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連載
さわこさんと、ベルの1日
しおりを挟むイラスト:NOGI先生
古代怪獣族の中の牙猫さん、ベルと一緒に暮らしはじめて数日が経過いたしました。
ベルはとても綺麗好きでして、お風呂が大好きです。
時間さえあればお風呂に入って体を洗う……まではいいのですが、体を拭くという行為をあまりしたことがないらしく、お風呂から上がりますとブルブルブルっと体を左右に激しく振って、体に着いている水分を飛ばします。
そのため、何度か脱衣所が水浸しになってしまった次第でございます。
ですので、今は必ず私が一緒にお風呂に入ることにしております。
ベルは、私が一緒だととても喜んでくれます。
「さーちゃん大好きにゃ」
ゴロゴロ喉をならしながらそう言ってくれるベル。
さわこだからさーちゃんのようですね。
今ではもうその呼び方がすっかり定着している次第でございます。
ベルは、お風呂の中でも私にべったりです。
人の姿の際の見た目で判断いたしますと、おそらく10才前後といったところでございます。
まだ、甘えん坊でもおかしくない年頃ですものね。
ベルに聞いたところによりますと、家を破壊されて家族が散り散りになってしまったのは半年以上前のことなんだそうです。
その間、ずっと森の中で一人で暮らしていたベル。
……想像しただけで胸が締め付けられる思いでございます。
そのことを思い出す度に、思わずお風呂の中でベルのことを抱きしめながらその頭を撫でてしまうことがよくあるのですが、ベルはそうしてあげますと、嬉しそうに微笑んでくれます。
お風呂あがりにすぐ体を拭いてあげようとしても、そのまま脱衣所に行ってしまうとすぐに体をブルブルブルっと震わせて、脱衣所を水浸しにしてしまうベルでございます。
どうも、これは牙猫族の習性とでもいいますか……そのため、簡単には直りそうにありません。
ですので、浴室で思う存分身震いをしてから脱衣所に移動してもらうようにしております。
身震いで体を乾かすことに慣れているだけありまして、この方法を試して見たところベルは浴室での身震いだけですっかり体中の水気を取り去ってしまうんです。
おかげで、脱衣所では体を軽く拭くだけですむのでございます。
ただ……お風呂上がりのベルは、1つ困った行動をするのでございます。
はい……一緒に入っていた私が体を拭いておりますと、私の体をくんくん匂いながら自らの体をすり寄せてくるのでございます。
お風呂で洗い流されてしまった自分の匂いを私に擦り付けている……どうもそんな感じです。
確か、猫も自分のお気に入りの物に自分の匂いを擦り付けることで所有権を主張する、といったことを聞いた事がございます。
ひょっとしたら、ベルも私に自分の匂いを擦り付けることで、無意識のうちに所有権を所有しているのかもしれませんね。
ただ、最後に必ず、
「さーちゃん、大好き」
満面の笑顔でそう言いながら、私の顔をペロペロなめてくるのでございます。
気持ちは嬉しいのですが……その際のベルは少々激しいと申しますか、一心不乱になめ回しつつ私を押し倒さんばかりの勢いで押してくるものですから、支えるのが大変でございます。
「ちょ、ちょっとベル、せめて服を着るまでまっうぷぷ……」
そう言いながら、必死に踏ん張っている私なのですが、時折押し倒されてしまうこともしばしばでございます。
そういう時に限って……ベルのじゃれが終わって脱衣所を出ますと、そこにエミリアの姿があるんですよね……
「エミリア? どうかしたのですか?」
そう、私がお聞きいたしましても、エミリアは
「……至福ねさわこ。パーフェクトだわ」
そう言いながら、私の肩を何度も叩いてくる次第でございまして……そういうときに限って、エミリアは少々上気した表情をしていることが常でございました。
◇◇
幸い、ベルは私達と同じ物を食べることが出来ました。
そのおかげで、食事を準備するのには困っておりません。
猫系の種族だけありまして、焼き魚が大好物なベル。
そんなベルのために、毎食焼き魚を出してあげております。
夜のお店では、猫の姿で店内をウロウロするベル。
基本的には、私の足下をウロウロするのが大好きなのですが、時折、店の隅などで丸くなって一休みすることがしばしばございました。
さすがに、それでは汚れてしまいますので、カウンターの一番端の席の椅子をひとつとっぱらいまして、カウンターの上に座布団を敷きました。
「いいですかベル。店内で一休みしたいときはこの座布団の上で寝てくださいね」
「わかったにゃ!」
私に、笑顔でそう答えてくれたベル。
約束通り、その日からその座布団の上で一休みするようになったベルなのですが、
「お、ベルちゃんおはよう」
「ベルちゃん、今日も可愛いね」
と、いった具合に、常連のお客様達から頻繁に声をかけられるようになった次第でございます。
そういえば……
私の世界では、猫の長さんなんていうものもございました。
さしずめベルは居酒屋さわこさんの店長さんといったところでしょうか。
お店では猫の姿で自由奔放に過ごしているベル。
座布団の上で一休みしている時のみならず、店内をウロウロしている際にも、お客様から気さくに声をかけられている次第でございます。
ですが、座布団の上で一休みする際……ベルは客席の方を向いておりません。
はい、常に厨房におります私の方へ顔を向けて一休みしている次第なのでございます。
時折目が合いますと、ベルは嬉しそうに
「にゃ~」
と一鳴きしてくれます。
その仕草に、私も癒やされるといいますか、元気をもらえている次第でございます。
そんなベルですが、中級酒場組合のジュチさんがお見えになると、いつも背中の毛を逆立てながらジュチさんを威嚇なさるんですよね……
「さわこ、今日も綺麗だねぇ、どう、今度一緒に……」
このように、同性の私をしょっちゅうお誘いくださるジュチさんなのですが、そんなジュチさんが私に近づこうものなら、
「ふー!」
と、今にも飛びかからんばかりの勢いでジュチさんを威嚇するベルでございます。
仮にも相手はお客様ですので、
「ベル、そこまでにしてくださいね」
私がそうたしなめますと、ベルはおとなしくなってくれるのですが、ジュチさんがご来店なさっている間中、私の足下から離れなくなる次第でございます。
◇◇
夜は、バテアさんと私に挟まれるようにして寝ているベルでございます。
「ベル、あまりお客様を威嚇してはいけませんよ」
ベッドの中でそう言うと、ベルは不満そうな表情を浮かべながら私に抱きついてきました。
「む~~~~」
不満そうに声をあげながら私に抱きついて、顔を胸のあたりに擦り付けてまいります。
……こういうとき、胸が慎ましくて良かった、と、思わなくもありません。
これがバテアさんでしたら、胸に埋もれてしまうこと請け合いですもの……
そんなベルを、私は優しく撫でてあげます。
頭から背中にかけて……ゆっくり優しく撫でてあげますと、ベルはすぐに機嫌よくなりまして、私に抱きついたまま眠り始めるのでございます。
「ホント、そうしてるとさわこの娘みたいよね」
私に抱きついたまま眠っているベルを見つめながら、バテアさんも笑顔でございます。
「えぇ、ホントに……」
そう言いながら、バテアさんのお顔へ視線を向けた私なのですが……そこで、私はあの夢を重し出してしまいました。
……はい……バテアさんが男性で、私の旦那様だった、あの夢……
「さわこ? どうかした? 顔が真っ赤よ?」
「い、いえ、なんでもございません」
バテアさんに言われて、私は慌てて顔を左右にふりました。
そんな私に抱っこされているベルは、笑顔で寝息を立てていた次第でございます。
ーつづく
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