの姿が消えていることにライオネルは気付き、瞠目どうもくした。
 マーティンもカロリーナが消えているのを知って辺りを見回している。

「ジャスミン、カロリーナは?」

 ジャスミンとは幼馴染であるライオネルが彼女に尋ねた。
 だけどジャスミンは困った顔をするのみである。
 本当はジャスミンもカロリーナがいつ消えたのか知らない。
 誰も知らないのであればカロリーナが自分から消えたということだろう。ライオネルにもそれはわかっているはずだ。
 問題はなぜ何も言わずに突然消えたのか。
 これは不敬であり無作法な行いだ。貴族の令嬢なら絶対にそんなことはしない。
 ましてやカロリーナは妃教育で礼儀やマナーを叩き込まれている身だ。
 そんなカロリーナが自らそうした行動を取ったのであれば……
 だからジャスミンは親友のためにこう答えておいた。

「お花を摘みに行きたくなったので失礼しますと、殿下に伝えてほしいと言っていましたわ~。ちょっと焦っていたのでごめんあそばせ~」
「そ、そうか。大丈夫なのか?」
「さぁ~? でも式が始まる前に捕獲しておきますからご心配なく~」

 ジャスミンは手をひらひらと振って、クリステルや他の執行部メンバーと先に講堂へ入っていくライオネルを見送った。

「……まったく……私の可愛いカロリーナったら何をやっているのかしら~」

 ジャスミンは嘆息して、そう一人ちた。



    ◆式の最中に


「……やっぱりここにいたのね~」

 もうすぐ入学式が始まろうとしている時間、ジャスミンは講堂近くにある木を見上げてつぶやいた。

「ジャスミィン……うっ……ひっく……」

 その木の上には枝に腰かけ、幹にしがみついて泣いているカロリーナがいた。

「あなたコアラじゃないんだから、そんな格好で泣いちゃダメよ~。それで? どうして殿下の前から逃げ出して泣いているのかしら~?」

 ジャスミンがそう言った瞬間、カロリーナは体重も重力も感じさせずに木から地面へと着地してジャスミンに抱きついた。

「ジャスミン~! 私もうライオネル様の前には立てないぃ~!」

 そうしてジャスミンにギュウギュウとくっ付きながらカロリーナはおんおん泣いた。

「前に立てないって……はぁ~? それはまたどぉしてそんなコトになっているの~?」
「だって……私っ、聞いてしまったのっ……うっ、ひっく……」

 カロリーナは図書館でマーティンと一緒にいた男子生徒が言っていたことをジャスミンに話して聞かせた。

「う~ん? それで殿下の前にはもう立てないと思ったのぉ?」

 話を聞き終えたジャスミンが呆れた顔でカロリーナを見る。
 カロリーナは愛用の大判ハンカチーフで涙を拭きながら答えた。

「そりゃ……立てないわよぅ……理想のタイプと正反対の私が婚約者というだけでも申し訳ないのにっ……それでさらに今までみたいにベッタリと側にいて、ライオネル様の視界に入り続けるなんて申し訳なさすぎるものっ……」
「でもそれって、殿下の口から直接言われたわけじゃないでしょう? それに私も昔から殿下のことを見てるけど~好きなタイプは特にないと思うのよね~。いて言えばぁ? 好きなタイプはカロリーナ、みたいな~? 痩せてようと太ってようとカロリーナが大好きなのよぅあの人は~」
「うっく……ひっく……ほんとう?」
「本当本当~。初めて会った男子生徒と私の言葉、カロリーナはどっちを信じるの~?」
「ぐすっ……そりゃ……ジャスミンだわ……」
「ならもう泣くのはやめて、入学式に出ましょうね~」

 ジャスミンはそう言って、カロリーナの涙をハンカチで拭いてあげた。

「うん……ジャスミン……ありがとう……」
「ほらいらっしゃい、カロリーナ」
「うん」

 そうしてカロリーナはジャスミンに連れられて講堂へ行き、なんとか入学式に遅刻をせずに済んだのであった。


    ◇


 フィルジリア上級学園入学式は学園長のありがたいお言葉から始まり、続いて来賓らいひん各位からの祝辞、そして在校生代表の挨拶と進行していった。
 その在校生代表とはもちろん全生徒の最高位、第二王子ライオネルである。
 その際に生徒会執行部の面々もライオネルと共に壇上に登った。

(ライオネル様……)

 カロリーナは新入生の席から、近くて遠い婚約者の姿を見つめる。
 挨拶を述べるライオネルはさすがに堂々としたもので、王族としての威厳に満ちあふれていた。

(素敵……! 小さい頃からライオネル様は本当に優秀で、優秀なだけでなく努力もおこたらなかったものね)

 壇上から隅々の生徒にまで言葉が届くよう、広く視線を向けて語るライオネル。
 時折視線がかち合うような気がしたが、彼は全生徒を満遍まんべんなく見渡しているのだ、それは当然だろう。
 ぽぅ……としてライオネルに見惚みとれていると、あっという間に挨拶が終わって、次に生徒会執行部からの挨拶が始まった。
 そんな中、後ろの席の生徒が小声で話す声が聞こえてくる。

「さっきの方が第二王子殿下? 素敵ね~……」
「なんだお前、王子に惚れたのか?」
「憧れ程度だけどね。……だって私たち平民はこんな式典でもなければ王族のお姿なんて拝見できないもの。でも何よ、私が惚れちゃ悪いっていうの?」

 きっと昔からの馴染み同士なのだろう。
 男女二人の生徒が親しげにヒソヒソと話している。
 聞き耳を立てているわけではないが、すぐ後ろにいるのだから会話の内容が耳に入ってきてしまうのは仕方ない。
 男子生徒が女子生徒に向かって言う。

「もしかして、王子と〝自由恋愛〟できるなんて思ってないよな?」
「自由恋愛? 何それ?」
「この学園だけにある伝統的な風習だよ。たとえ婚約者がいる者であっても、在学中は学園内であれば自由に相手を選んで恋愛ごっこで遊べるんだ。知らないのか? 昔からある有名なやつだぜ」
「知らないわ……でも、それなら尚さら私にも王子殿下とその自由恋愛とやらをするチャンスがあるんじゃない? 学園は自由平等をうたってるんですもの」
(な、なんですってっ!?)

 勝手に聞こえてくるその言葉に、カロリーナの目が丸くなる。
 そのとき隣に座るジャスミンがカロリーナの手をぎゅっと握った。
 カロリーナがジャスミンの方を見ると、彼女は首を小さく横に振っていた。
 そして「部外者が勝手に言っている与太話なんて聞いてはダメよ」とさとされた。
 だけど真後ろで話されて勝手に耳に入ってくるのだからどうしようもない。
 そんなカロリーナの困惑を察してか、ジャスミンがおもむろに後ろの二人に小声で注意する。

「そこのあなたたち、式の最中ですわよ。静かにしてくださらない?」

 すると男子生徒の方がジャスミンに言い返してきた。

「なんだよ。あぁ、キミも王子目当てか。だからこの話が気に入らないんだろ? でも残念、生憎あいにくだな。殿下の自由恋愛の相手はもうすでに決まっていて、まさにその真っ最中らしいぜ?」
「は?」

 普段おっとりとしたジャスミンのおっとりではない声が響くも、それを打ち消すように男子生徒の横の女子生徒が過剰反応気味に食いついた。

「えっ? だ、誰とっ?」
「俺のいっこ上の従兄いとこが学園にいるんだけどさ、その従兄いとこから聞いたんだ。ホラ、壇上にいる執行部の紅一点クリステル・ライラー嬢だよ。殿下と彼女が自由恋愛のパートナー同士らしいぞ」

 男子生徒はそう言って壇上のライオネルとクリステルを仰ぎ見た。
 そしてその言葉に思わずカロリーナは声を発してしまう。

「……え……?」

 その様子を見たジャスミンが、握っている手の力を強めた。

「そんなの単なる憶測よ。カロリーナ、聞く耳を持っちゃダメ」

 男子生徒は尚も言葉を重ねる。

「憶測じゃねぇよ。二人がいい感じなのは学内でよく見られる光景らしいぞ。自由恋愛はこの学園ならではだけど、いい伝統だよな~」

 と言ってから、男子生徒はご丁寧にフィルジリア上級学園伝統の自由恋愛について説明を補足した。


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