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連載
さわこさんと、おもいがけない結末
しおりを挟むイラスト:NOGI先生
今日のトツノコンベは朝から大騒ぎになっていました。
「さわこ、こっちこっち!」
ツカーサさんに引っ張られながら、私は街道を走っていました。
バテアさんとリンシンさん、ラニィさんとエミリアもその後に続いています。
役場が見えてまいりました。
その前には、すごい数の人だかりが出来ています。
その人だかりを、ヒーロさんやシウアさん達役場の皆様が縄を使って何かから遠ざけようとなさっておいでです。
そんな人だかりの最後尾にたどり着いた私は、息を切らせながら前方へ視線を向けました。
その視線の先……役場の前には、3人の男性のお姿がございます。
その3人のお方は……ど、どう言えばいいのでしょうか……非常に複雑な感じに縄でくくられています。
3人とも、後ろ手に縛られておられまして、そのまま海老反りになるように頭と足先を結ばれておいでです。
どうみても、自分で出来る結び方ではございません。
3人のお方は、皆さん衣服をすべてはぎとられておりまして、いわゆる丸裸の状態です。
そして、そのお顔に紙が貼り付けられているのですが、そこには……
『私達が誘拐事件を依頼しました』
そう書かれていたのです。
「……あの人」
目を丸くしている私の横で、ラニィさんがお怒りのご様子です。
その視線が、3人の中の1人に向けられていました。その肩がわなわなと震えておられます。
「あの左端の男、上級酒場組合の役員じゃない、残りの2人は卸売市場の役員ねぇ」
バテアさんがそう言いながら3人を見つめておられます。
その顔には笑みが浮かんではいるのですが……その笑顔はいつものどこか楽しげな笑顔ではありません。
……なんでしょう……横で見ている私が思わず背筋が寒くなってしまう、そんな思いを抱いてしまうような笑顔でございます。
そんな3人の方々を取り囲むようにして、すごい数の人だかりが出来ております。
その中に、私達も加わっていた次第です。
この混雑は、衛兵の皆様が駆けつけてこられまして、この3人の方々を連行していかれるまで続くことになった次第でございます。
◇◇
「……いやぁ……大変でしたよ、今日は……」
夜になり、営業中の居酒屋さわこさんの中で役場のシウアさんがため息をつかれています。
そんなシウアさんの周囲を、お店にいらしているほぼ全てのお客様が取り囲んでおられます。
皆さん、シウアさんから今朝の一件の続報をお聞きしようと興味津々なご様子です。
そんな中、唯一例外なのがゾフィナさんです。
「うん、やはりこの店のぜんざいは最高だな、うん」
皆様の騒ぎをよそに、カウンターで嬉しそうにぜんざいを食べておいでです。
「で、シウアよ、結局あの後どうなったんじゃ?」
ドルーさんが身を乗り出しながらシウアさんに訪ねておいでです。
その言葉に、他の皆様も一斉に頷いておられます。
そんな皆様を前にして、シウアさんはゆっくりとお話をはじめられました。
お話出来る範囲で、と前置きをなさったシウアさんのお話によりますと……
あの3人の方々は、張り紙に書かれていた
『私達が誘拐事件を依頼しました』
この内容を全面的にお認めになったそうです。
「何でもですね……名前は申し上げることが出来ませんが、今回の事件の実行犯がですね、昨夜この3人の家に出没したそうでして、
『お前達も名前をばらされたら何かと困るんじゃないのかい? 金次第ではこのまま引き下がってやってもいいわよ』
と、取引を持ちかけたそうなんです。
3人は、この取引に応じて、相当な金品をポルテ……じゃなかった、実行犯に渡したそうなんです」
「ジュ? 金を払ったのに、じゃあなんで、あの3人はあんな目にあったジュ?」
「そこなんですよ、ジューイさん。
ポルテント……あわわ、じゃなくってですね、この実行犯は、3人から金品を奪うと、
『アタシとしてはねぇ、このまま引き下がってあげてもいいんだけどぉ……王都で監禁されてちょっとイライラしてるのよねぇ、その憂さ晴らしをさせてもらうわねぇ』
って、言って……」
「それでああしたってのか、うわ、こりゃひどい……気がしないでもないけど、あいつらも今まで素知らぬ顔をしてた訳だし、むしろ自業自得なのかもね」
ナベアタマさんがそう言いながら苦笑なさっておいでです。
なんでも、3人の方々は、このポルテ……あ、いえ、失礼いたしました、実行犯の方から相当ひどい目に合わされた挙げ句、役場の前にあのような格好で放置されたのだそうでございます。
よほどひどい目にあったご様子だった3人の方々は、
『全部白状するから、あの女から守ってくれ』
衛兵の皆様に、必死なご様子でそう懇願なさったそうでございます。
「馬鹿よねぇ……」
話を一通り聞き終えたところで、バテアさんが大きなため息をおつきになられました。
「ああいう裏の世界の住人を手先に雇う時は、常に穴二つ……しっぺ返しがあるかもしれないことを覚悟しとかなきゃならないのは常識じゃない。
せめてあの女が捕まってる間に自首しとけば、ここまでひどい目に遭わなくて済んだでしょうにねぇ」
そう言うと、バテアさんは少し首をひねっておいでです。
「ったく、もうちょい早く役場前の状態に気付いてたら、先に2,30発ぶん殴っておいたのに……一生の不覚だわ……」
そう言いながら左右の拳を振り回し始めたのですが、その拳には異様な殺気が籠もっています。
格闘技とか、そういう物に疎い私でも、その気配を察することが出来た程です、店内の皆様も当然その気配をお察しになっているものですから、しばらく店内は水をうったように静かになってしまいました。
そんな中、
「さわこ、ぜんざいおかわり」
カウンターのゾフィナさんが、その空気を払拭する明るい声でそうおっしゃいました。
その声のおかげで、店内の静けさが一瞬で消え失せ、皆さんが一斉に笑い始められました。
「なんだ? どうかしたのか?」
そんな皆さんを、ゾフィナさんは不思議そうな表情で見つめておいでです。
「いえいえ、お気になさらなくても結構ですよ」
そんなゾフィナさんに、私は新しいぜんざいのお椀を手渡していきました。
今日の居酒屋さわこさんの店内は、この後はたわいもない会話で盛り上がっていった次第でございます。
なお、ヒーロさんはこの一件の取り調べに立ち会っていたため、結局お店にはおいでになられませんでした。
せっかくゾフィナさんがおいででしたのに……
◇◇
その夜、私・バテアさん・リンシンさんの3人は、いつものようにリビングで晩酌をしていました。
今夜は、このメンバーにラニィさんも加わっています。
「ほんっと、あの男はですね……以前からいけ好かないヤツだったのですよぉ!」
すでに相当お酒が入っておいでのラニィさんは、お顔を真っ赤にしたまま机を何度も叩いておいでです。
なんでも、今回捕まった上級酒場組合の方はですね、組合の中ではラニィさんの直属の上役にあたられる方なのだそうでして、以前から色々めんどくさい仕事をラニィさんに押しつけ続けていたそうなのです。その中に、中級酒場組合への嫌がらせや、私の抱き込みなどの命令も……
「……ただですね……あんな男の言うことを聞いていた私も私ですわ……ホントに、なんであの頃の私はあんなことを……」
先ほどまで怒りを露わになさっていたラニィさんは、今度は大泣きし始めてしまいました。
すると、そんなラニィさんをリンシンさんが抱き寄せられました。
「ラニィ……お疲れ……ラニィ、もう悪くない……」
「り……リンシン様ぁあああああああああああ」
リンシンさんに優しく抱きしめられたラニィさんは、そんなリンシンさんに抱きついて、さらに大泣きし始めてしまいました。
そんなラニィさんの背中を、よしよしとばかりに手でさすっておられるリンシンさん。
そのお姿を、私とバテアさんは苦笑しながら見つめていました。
「とにかくさ……これでさわこを誘拐しようとした首謀者も捕まったわけだし、やっと安心出来るわね」
「でも……どうなのでしょう? あの実行犯の方はまだ捕まってはいないのでは……」
「あいつはほっといても大丈夫よ。依頼する人間がいなければ何もしない女だしね。それに、あの3人が資産を根こそぎ奪われたって話だし、当面の資金も工面出来たわけだからトツノコンベにはもう顔を出さないと思うわよ」
バテアさんのお言葉をお聞きして、私は少し安堵の表情を浮かべました。
すると、そんな私の肩に、バテアさんが腕を回されました。
「……それに、今度はアタシが絶対に守ってあげるからさ、安心してよ」
「……はい、ありがとうございます」
バテアさんの言葉で、私は、ようやく心の底から安堵の表情を浮かべることが出来たような気がいたしました。
ーつづく
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