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連載
さわこさんと、最近のあれこれ
しおりを挟むイラスト:NOGI先生
私が住んでおります、この辺境都市トツノコンベには現在2つの卸売市場がございます。
1つは以前からこのトツノコンベにございました卸売市場でございます。
こちらの卸売市場は、専属契約を結んでおられますトツノコンベやその周辺で農業をなさっている皆様から野菜を買い取りまして、それをトツノコンベ内で商売をなさっている皆様へ販売されています。
その取引の大半は上級酒場組合と中級酒場組合に所属している酒場の皆様でした。
もう1つは、私達が新たに創設いたしましたバテア青空市でございます。
こちらは、バテアさんが発見なさった異世界、通称「さわこの森」の中で、アミリアさんが行っておられます大規模農業によりまして収穫されています野菜やアミリア米と、ワノンさんと和音が製造しておりますパルマ酒の卸売りを行っております。
バテア青空市は、現在トツノコンベ内にございます中級酒場組合に所属なさっている全ての酒場と取引をさせて頂いております。
そのため、卸売市場は上級酒場組合に所属なさっている酒場のみと取引を行われている次第です。
そんな現在の卸売市場と上級酒場組合では2つの深刻な問題が発生しているそうです。
まず1つは、お酒の問題です。
元々このトツノコンベでは、ワノンさんの酒蔵から提供されるお酒が取引の主流でした。
ワノンさんが製造なさっていた上級酒が上級酒場組合へ、普通酒が中級酒場組合へ、卸売市場を通してそれぞれに提供されていたのですが、現在のワノンさんはバテア青空市のみにお酒を卸売りなさっておられます。
元々、トツノコンベにはワノンさんの酒蔵しか、お酒を生成している場所がございませんでした。
そのため、卸売市場の皆様はトツノコンベ以外から仕入れていたお酒の量を増やして対応なさっておられるのだそうですが……
そのお酒のどれもが、ワノンさんが製造なさっているパルマ酒に劣っているのでございます。
そのため、現在のトツノコンベでは、上級酒場組合の酒場より中級酒場組合の酒場の方が美味しいお酒を提供しているという、ちょっとありえない状況になっている次第でございます。
次にお野菜です。
バテア青空市に持ち込まれていますアミリアさんのお野菜は、私の世界で流通している野菜の種をアミリアさんが研究しこちらの世界の気候風土に適した状態に品種改良した物ばかりです。
そのため、そのどれもがこの世界のお野菜よりよく実り、味も濃く美味しい次第でございます。
化学肥料なども購入して持ち込みまして、アミリアさんに研究・開発していただき、ご使用いただいているのですが、その影響もありましてアミリアさんのお野菜はどんどん味がよくなっている次第です。
これに対しまして、卸売市場に持ち込まれておりますお野菜は、その全てが昔ながらの製法で作られたものばかりです。
そのため、痩せたお野菜が多く味もいまいちでございます。
当然、バテア青空市の野菜を使用している中級酒場組合の酒場の料理は味がよくなり、上級酒場組合の料理の味は今までどおりのため必然的に中級酒場組合の料理よりも劣ってしまう状況が出来上がってしまった次第なのです。
◇◇
「でね、上級酒場組合のお偉いさん達が卸売市場に対して取り扱い商品の品質の向上を直訴したらしいのよ」
カウンターに座っておられます中級酒場組合の責任者でもあられますジュチさんが楽しそうに笑っておられます。
「でもさ、卸売市場としても『現状入手出来る最上級の品物を提供している』って言い返しててさ、なんかもうにらみ合い状態みたいね」
「……でも、そうなると、卸売市場に野菜を納入なさっておられます農家の皆様がお困りになるような事態になってしまうのでは……」
私は困惑した表情を浮かべました。
それに対しましてジュチさんは、
「あぁ、それは大丈夫。市場も上級酒場組合もさ、アタシ達中級酒場組合にいい野菜がまわらないようにこの近隣全ての農家とすっごい長期の専属契約を結んでんのよ。
だから、上級酒場組合は他の市場と契約をしたとしても卸売市場の野菜も一定量購入し続ける義務があるし、市場は市場で、契約している農家から持ち込まれた野菜はすべて買い取る義務があるわけ。
その点、アタシ達中級酒場組合は、『上級酒場組合が購入しない質の悪い野菜で良ければ売ってうやる。それが嫌なら自分達で仕入れ先を探してもいいんだぜ。ま、この近隣の農家は全部押さえてるけどな』的な契約だったからね。バテア青空市が出来たおかげで万々歳なわけよ」
お酒をぐいっとあおられ、高笑いなさいました。
少々、後ろめたいといいますか……バテア青空市を経営している者の1人といたしましては、あれこれ考えてしまうところが無きにしも非ずなのですが……上級酒場組合と卸売市場の方々が中級酒場組合のみなさまや私個人になさった仕打ちを考えますと、それもまた仕方ないのかも……そう思えなくも無きにしも非ずです。
「ま、ポルテントチーネが白状すれば、さわこを誘拐した奴らもお縄になるでしょうし、とりあえずはそれまで様子見ってことかしらね」
バテアさんがそう言いながらジュチさんに笑いかけておられます。
すると……
「その……実に申し上げにくいのですが……」
役場のシウアさんが、眉をひそめながら口を開かれました。
「あのポルテントチーネがですね……また脱獄したそうなんですよ」
「「「はぁ!?」」」
その言葉を前にした私達は、一斉にびっくりした声をあげました。
……なんでもですね
相当厳重な警備をなさっていた王都の衛兵局なのだそうですが……にも関わらず、ポルテントチーネはまたしても逃げ出してしまったのだとか……
「どういう経緯で逃げ出したのかは教えてもらえなかったのですが……」
「まぁ、そうでしょうねぇ。自分達の不手際を進んで公表するようなことはしないでしょうから」
バテアさんは苦笑なさっておいでです。
そうですね……その意味、なんだかわかるような気がいたします。
すると、シウアさんは私に視線を向けられました。
「後日正式に王都から使者が来ると思うのですが……これによりまして、さわこさんの拉致を指示した連中の情報を入手する術がなくなってしまったと思われます。何しろポルテントチーネだけがその首謀者グループと接触していたとのことでしたし……」
そう言うと、シウアさんは申し訳なさそうに頭を下げられました。
「捜査に関わった1人として先に謝罪させてください。こんな結果になってしまいまして、本当に申し訳ありません」
「あ、いえいえ、お気になさらないでくださいな。悪いのはシウアさんではありませんし」
私は、慌ててそう言いました。
私を拉致なさろうとした方々が、このトツノコンベのどこかにおられるというのは少々薄気味が悪いのですが……
現在の私は、バテアさんから頂いた魔石の指輪をはめております。
この指輪は、私が意識を失ったり、バテアさんに対して助けを求めたりいたしますと、即座にバテアさんの脳内にその情報が伝達される仕組みになっているそうです。
転移魔法を使用出来るバテアさんですので、その情報を察知なさると即座に私の元へ駆けつけてくださる手はずになっている次第でございます。
もっとも、以前お風呂に入る際に、指輪を外して洗面台の上に置いたところ……
魔石の指輪からの通信が途絶えたため、バテアさんがすごい勢いでお風呂に飛び込んだこられまして
「さわこ無事!?」
そう言われながら、素っ裸の私をお姫様抱っこなさった次第です。
バテアさんとは一緒にお風呂に入ることもございますので、別に裸をみられても……ではあるのですが、この際はいきなりだったものですから、私ってば真っ赤になってあわあわすることしか出来なかった次第です、はい。
以後、魔石の指輪はなるべくはめたままお風呂に入るようにしている次第でございます。
「しかしまぁ、王都の衛兵局も面目丸つぶれね。何度ポルテントチーネに逃げ出されたら気が済むのよ、ホント」
バテアさんはそう言いながら肩をすくめておいでです。
その様子に、店内におられたみなさまも苦笑なさいました。
そんな感じで、この日の居酒屋さわこさんでは、王都の衛兵局に対する話題でもちきりとなっていった次第でございます……その大半は批判的な内容だったのは、言うまでもございません。
ーつづく
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