恋人が聖女のものになりました

キムラましゅろう

文字の大きさ
16 / 22

ユラル、聖女にもの申す

しおりを挟む
ユラルを侍女にと望み、それが叶わぬからといって無理やり連れて行こうとする聖女ルナリアとその騎士達の前に、聖女の騎士である筈のライルが立ち塞がった。

「先輩方、それ以上近付かないでくれ。俺は仲間を斬るような事はしたくないんでね」

「ライルっ」

もちろん、ユラルを守るためである。

そんなライルにルナリアは不思議そうに小首を傾げて問いかける。

「ライル?どうして邪魔をするの?貴方はわたくしの騎士でしょう?わたくしの為に存在する貴方がそんなおかしな真似をしてはいけないわ?」

「聖女サマ。確かに有事の際にはあんたを守り剣を持ち盾となるのが俺たちの仕事だ。でもそれはあくまでも役目、ビジネス、給料内での話だ。その中の事でなら、暴漢だろうが魔獣だろうが悪霊だろうがまさに身命を賭して戦うさ。殉職したってそれは仕方ない。だけど俺たち騎士はあんたの為に生きてるわけじゃない、ましてやあんたの所有物でも何でもない。そしてこんなくだらない私情のために、俺のユラルを怖がらせたあんたを、俺は許さない」

ライルが言った言葉をルナリアはやはり要領を得ない顔をして聞いていた。

「?わからないわ。聖女の騎士なら、貴方はわたくしのものでしょう?」

「聖女の騎士という姿は仮の姿……俺の本当の姿は……」

ーーちょっと待って、これ言われたら絶対恥ずかしいヤツ。

ピンと来たユラルがライルを制止しようとする前に、小首を傾げたルナリアが続きを促した。

「本当の姿は?」

「ユラルの忠実なる犬だっ!」


「ぷ☆」と、どこかで誰かが吹き出す声が聞こえたが今のユラルはそれどころではない。
アホで恥ずかしい事を堂々と言い放ったこの駄犬をどうにかする事だった。

「ライル、待て、待てよ。頼むからこれ以上恥ずかしい事は言わないでねー……」

ユラルがライルの頭を撫でながら言うと、ルナリアがユラルに尋ねてきた。

「ねぇユラルさん。貴女は一体どんな力を使ってライルを手懐けたの?もしかして貴女も神聖力のような特別な力を持っているの?」

「え?」

この人は本気でそんな事を考えているのだろうか。
ユラルはきょとんとこちらに視線を向けるルナリアを見た。


ーーまるで幼子おさなごがそのまま大きくなったような人だわ。


純真、ピュア、外界の厳しさを全く知らない無垢な存在。
それこそが聖女として相応しいと、まるでそういう型に嵌められて作られた人形のように感じた。


ユラルは落ち着いた静かな声でその問いに答えた。

「わたしに特別な力などありませんし、ライルを手懐けた覚えも一切ありません。ただ彼とは互いに大切にし合い、誠実に向き合いながら、七年の時をかけて絆を深めていっただけです」

「なぜ時間をかけるの?力を使えばすぐに相手の心は自分だけのものに出来るのよ?自分だけを愛して大切にしてくれるのよ?絆なんて一瞬で出来上がるわ」

「そんなの、絆とは呼べません」

「え……?」

「相手の心に土足で踏み込んで、自分を好きになるように仕向けるなんて、そんなの絆を結ぶとは言えません」

「では……何だと言うの……?」

はじめて表情を硬くしたルナリアの問いに、ユラルはキッパリと言い放った。


「それは“支配”と呼ぶものです」


本部のエントランス内が俄に騒めいた。

まともな考えを持つ者なら誰しも思っていた事だが、今まで誰も口にしなかったその事実をユラルが口にしたからだ。

聖女を崇拝する者達からは非難の騒つきも聞こえて来る。

そしてルナリアが甲高い声を上げた。

「ひどいっ!ひどいわ支配だなんてっ……!わたくしはただ、皆に好きになって貰いたくて頑張っただけなのにっ、どうしてそんなひどい事が言えるのっ?」

ユラルは動じる事なく、それに端的に答える。

「それが事実だからです」

わぁっ、と歓声が上がった。

聖女の神聖力に疑問と不安と懸念を抱いていた者達からの歓声だ。
声の大きさから、それは意外に多数である事が判明する。

「もういいわっ!なんてひどい人なのっ!きっと悪魔が取り憑いているのね!もしくは異端者よ!オクちゃん(枢機卿)に言って異端審問にかけて貰うんだからっ!聖騎士貴方達、この女を連行して頂戴っ!」

「はっ!」

ルナリアの金切り声に、彼女の騎士達が行動に移そうとした。

それに先んじて一歩、ライルが彼らの方へ踏み出す。

「おっと先輩方、何をする気です?
まさか本当にユラルを異端者として
しょっ引く気じゃないですよね?」

「なにを当たり前の事をっ!聖女様のお言葉は絶対だっ!」

「そこを退けライルっ!邪魔立てするなら貴様も叩っ斬るぞっ!!」

威圧的に怒号を浴びせてくる聖騎士達に、ライルは温度を感じさせない冷たい声で返した。

「……へぇ?誰が誰を斬るって?お前らの中に、手合わせ時に俺から一本でも取れた奴がいるのか?一度だって俺に勝てた事もない奴らが何を言ってやがんだ?」

「い、いくら貴様の腕が立つからと言って、多勢に無勢では、か…敵うまいっ……」

「おやおや、騎士道精神に背いた言動ですね。騎士としての誇りを捨てるんなら、いっそ騎士なんざやめちまえよ」

一触即発の危うい空気に、ユラルは震え上がった。
このままでは必ず刃傷沙汰になる。

ライルが負けるとは思えないが、それでも怪我なんて負って欲しくはない。

ユラルはライルを止めた。

「ダメよライルっ……わたしの事はいいから、危ない事はやめてっ……」

ライルは対峙する聖騎士達から視線を逸らさずにユラルに言う。

「何言ってるんだ。異端者扱いで連行なんてされてみろ、どんな目に遭わされるかわからないんだぞっ。大切なユラをそんな目に遭わせてたまるかっ!」

「でもライルっ……!」

「ユラ、下がってろ。ロアンヌさん達の所へ行け」

「ダメよ、ダメっライルっ」

ライルを一心に見るユラルの視界の端に、抜剣する聖騎士達の姿が映る。

騎士の一人が癇声かんごえを上げた。

「ライルっ!!貴様も牢にぶち込んでやるっ!!」

「上等だオラ゛!!
やれるもんならやってみろっ!!」


駄目だ止められない!と思ったその時、
空を切るような凛とした声が響き渡った。


「そこまでザマスっ!!」


毅然とした声だが不釣り合いな語尾がエントランスに響き、皆が一斉に声の主を顧みた。


「アマンディーヌ様……!」

ユラルは思わずその名を口にする。


数名の見慣れぬ者を引き連れた、枢機卿夫人アマンディーヌの姿がそこにあった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


皆サマ……!
いつも沢山のエールをありがとうございます!








しおりを挟む
感想 416

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

見捨てられたのは私

梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。 ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。 ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。 何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた

玉菜きゃべつ
恋愛
 確かに愛し合っていた筈なのに、彼は学園を卒業してから私に冷たく当たるようになった。  なんでも、学園で私の悪行が噂されているのだという。勿論心当たりなど無い。 噂などを頭から信じ込むような人では無かったのに、何が彼を変えてしまったのだろう。 私を愛さない人なんか、嫌いになれたら良いのに。何度そう思っても、彼を愛することを辞められなかった。 ある時、遂に彼に婚約解消を迫られた私は、愛する彼に強く抵抗することも出来ずに言われるがまま書類に署名してしまう。私は貴方を愛することを辞められない。でも、もうこの苦しみには耐えられない。 なら、貴方が私の世界からいなくなればいい。◆全6話

【完結】愛されていた。手遅れな程に・・・

月白ヤトヒコ
恋愛
婚約してから長年彼女に酷い態度を取り続けていた。 けれどある日、婚約者の魅力に気付いてから、俺は心を入れ替えた。 謝罪をし、婚約者への態度を改めると誓った。そんな俺に婚約者は怒るでもなく、 「ああ……こんな日が来るだなんてっ……」 謝罪を受け入れた後、涙を浮かべて喜んでくれた。 それからは婚約者を溺愛し、順調に交際を重ね―――― 昨日、式を挙げた。 なのに・・・妻は昨夜。夫婦の寝室に来なかった。 初夜をすっぽかした妻の許へ向かうと、 「王太子殿下と寝所を共にするだなんておぞましい」 という声が聞こえた。 やはり、妻は婚約者時代のことを許してはいなかったのだと思ったが・・・ 「殿下のことを愛していますわ」と言った口で、「殿下と夫婦になるのは無理です」と言う。 なぜだと問い質す俺に、彼女は笑顔で答えてとどめを刺した。 愛されていた。手遅れな程に・・・という、後悔する王太子の話。 シリアス……に見せ掛けて、後半は多分コメディー。 設定はふわっと。

【本編完結】独りよがりの初恋でした

須木 水夏
恋愛
好きだった人。ずっと好きだった人。その人のそばに居たくて、そばに居るために頑張ってた。  それが全く意味の無いことだなんて、知らなかったから。 アンティーヌは図書館の本棚の影で聞いてしまう。大好きな人が他の人に囁く愛の言葉を。 #ほろ苦い初恋 #それぞれにハッピーエンド 特にざまぁなどはありません。 小さく淡い恋の、始まりと終わりを描きました。完結いたします。

処理中です...